覚醒、そして別れ
「ラナ~、もう帰ろー!そろそろ戻らないと遅くなっちゃうから~」
木の上でネオネクトウを取っているラナに、何度目かの帰ろうコールを送っているんだけど、あやつ…ぜんっぜん話を聞かんぜよ…。
「だって、アリー先生の大好物なんだよ~。あとちょっとだけ!」
まぁ、気持ちはわかるけどね…みんなアリー先生の事が大好きだもん。
ネオネクトウは甘酸っぱくて美味しい桃のような果物なの。
サイズは桃より少し大きめって感じ。ジャムにしても良いし、川の水で冷やしてそのまま食べても美味しいんだから。
森の浅い部分で誰にも取られずに、こんなに沢山の立派な実を見つける事も珍しいからさ。
ラナが夢中になっちゃうのも、仕方がないけどね。
でも、ネオネクトウの木はとにかく高いのよねぇ…しかも実は一番てっぺんにしかならないの。
良い実がなる様な木は、これ…20~30mくらいあるんじゃないかな。
しかも高い木程、糖度が高いネオネクトウがなるという仕組み。
これを取るのは、身のこなしの軽い獣人族の独壇場なのよね~。
ネオネクトウの実はとても傷つきやすいので、一つ取るごとにラナは木からするすると降りてくる。
木の下で実を受け取って、持ち帰る際に傷まないようにと、上手く編むと緩衝材代わりになるフワンフワの葉っぱの上に、そっと置きながら言った。
「じゃぁ…あと1個もいだら終わりにしよっ!ね?」
「わかったー!」
調子のいい声を残して、またするすると木に登って行った。
ひょいひょいと器用に木の枝をわたり、食べごろのネオネクトウを選別している。
そう言えば、ジルはどこ行ったんじゃ。
ったく…自由獣人どもめ…。
完全獣化ができるジルは、狼人族の男の子。
ジルと栗鼠人族のラナと私、なんやかんやとつるんでくだを巻く同い年の仲良し三人組なんだ。
ラナはまだ将来の職業を決めてないみたいだけど、ジルは身体能力も戦闘能力も高くって…大人になったら冒険者になるんだって言ってる。
ジルの強靭な肉体は、早くから孤児院内でも話題になってたし、同じく冒険者を目指す獣人族の先輩達からも、既に一目置かれてるんだから。
なんていうかさ、人間族とは色々と能力レベルが桁違いなのよねぇ。
本来なら6歳児だけでは森へ入れないんだけど、ジルが一緒なら遊びに行っても良いって言われるくらいだから、推して知るべしってやつよ。
ったく…どこにいるんだろ。
まぁ、獣人族は人間族と違って嗅覚が鋭いし、耳も良いからさ。
ラナが実を取り終わる頃に呼べば、すぐに駆け戻って来るだろう。
一応、森に子供達だけで入る時は、首から緊急時用に吹く笛をさげて行くのが孤児院の決まりなんだけど、ジルのような獣人族の子供には、必要ないと思うわ。
私のような野性味ゼロの子供達には必須だけどね…。
あらかたお目当ての薬草も取りつくしちゃったし、ラナの素晴らしく華麗な身のこなしをたっぷり堪能するべし。
――パキッ
それは一瞬だった。
あんなに器用にするすると木々の間を行ったり来たりしていたのに、ラナが足をかけていた枝が…。
ラナの体はまるで飛んでいるかのように、宙に投げ出された。
考えるよりも先に走り出す。
一瞬一瞬、すべてがスローモーションのように…
「ラナーーーーーーーーーー!」
私の腕にラナの体をあててワンクッション、そのまま土に倒れこめば…一か八かやってやる!
あぁ…駄目だ、間に合わない!ラナ…ラナ…
「ラナいやだっ!ダメっっ!!止まってーーーーー!!!」
『ポワン』――
***
ベル(6)
♀ 人間族
体力60/60
魔力60/60
色別
無
職スキル
料理1
裁縫1
***
な・ん・で・今ーーーーーっ!!!!!
…!?
あれ?
ラナ…ラナが空中に浮いてる!?
ラナが木から投げ出された格好のまま、空中で静止してる。
これは…。
状況が全く分からないけど、必死に走ってラナが落下するだろう地点あたりへ滑り込んだ。
ラナ…一体…!
これはラナの力なの?
これ…どういう事?
私は…私は…どうすればいいの?
<……、…ル、…ズカ……>
どこからか声が聞こえる。
<ベル、ベル…スズカ…きこ…える?>
幼い…自分と同じくらいの女の子の声だ。
<きこえる?わたし…ベル>
――ベル…ちゃん?
目の前に、淡く光る丸い直径3cmくらいの綺麗な玉が、フワフワと浮かんでいる。
<うん…いつも…はなし…ありがとう…>
――ベルちゃん…
<あのこ…たすけ…>
――わかってるんだけど…どうすればいいのか…
<まほう…>
――どうすれば…え?魔法?
<イメージ…>
――…イメージ?イメージって?
――『ベル、魔法はイメージが大事なんだぜ』
先輩風を吹かせて魔法について語っていたジルの声が、頭の中でこだました。
――イメージ
頭の中でただひたすら、ただ必死に…ラナを助ける自分の姿を想像する。
――とにかくゆっくりとおろしたい…まずは私の腕へ…
――どこにも体が当たらないように、絶対に、絶対に傷つけない
途中の枝を迂回するような動きを見せながら、ゆっくりとラナが降りてきた。
――次は…私の腕に、ラナの体が乗っかって…まだよ…下におろすまでは、ゆっくり…ゆっくり…
腕にラナの体がふわりとあたる。
下に降りてくるラナを腕に抱えたまま、ゆっくりと地面に膝をついた。
土の上に這いつくばる。
そしてラナの体を地面にゆっくりと――
――ベルちゃん!ありがとう!!
<…の…ちから…だ…よ>
――本当にありがとう!ラナを助けてくれて!!
<…もう…いかなくっちゃ…>
――…どこに行くの?ベルちゃんの身体はここだよ?
この体はベルちゃんのものなんだよ!どこに行くの?
<…みちが…きえる…かえる…>
――駄目…そんなの駄目だよ!
<かえる…>
――わ、私が居場所を奪ったんだね…あぁ、何てこと…
<ちがう…おもってくれ…きえないで…いられた>
ずっと…ずっと一緒に居るってわかってた。
体のどこかでいつも感じてたんだ。
<もう…ダメだった…>
――そんな…
<かえれる…ありが…>
――私もいつも一人じゃないってわかってたよ…ごめん…本当にごめんなさい…
小さな光の玉が空へ…上へ上へと登っていく。
見上げると、キラキラとガラスのように光る何万何十万という粒子が空高く舞って…天高く続く、一本の道を紡いでいた。
――本当に…もう、この体には戻れないの?私と…私と代わる事は出来ないの?
<かえる…だけ…>
――あぁ…ごめんなさい…
<…ずっとこえを…かけてくれた…>
――ベルちゃん…
<ありがと…>
淡く光る玉は、光の道を通り空へと高く高く昇って………やがて何も見えなくなった。




