CASE 6 レトロピープル
今回は昭和レトロ世界の冒険です。スズキとタナカの秘密にも迫りますっ!
「痛たた・・この印、ほんとに君ら関係の人達以外には見えてないのか?」
「問題無いのう。玩具で撃つ必要は無かっがのぅ」
ロク・チャンも呆れていた。
俺は手鏡で少し赤く腫れた上に奇妙なシンボルマークが明滅している額を見ていた。
モデルガン? で撃たれた痕だ。サンビー歌の演奏に掻き消される様な気の抜けた銃声で放たれたプラスチックの弾だったけど、着弾後に変なマークを付けられていた。
花火大会の後、俺がマンションの管理会社に屋上の鍵が壊れていたと連絡するのを見届けたタナカさんは既にぐでんぐでんに酔っていたので、自分の部屋にサンビーに念力で支えてもらいながら帰っていた。
俺も他の連中と屋上の後片付けを済ませてから自分の部屋に戻った。
この間、アモチーからは「マーキングした。解説はジュエス辺りから後で聞いときなぁ」とだけ言って後は素っ気ない対応だ。何だ? マーキング? 何かの縄張り??
と、部屋の中空にサンビーがテレポートして帰ってきた。
「ただいま。タナカは水飲ませてエアコンを地球人用の温度にして、タオルケット被せてソファに寝かせといた。明日のあいつの仕事のスケジュールわかんないから朝起こしてやるわ」
「サンビー、意外と面倒見いいな」
「スズキ、あたしは宇宙生物学者。地球生物のタナカのケアくらい普通よ?」
「地球生物・・」
俺は、ゴラエモンと一緒に念力で片したゴミ袋を燃える物と燃えない物とリサイクルする物に分けていたジュエスの方を向き直った。
「そのタナカさんが俺を造った、って話。どういうことなんだ?」
「うん・・」
ジュエスはチラっと、まだ西部のガンレディ姿で宙に浮かび上がり、伸ばした髪を操って漫画雑誌と週刊誌とファッション誌をそれぞれ掴んで並列して読んでいるアモチーを見てから俺の方を向いた。
「タナカが特異点なのは本当だよ? ただかなり限定的な力だったみたいで、まともに1度だけ使えた力が『スズキの発生』だった」
「俺の発生・・」
一応、母親から産まれたつもりだったのだが??
「正しくは『タナカのことが好きになるナニカ』の発生ね」
「うっ・・」
サンビーが補足してきた。
「その割には随分抑制的な人物を『創造』しているから、私達は最初、タナカの真面目で控え目な性格がそうしたものかとも思ったんだけど」
「確かに俺は若くないし、特別イケメンでもないし、金持ちとか天才でもないが・・」
「スズキよ、問題は思ったより大したことなかったお前でなく、お前の出現に呼応して現れた『アンチ存在』の方だ」
ゴラエモンが違うワードを出してきた。
「何それ? アンチ?」
ネットで粘着する、みたいな??
「世界は案外いい加減な物でな、辻褄が合わない出来事が起きると『辻褄は合っていた』ことにしようとする力が働く。この場合、タナカによってお前が創造されたことに対抗してアンチ存在が出現した。つまりお前の認識で言うところの『ホロカワ・ミツネ』だ」
「先生が?」
これまでのホロカワ氏との接触を思い浮かべる。確かに、クリニックを離れてからは尋常な様子ではなかった。
「ホロカワ・ミツネは我々では上手く観測できなんだ。かろうじてアモチーが接近と活性化を探知していたがの」
ロク・チャンはいつの間にか冷蔵庫の上段の部屋に戻りSFスーツからジャージに着替えていた。シリアスな台詞の割にはリラックスする準備が素早いっ。
「えー・・」
それでアモチーは最近俺の周りをチョロチョロしていたのか。
「当初僕らはシンプルに、タナカが造りだしたスズキとそのアンチがどの程度の脅威なのか? 調査して必要なら処分する手筈になっていたんだよ」
さらっと言ってくるジュエス。
「いやいやいやっ! そんな話になってたのかっ? というかちょっと待ってくれっ、さっきから俺がタナカさんに創造されたって前提で進んでるけどっ、俺の今までの人生とか、その・・全部フェイクなのか?!」
俺にはそんな記憶ないし、今の生活は?? どの時点での話だ? 何だ???
「落ち着いて、スズキ。君のこれまでの人生の積み上げはフェイクじゃない。タナカの特異点の力はそんなヌルい物ではなくて、『この宇宙にスズキは存在していた』と現状も歴史も、書き換えてしまったんだよ? だから君の人生は既に事実なんだ」
「・・・」
唖然とした。
「因みはこれまでの調査期間中、あんたが眠っている間にほぼ毎晩、記憶を覗かせてもらってたわ。敢えて謝罪はしないけど」
これまたさらっと居直りつつ告白するサンビー。
「・・それくらい、もういい」
麻痺してきた。
「我々はてっきりホロカワ・ミツネはお前の存在を打ち消そうとしているのだと思っていたんだがの、どうもヤツはお前ではなく、お前を生み出したタナカの存在を打ち消して、タナカに成り代わろうとしている風に見える」
ジャージのロク・チャンの思わぬ話に俺は衝撃を受けた。
「タナカさんが危ないのか?!」
「ホロカワ・ミツネの君に対する執着、タナカへのある主の攻撃性。それに君がタナカの創造物とはいっても、君の記憶にタナカを構成する要素が大過ぎる点。タナカの能力が限定的過ぎるのと、ちょっと発現が遅く創造したスズキがパッとしない点・・さらに深い調査が必要になってきた」
微妙にディスられてる部分があったような?
