これぞまさしくウィンウィンウィン。
孤児院でも普通は6歳になると、すぐに3年間続けて初期学校へと通い、その後は孤児院で準成人になる12歳まで、独自の教育を続けるの。
私達には家業というものがないから、孤児院ではお手伝いと称して、幼い頃から得意な事を探らせる。
私が料理したいって騒いだり、裁縫や刺繍で自由な事をしても、おおらかに受け入れられるのは、この仕組みによる所が大きいんじゃないかと思ってるんだ。
その子供が得意とするお手伝いから派生した仕事につく事も多いからね。
もちろんスキルがついてれば尚更、かな。
あ、でもね、子供の頃から色々将来を探らせるのは、何も孤児院育ちだからって訳じゃないよ。
親がいる…家庭がある子供達は、初期学校を卒業すると同時に、修行に入ったりすることだってあるんだから。
10歳前の子供が一人で修行の為に師の元へ行ったり、受け入れ態勢のしっかりしてる大きな工房へ行く為に、親元を離れる事も少なくないんだって。
成人まできっちりお世話してもらえる孤児院育ちより、家業を継げない子供のほうが、そうやって保護者から離れるのが早い場合もあるくらいよ。
孤児院の子供は準成人となる12歳になると、持っている魔法やスキル、身体能力…将来の希望職種に合わせた職業訓練に行くんだ。
大抵、16歳の成人までそこで訓練をしてもらって、そのまま就職したり、他を紹介してもらったりして巣立っていくの。
準成人になれば、ギルドへ所属する事もできる。
自分名義で住居を借りる事、単身で他領地へ行けるのも準成人の12歳からね。
ちなみに、16歳で成人すると婚姻、飲酒、自分名義で店舗を借りる事、単身で他国へ行く事、貴族の正式な爵位相続なんかが可能になるらしい。
◇◇◇
孤児院女子の就職先は、大抵、お針子やお屋敷勤め、伐採職や厨房働きなんかが多いかなぁ。
もちろん、冒険者になるってのもありだけど、人間族ではあんまり聞いたことがない。
どんな就職先希望でも、諸先輩方からの蓄積されたアドバイスが受け継がれるもんだから、早いうちから身の振り方を意識するようになる。
努力を惜しまない子供が多いから、真面目にやってれば就職先が決まらない…なんて事は、ありがたい事に少ないのよ。
うまくいけばさ、どこぞのお屋敷の下働きから数年で、従者や侍女になれる事もあるんだって。
実際にそういう卒業生が自らの報告に来るから、みんな嫌でも意欲を向上させていくのよね。
アリー先生は、子供が準成人の12歳になるまで、読み書き計算の他に、基本的なマナーもみっちりと教え込むの。
初期学校の3年分だけでは、どうしてもおざなりになる部分も多いからさ。
後ろ盾がない子供たちが将来を生き抜く為に、教育をしっかりと施す…その事こそが人生の財産になるって、孤児院では厳しく学ばせるんだ。
このミネラリアの孤児院は熊人族の院長先生と、人間族であるアリー先生が運営を担っているんだけど、たった二人だよ?相当大変だろうなぁ。
なーんて心配してたら、大陸全土の孤児院を周回してる経営コンサルや会計士みたいな人達が、ちゃんと繁忙期には経営のお手伝いに入ってくれてるらしい事を知りました…いやこれ完全に企業でっせ…。
厨房雇いや子守り、下男など働き手は沢山町から雇い入れているけど、専属ってなると二人だけだから、大変な事には変わりないけどね。
あとはね、獅子人族や虎人族、豹人族や狼人族の皆さまなんかは、基礎体力が高くって戦闘能力が備わっている子供が多いから、その子達への教育はこれまた戦闘能力の高い熊人族である院長先生の役目なの。
戦闘力が高くない獣人族の先生が経営する孤児院から、わざわざここに移ってくる獣人の子供だっているんだよ。
戦闘能力を生かした職業につきたい子供達は男女問わず、適性があれば冒険者ギルドで実習生として、冒険者実践を積ませるんだって。
狩人や伐採人、採取人なんかを希望する子供も、ギルドが実習生として迎え入れてくれてる。
実は昔から孤児院とギルドは何故か繋がりが深いらしいのよね。
そう言えば院長先生もギルドへ行った時、勝手知ったるって感じだったなぁ。
どちらも国を超えて横のつながりがしっかりあって、もし、国同士でごたごたがあった時にも揺るがないネットワークを構築しているあたりが、似てるっちゃ似てるのかも。
お互い信用度が高いのもわかる気がする。
なんせトイレ紙はギルド専売で卸してるんだもん。
トイレ紙は薄利多売だけど、大量消耗品だから永続的利益が望める。
孤児院はギルドにとって、なくてはならない収入源でもあるんだよ。
