閑話 マルの小さな友達
「ねぇねぇ、マル~。あっちのほうに沢山咲いてるさぁ、あのお花って雑草?」
少し離れた場所で薬草採取をしているベルが、さらに遠くを指さしながら聞いてきた。
もうすぐ16歳になるマルにとって、ベルは10歳年下になる。
同じ孤児院で育ち、なんとなく面倒を見ているうちに仲良くなったのだ。
こんなに歳が離れているのに、何故だか年の近い子よりもよほど馬が合う、マルにとってはちょっと不思議な存在の女の子。
薬草を摘む手を止める。腰を上げて大きく伸びを一つしてから、ベルがいる方へと歩いて行った。
魔力覚醒がまだおこらず、今年6歳になる子達と一緒に、初期学校へ入学ができなかったベル。
「ラナやジルと一緒に初期学校に入学したかったな~」と、少しつまらなそうにしていたのを知っていたから、職業訓練が休みの日に薬草摘みに誘ったら、ベルは喜んでついてきた。
もし、6歳半を過ぎても魔力覚醒がなければ、強いお薬を使わなければならなくなる。
薬草の勉強をしているマルにとって、その危険性は十分すぎるほどに理解できた。
辛い思いをするだろう…心配で心配で仕方がなかった。
だがしかし、そんな心のうちはおくびにも出さず、ベルの隣に立ったマルは答えた。
「うーん。あれは害はないけど、特に何かに使われてるって訳じゃないよ、ただの雑草だねぇ」
「そうなんだ…でもさ、かわいいと思わない?すっごく綺麗な紫色だねぇ。お部屋に飾ろうかな」
雑草は雑草だが、言われてみれば確かに可愛いし、口にしても害がない事は知っているから、二人で少しその花を摘んで帰ろうという事になった。
ベルはまだ小さいが薬草に興味深々で、マルにも色々と教えを乞うてくる可愛い妹分だ。
覚えも良いし、発明力に関しては抜きんでた才を持つ。料理や裁縫の分野では既に色々と活躍の場を広げているのだ。
それを別に鼻にかけるでもなく、むしろ逆で、何故だか必死で目立たないようにしている感もある。まぁ、集団行動に身を置く仲間としては、わからないでもないのだが。
そんなベルの存在を、興味深く思ってしまうのは何故だろうと考える。
上手く言えないけれど、子供らしくないとか、決してそういう事ではなくて…何だか悟っているというのか…そう、己を弁えている。
そういう人間性が、マルの好むところだからだろうか。
非常に聡いし、なんでも器用にやってのけるのに…まさか6歳になる年まで魔力覚醒がないとは。
ベル本人も悩んでいるみたい…一日でも早く覚醒すれば良いのだけれど…
◇◇◇
マルは適応職スキルに『薬師』と出た、いわゆる高位スキル持ちだ。
職としては他に『錬金術師』『鍛冶師』『魔道具師』、個別スキルは『魔法付与』『鑑定』『調合』『察知』なんかがあれば、高位スキル持ちだと言われる。あとは色魔法を指す『色別』。
色別に関しては、平民は持って生まれる事がほぼない為、良くはわからないけれど、個別スキルは汎用性が高く、どんな職についても重用されるらしい。
こういった高位スキルが出た子供に、ふさわしい環境を提供できるようにと、孤児院では『高位職育成基金』という制度が設けられている。マルはこの制度の対象に選ばれた。
特に高位職は専門性が高い為、その分、どうしても修業期間が長くなる。
一人前になるまで時間がかかる故に、修行中は給金が低かったり、酷いところでは無給というのもざらなのだ。
そこで、生活が出来るようになるまでの策として、適性判断や個別面談などを経て、高位スキルを持つ者で、さらに知力・人格共に優れていると認められれば、基金からお金が月々支払われることになる。
マルには最大援助期間である5年の拠出が認められ、返済2割という好待遇を得た。
――これもあの尊敬するロイド準男爵のおかげ
ロイド準男爵、それはマルが最も尊敬している孤児院の救世主、『トイレ紙準男爵』の事だ。
――トイレ紙のグーチョキパのおかげで、育成基金からの援助が得られて、自分は薬師としての一歩が踏み出せるのだから
あと少しで16歳の誕生日が来る。そうしたら、この孤児院を出て行かなければならない。
こんなふうに傍にいる事もできなくなるんだよ…ベル。
心残りは、この小さな友達の魔力覚醒だけだった。
マルはそうする事で不安を振り切れるかのように、大量の花をブチブチと無意識に摘みまくっていった。