「あんたがホロカワ・ミツネを拒否したことで、ホロカワ・ミツネ自身が自分をアンチ存在だと自覚した様でもあるから、のんびり様子見してられなくなったわ」
サンビーがそう言うと、アモチーがドサドサと読んでいた書籍をテーブルに乱暴に置き、髪をシュルっといつもの長さに戻した。
「アンチ避けのマーキングも暫くは有効だろうしぃ。そろそろレトロピープルの所に行かなぁい?」
額のこれ、厄除けだったんだ。というか、
「・・レトロピープル?」
急な情報量に俺は戸惑っていた。
既に夜中であったことや屋上でだいぶ飲んでいた為、俺はこの間マイクロクローン体を使った時も入った休眠カプセルの中に小一時間程入れられ、シャワーも浴びでシャキッとした。
さらに連中からのオーダーで『ノータイの半袖シャツとスラックスに通勤向きのウォーキングシューズ』といった格好に着替え
た。
そして・・アモチーが運転する高速のコスモバイクの後部席に座っていた!
「おっ? おおっ?? いつものスーツ無しだとまた一段と凄いな」
「防護スーツ、着たり脱いだりめんどくさいでしょお?」
目的のレトロピープルとやらは人間サイズの個体が防護スーツの類いを着ていると警戒するらしい。
アモチーは俺に配慮して通常よりコスモバイクを覆うバリアを強めに張って、速度もやや落としているようだ。
ゴラエモンとジュエスのコスモバイクを並走させながら、俺達は夜のS県の街や山野の上空を疾走していた。
サンビーとロク・チャンはこちらの動きに反応したホロカワ氏がタナカさんに手を出さないよう見張りに残っている。
・・ところで、俺は夏場のリーマンの昼休みっぽい格好をしているワケだが、アモチーは風鈴柄のチャンチャンコにヨレたTシャツ、ショートパンツ、サンダルという格好だった。
「いや、何でタナカさんのコスプレしてんだ?!」
「ツッコむの遅くなぁい?」
「狙い過ぎてるから逆にツッコんだら負けみたいな気がしたんだが、もう限界だっ」
「こういうの好きなんだろぉ?」
「はぁ? タナカさんのファッションが独特過ぎてよくわからんよっ」
「へっへっへっ・・」
タナカさんと違い、アモチーはスタイルがいいから、風変わりなタナカさんファッションでも無駄にセクシーになっていた。
後部席には持ち手があって後ろに乗っていても何ら接触は無いが、近いことは近く、香水は付けないが同居人ではある為、俺と同じシャンプーやボディーソープ何かを使っているからちょっとドキマギする匂いはした。
「バイタル上がってなぁい?」
「上がってないっ」
「スズキはさぁ、タナカを好きになるナニカである自覚、大事よぉ?」
「・・自分をプログラミングされた機械みたいな物とは思ってないけど、タナカさんはいい人だと思ってる。タナカさんには幸せになってほしい」
「それそれ、そういうの大事よぉ?」
アモチーは面白がる様に言ってコスモバイクを走らせ、やがて廃遊園地を越えた辺りに着陸させていった。
そこは廃業した養鶏場らしかった。独特の臭いもした。
「鶏舎の方じゃないからぁ」
「母屋の裏の納屋だよ」
「相変わらず雑な『人避け』をしている。これではトラブルは減らんな・・」
アモチー達はコスモバイクを停めて、さっさと進み出したが、コスモバイクのライトがないと周囲は真っ暗だった。
「俺、スーツ着てないから暗くて見えないよ?」
「ああ、そういやスズキのボディは地球人仕様だったねぇ」
アモチーは周囲に2つ、光りの玉を出現させた。人魂のようだ。
「アモチー、都市伝説みたいになってるぞ?」
「恐怖、チャンチャンコ女?」
「タナカさんディスってるなっ」
「へへへっ」
「2人とも早く」
「現地で合流するヤツが時間にうるさいのだ」
合流? 案内人でもいるのかな?
とにかく念力を利かせて飛んだり跳びはねたりして先行するジュエスもゴラエモンに続いてゆくと納屋を改造した奇妙なアトリエの様な小屋の前に着いた。
看板があり、1度『まほろばレトロミュージアム』と書かれたのがペンキで塗り潰され、その横の隙間に小さく『独立自治区セピアタウン』と書かれていた。
「独立自治区なんだ」
「レトロピープル達が勝手に言ってるだけだよぉ」
「ふん?」
まず、レトロピープルが何かわからん。昔っぽい人達??
