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CASE 5 吸血鬼S3

吸血生物出てきます。スズキの秘密にも迫ります。

外観から良さそうだな、と思いつつわざわざ1人で入る程ではない、とやり過ごしてたマンションの近くの洋食屋にタナカさんと来ていた。一応初デートだ。

実は親しくなってから、何度か近くのコンビニで遭遇してマンションまで一緒に帰ったりしたことはあったが、2人で出掛けるぞっ。と出てきたのはこれが初。

明日の日曜は花火大会だというのにそういえば1度もデートしてないっ、ということで急遽2人で出掛けることになった。

フィレオレ・プレプレ星人達やアモチー達も付いてくるかと構えたりもしたが、そこら辺をふらふらしていることが多いアモチーはともかく、星人達は昼間は基本的に何処かに調査? の仕事に出ている為、それとなく話したら「へぇ・・」ぐらいのリアクションだった。薄っ。

俺の中ではもはやタナカさんと連中はセットだったので内心物足りない気もしたが、「よしっ、何か盛り上がりそうだから皆でデートに行こうぜっ!」とか言い出すのもワケがわからないのでそこは自重した。

そんなこんなで? 洋食屋に入ってみると、意外とインドテイストの調度品が多く「英国とインドが喧嘩してますね」とタナカさんが苦笑するくらいだった。そしてメニューも『英国風インド料理』を激推ししていた・・。

「う~ん、じゃあ、チキンティッカマサラお願いします。食後にミントピーチパイとアイスレモンティーも」

「私もチキンティッカマサラ下さい。食後は・・スイカのミントシャーベットとアイスローズティーをお願いします」

「アモチーはリブステーキとぉ」

「っ?!」

「えっ?」

「何かこのパン4種類全部とぉサラダとコーンスープとぉ」

2つ離れた席にサリーを着たアモチーが座っているっ。

「食後にブルーベリーティラミスとフライドポテトとメロンパフェとガーリックトーストとぉ、ドリンクはチャイを大きいポットで持ってきて。大きいポットでねぇっ?!」

店員を困惑させてるっ?

「アモチー・・何してんだ?」

アモチーはニッコリ微笑み掛けてきた。

「偶然だよぉっ?」

まぁ近所ではあるがっ。

「あっ、よかったら一緒に」

「タナカさんっ?」

「あ~、大丈夫大丈夫ぅ。アモチーは自分のランチに集中したいからぁ。ごめんねぇ?」

迷惑がられた?!

「そ、そうですか。ごゆっくり」

「アモチーっ、大人しくしてろよ?」

本当に偶然か怪しいが一応、小声で忠告しておく。

「はぁん? スズキぃ、アモチーと遭遇してちょっとテンション上がってるじゃぁん?」

うわっ、言い返したいっ。しかしダメだっ! 同じレベルで対応すると泥試合になることはこの数週間で学習しているっ。

「くっ、タナカさん、ほっときましょう。当たり屋みたいなもんです」

「そんなことはないですよ? もうっ」

店員さんに続きタナカさんも困惑してしまっていた。おのれアモチーっ。

多少、想定外な点もあったが休日ランチはトマトたっぷりなチキンティッカマサラが爽やかでありながらコクもしっかり有り、大当たりだった。

いつものチャンチャンコスタイルではなく、髪を纏めてフレンチスリーブブラウスにミモレ丈のスカートのタナカさんは控え目な色調だったけど、すっきりして素敵だった。

「この間の『バイト代』で狙ってた機材、買っちゃいましたよ」

「思い切りましたね」

幻覚云々なんて悩まないタナカさんは気前よく使ったんだ。

「ふふっ・・でも高額の機材を買うのはこれで最後だと思います」

「え? 辞めちゃうんですか? プログラマー」

「はい。熱心な人や、名が知れた人ならまた違うかもしれませんが、持ってるスキルは古くなりますし、在宅ではやはり長くは難しいです。完全にフリーでやってますし」

「そうですか・・」

間接的に現場に留まるだけでも厳しい業界なんだ。

「色々ありましたけど、一応1発は当ててますしっ。何とか家のローンも払い終えました。これからはサードキャリアを考えていかないと」

「サードなんですね」

「はい。本当は一生何も考えずに同じ作業を続けて御飯を食べてゆけたらいいんですけど。そういう風に人生を設計できなかったみたいで、もうすぐ振り出しに戻ります」

タナカさんは屈託無い顔で笑ってナンを口に入れた。

「俺ももうすぐ会社辞めます」

口に出してみて、辞めるんだ、と急に現実になった。

「・・会社で、居辛いですか?」

なぜか自分が申し訳無さそうな顔をするタナカさん。

「それもありますが、何と言うか・・何のつもりもなく職場にいるのがそろそろ限界かな、て」

先日も大きめのミスをした新人の取り乱し具合を端から見て、ドラマか半端に古い映画を観ている感覚で、その様に考えている自分が不快だった。

「残酷さが足りないんじゃないかしら?」

「えっ?」

急にタナカさんの口調も声も別人になったから、知らずに俯いていた顔を上げると前に座っていたのはタナカさんと同じ服装だがグラマーな体型のホロカワ氏だった。

「他人に対しても自分に対しても。残酷さを何処かに忘れてしまっているんじゃない? 貴方は貴方の人生をコントロールしたいんでしょう? 力の有る人は皆、残酷。だって人間て本来そんなものよ」

