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CASE 8 カントリーロード

タナカ同伴でのスズキの思い出の人巡りです。色々営みが大変な回でした・・

やや緊張して芳名帳に記入して、ロク・チャンを頭に乗せたタナカさんと小さな個展内を見て周った。

小学校時代、イジメで転校した同級生『ヤマダさん』のイラスト個展だ。調査していたロク・チャン達から聞くまで知らなかったが、今は東京で専業のイラストレーターになっていた。

雑貨等のデザインやイラスト、非2次元系だがファンタジー感のある挿し絵等を専門にするタイプのイラストレーターだった。

これまでの商業作品の展示もあったが、淡い紫の配色、草花アクセント、冒険する小人の女の子のシリーズ等が特徴的な個展だった。

「凄いなぁ、柔いなぁ・・」

タナカさんは「創る側」のモードになって感心しきりだった。俺としては改変された物とはいえ、あの小さな同級生があれから自分の心をしっかり守って仕事にしていったんだな、と思うと温かい気持ちがした。

「喫茶スペースがあるのっ!」

「うっ」

ロク・チャンはタナカさんの髪をグイっと引っ張ってギャラリーの端の方に設けられた無料でソフトドリンクが飲めるらしいエリアに促した。

ちなみにロク・チャンの姿や声は来訪者関係以外の人々にはわからない。

「隊長さん、馬みたいに扱うのやめて下さいっ」

「ゆくんだのっ、タナカ号っ! はいしーっ、どうどうっ」

「もうっ、スズキさんからも言って下さいよ?」

「まぁ、いいじゃないですか。外暑かったですし少し休みましょう」

俺達は喫茶スペースに移動した。美術学校の学生と思われる髪型とあちこち空けたピアスが個性的な女の子が接客対応していた。

タナカさんはアイスハーブティー、俺はアイスレモンティーを頼み、熱中症対策で塩が入った手作りクッキーも少し頂いた。

ロク・チャンはまず小さなグラスを手元にテレポートさせ、続いて俺のグラスからレモン、紅茶、氷をほんの少し念力で取り、それを空中で再構成して自分のグラスに入れ、小さなアイスレモンティーを作った。

クッキーはシンプルにタナカさんの物から一欠片念力でむしり取り、SFスーツのメットのフェイスガードを上げて、中から白い冷気をモクモクと出しながらちょっとやり難そうだが飲み食いしていた。

「ロク・チャン達のそれ、器用だよな」

「我々は小型種族ゆえ『大きい』種族との会食でこれは必須っ! この分野に関して我らフィレオレ・プレプレ星人の文明発達は抜きん出ておるぞい?」

「隊長さん達凄いです」

「ふふんっ!」

得意気なロク・チャンだった。と、

「スズキ君?」

呼び掛けられて振り向くと、子供の頃の面影がうっすらあるヤマダさんが年配の女性スタッフを連れていた。

「あ、どうも。わかりますか?」

俺は立ち上がりながら少し困惑した。お互い創られた記憶ではある。改変前の彼女は過呼吸症と摂食障害に苦しみながら闘病手記と前衛的なイラストを描く、マイナーながら熱狂的なファンがいるアーティストだったらしい。

今の彼女は草色の落ち着いたレディーススーツを着て少しふっくらした女性になっていた。ロク・チャン達によれば既婚で子供もいるそうだ。しかし、他人の運命を勝手に変えて良かったのか? というのもあった。

「はい」

ヤマダさんははにかんだ。俺の記憶にある、子供の頃には一度も見たことの無い笑顔だった。

「あの・・以前からネット等でヤマダさんの活躍を知っていて、たまたま東京に来る用事があったので、来てみよう、と」

「そうでしたか。・・奥様ですか?」

タナカさんに注目するヤマダさん。

「いえいえいえいえっ! わ、私はスズキさんのお友達ですっ」

お友達て、タナカさん。

「そうですか。ふふっ。スズキ君にお似合いですね」

「いや、それは・・」

「どうでしょう? スズキさんにはお世話にはなってますっ」

何だかこそばゆい流れになった。俺は、会えないなら受け付けに渡してみようと思っていた、文房具屋でラッピングしてもらった小さな包みを取り出した。

「ヤマダさん、これ、よかったら」

「はい? 今、開けて見てもいいですか?」

「どうぞ」

ヤマダさんは包みを開けた。中には同じ物はもう製造されて無かったから、なるべく物がいい物を選んだラベンダーの香りがする消しゴムが入っている。

「ほんとかな」

小声で呟いて、ヤマダさんは消しゴムの包装も解いて香りを嗅いだ。

「・・昔、持っていた物よりいい薫り」

「同じ物を探したんですが」

「いえ、これでいいです。もう、大人ですから」

ヤマダさんはまた笑ってくれた。

それから3人で世間話も多少はしたけれど、個展で作家さんを独り占めにするのもよくないから切り上げて、ギャラリーをもう一周して、タナカさんはグッズを少々、俺は小人の女の子がスケートをする小さな原画を1枚購入予約して、ギャラリーを後にした。

「幸せそうに見えたの」

「それでも、本来の彼女の現在を変えてしまったことにちょっと罪悪感はあるけどね」

「スズキさん、私はその点に関して、飲み込みました。結果は結果ですから」

「タナカさん、強いですね」

タナカさんは髪を纏めて半袖のカットワークブラウスにややふわっとしたテーパードパンツを穿き、薄めのメイクもしていてそこそこ本気のタナカさんになっている。今日は見た目からして頼もしい。

「強いのではなくて、こう見えて私、『残酷』なんですっ」

タナカさんがそう言って鼻からフンっ、と息を吐くものだから、俺は苦笑するしかない。

「次行きましょうっ! 次っ!」

タナカさんは日傘を拡げながらコスモバイクを停めて隠している路地裏へとのしのし歩いていった。

俺の会社の夏期休業期間を利用して、今日から俺の『記憶の女達巡り』の旅を決行中だった。まだまだ先は長くなりそうだ。



2人目は同じ都内で、実家のステーキ屋で働きつつ近所の卓球教室でコーチもしていてるという中学時代の元カノ、『カトウさん』だ。台車に5箱買ったスポーツ飲料も乗せてある。差し入れ用だ。