「開いたよ」
ブレスレットで小屋の入り口のロックを外しに掛かっていたジュエスが成功したらしい。
「中の様子を見る」
ゴラエモンが念力でボロボロの引き戸を開け、先に入って行った。
「問題無い。蜘蛛くらいだ」
これにジュエスとアモチーも中に入っていった。
「蜘蛛、得意じゃないな」
「スズキは大体苦手だね」
「はいはい無能ですよ?」
俺も中に入ってゆくと、確かに蜘蛛の巣は多かったが、昭和のレトロ雑貨や家電が山積みになった部屋だった。
「何だこりゃ? いや、まず部屋広過ぎないか?」
外から見た印象の5倍は広かった。
「スズキよ、早くしろ。はぐれると見付けるのが面倒になる」
「そういうの先に言っといてくれ」
俺は小走りに奥に入ってゆくゴラエモン達の後を追った。
「・・パソコン?」
昭和グッズに埋もれた先のテーブルに箱形のかなり相当年季の入ったパソコンが置かれていた。しかも何やらゴチャゴチャと改造されていて、所々に新しく見える機材も取り付けられていた。
「これはいつの時代のWindowsだ?」
「レトロピープル達は『昭和レトロ至上主義』だからぁ、これが妥協点なんだろねぇ」
「何の妥協点?」
「入り口だよ」
そう言いながらジュエスは、レトロパソコンに無理矢理取り付けられたフロッピーディスクドライブと見られる機器に、手元にテレポートさせたフロッピーディスクっぽい部位が露出して円形の謎の機器を、念力で押してスコっと繋いだ。
「フロッピーディスクドライブってそんな繋ぎ方できるのか??」
まず俺の世代でもフロッピーディスク自体が中学の頃のパソコン室と、専門学校時代の古い機器の取り扱いの実習と、異動前に本社の資料管理室で暫く塩漬けにされていた時以外、触れる機会かなかった代物だが。
「他に繋ぐとこないし、改造してる時間無いよ・・はい、調整OKっ! 入れるよ?」
「どーやって?」
「こうやってだよぉっ!」
「ちょっ?!」
アモチーはいきなり俺を脇に抱えるとジュエスがレトロパソコンに繋いだ小さな円形の機器へ向けて飛び込んだっ! すると円形機器が光を放ち、俺とアモチーも光に変換されて円形機器の中に吸い込まれていったっ!!
「うわぁあああーーーっ?!」
「スズキうるさいよぉっ」
軽々と脇に抱えられたまま1人でジタバタしていると、アモチーに怒られた。
「ううっ? ここは・・」
そこは、時々映像ノイズの入る、虚空に浮かぶ不可解な街の入り口だった。門が有り下手だがデカデカと『独立自治区セピアタウン 南門』と書かれた看板も掲げられていた。
門の向こうでは三輪自動車が走り、平屋のボロ屋が並ぶ、たぶん最初の東京オリンピックの頃の昭和? らしき夕暮れの街並みが拡がっていた。
ただし街の住人達はどう見ても来訪者達だっ! 来訪者かどうかよくわからないヤツらも多数見えるっ。しかし、それでいてほぼ全員昭和っぽいコスプレをしていた。
「小規模な電子世界に無許可で巣くう、レトロピープルどもだ」
「来訪者達が電子ネットワーク上に使い捨てたアバターが、過去のジャパンの文明データを吸収してある程度自我を得たヤツらだよ」
ゴラエモンとジュエスも『中』に入ってきた。
「こんな所で何かわかるんだ? というか降ろしてくれ、アモチー」
「ん~、まだ街に入ってないから今手を離すとスズキはどっかに落っこちてわかんなくなっちゃうよぉ?」
「ええっ?」
真下を見るとノイズの入る虚空がどこまでも続いていた。
「やっぱもうちょっと、お願いします・・」
「ん~」
否定か肯定がよくわからない唸り声だったけど、取り敢えずアモチーはレトロピープル達の街に入るまで抱えていてくれた。
何らかの荷物になった気分だっ。
門から中に入り、珍妙な住人だらけの人混みの中、最初の広場の街頭白黒テレビの所までゆくと、そこの近くの駄菓子の前のベンチに目当ての人達がいた。
1人は猫の仮面にフード付きマントを着た子供。残るはフィレオレ・プレプレ星人とそう変わらないサイズだがほぼ3頭身にデフォルメされたぬいぐるみの様な、警官服を着た人魚が1人と半魚人が2人だった。
他はともかく人魚はどこかで見たことある様な・・??
「遅いぞっ! 我々のここでの活動限界時間は短いのはわかっているだろう?!」
いきなりクレームを入れてくるぬいぐるみの人魚っ。だがこの声、この圧の掛け方はっ。
「あれ? ナスザキさんですか?」
人魚は俺をキッと俺を睨んできた。
「また君か。素人が来訪者の周りをやたらフラフラするんじゃないっ」
「ナスザキさんもレトロピープルだったんですか?」
「違ーうっ!」
ナスザキ人魚は飛び上がって怒った。
「本職のこれはアバターだっ! 君は来訪者の技術を使ったんだろうが生身でこんな所に入ってくる方がどうかしているっ」
そんなもんなんだ?
「・・ナスザキ、早く行こう。時間の無駄」
猫面の子供がベンチから立って人混みの方へ歩き出してしまった。
「ああっ、ジンゴロっ! 待て、勝手にゆくなっ」
ナスザキ人魚はジンゴロという名らしい猫面を追って人混みに向かい、残りの半魚人ぬいぐるみ達もそれに続いた。
「相変わらずせっかちな女だ」
「今回、僕らボランティアなのに結構言ってくるよね」
「ジンゴロ久し振りに見たわぁ」
アモチー達もワケ知り顔でそれに続いた。
「状況が見えんっ?! 君ら俺に対しての報連相意識、低くないか??」
と言いつつ俺も続いた。
街頭白黒テレビでは光沢のある赤と銀とカラーリングの全身にフィットするスーツを着た怪人と怪獣がプロレスする様子が放映されていて、レトロピープル達は大盛り上がりだった。
暫く進むと街その物がダンスフロアの様に変わり、そこでリーゼントヘアに肩パットの入ったラメ入りスーツを着たレトロピープル達が踊り狂う騒々しいエリアに入った。
「何だここっ?!」
「往年のロカビリー族のつもりなんだろう。邪魔でうるさいが対して実害は無い。無視だ無視っ」
ナスザキ人魚はジンゴロ追ってズンズン進んでいた。
「面白そうだからちょっと遊んできたいなぁ」
「アモチー、君はともかく、僕らは長居はできないから急ごう」
「え~?」
「ここに長くいたらマズいのかな?」
俺は近くにいたゴラエモンに聞いてみた。
「時間の流れがデタラメだ。狙った時間に帰るのが難しい。対策無しで長居すると戻った時に何年も経ってしまう可能性がある」
「竜宮城システムなのか?!」
「例えるならな・・」
ヤバい。ただの手の込んだコスプレイベント会場ではないようだ。俺も必死で踊り狂うレトロピープルを押し退け、先を急いだ。
次は街中にだだっ広い道が通ったエリアで、そこを骨董品の様に旧い型のバイクに乗ったやんちゃそうなレトロピープル達が走り回っており、危険極まりないっ!