「先生・・っ」

そんなはずないっ。俺はまた俯いて上着の内ポケットに忍ばせているピルケースから『ラムネ』を・・と、強く腕を掴まれた。

「っ!」

「もうデザート来るよ? 先にラムネ食べちゃうのぉ?」

「アモチー・・」

「チャイ、やっぱり頼み過ぎちゃったぁ。タナカも飲むぅ?」

「あ、はい。お願いします」

いつの間にか側にいたアモチーが、俺の腕を掴んでいるのとは逆の手で持っているチャイポットを差し向けると、ホロカワ氏の姿は無く、代わりに困り顔のタナカさんがいた。

「すいませーん! チャイのカップ2つ下さぁいっ!」

俺の手を離し、定食屋みたいなノリで店員に頼むアモチー。

「スズキさん、どうしました? 凄い汗」

「いや、スパイスが変な所に入っちゃいまして、はは・・」

俺は下手な言い訳をしながら何も取らずに内ポケットから手を出した。



「はい、というワケで、今回は『吸血鬼S3』をとっちめるワケであるからして・・」

ホワイトボードで解説しようするロク・チャン。

ランチの後、一番近いジョギングコースがあるくらい大きな公園を散歩して近くの小さな画廊を見に行ったら、思ったより前衛的で2人して少し気分が悪くなって夕方マンションに帰ってきて、アイスコーヒーを飲みながら一息ついたらコレだった。

「待てロク・チャン。そんな話は聞いていなかった」

「ツッコミが普通」

「ジュエスっ、俺は別にツッコんでないっ」

「スズキさんは元気よくツッコむのが気恥ずかしいだけなんだと思います」

「タナカさんもそこは掘らなくて大丈夫ですっ」

「今回の報酬は最大80万・・」

シレっと話を続けようとするロク・チャンっ!

「いやだから、何でいきなり賞金稼ぎみたいになってるんだ? またこの間より賞金高いから絶対危ないヤツだよね?」

「スズキ達、結構凄腕じゃん?」

装備をガチャガチャ用意しながら言ってくるサンビー。

「タナカさんはねっ? 俺は渡された道具をどうにか使ってるだけだよ?!」

「人手が足らん。S県は慢性的に人材不足なのだ、スズキよ。所詮S県だしな」

光の剣の刃先? を確認しつつS県を軽くディスるゴラエモン。

「・・え~、吸血鬼S3はその名の通り吸血星人で、SはS県のS。3は現在このエリアでコスモポリスがマークしている吸血来訪者の中で3番目にビンゴブックに載ったということだの。捕獲時の注意点は・・」

「ロク・チャンっ、最後まで解説続ける気だなっ?!」

「万一血を吸われた場合、なるべく素早く痒み止めを塗る等の応急措置を・・」

蚊? 蚊なのか? 吸血鬼S3っ?!



『デミアシュ・ト星人』

蚊ではなく蝉人間といった風貌の来訪者。一定の知性はあるものの本能的に活動する傾向が強く、文明レベルは地球人よりも低い。

ただ潜入能力が高い為、他の星人の宇宙船に忍び込む等して様々な銀河に種を拡散している。

他の知的生命体の体液を吸収し、環境適応する性質を持つが、適応後も補食行為を止めず、放置すれば補食対象種族が絶滅するまで『狩り』を止めない・・。



例によってなし崩しで参戦することになった俺とタナカさんはフルフェイスのSFスーツを着て、背中には飛べるジェットパックを付け、奇妙な霧の掛かったS県のとある夜の街を飛び回っていた。

街の普通の住人達はスーツを着た俺達同様にこの霧を上手く認識できない。日光を嫌う吸血鬼S3ことデミアシュ・ト星人は自ら発生させるこの霧に紛れ夜な夜な狩りを行っていた。

