わかったって言っても、全くわからないけどねっ。
初めまして。滝ノ宮明と言います。アギーラだよ。
『アキラ』だと何回か頑張ってみたんだけど、『アキィィーラァ』って変なイントネーションで…しかもすごく間延するようにしか呼べないみたいだったからさ。
しかも早口で『アキラ』って5回は言えそうな程に時間がかかるんだ。結局『アギーラ』と名乗ることにしたよ。
シーラさんも「シーラよ」としか名乗らなかったから、『あぁこの世界的に平民は名前で生活だな』って思って、僕も「アキラです」とだけ言ってみたんだけど。
『アキラ』ってそんなに呼びにくいかな。ま、異世界だしね。色々考えても仕方ないか。
名前は大事にしろって?いやいや勝手に異世界転移させられた身としては、そういう気持ちは一切湧いてこないね。呼びやすい名前で呼んでくれればそれで良いよ。
僕はタイムラグがなければ先日まで地球在住の日本人だった。気が付けば異世界転移ってやつ。学校帰りにただ普通に歩いてたら、急にキラキラって周りが光ってさ。あれ?って思ったら、地面が急になくなって…。
◇◇◇
それにしても…びっくりしたよ。間違いなく人生で一番驚いたね。
気が付いた時には素っ裸で、今までに行った事もないような森の中なんだから。
でさ、太ももに違和感があったから恐る恐る見てみると、太ももと太ももでぎゅっと挟み込んでいるそれはモフモフで。後ろに動物がいるんだと思って、恐る恐る振り向けど何もいないんだ。テレビで観た真夏の夜の怪談話なんか目じゃないくらいぞっとしたね。
しかもそのモフモフが自分のお尻の上あたりから生えている事に気付いた僕は…あっけなく気絶しちゃった。
気絶した僕を助け、介抱してくれたのは通りすがりのシーラさんという女性。気が付いたら暖かい小屋の中で、毛布に挟まれて寝てたんだ。もう夜だってさ…ピクリともせず寝ていたらしい。
僕ったら…どんだけ気絶という名の惰眠を貪って…。
◇◇◇
僕と違ってシッポがない、いわゆる人間と思われるシーラさんが発する言葉が、なんの違和感もなく理解できた時の、全身の力が抜けていくような安堵感は今でも忘れられないよ。
素っ裸で神様やら運営様やら召喚士様やらなんかから、何も語りかけられる事もなく、ド変態感満載で森の中に放置プレイ。俺TUEEEEEとかチートスキルはどこに…いや、何でもない…。
言葉が通じただけでも…優しい人に助けて貰えただけでも、ありがたく思わねば罰があたるってもんだよね。
シーラさんが僕のモフモフなシッポを見ても、まったく動揺しないことから、『ここは獣人のいる異世界だ』って、瞬間に察知して落ち着いて対処できたことは、自分で自分を褒めてあげたい。
それにしてもさ、人攫いに売られたりしたかもしれないし、動物に食べられちゃっててもおかしくなかった状況で…本当に感謝しかないよ。
僕が目が覚めると体調を尋ねられ、労りの言葉と共にお白湯を飲ませてくれたりしてさ。
少し落ち着いてくると、自分の視界がやけにクリアな事に気が付いたんだ。うわっ、まじかぁ…もう眼鏡が必要ないぞ。異世界に行くと視力って回復するもんなの?
素っ裸ってことは、きっと眼鏡も没収されてるからどうしよう…って、ちょっと思ってたんだけど、これなら眼鏡もいらないな。
シーラさんは「これしかなくってごめんね」って、疲れが取れるというびっくりするくらい苦い薬草茶と、びっくりするくらい固いパンを僕にくれた。
どんな世界か知らないからさ…なけなしの食料だったらどうしようと思ったんだけど、正直お腹ペコペコで無心にガジガジしてしまったよ。もう返せないです、ごめんなさい。
記憶をなくしたと嘘をついて、ここはどこかと尋ねたのをきっかけにシーラさんは色々と教えてくれた。
ここはユスティーナ国、エヴァンス領のミネラリアって大きな町の外れにある森の中って事がわかったんだ。
わかったって言っても、全くわからないけどねっ。
森の中と言っても町はすぐ近くらしい。ここら辺は治安が良いので、シーラさんは追いはぎにあったかのような僕を見た時、とても驚いたんだって。
ちなみに町とは反対側、この森を抜けてずっとずっと行った先にはセレストという隣国があるらしい。もしかしたらその隣国から来る途中で、何かあったのかもしれないって、セレストの話をしてくれた。何かが琴線に触れるかもって…
うぅぅ…本当にごめんなさい。嘘の話にこんなに親切に心配されると罪悪感が半端ない…
シーラさんはミネラリアの町でお店を経営している事、ここは工房として所持している小屋であることなんかも話してくれた。
話から察するに、『なけなしの食料食い散らかし事件』にはならなさそうで、少し安心したよ。
暫く様子を窺っていたらしいシーラさんが、体が動かせそうならと、服一式と鏡を出してきてくれたんだ。シーラさんの旦那さんの服なんだって。
嬉しい!知らない世界で真っ裸って…なんとメンタルが削られる事か…