「カミナリ族擬きか・・以前と出現場所が違うな」
「セピアタウンは不安定。すぐ組み代わる」
ナスザキ人魚は焦っていたが、ジンゴロは平然としていた。
「アモチーが纏めてブッ飛ばしてやろうかぁ?」
「そこまで大袈裟にすることはない」
ゴラエモンがアモチーの前に出た。光の剣を抜き、頭上に掲げ出力を上げたっ。
「っ?!」
光の柱となった剣に気付く暴走レトロピープル達っ。ゴラエモンはそれをゆっくりと振り下ろしだした!
「どぅああっ?!」
「エーテル振動刃だっ」
「何でこんな所にっ??」
「ふんっ!!」
ズゥンッ!!! 広い道の真ん中を一文字に斬り裂く光の剣っ。暴走レトロピープル達は慌てふためいてバイクを道の端に避けたっ。
「ゴラエモンの方が大袈裟じゃんかぁ」
「道を斬っただけだ」
「呆れたヤツ」
「急ごう」
ジンゴロが走り出したから、皆速く移動しだし、俺まで走るハメになった。
「俺、一般人だからっ。皆、速いってっ」
「スズキ、油断してるとメタボるよぉ?」
「そ、そんなことはっ」
実は最近の連日の自宅飲み会で少し心配にはなっていた。
道の先は左右に別れていたが、ジンゴロはどちらにもゆかず、二股の中心にあった崩れ掛けの神社へと飛び込んで行った。
「神社?」
「次のゾーンへの入り口がある。スズキ急いでっ。同じ場所に跳ぶのが難しくなるから!」
「急いではいるのだがっ?!」
ジュエスに促されたが皆速いっ。
「しょうがないなぁ」
アモチーが神社の階段で振り返り、最後尾の俺に髪を伸ばして捕えたっ!
「わわっ?!」
「大人しくしてなぁ?」
「その格好で髪伸ばすと益々妖怪退治しそうだね?」
「スズキはどっちかと言ったら退治される側だかんねぇ?」
「いや、俺は別に・・」
アモチーは俺を髪で巻き取ったまま階段を駆け上がった。
ジンゴロ達やジュエス達はその先の鳥居の中空の空間が歪んだ渦に飛び込んでゆき、アモチーも俺をキープしたままそこへ飛び込んだ!!
「またこの感じだよっ?!」
目を閉じたが、身体がぐにゃぐにゃになる感覚が過ぎて目を開けると、朽ちた寺へと続く石段の上にいた。
アモチーは俺を髪から解放した。
「今度は何だ?」
遠くから大勢の人々が争う様な声が聴こえ、キナ臭い臭いがうっすら立ち込め、空には幾つも細長い煙が立ち上がっていた。
「ここからは学生運動の時代のゾーンだ。カミナリ族擬きどもより余程凶暴だから注意しろっ」
ナスザキ人魚は半魚人の1人をジンゴロに付け、もう1人を俺に付けた。
「なるべく安全なルートを取る。さっきと同じ様なことをしても恐れず逆に向かってくるから、身を守る以上のことはしない方がいい」
「いいだろう」
ジンゴロに言われ、日本刀くらいの長さにしていた光の剣をナイフ程度の長さに縮めるゴラエモン。意外と素直。
「アモチーも堪えなよ?」
「はいはーい」
ジュエスに釘を刺され面倒そうにするアモチーだった。
「行こう」
またジンゴロが足早に石段を降り始め、俺達も続いた。
「反対反対反対っ!! 破棄せよっ! 破棄せよっ! 破棄せよっ!」
「突貫っ!! 突貫っ!! 突貫っ!! 確保しろっ!」
街では白メットにゲバ棒の運動家コスのレトロピープル達と機動隊コスのレトロピープル達が壮絶に潰し合いをしていたっ。
「何についての争いだ?!」
「それぞれ圧倒的正義を掲げている。実体が無いのと、恍惚としているから争いが終わらない」
ジンゴロは淡々としていた。
「レトロピープル達は独自ルール内ならいくら死んでもすぐリサイクルされるんだ。個は確立してない。これは祭りみたいなもんだよ」
ジュエスの方はやや辛辣な調子だった。
「本職の立場では警官隊の応援をしたいところだが、仏教の修羅道みたいな物だからな。先を急ごう。我々の目的地はこのゾーンにあるんだ」
「仏教とやらの修羅道は楽しそうに見えるがな?」
「バトルマニアはカウンセリング案件だよぉ?」
「何っ?!」
「とにかくなるべく避けて通ろう。これはほんとに、酷いっ!」
離れていても投石、火炎瓶、催涙弾、高圧放水が飛んでくるし、学生側警官側問わず時折突進してくる武装レトロピープルもいた。
俺達はジンゴロが進むままに、その中を掻い潜りつつ、半魚人ぬいぐるみ達の電撃警棒やゴラエモンの加減した光の剣、アモチーの髪、ジュエスの光線銃、ナスザキ人魚の電撃杖で身を守った。
まぁ俺とジンゴロは守られてるだけだったけど。
「抜けたっ!」
争いが耐えないエリアを抜けると一転、アコースティックギターとハーモニカの音が響くゆったりとしたエリアに移った。
街は都市部というより地方都市で、最初の白黒テレビの時代から進んで落ち着いた感があった。走ってる車も旧い型ではあっても4輪だ。