「タナカさん、連中が持ち掛けてくる『アルバイト』に積極的ですよね?」

今日はアイスコーヒーを飲んでいただけだったから素面だったのにあっさり引き受けていた。

「私、決めているんです。スズキさんの周りの不思議な事は全部受け入れてみよう、って」

「そんな・・」

俺は唖然とした。

「俺はタナカさんが引き受けちゃうからついて来てるんですよ?」

「いいじゃないですか? 文化祭の準備がずっと終わらないみたいで私、楽しんでます」

「タナカさん・・文化祭はいつか始まって、終わっちゃう物ですよ?」

「なら尚更ですよ、スズキさん。楽しみましょう?」

メット越しに笑い掛けてくるタナカさんに、少し呆れ感心もした。やっぱ仕事で1発でも当てる人は違うな、と。

「俺は楽しんでるタナカさんのサポートを頑張りますよ」

「スズキさん、っぽいですね。ふふっ」

タナカさんは軽やかにS県の霧の街を飛んでいた。

・・俺達は5班に別れて行動していた。アモチーは主に来訪者関連に対応している警察病院でまだ息のある被害者の治療協力に専念。

ジュエスはアモチーの代わりにコスモポリスの母船から探知、通信フォロー等のバックアップ。ゴラエモンは単独、ロク・チャンとサンビーはペアで吸血鬼S3狩りに参戦。

俺とタナカさんは合流ポイントで警察の来訪者対策課の人と落ち合って3人チームで狩りに参戦する手筈になっていた。

自衛隊ではなく警察が対応しているのは街中なのと、どうも自衛隊が初動で討ち漏らした星人達が街中に入り込んでしまった経緯があるかららしい。

ターゲットが出没する『霧の狩り場』はコスモポリス達に囲われており逃げ場は無いそうだが、捕獲を担当する人員が足りないようだ。

だからって武装だけした素人を参加させるのはどうかと思うけどさ。

「手を振ってる、あの人ですね」

いち早くタナカさんが気付いた。霧から屋上だけ抜け出た様なビルから手を振っている、俺達とは違うタイプのスーツを着た人物がいた。あれがチームを組む警察の人だろう。

「ジュエス、あの人と通信繋いでくれるか?」

「はいよー」

すぐに回線が繋がった。

「君達だな? こっちへっ」

ピリッとした印象の女性の声だった。

「ちょっと厳しそうですね」

「指導されちゃいそうですよ? タナカさん」

「・・何の指導か?」

「あっ、通信っ」

「何でもないですっ、すぐ行きますっ!」

通信が繋がってるのに普通の会話の距離感で話してしまい、俺達は慌ててビルの屋上に向かった。

接近すると確かにスーツのシルエットが女性だった。顔は件の霧とフェイスガードの色が俺達の物より濃かったのでもう少し近付かないとよくわかりそうにない。

しかし、アモチー程ではないが中々のスタイルだ。スーツ映えする。

「何処を見ている?」

「あ、違います。スーツの種類が違うな、とっ」

「・・スズキさん?」

「違います違いますっ!」

警察の女性が小さくため息をつく音が通信で聴こえた。

「私はS県警の来訪者対策課特務隊のナスザキだ」

「タナカですっ」

「スズキですっ」

メット越しにジロジロを俺達の顔を見回すナスザキさん。

「我々より高度なスーツを着ているようだが、君達はあくまで友好的な来訪者の現地ホストに過ぎない」

「私もホストですか?」

一緒に住んでるワケではないタナカさん。

「細かいことはどうでもいい」

「すいません・・」

「あの、彼女にはいつもお世話になっていて・・」

「細かいことはどうでもいいっ」

「すいません・・」

結構当たり強い人だ。

「君達の装備は?」

「はいっ、麻酔弾が射てるサブマシンガンと電撃の警棒です! 軽いんで私達でも使えますっ」

「スーツは電撃と針状の物に耐性があるそうなんで安心仕様ですっ。あと、タナカさん射撃上手いですっ」

「武装は我々と変わらないんだな。君達はコンビで動くといい、私に関しては・・私を後ろから射たないでくれたらそれで結構だ」

「はい・・」

「頑張ります・・」

期待値低っ。

「コスモポリスのドローンがある程度は追い込んでくれている。君達以外にも我々S県の警官達も参戦しているから我々だけで深追いする必要は無い、慎重にゆこう」

と言った側から素早く飛び立ってしまうナスザキさん! 俺達はあたふたして追った。

「あの、ナスザキさん」

飛行して追いながら、いい機会だから前々から気になっていたことをこの人に聞いてみよう。

「何だ?」

「その、宇宙人・・来訪者達って結構いるんですか?」

「多い。つい30年程前までは地球側として、公的にはほぼ野放しだった。最低限度はコスモポリス達が管理していたらしいがな」

「全然知らなかったです」

「私も、そういうゲームを作ったことはありましたけど・・」

「比較的被害の少ない日本でも毎年4000人以上犠牲になっていて、あと200年は文明を進歩させないとお手上げだ。国民には大人しく我慢して頂きたい・・とは言えないな」

それもそうか・・。しかし毎年4000人てっ。

「来訪者の文明を受け入れて一気に地球の文明を進歩させることはできないんでしょうか?」

タナカさんの質問にナスザキさんは息を飲んだようだった。

「挑戦的な思考だな。本職では返答しかねる」

「そうですか・・」

「あのさ」

ジュエスが通信を繋いできた。ん?