「元カノ、というのは手強そうですね・・」

卓球教室の前で若干目が据わってるタナカさんっ。

「ロク・チャン。俺、記憶ではお互い部活と塾で忙しくてカトウさんと別れた、ってことになってるけど、その割には俺は中学の時、地区大会上位止まりで学業の成績も中の上くらいで何か微妙なんだが?」

その後の人生でも卓球とはほぼ疎遠だった。

「小学生時代や高校時代の記憶との整合性や、近い宇宙での出来事の反映の調整にタナカが手間取ったんだろうの」

「タナカさーん・・」

俺は半分冗談でジト目でタナカさんを見てみる。タナカさんはわかり易く慌てた。

「無意識ですからっ! それにゲームのRPGでも全体の流れをどうにか繋げた結果、途中でちょいちょい『何この件??』みたいなのはどうしても入るじゃないですかっ?」

「RPGってタナカさん」

「タナカは腐女子だからの、近しい宇宙の同性の親友云々という辺りに動揺したのかもしれんぞい?」

「タナカさーん・・」

「もうっ、勘弁してくださぁいっ」

これ以上イジると泣いてしまいそうだったからこのくらいにしておいた。

受け付けでスポーツ飲料を渡して、カトウさんを聞くと中で指導しているというのでさっそく向かうと、

「あれぇっ?! スズキ君っ? ユッちゃんあと頼んだ」

小学生に指導していたカトウさんは近くで卓上卓球マシンの調整をしていたユッちゃん、と呼ばれた背の高いスタッフらしい女性にあっさりパスして、すぐにこちらにきた。そうそう、こういうタイプだった。

「ややこしいんで私は卓球素人ということにしておいて下さい」

タナカさんが素早く耳打ちしてきた。

「スズキ君っ! あんた15年ぶりくらいじゃないっ? 高校の時、バス亭で見掛けた以来だよ? 同窓会も来ないし、何してたの??」

「いやぁ」

俺はタナカさんの方をどうなってるんだ? という顔でチラッと見たが、神速で首を振って知らん顔されたっ。ぐぅっ、中学時代の俺の処理が色々雑い・・。

「進学してからは法事とか年末年始くらいしか帰ってなくて、この辺りに来るのも久し振りだよ。たまたま近くを通ってさ」

「へぇ・・」

カトウさんはタナカさんに視線を向けた。ちょっと品定めが入ってる。そうカトウさんはこういうヤツだった。

「タナカですっ。スズキさんのお友達ですっ」

基本的にお友達で通すつもりらしいタナカさん。

「お友達・・。『元カノ』のカトウです」

ニヤッとしてからわざわざ言うカトウさん。

「『現』お友達のタナカですっ!」

「現・お友達っ? 何それ、あははっ! スズキ君、面白い人と付き合ってるんだね」

「まぁ、ね」

カトウさんは一頻り笑った後、狐の様なつり目の顔を不意に近付けてきた。

「っ!」

タナカさんの顔が劇画タッチになったが、カトウさんは構わず俺に囁いた。

「実はね、最近私も色々試してみてるの」

「試す?」

「私、どっちもイケるみたい」

「え?」

カトウさんは振り返ってユっちゃんと呼んでいた20代後半くらいの女性にウィンクしてみせたっ。

ユっちゃんは動作がぎこちなくなり、小学2年生くらいのショットを捌けず顎に受けて悶絶していた。卓球の玉、皆が思ってるより3倍くらい痛いんだよな・・。いや、それよりもっ。

「マジか?」

「マジマジ。今、人生2倍楽しいわ」

「ええぇ~っ」

「タナカさんも、可愛いね?」

「ひぃっ」

ドン引きするタナカさんだった。

その後、少しだけ思い出話をして、カトウさんの実家のステーキ屋の割引チケットをもらい俺達は引き上げることにした。

「何か、どっと疲れました・・」

「ロク・チャン。カトウさんに関しては俺との記憶を足しただけで改変が少ないんだよな?」

「まぁ改変前の現在だと、実家のステーキ屋の経営の安定化に苦労して卓球教室のコーチはすぐ辞めておる。あのユっちゃんという背の高い歳下の女とはどっちにしろ付き合っておったようだがの」

「ユっちゃんさんルートは固いんですね・・」

俺達は夕飯には随分速いが、カトウさんの実家でステーキの定食を食べ、次の目的地に向かった。



夕方、都内の某霊園に来た。途中、樒と仏花と線香も買った。3人目は自殺した同じ高校の生徒会書記『サトウさん』の墓がある。そしてロク・チャン達の調べ通りなら、この日、この時間にくれば『彼』とも会えるはずだった。

「こんばんは」

墓前に手を合わせていたのは上着は脱いでいたが土木作業服を着た俺達と同年代の男だった。

「・・こんばんは。彼女の、御親戚ですか?」

「いえ、高校の頃の同級生です」

「私は同伴してきただけですっ」

「そうですか・・。あ、どうぞ。私は済みましたんで。それじゃ」

男は墓前に備えていた餡パンらしい物とフルーツ牛乳を回収してそそくさと立ち去ろうとした。

「あのっ! 貴方がサトウさんのお墓を建ててくれたんですよね?」

「ええ、まぁ。家族とは上手くいってなかったようだったから・・」

俺の記憶に当て嵌められたサトウさんは元々自殺している女性だったが、改変前は無縁仏になっていた。彼はサトウさんが働いていた店の店員で、互いに気はあったようだが深くは関わっていなかった。