あちこちにいる男女のレトロピープル達はいずれももっさりした髪型で、上半身はピッチリしているが下半身はゆったりとした服装で、大体ギターやハーモニカやラジカセを持ち、酒を飲んだり煙草を吹かしたりしながら何をするでもなく音楽に興じたりしていた。
「何エリア? 急に平和だが??」
「ここは『シラケ世代』のエリアだ。そこら辺に生えてる草みたいなヤツらだから無視して問題無い」
酷い解説のナスザキ人魚っ。
「近い所にあるヒッピーエリアはちょっとめんどくさいけどね」
光線銃をしまいつつ周囲を確認して一息つくジュエス。
「『店』、すぐ近く。拡がってるみたい。急ごう」
ジンゴロが進みだしたから例によって全員続いた。
「店って?」
「ナスザキ達の目的地だよぉ? まぁ情報屋みたいだねぇ」
「拡がってる、というのは?」
「スズキよ、情報屋は暴走したレトロピープルに『本気』で襲われてフリーズしている。ジャパンのポリス達はそれを解消しに来たのだ。フリーズが周囲に拡大しているのかもしれん」
「う~ん、俺のこともそこで聞くんだ?」
「いや、違うよ。これはただのボランティア。といっても途中まででもジンゴロがいてくれると迷わずに済むからギブアンドテイクだけどね」
「ふん??」
じゃあ、俺のことはどうやって調べるんだ? 等と思っている内に、その店に着いた。
「これは、また・・・」
映像ノイズがかなり入って灰色になり、立体感すら失った状態だったが、店の2階を覆う様にしてスィートピーの花の様な女のレトロピープルが蔓で巻き付いていた。
女自体も半ばフリーズしている。フリーズの範囲は徐々に拡大していっているようでもあった。
「る、るる、るるるーーーっ。わ、わた、わたし、わたわたわた・・私っ!」
混乱しているようだ。
「かなりバグってるな、斬り辛いっ」
「アモチー、出番だよ?」
「どう片付けよっかなぁ」
アモチーは片手をスィートピーの女に差し向けた。すると宗教儀式に使われる様な紋様が女の周囲に出現し、女が一瞬光に包まれた。
「るるるぅーっ?!」
灰色のノイズだったスィートピーの女が色彩とハッキリとした力を取り戻した。途端、女の周囲に紋様と入れ替わりに無数の砲台が出現した!
「ひぃっ?!」
「正気に戻った所で悪いんどけどぉ? このまま消滅するか大人しくどっか行くか選んでいいよぉ?」
大汗をかくスィートピーの女っ。
「独りきりの私の声ぇええ~、眩しいぃ、夏空にこーだーまーしぃてぇええ~~っ!」
スィートピーの女は歌いながら巻き付いていた店から離れ、浮き上がって何処かへ跳び去っていった。
「危険な個体だな、登録しておこう・・」
「あんなの、珍しくない。皆、誰かの思い出の欠片」
「ジンゴロ、フリーズ解けそうか?」
「今、やってる」
ジンゴロは籠手の様な形の端末を操作してスィートピー女が離れた後も未だフリーズしたままの店を直しに掛かっているらしかった。
「店、ちゃんぽん屋だったんだ」
「表向きには、っぽいね。・・ナスザキ。僕らもう先にゆくから」
「ああ、助かった。また借りは返そう」
「ジンゴロ、元気でな」
「・・うん」
「じゃねぇ」
皆、ナスザキ人魚達を置いて立ち去る流れだ。
「じゃあ、失礼しまーす」
俺もアモチー達に続き、ここでナスザキ人魚達とは別れた。
「あのジンゴロって子、凄腕の電子系エンジニアみたいな感じなのかな?」
「電子系に関して凄腕ではあるけど、別にエンジニアじゃないよ?」
「え? じゃあ何? あの子もレトロピープル?」
「スズキよ、ジンゴロはレトロピープルではない。強いて言うなれば・・」
「言うなれば?」
「『探偵』だねぇ」
「へぇ、探偵なんだ。・・・いや、よくわかんないんだけど?」
「ねぇ」
「だよね」
「実は我々もジンゴロのことはよくわからんのだ、スズキよ」
「え~??」
結論、『あの子のこと、誰もよく知らなかった』。
これで最後らしいというゾーンはまさに狂乱だったっ!
「フゥウウーッ!!」
奇声を上げ、ダンスホールで眉毛の太い男女のレトロピープル達が踊り、酒を飲んでいた。女は所謂ボディコンルックでド派手な扇子を振るい、男はお洒落なチンピラみたいな格好で大騒ぎ。
身に付けた貴金属も派手で淫靡さもそこはかとなく有り、ロカビリー族擬きの様な牧歌的な雰囲気は無かった。
「バブルゾーンの分かり易いエリアに出ちゃったね」
「性に合わん、さっさと抜けるぞ?」
「アモチー的には無し寄りの有り、かな?」
「有りなんだ。ああいうの似合いそうだしな」
「はい、スズキのセクハラ入りましたぁ」
「いや違うってっ」
「スズキよ」
「スズキってるね」
「何、スズキってるって?」
騒がしいことは騒がしかったが、特にトラブルは無くバブルダンスホールを抜けた。
そして、その後すぐに俺達はタクシーに乗った。外はもうすっかり都会の景色だ。ビル群が夕日に映える。・・って!