「時間は掛かっても、犠牲は出ても、文明は可能な限り自力で発達させるべきだと僕らは考えている。でないと文明が均質化し過ぎてこの宇宙の伸び代がなくなっちゃうよ?」

「宇宙の伸び代・・スケール大きいな」

「スズキでさえ伸び代の一部だと僕らは認識しているんだ」

「そりゃどうもっ!」

「吸血鬼S3は伸び代に入らないんですか?」

「タナカ、アレは知的生命体への進化に成功したのに文明を放棄した種族だ。生物としては向こうが正しいんだろうけどさ、折り合いはつかないよ」

「そうですか・・」

優しいタナカさん。前回の貝だか蜥蜴だかの退治にも思う所があったのかもしれない。最初にタナカさんが巻き込まれた虫人間一味はどう見てもただのマフィアだったから同情の余地は無かったけどっ。

「本職は国民の生命を守り、不法な者を確保するっ。それ以上の思考は持たないことにしている。でなければ目の前な任務を見失うことになる。君達は立場は違うが、参加した以上は目の前の事に集中するといい」

「はい」

「ですね。ジュエスもバックアップ頼むよ?」

「言っとくけど、僕、他の班のバックアップと警察チームの方への情報提供も1人でやってるからね?」

「ああ、まぁ、頑張って」

「全然心が込もって無い『頑張って』をありがとうっ!」

「いや、違うってっ」

等と言ってる内に、相手の追い込みにドローンが手間取って行き先は数回変わったが、どうにか囲い込みに成功した廃ビルまで来た。

ビルの周囲既に薄い光の膜に覆われ封鎖されていた。ただ内部は霧に覆われた街全体より濃い霧に覆われていた。

辺りには破壊されたドローンがいくつも転がっている。今回のドローンはバスケットボールくらいの大きさで頭? にヘリコプターの羽の様な物とボディ下に機銃らしき物が付いた構造立った。

「下水管等、ヤツらが入り込めそうな地中の設備も塞いだよ?!」

「ふん・・」

ビル近くの電灯の上に降りたナスザキはメットの機能等を使って確認しているようだった。

俺とタナカさんは近くの自販機の上に着地した。

「思ったより綺麗に囲えたな」

「コスモポリスがトラップ用にキープしておいたビルだって」

「無届けだな」

「そこは知らないけど・・。3人とも相手の数は30体以上で多いから他の班と合流・・あ、ダメだ。中に地球人が5人もいるっ!」

「何っ?! なぜだ? そちらの設備何だろ?」

「いや、設備といっても追い込みにちょうどいい廃ビルを買収しておいた、ってくらいのもんだから。探知した感じ、地球の若者達みたいだから、肝試しか何かで入ってたんじゃないかな?」

「確認しなかったのか?!」

「ドローンのオペレーターは僕じゃないよっ!」

「ぐうっ」

通信越しに険悪な空気が漂う。

「あの、早く助けに入った方が・・」

「全員退治するのは後からくるチームに任せて俺達はレスキューに専念しませんか?」

「・・わかった。やってみよう。君、オペレーターに交渉してドローンを使って内部の吸血鬼S3を分断し、救助対象をナビゲートできないか?」

「コスモポリスと交渉してみる。ちょっと待って」

2分後、先にコスモポリスのドローン50機程先行させてから、俺達は中和バリアを使ってビルへと突入していった。



中も濃い霧が立ち込めていた。

「視界が悪過ぎる時はスーツのオート回避をONにして熱源カメラに切り替えて対応したらいい、多少扱いに混乱しても見えないまま一方的に攻撃されるよりマシだ」

「わかりました」

「やってみます。ジュエス、その若者達? はどうなった?」

「まだ生きてるけど、1人ヤられちゃったよ?」

「ええっ?」

「生きてるんですね」

「他の4人は?」

「残りは2人組とあとの2人はバラバラに逃げた。ナビ用ドローンはドローン自体が狙われてるみたいで、1機もたどり着けてない。それぞれ位置は確認できてるけど、どうする?」

「襲われた方は?」

「一番近いのは?」

「2人組の元へ向かおう」

俺とタナカさんはナスザキさんを見た。判断の根拠は? 1人より2人の方が多いから?