しかし改変によって2人は交際したことになり、彼はそれまでの貯金と土木に転職して稼いだ資金で協力的ではない親族に頼み込んで墓を建てて事実上、彼が墓を管理していた。

「餡パンとフルーツ牛乳、好きだったんですか?」

確かに、数回だが購買で買っているのを見掛けたことはあった。

「この店の餡パン好きだったんですよ。フルーツ牛乳は高校の時からこれを飲んでたみたいで。・・彼女、夜学に通い治すと言ってたんですねけどね」

自殺の原因は父親が起こしたコンビニ強盗事件を切っ掛けにネットでサトウさんが働いている店や高校時代の写真等が拡散されたことだった。

改変前はもっと酷く、父親がコンビニ強盗時に店員を1人殺害した為、ネットで晒されるだけで済まず週刊誌にも取り上げられ、過激系動画投稿者が店に客として現れて動画を盗撮される等、酷い有り様だったようだ。

「彼女の周りで実際何か行動したのは貴方だけだったと思います。何もできなくて、すいません」

俺は頭を下げた。タナカさんも頭を下げたからロク・チャンが落下しそうになってあたふたしていた。

「よしてくれよ。手遅れになっちまったし、自分がやり直すダシに彼女を使っただけだよ」

彼は顔を背け、涙を堪えているようだった。

霊園を後にして、コスモバイクを隠した林まで下りる坂道を歩きながら、俺は彼にもらった餡パンを齧り、タナカさんは同じく彼にもらったフルーツ牛乳を飲んでいた。

ロク・チャンは俺達の物から少し拝借して再構成して小さな餡パンとフルーツ牛乳をタナカさんの頭の上で交互に飲み食いしていた。

俺とタナカさんはそれぞれ半分程飲み食いしたところで何となく目線で申し合わせて交換した。フルーツ牛乳は記憶にある高校時代と同じチープな甘みと香りの飲料だった。

「この味付き牛乳は近しい宇宙の高校生のスズキが飲んでいた物とほぼ同じようだから、あながち捏造された味の記憶とも言い切れんぞい?」

わかり難いが、フォローしてくれてるらしい。

「うん、懐かしい。それにもう、俺は創られた物かどうかで区別してないよ?」

「ほう、タフになったのう」

「・・私の改変、半端だったでしょうか?」

タナカさんは苦し気だった。

「タナカさん、十分ですよ」

「そうだの。残念だがタナカ、お主の特異点としてのパワーは限定的なものよ。近しい宇宙との折り合いもあるが、被害を増やさずにスズキが殺される因子を反転させただけでもよくやった」

「はい・・」

タナカさんがポロポロ泣きながら餡パンを齧り出したから、俺はハンカチを出さなくてはならなかった。



盆休み期間だから普通のホテルの予約は取れず、代わりにビジネスホテルの部屋を2部屋取って、翌日。

「では、『女々しいスズキの過去の女達を巡るツアー』の2日目、いってみるか」

タナカさんの頭の上に乗ってるのはゴラエモンに変わっていた。『護衛と案内役』に日替わりでフィレオレ・プレプレ星人が付いてくることになっていた。

「ゴラエモン、勝手に変なタイトル付けないでくれよ」

「では『タナカの執着丸出し劣情事実改変結果確認ツアー』とするか?」

「劣情は抱いておりませんっ」

「タナカよ、お前から劣情を取ったらチャンチャンコしか残らんぞ?」

「何でチャンチャンコが私の骨、みたいになってるんですかっ?! 外骨格ですかっ」

等と揉めつつ俺達はビジホを後にした。

まず向かったのは和菓子屋だった。水羊羹を買わなくては。4人目は早くに亡くなった俺の叔母さん『ルキヨさん』だ。

東京の下町にあるルキヨさんの家は長く借家にしていたが、今はルキヨさんの息子、俺の従兄弟の夫婦が暮らしていた。位牌も仏壇と一緒にこの家に今はある。

今回は懐かしいルキヨさんの家にゆくことにつもりだった。2日続けて関わりのあった人の墓にゆくのが辛い、というのも正直あった。

「見て下さいスズキさん。この葛餅、ぷるっぷるっ!『はぁ~っ、苦しいよぉ、早くボクを食べてよぉっ!』ていってますよ? 尊いですねっ」

「タナカさん、何でちょっと腐女子フィルター入ってるんですか?」

「デュフフ・・」

「私はわらび餅一択だっ! いや、このアイス最中も中々・・ハッ?! 和モンブランだと?! もはや和菓子かどうか判別できぬっ」

全然一択じゃないゴラエモンだった。

ルキヨさんの家は典型的な日本家屋だった。元々ボロボロの安い借家だった物を夫婦でコツコツ修理して、ついには買い上げていた。

「お義父さんも同居しようとずっと言ってるんですけど、思い入れがあるから辛いみたいで」

「そうですか・・」

家電量販店で現場の管理職をしているらしい従兄弟は急な要件が入って夜まで帰ってこれないそうだ。

従兄弟の奥さんも盆でも交代の休みが取り難いらしい私立の保育園で働いていて、ちょっと手間取らせてしまったようだ。申し訳ない。

「トマトのゼリー、美味しいですっ!」

さっきから正座で、出してもらったゼリーを食べているタナカさん。身内の家だから緊張させてしまっている。

「今度保育園でおやつに出そうと思って。ウチは子供がいないから、園の子供達の世話をするのが楽しくてしょうがないんですよ。あ、マラサダもありますよっ!」

従兄弟の奥さんは台所にとって返していった。元気な人だ。

「タナカさん、足、崩していいと思いますよ? 正座していること気付いてもらえてない気配ですし」

「そうですか? じゃ崩しちゃおうっかな・・あいたたっ」

痺れていたらしく、足を崩した結果、自分に関節技を掛けた感じになってしまうタナカさん。

「土産を買ってきて供物料まで納めたのに、土産は我らは食えんのだなっ」

再構成したゼリーをもちゃもちゃ食べながら、ゴラエモンは不満気だった。

「まだ盆だしね。というか文明調査官歴、長いんだろ?」

全体的にお金は払ってるのは俺とタナカさんでもある。

「わかっていても食べたいであろう? アイス最中等は仏壇に置いていないではないか?!」

「いや置けないし、溶けちゃうし」

乗せられて買った俺とタナカさんも甘かった。

「・・綺麗な人ですよね。亡くなったの私達と変わらないくらいですよ?」

「卓球女同様、この女もスズキの記憶に組み込んだだけでさほど改変していないようだ。まぁ改変前の現在ではこの家は売却されて、金持ちが愛人と逢い引きするのに使われていたようだがなっ」