「何で急にタクシー移動っ?!」
「スズキよ、バブルゾーンはタクシー移動が基本だ」
「料金はぼったくりだからセピアタウンで使えるクレジットしっかり目に用意してきた」
「消費という名の病に置かされたゾーンだからねぇ」
「何か、チャンチャンコ着た人が深いこと言い出したな。痛たたっ?!」
伸ばした髪で関節技を掛けられたっ。
そうして何やかんやでアモチー達の目的地に着いたようだ。
「ミニシアター?」
そこは寂れた場末の映画館だった。普通に閉館している。
「ここで調べられるのか?」
「電子世界は現実世界より他の宇宙との境目が曖昧なんだよ」
「お、おう」
急に言われてもな。
「その中でもセピアタウンのここは特に曖昧になっている」
「本体のパラレルドライブと繋がってるアモチーなら近しい他の宇宙の情報を調べるのもそんな難しくない、てワケよぉ?」
「よくわからないが、いけるんだな?」
「そゆことぉ。明かり点けるねぇ」
アモチーが光の玉を2つ灯し、俺達は人気の無い、ミニシアターへと入っていった。
劇場は1つを除いて封鎖されていたので、唯一入れた劇場に潜り込むと、中は埃っぽく、そして映像ノイズが多かった。
ノイズに触れると一瞬行動を制限されるのでややこしかったが、アモチーが髪を逆立てて球形のバリアを張ると、バリア内部には映像ノイズが入らなくなった。
「助かった、アモチー」
「ん~」
どうも別のことに意識を向けている時に話し掛けられた時の口癖らしい。と、ジュエスが何やら蓄音機の様な形状の機械を手元にテレポートさせ、イジり出した。
「アモチー、本体とアモチーとスズキをリンクさせるから後はよろしく」
「わかったぁ」
「ゴラエモンは万一、アンチがスズキにちょっかい出した時の為にエーテル溜め解いて。1発だけなら当てられる様に何とか調整するから」
「了解」
ゴラエモンは光に剣にさらに光を集めだしたっ。
「スズキはリラックスしといて」
「それは構わないが・・」
何が起こるんだ? 構えていると、グンっと、アモチーの感覚と自分が重なる様な力強い衝撃を感じた。凄いパワーだ!
俺の記憶はどうやら本物とは言い難いようだが、子供の頃、祖母の田舎で見た満点の星空が1人の人の形を取ったようだった。
「スズキ、これからこのチャンチャンコを使ってタナカのいる近しい宇宙を見てみるからぁ」
「チャンチャンコ?」
「これ、前にあんた達がポーターのトラブルでぶっ飛んでいった時のヤツ。ボロボロになったからアモチーがもらってサイズ合わせて復元した。タナカの存在情報を色々入力してるんだよぉ」
ただのコスプレじゃなかったのか。
「任せる!」
「ふふっ、超受け身だよねぇ? ・・アモチー達の考えだと、おそらくタナカのいる他の宇宙にもスズキの要素はあったはず。それを探ればアンチの正体も見えてくる。やってみるよぉ」
「大事だな」
「まぁねぇ、それじゃ」
アモチーがスクリーンの方に手を差し伸べると、カウントダウンが映しだされた。
5、4、3、2、1・・
スクリーンから閃光が放たれた!
あの子がいた。チャンチャンコを着た幼馴染みだ。
そう、その日、祖母の家に俺を預けた母がいつまでも迎えに来ないことに腹を立てた俺は、八つ当たりで幼馴染みのその子が取れない軌道でゴムボールを乱暴に投げ、幼馴染みはボールが道路に飛び出してしまったからそれを取りに出て、そこに軽トラが・・たった5歳で、この宇宙のタナカさんの人生は終わってしまった。俺が終わらせた。
次のタナカさんは小学生だった。漫画好きでラベンダーの香りの消しゴムを愛用していたが、大人しい性格で、女子のリーダー格につまらない理由で目を付けられ、しつこくイジメられ転校してしまった。俺は同級生だが殆んど関わりはなく・・、
いや、違う! それは俺の記憶だ。このタナカさんはバレンタインに俺に告白していた。ここでの俺はどういうワケか少年サッカークラブで目立つ存在で、この告白がイジメの原因だった。何だ? 俺の記憶と少し一致しない?