「偶発的に別れた可能性もあるが、こういった場合、単独行動を取る者はパニック状態か、『個』の判断で生き残ろうとする者であることが多い。接触時のリスクや接近その物の難度が高い。2人組の元に向かおう。最初の犠牲者のフォローは残念だが今は無理だ」

「・・合理的ですね」

悔しそうなタナカさん。俺はタナカさんの肩に手を置いた。

「仕方ないですよ。できることをやりましょう」

「はい・・」

「では、ゆこう。ジュエス、といったか? ルート取りを頼む」

「わかった。君の判断は概ね正しいよ」

「・・・」

ナスザキさんは応えなかったが、ジュエスからルートの表示が来た。ナスザキさんはすぐにジェットパックを利かせて移動を始め、俺達も続いた。

「2人組は自力で三階まで来てる。ドローンも可能な限りカバーに向かってもらった。途中5体と遭遇するだろうけど頑張ってっ」

頑張るけどさっ。

「2体来る、顔の正面に気を付けろっ!」

先頭のナスザキさんが鋭く通信を入れ、すぐに麻酔弾のサブマシンガンを乱射し出した。前方は霧が濃く、暗視仕様のメットでもまるで見えない。

俺とタナカさんはさっき忠告された通りオート回避をONにして熱源カメラに切り替えた。

「っ!」

視界が配色の違いだけの世界になり、スーツが勝手に障害物を避ける様になって戸惑ったが、いるっ。前方に2体っ! ナスザキさんの銃撃を跳び跳ねて、時に飛行して回避しているっ。

「スズキさんっ、直接射撃して当てるのは難しそうです。ナスザキさんの銃撃への反応を利用して回避方向に弾を撒いて『引っ掛け』てゆきましょうっ!」

何か高度なこと言ってる?!

「や、やってみますっ」

タナカさんは有言実行っ、ナスザキさんの弾を避けた吸血鬼S3の1体に上手く麻酔弾を当てて昏倒させたっ。

「やったっ、タナカさん!」

「避けてっ」

喜んだのも束の間、色彩だけの視界の世界で残る1体の頭部がこちらを向き、タナカさんが叫んだ瞬間っ、鞭の様な物が凄まじい速さで俺のスーツの胸部に向かって放たれたっ!

「っ?!」

オート回避機能で僅かに身体が逸らされたが、自動発生する簡易バリアを突き破って鞭の先端が俺の左腕を刺したっ!

「痛っ! おぅっ?」

加えて刺さった側から海外メーカーの掃除機並みの勢いで血をジュルゥウウッ! と吸いだしたっ。

一気に視界が暗転しだし、身体の力が抜けるっ。

「お前っ」

「スズキさんっ」

暗くなった色彩だけの視界で、前方の方でナスザキさんがナイフ状の物を振るって鞭の根元を断ち、タナカさんが俺の腕に刺さったそれを引っこ抜いた。

「ジュエス君っ! 手当ての仕方を教えてっ?!」

鞭を切断されて苦しむ残る1体はナスザキさんが銃撃で沈黙させた。

「腰の2番のボトルっ! 止血スプレーだからっ、消毒と痛み止めの効果がある」

「わかったっ。スズキさん、すっかりしてねっ?」

「ええっ、大丈夫です。カメラ戻しますね」

オート回避は切らず、熱源カメラと通常の暗視カメラに戻した。タナカさん、メットの向こうで大泣きしていた。

傷口は痛いというより猛烈に痒くなってきていた。タナカさんがスプレーをすると結構しみたが血は止まり、いくらかあった痛みは収まった。

「ありがとうタナカさん。ジュエス、この痒みは?」

「3番のボトルの痒み止めスプレーで、後はテーピングして緊急増血剤と水分採っといたらいいよ」

俺はタナカさんが心配しているから自分で痒み止めスプレーを吹き付け、テーピングをし、緊急増血剤をポーターポーチで転送してもらったミネラルウォーターで飲んで人心地がついた。

「大丈夫そうですね。よかった!」

タナカさんは抱き付いてきた。と、近くで警戒していてくれたナスザキさんが咳払いした。

「もういいか? 動けるならオート回避を切らずに付いてこい。無理ならポーター装備で母船に帰るといい」

「いけます・・」

タナカさんに支えられて立ち上がった。

「ジュエス、状況は?」

「バラバラに逃げた1人はヤられたけど、もう1人はドローンが味方と気付いて自分から近付いて合流できたみたいだ」

「2人組は?」

近くで見ると、口調の印象通りの俺達とそう変わらない世代のキリッとした顔付きのナスザキさんが眉を寄せて聞いた。

「2階まで来てるっ。そろそろ囲まれそうだし、女の子の方のバイタルがヤバいね。表示するよっ」

「すぐ向かうっ!」

言葉通り、ナスザキさんはジェットパックを吹かして急行したっ。俺はタナカさんに腕を支えられて続いた。

途中、交戦したらしいドローンが多数墜落していたが、吸血鬼S3の方も1体倒されて床に転がっていた。霧の薄い所で見ると子供くらいの体長の蝉人間で、B級ホラーから飛び出してきて様な生物だった。