「えーっ、何か急に淫靡な建物に見えてきました・・」

「淫靡な建物って」

「じゃないですかー」

俺は身も蓋も無いタナカさんにちょっと呆れつつ、改めてルキヨさん遺影を見た。涼しい顔をしていて、どことなくホロカワミツネに似ていた。亡くなり方までだ。

やはりタナカさんの中にもかつての死のイメージがあって、それで人を選んだのかもしれない。

襖を開けると仏壇と続く形になる居間の縁側から中庭が見える。葉の交代の済んだ譲り葉の木が青々としていた。

目を閉じて記憶の中のルキヨさんを思い出す、実際には1度も会っていない、もう会うこともない人。

いつかこの縁側で言っていた。

「シマヒコ君、君は身体は健康でいなさいね。誰かの健康が損なわれた時、神様が少し気紛れだと、君以上に人を悲しませることもあるよ?」

ルキヨさんにそう言われたことを思い出し、それが近しい宇宙で悲しませてしまった彼女からの言葉だと今気付いた。

「ごめんね」

小さく口の中で呟いて、改めて仏壇を見る。水羊羹を始め、夏の和菓子がてんこ盛りだ。さすがに和菓子買い過ぎたな。御盆ハイ、ってヤツか。



5人目はタカハシさん。専門学校時代の思い出の人だ。当時彼女は俺の通っていた学校からわりと近い所にあったゲームの専門学校に通っていて、てっきり今もタナカさんと同じ様にゲーム関係の仕事をしているのかと思っていた。

だがタカハシさんは都内のとある少子高齢化が進んた住宅街にいた。

この街で廃校の教室をオフィスとして解放し、国と自治体の助成金を元に若者の起業を促す気運が一時期あったらしい。

多くは脱落していったが、彼女はその生き残りだった。彼女は頭を坊主にしていて、男装でもしているかの様に中性的な格好だった。

「スズキ君っ! わかる? 私は本物になりたいのっ。このプロジェクトが始まった時、多くの若者達がこの廃校に集まったわっ。活気が溢れていた。皆、夢の話をしていて激論も何度も交わした。・・でも皆、偽物だった。私のコミューンも残ったのは私だけよ。資金を持ち逃げされたり騙されたことも1度や2度じゃないわっ」

タカハシさんは俺達に背を向け、様々な『クリエイティブな商品』の返品の山に手を触れた。

俺はこっそりタナカさんとゴラエモンに顔を寄せ、小声で確認した。

「改変前のタカハシさんの現在はどんなだっけ?」

「マシにはなってる。改変前はネズミ講の無自覚な中級構成員だ。自己啓発やSNSでの交流や派手なデモンストレーションに特化した組織だった。幹部は東南アジアに逃げたが、あの女はトカゲの尻尾切りで逮捕されている」

「スズキさん、むしろ改変前の設定に引っ張られ過ぎてませんか?」

「いや俺に聞かれてもっ」

「スズキ君っ!」

「はいっ」

タカハシさんは痩せた鶏の様に細くなっていた。

「街起こしの為に来たけれど、この街で私達が浮いているのは自覚しているわ。男性メンバーは殆んど青年団で吊し上げを受けたし、私も婦人会で上手くやれなかった。税金泥棒と陰口を叩かれて、実際金目当てのヤツらも多かったけど・・。後は宗教とモラトリアムと、病院にゆくべき人も少なくなかった」

「タカハシさん、十分よくやったよ」

ゴラエモン達の調べではタカハシさんの資金の焦げ付きはもう限界らしい。

加えて区長が代わったことや高齢化した住人が転居してゆく傾向が強まったことで、自治体は起業推進よりシンプルに若い家族世帯の転入を進めてゆくことにリソースを使いだしていた。

タカハシさんは唇を噛んだ。

「・・子供を、実家に預けてる。別れた夫からは『お前は普通じゃない』って言われた。私はっ、本物になりたいだけ・・っっ」

俺が何か言い出す前に、タナカさんがタカハシさんに歩み寄った。タカハシさんは怯える様に後退ったが、タナカさんはタカハシさんの肩を取って抱き締めた。

「私も負けた口です。会社止めてフリーになって東京からS県に引っ込んで、マンション買って無欲に仙人みたいにフェードアウトしたポーズ取ってるけど、本当は1人でも成功できる気でいたんです。でも、残りカスみたいな仕事を数年続けてきたけど、もうすぐ廃業して無職になります」

タナカさんは身体を離して泣いているタカハシさんの顔を見た。

「ずっと天才で、ずっ成功している人達って、ちょっと頭がオカシイんだと思います。私達って普通ですよね?」

「・・口が立つ人」

タカハシさんは笑って、まだ肩に置かれていたタナカさんの手を離し、俺の方を向き直った。

「君が彼女連れで急に来るから、私だって演説するじゃない。スズキ君が悪いよ」

「そうですよ、スズキさんはそんな所ありますよ?」

2人して言ってくる。

「とんだ八つ当たりだっ。何で結託してるんだ?」

タカハシさんとタナカさんは笑うばかりで、タナカさんの頭の上のゴラエモンは『もういいだろう? さっさと切り上げろ』と、うんざり顔でハンドサインを送ってきた。



6人目は『ワタナベさん』。俺が最初に就職した会社の上司。サバゲー好きな人で、当然今日も・・サバゲーに参加することになったっ。

「殲滅しますっ!」

両手にサブマシンガンタイプのエアガンを持ったしたタナカさんは、ゴーグル越しの狭い視界をものともせず、敵チームの銃撃を完全に見切って回避しつつ次々とヒットさせていったっ!