この宇宙のタナカさんは後に副業でイラストレーターの仕事もするエッセイストになり、2度結婚し、2度離婚し、子供は無かったが、飄々と画と書籍を遺し60代前半で亡くなっていた。
3番目のタナカさんは卓球部員で、同じ卓球部の俺と付き合ったがお互い忙しく・・いや違うっ。この宇宙では、俺達は私立の卓球強豪中学のスポーツ特待生で俺達は付き合っておらず、そもそもタナカさんは男子で俺も男子だった。俺達は親友でライバルだった。
だが、コーチに些細な反論をしたことで怒りを買い、連日1人だけ異常なハードな練習メニューを課せられ罵倒され、精神を病んだタナカさんは自殺してしまった・・。
4番目のタナカさんは生徒会の書記・・いや違う。この宇宙では生徒会書記は俺だ。まず俺が女子だった? タナカさんも女子だったが茶髪で、家庭環境が悪く、素行が悪かったが幼馴染みの俺と仲が良かった。
ある日、万引きと店員を殴ったことが原因で退学が決まり、その日俺はまともに働かない父が全部悪いから殺すと連絡してきたタナカさんを止める為にタナカさんのアパートの家に駆け付け、包丁持ったタナカさんと揉み合いになり、俺はタナカさんに刺されて亡くなっていた。
その後、タナカさんは心を病み、生涯医療施設から出ることはなかった。
5番目のタナカさんは俺の叔母・・ではなく俺の従姉妹だった。この宇宙の俺は病弱で、食が細かったが体調のいい時は水羊羹を好んだのでタナカさんはよく病院に買ってきてくれた。俺は12歳で亡くなった。
タナカさんにはそれが傷だったらしく、20代後半で離婚し、夫と子供と離れ修道院に入り、そのまま生涯信仰に身を捧げた。
6番目のタナカさんは専門学校生で、この宇宙ではほぼ無職の俺と同棲して自堕落な日々を送っていた。
卒業を機に俺との関係を清算し、就職し、やがて会社の先輩と結婚し子供も産まれたが、ふとした機会に街でバーテンをしていた俺と再会し、不倫関係になり、夫が興信所を使って不倫の証拠を嗅ぎ回っていることや、俺がドラッグから抜け出せなくなっていることを悲観し、俺に青酸カリを盛り、俺が死んだことを見届けると自分も青酸カリを飲んで死んでしまった。
7番目の宇宙のタナカさんはハードで、その世界は戦争をしていた。タナカさんはとある小隊を率いる隊長で、俺は同盟国と共同開発された旧式軍用サポートロボットだった。
自我は無いはずだが俺には有り、終戦間際の最後の作戦行動でタナカさんを庇って破壊された。戦後、比較的被害の少なかった北海道に移住したタナカさんはダイナーを経営し、生涯独身だったが孤児院のボランティアに積極的で、退役軍人から親しまれるいい店も遺した。俺の部品はその店の看板に使われていた。
最後の8番目のタナカさんはこの宇宙では俺とは腹違いの兄妹で、しかし20代後半まで交際していたが、子供を堕ろしたことを切っ掛けに破局し、以後2度と俺と会うことは無かった。
タナカさんはとある関西のアクアリウムで定年まで働き、独身だった為、身体が利かなくなると自主的に養老院に入り、数年後に亡くなった。施設のタナカさんの机の引き出しには宛先の無い手紙が多数しまわれていた。
「・・・なる程、ねぇ」
リンクを切り、映写も止めたアモチーは劇場の埃まみれの椅子に座り込んだまま立てない程、号泣している俺を一瞥し、「ん~」と唸った。
「エーテル剣は必要無かったか?」
「一応、ギリギリまでチャージをキープしといてゴラエモン」
「承知」
「スズキ」
ジュエスはゴラエモンを待機させつつ、ふわりと浮き上がって俺の前まで来た。
「君とタナカの正体がわかった。タナカは近しい宇宙のタナカがどういうワケか、1人の人格に固まる形で産まれている。ここに理由は無く、単に『そんな確率の結果』の世界なんだろう」
「そう、なのかもな・・」
「でも、この宇宙にはスズキ、君がいなかった。どの宇宙でも程度の差はあっても深く関わり、しかし上手くはゆかなかった君の存在をタナカは無意識に求めたんだ」
「俺なんか、どの宇宙でもロクでもない」
「理由はそれだけで十分だった。タナカは統合的な存在としての条件を今の年齢になってようやく満たし、タナカにとって『居て当然』な君を自分を構成する全ての自分が認める形で出現させた」
「『自分のことを好きになる』て無意識に条件付け足しちゃうの可愛いよねぇ」
俺は苦笑した。ほんと、可愛い。
「でも、この宇宙での俺の記憶にあるタナカさん達は? いや、名前も違ったし、最初の幼馴染みの子以外はエピソードも随分違ったけど・・」
「そこなんだよ。君が出現してタナカによって事実改変が行われた後、僕達は当然調査した」
ジュエスは俺の前席の背もたれの上に着地した。
「スズキ、最初の事故で亡くなった女の子以外の記憶の女の子達は差し変わってる」
「差し変わる?」
「小学生の頃イジメられた女の子は、事実改変前の世界では全く別の小学校で同じ様にイジメられ転校していた女の子。中学の卓球部の女の子はやはり全く別の学校で同じ卓球部員と付き合ったが忙しくて別れた女の子。自殺した高校の書記の女の子も改変前は別の高校で同じ様な経緯で自殺した女の子・・」
俺は座席から立ち上がったっ。
「それって、俺の記憶の辻褄合わせの為にに差し変わったってことか?」
「そだね。その後の叔母、専門学校生、サバゲー好きの上司、ニュージーランドに一緒に行った元カノさん。皆、改変前の世界で似たエピソード持ちでそれがそのままスズキの記憶に合わせて差し変わってる」
「そんな・・」
俺はどう受け止めていいのか? 俺のせいで人生を勝手に書き変えた??
「まぁ気になるとは思うけど、改変したタナカが無意識下であってもいい人だから、改変後も存命の人は改変前よりちょっとだけ幸せになってるし、叔母さんや自殺した子は遺族や親しかった人達の暮らしが少し良くなってる」
「う~ん」
俺は頭を抱えた。
「問題は幼馴染みの子だよぉ。この子だけ、ガチで誰とも入れ代わってないしぃ。エピもそんまんま。何より名前が・・」
今でもはっきり覚えている。チャンチャンコのあの子。
「そう、幼馴染みの子の名前、ミツネちゃんだ。『ホロカワ・ミツネ』ちゃん」
あの子は先生と同姓同名だった。
「でも近しい宇宙で事故で亡くなったのはタナカさんだよね? これって『攻撃』なんじゃないかな? 既に、タナカさんの構成アイディンティティを1つ、盗まれてる。タナカさんがやたらチャンチャンコを着てるのも無意識にアンチに対抗しているのかもしれない」
「俺のアンチなのに何でタナカさんを攻撃するんだろう? 何で、うっ・・」
額のアモチーのマーキングが突然痛んだ。
「来るぞっ?!」
ゴラエモンが力を溜めに溜めた光の剣を構えて飛び上がったっ。同時にスクリーンが暗く煌めき、吹雪と共に巨大な氷の女の手が俺に向かって伸びてきたっ!