文明より狩猟の快楽を選んだ種族か・・。

「そのルートだとあと2体だよ? どっちもドローンとの戦闘でダメージを受けてるからさっきより倒し易いはずだよ?」

「ジュエス、俺もダメージ受けてる」

「スズキは最初から弾除け要員だから」

「ブラックバイトもいいところだっ」

「何か通信の調子悪いなぁ」

トボけるジュエスっ。と、

「あれ? 2人組の1人だけ先に1階に来てるよ? あ、女の子の方を見捨てちゃったみたいだ・・」

ええ~っ?

「対人用の麻酔銃も持っている。私が黙らせるから君はポーター装置でコスモポリスの母船に転送してくれっ」

「転送するだけなら撃たなくても?」

「いや撃つっ!」

タナカさんの指摘ももっともだったが、ナスザキさんは方針を変えるつもりはないようだった。『女の子見捨てたペナルティ』だな・・。

そこから少し移動すると、噂の女の子見捨てたボーイは吸血鬼S3の1体に追われてすぐに現れた。俺達を見付けて駆け寄ってくる。

「自衛隊とかそういうのだろ? 助けてくれっ! 親は税金払ってるぞっ?!」

近くなるとまだ10代だな、と。

「・・クソガキがっ」

小声だが、確かにそう言って、対人麻酔銃を驚愕する少年に向け迷わず発砲したっ。

「うっ?!」

肩を撃たれた少年は倒れて昏倒した。

「ジジジジィイイイッ!! シャアシャアッ!!!」

少年を追ってきた吸血鬼S3は蝉その物の鳴き声を上げて俺達に襲い掛かってきたっ。まず弱ってる俺を認めて口先? に付いたノズルの様な器官を放とうとしたが、タナカさんに威嚇射撃され飛び退いたっ。

「スズキっ! この子供をポーターで送れっ、邪魔になるっ」

俺に指示しながらサブマシンガンを構え直すナスザキさん。

「はいはいやりますよっ、弾除けポーター係ですからねっ!」

自虐しつつポーターブレスの照準を合わせた。

「ジュエスっ、送るぞ?!」

「いーよー」

昏倒した女の子見捨てたボーイをコスモポリスの母船に送った。

「ふうっ・・」

俺の方は一段落したがタナカさんとナスザキさんの方は乱戦模様だった。さっきと違い視界は悪くないがお互い近付き過ぎて遠距離攻撃がままならなくなっていた。

吸血鬼S3はノズルによる攻撃を止め、変わりに4本ある腕の鉤爪で襲い掛かっていた。好戦的な生物だっ。

タナカさんは引き続きサブマシンガンを構えていたが、ナスザキさんは電撃警棒に切り替えて格闘戦に応戦していた。よくアレと殴り合う気になるよね。

「スズキ、棒立ち観戦モードになってるよ?」

「ああわかったよっ」

ジュエスに嫌味を言われ、俺もサブマシンガンを構えた。俺の技量と今の体調じゃ上手く当てられないどころかナスザキさんに当たってしまいかねない。

だが、注意を引いて隙を作るくらいはできるはずっ!

「こっちだ蝉っ!!」

俺はナスザキさんにまず当たらない射線で適当に威嚇射撃した。

「っ!」

一瞬隙ができたっ。

「めーんっ!!」

剣道式の強烈な電撃警棒の振り下ろしが吸血鬼S3の脳天に直撃した!

「ジジジッ?!」

仰け反る吸血鬼S3にタナカさんがサブマシンガンで麻酔弾を撃ち込み、昏倒させた。

「ジュエスっ! 残り2人は?!」

ナスザキさんは諦めていないようだった。

「ドローンと合流した1人は自力でビルから脱出した。凄いなこの子。もう1人の女の子は・・うん、何だここ? ヤツらの霧が濃くて上手く探知できないけど、2階のホールになっている部屋でじっとしてる。生きてるみたいだけど、どういう状況かわからない」

「どうします? ナスザキさん」

「多数の個体に囲まれている可能性が高いな」

「ジュエス、どうだ?」

「ちょっと待ってね。うーん、ドローンとスズキ達の突入で13体の吸血鬼S3が倒されてる。あと17体くらい。この内6体は探知できる上階でウロついてて無視できる。ただ後の11体は・・たぶんこのホールにいるね」

「種としての性質から想定される状況は?」

「うーん・・」

ジュエスがナスザキさんの質問にすぐに応えられずにいると、

「餌の取り合いのマウンティング合戦中でしょうね」

「廃ビル内の環境は連中の巣に似ておるからのぉ」

「どうでもいい、雑魚星人だ」

背後からミニコスモアーマーに乗ったサンビーとロク・チャン、それからSFスーツだけ着たゴラエモンが現れたっ!

