え?ちょ…最後…羽もいじゃう感じ?
「ちょっと…もう二人とも、■■■やめなさ『ゴン』」
「「「「「「ギャー!」」」」」
「■■■、先生■■■!■■■ー!!」
あれぇ…みんなのこえが…ちいさくなっ…
◇◇◇
…あれ…ここどこ?うわっ頭っ痛っっ。
私…何してたんだっけ…。
退職者続出の会社で、その尻ぬぐいに連日残業続きで5日連続終電帰り。へとへとで何も食べたくなかったけど、コンビニ行って…。
使える人材がことごとく会社を去り始めて1年、忙しすぎて何が何だかわからない毎日。さらには中堅社員と若手社員の軋轢でとばっちりを食い、大事な何かがごりごりすり減っていく。正直反吐が出るほど心も体も疲れてた。
私だって退職したかったけど、5年前に両親が事故で亡くなって…戻れる実家も頼れる人もいない。会社に必死にしがみついてるんだ。もう私にはここしか居場所がないから。
とぼとぼとマンションへ帰り着く。
あれ?こんな時間に、お隣さんの玄関前に誰かが立ってる。彼女さん…?喧嘩かなぁ、いつもイチャラブな感じなのに…
「…ねぇ…カズヒコ返してよ…」
最後に見たのはキラリと光った包丁と歪んだ笑顔…
ん…あれっ?この人…彼女さんと違う!
――寒い…
――これは…
――暖かくって懐かしい…光…
◇◇◇
大怪我したのかな。ぬぉぉ…か、体が動かないっ!
なーんて。少しだけ動いたぞ、へへ。
自分の動きがやけに緩慢だけど、指が少し動かせた!ホッ。とりあえずゆーっくりなら少し動くみたい。目だけを動かしてあたりを確認する。
あ、ゼリー捨てられちゃったかなぁ。総務の斎藤さんが飲んでた新発売のやつ。超おいしそうだったんだけど…
ここは…病院か…なぁ…。
何だ?…すごい広いぞ?…珍しい窓枠だな…天井も…ん?…やけに古い…今どきこんな病院ある?
いや、それよりちょっと待て…最悪だ…パンツ見られたかも!
頑張れ、君ならまだいけるパンツ!!おへそまでしっかり包み込む、くたっくたな綿100%のやつ。しかもゴム緩め。
…よりによってあいつかぁ。まさか日の目を見るとはね…。
…ん?これは…?木製の洗面器?なんですかなこれは。
起き上がろうとしたが全く起き上がれず、なんだが手も上手く動かないぞ。…やばいな。刺されたのは間違いないよね。…カズヒコめ。よく知らんけど。
動かない…これ意外と重症だったりする…よね…。…うぐぐ。木の洗面器らしきものに触りたくてとっても我慢出来ないぞ。諦めきれん。もう一度手を伸ばしてみよう。
その時、自分の手が視界に入った。
「………ゥッギャーーーーーーーーッッ」
…私、どうしちゃったんだ?
手が…手が…ちっちゃくなっちゃったーーーーー!
◇◇◇
「ベル…ベル…大丈夫?あらあらまぁまぁ~大変だわっ。■■■が■■■かしら…誰か~先生■■■きて~!」
遠くから声がする…聞いたことがない声だけど、あだ名で呼んでるって事は私を知ってる人だ!助けを乞う為に体をひねると、上手く声のする方に体がこてんと寝返った。
「ああーー!あーうーー!!」
「あらあらまぁまぁ~先生が■■■体を■■■で~。はい、そ~っと■■■~ねぇぇ」
ふ、ふっくらした羽が!羽が生えたふくふくのふっくらさん……お、おっきい鳥さんが喋ってるーーーーー!
ちょちょちょ。なになになに。
「おぅあぅぅ…」
優しそうなふっくらした鳥さんが心配そうに顔を覗き込んで私のおでこに手をあててくる。…違った。これ、手じゃなくて羽かな…いや、羽の中に手があるみたい。え…何で?これどうなってんの?
「■■■良かったわ~。■■■は…ないわね。もう、■■■眠った■■■だったのよぉ。良かったわ~」
そうそう良かった良かった。…いや、まったく良くはありませんね。・・・・・はっ。息止めてた!スハスハ。呼吸呼吸。
夢だと思ったけど、ふっくらさんの羽も手も感触が妙にリアルだったり、エプロンのシミが妙にリアルだったり。これはきっとご飯の準備してたんだな…なんだかいい匂いが妙にリアルだったり…そう言えば私、すごくお腹が空きましたよ~。
『ごはんくださーい』…どうもさっきから欲望に勝てない。もう一度言ってみようかな。
「おーうぅぅ」
あれ?声が…おかしいな…でも、ここまでリアルならばこれは現実。だって私には妄想力はあるけどこんな空想力はないからさ。いや待てよ…頭を打って幻視…知り合いがふっくらさんに見えてるだけかも。とにかくまずはしっかりお礼を言って、この状況の説明を願わねば。
くたっくたパンツで、挨拶しかしたことのないマンションの隣室に住む、男女のいざこざに巻き込まれて、人違いで刺されてしまったと思われるワタクシであろうとも、ここはきちんとした大人の対応をするわよ。
助けて下さったと思われる親切なふっくらさんにご挨拶とお礼を…。
「あーおーー」
やっぱり喋れない。これはまずいな…大怪我してるのかも。
あれ?うぐぐ。脈絡もなくふっくらさんに抱っこしてもらいたい欲望が急に…くっ…我慢できないっっ。ふっくらさんに抱っこを要求してやるんだ!
「あーこっ。あーこっ」
「ん?抱っこして欲しいのぉ?あらあらまぁまぁ~ちょっと待ってね~。先生■■■ね~」
そ、そうだよね。抱っこは我慢。ご飯は下さい。いや、そうじゃなくて!
…小さい手。何もかもが大きく見える。凄く抱っこして欲しいし、『あー』『うー』しか喋れない私…。
突拍子がないけど、すとんと腑に落ちたその考えの答え合わせとして、顔をぺたぺた触っていると、ふっくらさんのふくふくな手が濡れたタオルを持って優しく私の顔を拭ってくれた。
「あらあらまぁまぁ~、お顔が■■■かしらねぇ?■■■ないみたいだけど…。お兄ちゃんたちが■■■、ビックリしてここをコツンしたのよぉ。よし!おばちゃんが■■■するからね~。いったいのいったいのバッサバサ~(ブチッ)」
え?ちょ…最後…羽もいじゃう感じ?これは色々つっこみたいけれどもっ!いや、そうじゃなくて!
ふっくらさんから良い感じの現状把握アシストきたーーー!『ここをコツン』って私の頭に手をかざして言ったもん。もう間違いない、私は頭を打った小さな子供になっちゃったんだ。
…これは幻視と幻聴…なのかな?
…一体どうなっちゃってんの?
――ふくふくふくふくふくふくふくふく
ちっちゃな手が勝手にふっくらさんの手をにぎにぎしてしまう。なんか好き…ぽっ。あ…もうちょっとだけお願いします。それとご飯を下さい。いや、そうじゃなくて!!
もっと情報おくれ~。とりあえず現状をもっとはーあーくーしーてーー…あれぇ…ねむーくなってきちゃっ――。
「あらあらまぁまぁ~、また眠くなっちゃったのね~。■■■…院長先生ったら■■■…」