「下がれスズキっ、キェエエエイッ!!!」
ゴラエモンは氷の手に光の剣を打ち込んだっ!! 砕け散る氷の手っ、吹雪はスクリーンに吸い込まれ、劇場に静寂が戻った。
セピアタウンではこれ以上の調査をするには材料が足りず、アンチの攻撃も現実世界よりむしろ激しい様子であったこともあったが、何より時の流れの違う電子世界に長居し過ぎていた為、俺達は早々に退散することにした。
「玉塔の再調査も必要だねぇ」
「ああ」
朝焼けが見え始めた上空を、コスモバイクでマンションに帰る途中で、玉塔の近くを通った。俺は後部座席から見詰めた。
マンションの屋上に着き、部屋の前の廊下まで来ると不意にアモチーが立ち止まった。
「ん?」
「何、アモチー?」
「敵か?」
「違うよぉ。スズキの部屋にタナカが来てる。サンビーと隊長も戻ってるみたい」
「出る時、連絡したしね。タナカも起きちゃったか」
「まぁいいんではないか?」
「俺、今タナカさんに会った時の自分のリアクションが想像できないよ?」
「着替えるわぁ」
「え?」
アモチーは急に風鈴のチャンチャンコを脱ぎ出した。
「何で、おおっ?!」
俺は慌てて顔を背けたっ。
「何? スズキ?」
「アモチーっ! 何でノーブラなんだよっ?!」
「ああ~」
アモチーはヨレTシャツの下がノーブラだった為、チャンチャンコの下が大変なことになっていた。
「いや、どうせチャンチャンコ着るしまぁいっかぁ、って」
「アモチーは雑だよね、根本的に」
「同じクルーとして情けない」
ジュエスは手元に適当なブルゾンをテレポートさせ、アモチーに渡した。
「何で急に脱いだんだよ?」
「だからぁ、タナカもいるしぃ、さっきチャンチャンコのアイディンティティ盗まれたとかそんな話になったしぃ、タナカの格好でスズキと朝帰りというのもちょっとネタ的に、ブラック過ぎる気もしたしぃ」
ブルゾンを羽織りながら意外とまともなことを言うアモチー。
「そこはデリケートに対応するんだ」
「クルーとしてあるべき姿勢だ」
「何でもいいよっ、早く中入ろう。俺、もうすぐ出社だからカプセルでちょっとは休みたい」
「スズキ、アモチーのオッパイに反応し過ぎじゃなぁい?」
「とんだ風評被害だっ!」
小競り合いしながら俺の部屋に帰ると、味噌汁と焼き鮭の焼けるいい匂いがした。
キッチンにはチャンチャンコの上にエプロンを付けたタナカさんと、SFスーツを着たままのロク・チャンが料理をしていて、サンビーはミニコスモアーマーに乗って冷蔵庫の上で警戒していた。
「あ、お帰りなさい。スズキさんっ。さっきロク・チャンさんがそろそろ帰ってくる、って言うから朝御飯作っとこうって話になって、何か昭和レトロワールドみたいな所に行ってたんですよね? 何しに行ってたんです? 私も起こしてくれたらついていき・・」
俺は何も考えず、キッチンからお玉を持ったままダイニングの方まで出てきたタナカさんを抱き締めた。シャワーでも浴びたらしく、ラベンダーの香りがした。
「ななななっ?!」
バグるタナカさん。
「アモチー、ちょっと屋上で本体の調整してくるわ。パラレルドライブ結構使ったからぁ」
アモチーは帰ったばかりだが、すぐ出て行ってしまった。
「お? アモチーは出て行ったのかのぉ? トマト入りのオムレツを大盛りで作ってみたのだがのぉ」
「報告の前に朝御飯食べようよ? あたし、あんた達が出て行ってから何も食べてないんだよ? 徹夜だよ?」
サンビーがコスモアーマーから降りて直談判してきたので、アモチーの分は取っておくとして、朝食を皆で食べることにした。
朝食後、タナカさんは『奇襲ハグ』の影響でまだ少しポワ~っとしていたが、俺は一旦自室に戻り、ピルケースに入れていた分も含め、全ての水族館ラムネをゴミ箱に捨てた。
フィレオレ・プレプレ星人達と食事する為に極寒になったダイニングに戻ると、いつの間に歌唱ステージが組まれ、チューリップ帽子にもっさりしたロングヘアのカツラを被りパンタロンを穿いたサンビーとロク・チャンが一曲披露する構えだった。
サンビーはハーモニカ、ロク・チャンはアコースティックギターを持っている。珍しくジュエスとゴラエモンは聴き役に回っていた。
タナカさんはチャンチャンコの上に自前の背中に『テニプリ総受け』と印されたダウンジャケットを羽織り、ワクワク顔で歌唱ステージを観ていた。すっかりファンだ。
アモチーはまだ戻ってなかった。珍しく食事時や呑み時を逃してるな・・。
「それでは聴いて下さい。『花の川』」
水路沿いの木も青々として 冷たい梅雨に備えているよう
そちらはまだ花の盛りでしょう コンクリ橋の小川は淡い桃色に染まっているはずです
地下鉄から吐き出され思うままに過ごす日々 貴方はもう私を忘れていますね
書きもしない手紙が溜まってゆきます
あれは恋だったのでしょうか?