「皆っ!」

「小っちゃいロボット可愛いっ」

「これがフィレオレ・プレプレ星人・・」

「あれ? 3人とも持ち場は?」

「お前がスズキ達に掛かりきりになってる内に片付けてきたの」

「その女の子は麻痺毒を打たれて糸で吊るされた状態なはずよ? マウンティングは序列がはっきりすれば案外すぐ終わっちゃうから急いだ方がいい」

「斬れば済む話」

「スズキが弱っておるようだからタナカはスズキのフォローに専念するとよいんだの」

「はいっ」

「ジャパンのポリスの君はサンビーと女の子の救出をするんだの」

「・・わかった」

「任せてっ」

「スズキは良き頃合いで女の子をポーターで母船に」

「ポーター係だな、わかった!」

「ジュエスはオペレーターを手伝ってまだ生きてるドローンでホール以外のヤツらが介入しないようにガードだの」

「了解っ」

「うむ、では・・ミッション再開だのっ!」

ロク・チャンは乗ってるミニコスモアーマーの腕を振り上げた!



ホールに突入すると凄い霧っ。熱源カメラにしないと全く見えない状況だったが、カメラを切り替えると11体いた吸血鬼S3同士が小突き合いや威嚇のし合いをしていた。ほんとにそこそこ知性が高いのか疑わしくなる。

その先の、天井から垂らされた縄の様な物の先に人間らしい配色が見えた! まだ生体反応があるっ。

「先陣を切るっ!」

ゴラエモンが弾丸の様な速さで飛び出すと、光の剣で瞬く間に3体の吸血鬼S3を斬り伏せたっ。いやゴラエモンが言うところの『エーテル峰打ち』か、切断はされず昏倒していた。

「ジジジジィイイイッ?!」

吸血鬼S3達は即座にマウンティング行為を止め、纏めて俺達に襲い掛かってきた。

「ヤバいヤバいっ、タナカさんっ、視界が悪過ぎるんで吊るされた女の子が見え易いところに移動しましょうっ?!」

「前向きに取り組んでいますっ!」

乱戦の中、威嚇射撃くらいしかできない俺を守る為、左手に電撃警棒、右手にサブマシンガンを持ったタナカさんは達人プロゲーマーが動かすキャラクターの様に自在に立ち回って戦ってくれていた。つくづく申し訳無いっ。

ナスザキさんとサンビーは真っ直ぐ吊るされた女の子の方に向かっていて、ロク・チャンがミニコスモアーマーが背負ってる小さな電撃球を打ち出す砲台による攻撃でそれを援護していた。

ゴラエモンは光の剣を振り回してひたすら暴れ回って注意を引き付けていた。残る吸血鬼S3は7体っ!

「確保っ!」

「スズキっ!」

ナスザキさんとサンビーが糸を切って女の子を確保したようだ。俺達もそれが見易い位置まで何とか移動できたっ。

「タナカさん任せますっ」

「任されましたっ」

俺はタナカさんに守られながら、たぶんサンビーが念力で軽く持ち上げている気絶していると思われる女の子にポーターブレスの照準を合わせたっ!

「ジュエスっ! たぶんモメるからさっきの少年と違うフロアに飛ばせるかな?」

「そのつもりで用意してたっ」

「君、天才かなっ?」

俺はコスモポリスの母船に女の子を転送させた。

「撤収だのっ! 残りはコスモポリスとジャパンのポリスに任せるのっ」

「私も警官だがっ?」

「1人で無限には働けんっ、撤収撤収っ! サンビーっ! フェロモンボムをっ」

「よしきたっ、あたし特製のっ! コレっ!!」

サンビーはミニコスモアーマーの背中に背負っていたカプセル状の物を機体から切り離し、炸裂させたっ。


ポシュゥウウンッ!!!


そのカプセルは小ささからは想像できない容量の何らかのガスを発生させ、それはホール全体を覆ったっ。

「リリリリィイイイッ??!」

吸血鬼S3は錯乱し、めちゃくちゃに飛び周り、壁に、仲間同士で、激しくぶつかり出して大混乱に陥った。

「巻き込まれんようにのっ!」

「スズキさんっ、掴まって下さいっ!」

「何から何まで・・」

タナカさんにまた腕を掴まれ、俺はお爺ちゃんになった気分で狂乱のホールから抜け出し、俺達はそのままビルの外の隔離バリアの外に脱出した!