ゴラエモンは「参戦しないのに居合わせてもしょうがあるまい」と休憩用のテントでゴロ寝を決め込んでいた。

「スズキ君っ、あの娘何者っ?!」

上級サバゲープレイヤーのワタナベさんもビックリだ。

「いやぁ、以前ゲーム会社で射撃の体感ゲームを開発していたそうなんですよ。あと中学時代卓球でインターハイ出てるみたいです」

宇宙人や宇宙生物と結構戦ってきました、とは言えない。タナカさん程の身体能力が無い俺でさえ、何となく相手の『撃ち気』や『射線』がわかるくらいだ。実戦経験は大きい。

「凄いルーキーだわ・・これはS県選抜と東京選抜での対抗戦を企画しなくちゃねっ」

ワタナベさんはスカーフを下ろしてニッと笑ってきた。ワタナベさんっぽいな。

「俺はいいですけどね」

「出た! スズキ君の受け入れるけど判断は回避する感じっ。貴方変わらないねぇ」

「いや、そんなことは・・」

俺は急に自分の年齢が下がった様で内心かなり慌てた。

「よーし、彼女さんに置いてかれないように、私達も援護するよっ? スズキ君っ!」

「はいっ」

俺とワタナベさんもタナカさんに続いた。

ゲームはタナカさんは無双したが、味方のポカミスであっさりフラッグを取られてしまい、俺達のチームは負けてしまった。

「負けちゃいましたね」

休憩用のテントでタナカさんは民間販売用の自衛隊レーションをモリモリ食べながら、さっぱりした顔をしていた。

ゴラエモンも再構成したレーションをタナカさんの頭の上で食べていたが、あまりお気に召さないらしく、不満顔だった。

「タナカちゃん、才能あるわ。絶対続けなっ」

「そうですか? へへっ。スズキさんどうですか?」

「いいと思う。またお供するよ」

「お供するよ、だってっ! 可愛いこというようになったねっ」

「いや・・」

俺は困った顔をしながら、タナカさんに『俺の新社会人時代の設定どうなってんの??』と視線で聞いてみたが、素知らぬ顔をされた。

勿論、記憶はあるんだけど主観的な視点の物だがら『何でも淡々と引いたスタンスで対応していた』気はしたけど、いまいちピンとこなかった。

「そっかそっか、スズキ君も変わるよね。私も離婚しちゃったし、年月は・・」

「離婚されんですかっ?!」

自分でも意外な程、声が大きかった。タナカさんはテーブルの上ではニコニコと変わらずレーションを食べていたけど、テーブルの下では俺の脛をアーミーブーツで軽く小突いてきたっ。うっ!

「まぁね。結婚しましたっ、て葉書送ったりするけど離婚しましたっ、て葉書送ったりしないでしょ? ウチは子育てでちょっとモメちゃってね」

「子育て・・」

確か2人兄弟で、兄の方の右手に障害があったような? と、

「ワタナベさーん、ちょっとショップの人が」

会場のスタッフがワタナベを呼びに来た。

「あ、はいっ。行きますっ! じゃあね、スズキ君。10年ぶりくらいに顔見れて嬉しかったよ?」

「あの」

「うん?」

「俺、会社辞めようと思っていて」

ワタナベさんは真面目な顔になった。

「・・うん。少し噂は聞いてる。君、よくやったと思うよ。何ならまたウチの会社来る? 私に人事権なんて無いけど、人事の同期が出世してるから」

「いえ、もう会社勤めは止そうかと思って」

ワタナベは困った様な顔で笑った。

「もう若くないんだから、生活のことは忘れちゃダメよ?」

「はい、ちゃんとします」

「頑張ってね。タナカちゃんも、スズキ君がヒモにならない様に見張ってねっ」

「はいっ、タナカ、見張りますっ!」

ワタナベさんは笑って、俺に向かって軽く片手を上げて会場スタッフの所へ去っていった。

そのまま長々と居座ってまたワタナベさんと顔を合わせるのも何だか間抜けなので、俺達は早めに帰る参加者の流れに紛れ会場を去った。

「何だか素敵な人でしたね」

「ああ、そうですね・・」

俺達は夕日を受けながらサバゲー会場のあった東京の外れの方から、コスモバイクでまた都心へと飛行していた。通信で会話している。

「さっきの女もさほど改変されていない。スズキとの関わりを足して、後は子供の障害の度合いがやや軽くなったくらいだ」

「私の改変って、大雑把なとこありますよね・・」

さすがに何人も立て続けに見ると負担らしいタナカさん。

「ワタナベさんにとって、俺は居ても居なくても変わらないくらいだったんだろうな」

「勘違いするな、スズキよ」

小さなコスモバイクで並走するゴラエモンがやや厳しく言ってきた。

「これはお前の半生の確認の旅であって、女達の半生とイコールではない。女達にしてみれば、お前との関わり等は道を歩いていたら泥まみれの猫が足にじゃれ付いてきた、くらいのものだ。自分の存在感を過大評価するな」

「・・そだな、ゴラエモン。俺、調子に乗ってた」

「私にとっては一大事ですよ? スズキさん」

「そりゃどうも」

「そこは軽く返すの違うんじゃないですか?」

また機嫌悪くなるタナカさんだった。



ビジホの部屋すら取れなかった為、カプセルホテルに泊まり、朝、食堂で合流したタナカさんに「カプセルホテル初めて泊まりましたっ! 蜂の巣みたいですねっ」と興奮気味に迫られたりもしたが、俺達は7番目の思い出の人『コガさん』元に向かった。