専売のお礼って感じだと思うんだけど、ギルド側は孤児院の子供たちを実習生として受け入れてくれる。
冒険者以外にも、希望者にはサバイバル術をレクチャーしてくれたりするらしい。
冒険者ギルメンと一緒に山に入ったり、さらには冒険者と共にダンジョンでも訓練させて貰えるんだって。
戦闘系の職に就かないとしても、多少は戦闘訓練も受けて、最低限にはなるけど自分の身は自分で守る事を学んでいく子供も多いらしい。
それにね、冒険者ギルメンのランク上げのテストには、護衛任務のテストなんかもあるらしいのよ。
その護衛対象役で、実習生になった子供たちは小遣い稼ぎもさせて貰えたりするんだって。
冒険者ギルドはこの一連に目をつけて、ギルメンとして活躍したい者の訓練や座学講習会なんかを、定期的に開くまでになってるらしいから…商売上手よね~。
ギルメン側からすると訓練付き添いは、結構おいしいポイント稼ぎになるそうで、ランク上げに必要なポイントを貰うことができるから、とっても人気があるらしい。
ギルドが普段の素行からこれはと目をつけている優良ギルメンには、訓練付き添いのお誘いがかかるって仕組み。
これぞまさしくウィンウィンウィン。
冒険者ギルドへ登録希望の子供たちは、更に院長先生のもと、森での走り方や獣化のマナーなんかも、徹底的に訓練をしてもらえるの。
命に係わる事もあるから、みんな必死。
卒業してから困ることのないようにって、とっても厳しい実践訓練を施すらしいんだから。
孤児院では成人になるまで子供を養育する権利を掲げ、16歳までしっかりと預かるという基本方針があるんだけどね…稀に類まれなる魔法やらスキルなんかを持って生まれてきた子供がいれば、話は別なんだ。
孤児院側と本人双方の合意があれば、12歳で卒業を迎えることだって可能なのよ。
かなり昔の話になっちゃうけど、あの孤児院育ちのロイドさん…トイレ紙準男爵のようにね。
でもさ、親がいない私たちにとっては共に育つ仲間は、かけがえのない存在だから。
できるだけこの措置は使わない使わせない、それが現在の孤児院のスタンスなんだって。
それにね、準成人での孤児院卒業には、何人かの保証人が必要とかなんとか…え、それ孤児に言う?みたいな審査があるらしいよ。
今までにその規定をクリアして準成人で卒業した子供は、大陸全体でも数人だって。そりゃそうでしょうよ。
大陸全土の孤児院に言えることだけど、孤児院で育つことは不幸じゃないからね。
もし、出来が良い子がいたとしても、ぎりぎりまでお世話になっていたいって思うはずだから、なおさら少ないんだろうなぁ…
◇◇◇
そう言えばさぁ、どうやって魔力覚醒するのか…知ってる?
ある日突然、『ポワン』って、自分だけに見える半透明な板みたいなものが出てきて、自分の体の状態やら魔法やらスキルやらに関する情報画面が出るんだって。
そうそう、いわゆるステータス画面っていうやつね。
この世界でもステータス画面って言うんだよ。
画面が出せたら、魔力を使っても大丈夫な体になったっていう証らしいんだ。
もともと体内では、生まれた時から魔力回路に魔力がゆーーーっくり流れてるらしい。
ある程度の速度を持って魔力が流れる事によって、通常循環が始まると覚醒するんだそうよ。
あまりに幼い頃に覚醒すると、コントロールが効かないから危険だって、脳から指令が出てる感じ?
魔力詰まりが起きない、且つ、魔力を覚醒させないぎりぎりの速度で流れてるんだって。
私にもちゃーんと魔力があるってわかったのって、魔力詰まりを探知する魔道具で調べて貰ったからなんだ。だから、あることはあるんだけどさ…ずーーーん。
心と体が魔力を受け入れられるようになる、その時を待つしかない。
そろそろ大丈夫かなって脳がOKをだすと、回路の中で魔力が通常のスピードで循環し始めるんだって。
確かに、着火の生活魔法が使えるゼロ歳児とか…怖すぎるもんね。
魔力のない世界で一回大人を経験してるからさ、魔法だの魔力だのって言われても、心も体も…指令を出す脳だって…根底では受け入れられないのかもしれないって思い始めてるんだ。
だってさぁ、考えてもみてよ…『はい。魔法だよ』、『ほら。魔力だね』って言われても…頭が納得できないというか…目の前で見せられてるのに、未だに現実とは思えない…。
みんなが心配してあれやこれやと話をしてくれるんだけどさ…正直信じられないって気持ちが強すぎる。
同い年のジルなんてもう先輩風、吹かせまくり。
「ベル、魔法はイメージが大事なんだぜ」、だってさ。
わかってる…わかってるけど…イメージがイリュージョンなんじゃぁぁぁ!