そこはUR住宅街だった。まぁ小綺麗な、中所得者向けだが連帯保証人までは求めないフラットな団地。それでも入居にしっかり目の審査もあるから住人の印象のバラつきは少ない印象もあった。

全員SFスーツを着て、俺、タナカさん、3日目担当のジュエスはとある棟の屋上から向かい棟の出入り口を見下ろしていた。

「こうしていると、何か正義のヒーローっぽいよね」

気楽なことを言うジュエス。

「しかし、実態は元カノの様子を伺いに来ているだけなのであったっ!」

ナレーション入れてくるタナカさん。

「ちょっと見たらすぐ帰るよ。これまでの人達と違って直接訪ねるのも意味がわからないし」

「わりと『最近の記憶』だから整理ついてないんじゃないの?」

「勘弁してくれよ」

「勘弁しませんよ?」

「タナカさんまでっ」

等とやっていると、オートロックの棟の出入り口から幼稚園に入るか入らないかくらいの男の子が出てきて、そのあとからお腹の大きなコガさんと、その手を取って荷物も持った同年代か少し上くらいの男性が出てきた。

男の子の様子や、コガさんと男性の様子には柔らかい印象があった。

「改変前の現在は?」

「現在に関しては意外と変化は少ない。改変前はすこし不眠症の傾向はあって、でも身重だから薬は控えていて寝不足で困ってる。それくらいさ」

「今は問題ないんだな」

「無いよ? 原因は20代後半まで引っ張ったかなり年上の男との不倫だから。改変で20代中盤で自分で清算して、ここまでの間にスズキをツマミ食いしている。まぁ、不倫も彼女の中で若気の至りくらいの位置付けになったんだろね」

「俺、ツマミ食いかぁ」

「スズキさんに癒された、ってことにしときましょう」

「ツマミかぁ・・」

「ここで得る物はもうないよ? まさかこのまま産婦人科の検診とか、その後の買い物やら和食レストランでの家族水入らずまで粘着質に観察するつもりかい?」

「・・・次、行こうか」

「はいはい、行きましょうっ! ほら、スズキさん元気出してっ」

「幸せそうなら俺はそれでいいんだよ・・」

「女々しいよね、スズキっ!」

俺はタナカさんとジュエスに促され、屋上に停めてあるコスモバイクの所に大人しく戻った。

実際、記憶の中のコガさんはいつも寂しげだったけど、その影はすっかり薄らいでいた。それは本当によかったと思う。



最後の8番目は最初の思い出の人、俺の幼馴染みの方の、まだジンゴロにもなっていない『ホロカワミツネちゃん』だ。

俺達は東京から北のT県までコスモバイクをブッ飛ばした。SFスーツを着たままだからかなりスピード出てる。

「アモチーが遠隔サポートしてくれたらもっと飛ばせるんだけど、あいつ最近本格的にフラフラ出歩いて部屋にあんまり帰ってもこないから、コスモバイクのオートサポートが不十分なんだよね」

「テレポートできないですか?」

「T県にも来訪者の施設があるからそこを利用すれば飛べるけど、色々めんどくさい。1時間も掛かんないし、ツーリングだと思って楽しもうよ? スズキ、聞いてる?」

「おお、アモチー出歩いてるよな」

「え? そこに話戻んの??」

「いや、いいんだけど」

そう、あの『髪巻きキッス事件』から、アモチーは俺達の部屋にあまり寄りつかず、連絡もあまり取れず、行方知れずになりがちになっていた。

冗談っぽく処理してくれないから、正直、消化し切れない感じにはなっていた。

ともかく、やがて目的のT県のとある村に着いた。

「日本昔話っぽいよね」

「ドングリで飛べそう」

「弟が喘息気味だったのと、父が単身赴任しがちだったから一時期年の半分くらいはここにいたんだ。母はあまり売れてはいないピアニストで、祖母に俺達を預けてそのまま何ヵ月も仕事に出ていた」

メットのフェイスガードを上げると、今の時期は特に田んぼと水路の匂いがする。鼻が慣れるまでちょっと臭い。

「・・改変前の婆ちゃんは家政婦だったんだろ?」

「この地域のホロカワ家の家政婦で生涯独身だったよ。ホロカワミツネに関してはタナカ以外の力も働いているから、結構改変が激しい」

あの昔話で桃でも拾いそうな祖母が名家で家政婦か・・。

「改変前のホロカワミツネは身体が弱くて、やはり幼い内に病死している。今思うと依代として用意された個体だったのかもね」

「ミツネちゃんの家に行ってみよう」

俺は記憶を頼りにコスモバイクを飛ばした。タナカさん達も続いてくれた。

ミツネちゃんの家は蔦だらけになって、完全に廃墟だった。

「改変前はミツネちゃんの療養の為に建てられた関東系ホロカワ氏族の別荘だったけど、改変で分家の、翻訳家の男の所有する家になった。ミツネの死後、両親は離婚。今、この家の権利は銀行が持ってるけど、塩漬けだね」

「何回か遊びに来たことがあったよ・・」

俺と、ミツネちゃんと、年々体調が良くなった弟。仲良くしていた。お金持ちなのにお婆ちゃんが心配して縫ってくれた、という昔話みたいなチャンチャンコをいつも着ているのが何だかおかしくて、可愛かった。

「事故のあった、君の祖母の家の前に行ってみるかい? 家はもう空き家だけど」

「いや、今回はここまでにしとくよ。ジンゴロのことも考えると何だか混乱してきた」

「スズキ、ナイーブだね。これから北海道にも行くんだよ? 大丈夫? 日を改めてもいいよ?」

「無理はしないで」

タナカさんが腕に触れてきた。ミツネちゃんに関しては、起こった出来事は近しい宇宙とほぼ同じで、何も学習せずに2回死なせてしまった様で消耗を感じた。

記憶データ上のことで、『彼女』の介入もあったにせよ、子供の頃の俺の無力さと迂闊さが改めて歯痒かった。

「・・北海道にゆこう。これでこの旅も一先ず終わりだ」

俺は何とか切り替えて言った。



北海道の来訪者施設の円形の転送装置にテレポートしてきた。さすがにT県から北海道まで走るのは辛いから。

だが、来て早々、

「あれぇ~? 何か玉葱臭いと思ったらS県担当のフィレオレ・プレプレ星人じゃ~んっ?!」

「出涸らし特異点と、その被造物もついてきたよ?」

待ち構えていたらしいジュエス達とはまた別の小人型来訪者の男女2人が絡んできた。

触覚と身体の大きさはジュエス達と変わらないが、羽虫の羽と首の周りの毛を持ち、目が複眼だった。蜂みたいだ。

「何だよ? 急いでるんだ。退いてくれよっ」

「ハイ、生意気ポイント1ポイント入りましたぁっ」

「入ったねぇっ」

「お前さぁ、ジュエスぅ~っ! ここ北海道はボク達『フィレオレ・ペロペロ星人』の文明調査官の縄張りなワケ。わかってんの?」

「いいこと言ったっ、完全同意っ!」

「別に縄張りを荒らしにきたワケじゃないよ? 観光申請したしっ、問題無いだろ? 退いてくれよっ」

何か、イジメっ子のウザ絡みから抜けだせないターンに入ってるっ?

「・・このボクっ、ニッカー様の機嫌を損ねたら、すんごい御褒美お見舞いするよっ!」

「このケッムーもお見舞いするぞっ? お見舞いって言っても病院にフルーツとか持っていくヤツじゃないからなっ?!」

「わかったよっ。気を付けるっ。スズキ、タナカ、早く行こうっ」

何とか蜂星人? が退いてくれたから俺とタナカさんも慌ててジュエスに続いた。

「何か、私、『出涸らし』て言われちゃいましたよ?」

「もう特異点の力残ってないからね」

「俺なんて『被造物』て言われちゃったよ?」

「実際、タナカに創られてるからねっ。それより早く行こうっ、来訪者同士も相性があって、アイツらとは大昔から仲が悪いんだ」

珍しく余裕無いジュエスはとにかく逃げの一手でその場を去り、施設内の北海道のコスモポリスの受付で何やら手続きしてようやく俺達は北海道の街中に出られた。

「時計台の後ろが出入り口だったんですねっ!」

「凄いな」

「他にもあちこち開いてるよ。それよりスーツは脱がないでね? ここは手早く片付けてS県に戻ろう。モタモタしてるとニッカー達がまた絡みにくるよっ」

さっきの連中が心底苦手らしいジュエス。

「まず大学にゆこう。だいぶズレてるけど、大体同じ大学はこの宇宙にもあった」

「じゃあ、ちゃっちゃと済ませましょう」

タナカさんはポーターブレスで目の前にT県に置いてきたコスモバイクを転送させた。俺とジュエスもコスモバイクを転送させ、わりと近い、大学に向かった。

「お盆だから、寂しい感じですね、スズキさん」

「食堂もしまってるでしょうけど、ちょっと、見て回らせて下さい。全く同じじゃないでしょうけど・・」

「特に変な反応はないよ? ここ拾いからコスモバイク移動厳守だよっ」

ジュエスはとにかく時短で行くつもりらしい、まあ今は人が少ないし、自転車くらいの速度なら大丈夫か・・

いずれも外からみるだけだったけど、まず博物館、農場建て屋、植物園、新旧のポプラ並木、イチョウ並木、睡蓮が映える池、旧講堂、図書館、各種本講堂・・・

色々ズレてはいたが、記憶と合致した。

「満足しましたか? スズキさん」

「はい、でもあと2ヶ所、行ってみましょう」

ジュエスは、え~? という顔だったが、タナカさんは腹を括った様子だった。

1つ目は遠い宇宙で俺がバイトしていたカフェ。店構えは違ったが、記憶と全く同じ所にあった。

俺もタナカさんもお腹が空いていたから、近くの本屋のトイレでSFスーツから私服に着替えてカフェに入った。

残念ながら店員はまるで別人だったが、名物の『牡蠣ボンゴレ』はボリューミーで懐かしく、堪らなかった。

そしていよいよ最後、もう着替えるのが面倒だから私服のままコスモバイクに乗って来たのは・・

「ショッピングモールですね」

「ショッピングモールだね」

「ホロカワショッピングモールになっちゃってるな・・」

少し位置が違ったが、遠い宇宙でアクアリウムだった所はやたらゴージャスなホロカワグループのショッピングモールになっていた。

近くの7階建てくらいの商業ビルの屋上に着陸していた俺達は、眼下に拡がる屋根ですっぽり覆われた様なショッピングモールを見下ろし、揃って渋い顔になった。

「まぁ僕は知ってたけど、敢えて言わずにいたよ」

「実は私も昨日うっかりスマホで検索しちゃって知ってました」

「うん・・」

ま、こんなもんか。

「スズキ、アクアリウムの要素はたぶん、玉塔の方にいったんだよ」

「だな。よし・・帰りますか?」

「そうだね、バイク残すとニッカー達にイジられるかも知れないから纏めて転送できるようにセットするよ。待って、すぐ終わる」

「あのっ!」

ジュエスが自分の小さなブレスレットを念力でイジり出すと、突然タナカさんが大きな声を出した。

「何だよタナカ? トイレ? ここの5階と3階にあるみたいだよ?」

「どうしたました? タナカさん」

「スズキさんっ」

凄い圧の視線だタナカさんっ。

「はい?」

「よろしかったらもう1泊しませんか?」

「・・・ん?」

俺が固まっていると、ジュエスは手早く転送のセットを終えたようだった。

「はい、これでOKっ! 2人とも帰りはコスモバイクに乗った状態でS県に転送操作すれば後は勝手に運んでくれるから。じゃ、僕はお先。お土産買ってきてね。あ、君達だけならニッカー達も絡んでこないと思うよ。それじゃ・・」

ジュエス言うだけ言うと、自分の小さなコスモバイクに股がってテレポートして行ってしまった。

「ダメ、ですか?」

「ダメ、では・・ないです」

俺達はもう1泊することになった。



だいぶショッピングモールから離れた奥地にコスモバイクでゆくことになったが、当日予約でとある旅館の部屋が取れた。

混浴ではなく、家族風呂もなかったので、それぞれ別々に温泉に入り、浴衣を着て、やや多過ぎる会席料理膳を平らげ、酒もだいぶ飲み、中居さんによって容赦無く布団を連結させて敷かれていたっ!

俺達は小さなテーブルを挟んで、広縁の和風の椅子に向かい合って座り、2人して窓から夜の旅館の庭園を見ていたが、真っ暗過ぎて何も見えねぇっ!! 完全暗黒庭園っ! いやそこはライトアップ頑張ろうよ?!

「・・タナカさん、どうやら俺は定期的にフィレオレ・プレプレ星人達に記憶を読まれて調査されていたようです。今でも継続しているかはわかりませんが」

「スズキさん、それは今後の展開に関し、私達のプライバシーに危機が訪れるということを危惧していると、そういうことでしょうか?」

「彼らは地球人の文明を調査しているようですから」

「スズキさん」

タナカさんは身を乗り出し、俺の手を取った。浴衣の胸元が危ういのではないだろうか??

「では見せつけてしまいましょう、私達の文明の営みをっ!」

「文明の、営み・・」

こうして我々は、この夜、文明を営んだ。



翌日の昼前、コスモバイクに乗って設定通りテレポートすると玉塔上空だった。

「ここですか」

「ここしかないですよスズキさん」

「ですね・・」

俺達はマンションに帰った。

意外とフィレオレ・プレプレ星人達は不在で、アモチーの姿も見えなかったが、夕方にはフィレオレ・プレプレ星人達は戻ってきた。

土産も渡したのだが、散々イジられ敵わなかった。宴会の後、いつもの様に歌唱ステージでサンビーが歌う構えと相成った。今日の衣装は全員マカロニウエスタンだった。

「それでは聞いて下さい『ロバのジョニー』」


枯れた草の丘越えて来たよロバのジョニー 温いビール3ダースで売られてきたよ


犬が嫌いでブギーキャットも嫌い、地主の下手な歌も嫌い 何もかも嫌いなロバのジョニー


よく働くよジョニー 君のお陰で我が家は天国 すぐ壊れるトラックより素敵 ガソリンの代わりにそこらの草でポクポク歩く


ブラシ掛けが好きなジョニー 撫でるとギュウギュウおかしな声で鳴く 鳴いてる内に獣医が虫避け注射しても何も知らない お前は気の好いヤツ


故郷何て覚えてないジョニー ここがお前の家 冬は暖かい藁でお眠り 眠りながら藁も食べてしまう 幸せなジョニー 春を待て 春になれば緑の葉を食べられる お前に約束された家 それがここさ


蹄軽きロバのジョニー 駆けてゆけよ お前は私の家族・・



明け方近く、フィレオレ・プレプレ星人達は冷蔵庫の家に帰ったので、エアコンは普通の温度になっていた。

タナカさんは朝食用にお粥と温サラダを作って自分の部屋に戻ったようだ。朝食、ありがたい。俺と違い、休みだったワケでもなく数日作業を休んだのでスケジュールを取り戻すのが暫くは大変らしい。

俺は上着を被ってソファで寝ていたらしい。

起きたのは誰かが部屋から出てゆく気配を察したからだ。いや、それ以前に頬に温かい物が触れる感触があった。それはタナカさんではなかった。見当はつく。

俺は起きだすと、鍵を取って、玄関を出て、屋上に向かった。だが、屋上へ通じる階段にマカロニウエスタンではなくSFスーツ姿のサンビーがいた。

手には彼女を倒した『パラレルシューター』を抱えている。

「ちょいと待ちな、スズキ。どこ行くつもり?」

「アモチーに話がある。口説くワケじゃない」

「なら見届けるよっ」

サンビーは俺の頭の上に飛び乗った。

「君達、仲悪くなかったっけ?」

「女にも仁義ってもんがあるんだよ」

「へぇ」

俺は鍵を開け、屋上に出た。

アモチーは屋上上空で静止している小さな宇宙船の上に立っていた。紫色の藤の柄の浴衣を着て、昇ろうとする朝陽の方を見ていた。

「サンビー何してんのぉ?」

「演習だよ」

「ふーん」

「アモチー」

「何ぃ?」

アモチーは俺を見下ろした。

「タナカさんと、付き合うことにした」

「まぁだろうねぇ」

「俺、何かいいとこあったかな?」

アモチーの視線が柔らかくなった気がした。

「顔、声、喋り方、姿勢、歩き方、寝顔、すぐ受け入れる所、それが処世術になってる所、全体的なスズキ感。そんなとこだよぉ」

「そうか・・。俺もアモチーは楽チンな感じはした。でも、俺、タナカさんと付き合うことにした」

「2回言わなくていいよぉ」

アモチーは笑った。

「アモチーは寿命とか無いし、船だからどこへでも行ける。スズキが次に生まれ変わったら、同じ時間にタナカが居ても容赦しないよぉ?」

「ああ、わかった。よかった」

「何、よかった、ってぇっ。スズキ、ばーかっ。・・日が昇ったら、普通に戻るよぉ」

「うん」

「スズキ、調子に乗るなよ? 事故みたいなもんだからなっ」

サンビーにパラレルシューターの銃口で頭皮をグリグリされた。

「痛い痛いっ、わかったってっ!」

そうしている内に日が昇り、俺達3人はそれを見届け、普通に戻ることにした。

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