ビルの外には既にコスモポリスとS県の警官隊が待機していて、まず大量のドローンを先に突入させてから本隊が突撃していた。

こうなると決着は早く、10分も掛からず掃討と干からびた犠牲者2人の回収が済んだ。犠牲者2人は内臓欠損やアレルギー症が酷く、残念ながらアモチーの治療を持ってしても蘇生はできなかった・・。

女の子の方は無事で、体力の消耗や麻痺毒の傷口や毒の影響も問題なく治療できた。解放する前の記憶整理で、本人の同意に基づき自分を見捨てた男とは既に別れたと記憶を上書きされていた。

俺の傷や痒み、貧血はコスモポリスの母船ですぐ回復され、感染症等もなかった。体力は回復されたがメンタル的に疲れたからもう少し船で休んでいたかったが「今回出番が地味」と不機嫌になったアモチーが「よし、スズキを改造人間にして戦力UPしよう」等と言い出したからさっさとマンションに帰ることにした。

報酬は満額80万円もらえたが、使っていいかわからないお金がどんどん増えてゆくな・・



翌日、夜。花火大会は始まっていた。牡丹や半割物が美しく、炸裂する音も腹に響く様だった。

タナカさんはこの間選んだ渋い赤地に朝顔の浴衣を着ていた。俺は寒色の格子柄を選んだ。

酒やソフトドリンクも色々用意したが、ツマミはどれもアモチーが『何らかの方法』で纏めて屋台で買ってきた物だった。

フィレオレ・プレプレ星人達も全員スーツの上から小さな浴衣を着ていたが、アモチーはなぜか西部のガンマンならぬガンレディスタイルだった。その格好で買い出しに行ってたのか??

・・まぁ、いい。花火大会の夜だしね。

「ずっと、見たかったんです。花火。毎年、窓からチラチラ、建物の谷間から少し見えるのを盗み見たりして・・」

タナカさんは少し涙ぐんでいた。俺は持ってた麻のハンカチを差し出した。

「ありがとう、スズキさん。ありがとう」

「俺もちゃんと見たの久し振りです。こんな喜んでいる人を見るのは初めてかもしれませんよ?」

「あまり見ないで下さいっ」

タナカさんは泣き笑いで俺の肩を軽く小突いてきた。いい人だな、と思う。じんわり胸の内が温かくなった。昨日、メット越しに鬼の形相で電撃警棒とサブマシンガンで暴れていた人とはとても思えない。

「ふふっ」

俺は笑ってしまう。夢でもそれでもいいか、そう思った。その時、

「うっ!」

頭痛が走った。

「夢は夢でしかない」

目の前に青地の朝顔柄の着物を着たホロカワ氏がいた。逃れ難い程、強い目で俺を見ている。

「起きなさい、スズキさん。夢の時間はとっくに終わってるわ。それに・・」

ホロカワ氏は近付いてきた。ベルベット色の口紅、冷たい様な香水の香り。感じる体温まで冷たい。

「そろそろ私を思い出して」

「っ?!」

頭の中に、交通事故の光景が浮かんだ。家の塀に激突して止まった軽トラック。転がるサッカーボール、田舎道に俯せに倒れている、チャンチャンコを着た女の子。

「・・・ちゃんっ!」

俺は誰かの名前を呼んでいた。この子が、この子が・・。

「違う、その子は失敗」

耳元でホロカワ氏は囁いた。記憶の光景は切り替わり、俺は通った大学のキャンパスを歩いていた。通った大学のキャンパス? 俺は専門学校にしか通っていないはず??

一面雪景色のキャンパスを、俺は1人の女性と歩いていた。彼女は背が高く、勝ち気で、家柄が良い事に逆にコンプレックスを抱いていた。

「私、起業するわっ!」

「資金は?」

「家は頼らない。クラブで働くわ」

「また、突拍子もない・・。もっと小さな所から始めてみたら?」

「何それ? 例えば?」

「そうだなぁ」

俺は何気なく大学の掲示板を見た。アクアリウムのアルバイトを募集していた。

「ここで働いてみたら? 俺がバイトしてるカフェの近くだよ?」

彼女は少し考えて、俺の前に周り込んだ。

「私が人魚みたいに美人だから?」

「いや、鯱によく似ているなって・・痛っ」

 肩パンされた。

「コラっ! 暴言っ。わざわざこんな北の果てに進学したのは君にそんなこと言われる為じゃないわっ」

「誉めたんだよ? 野性的だからっ」

「そう・・ならいいわっ」

彼女一転、機嫌好く笑った。

それから数日後、彼女は大したバイト代にはならないアクアリウムで働くことになった。思えば才気溢れる彼女を少しでも長く近くに置いておきたかったのかもしれない。

「私の、名前は?」

彼女は、冷たい手で、俺の頬に手を触れていた。

「君は・・」

「スズキさん?」

「えっ?」

赤地に朝顔の浴衣のタナカさんが俺の顔を覗き込んでいた。

「返答次第では撃つよぉ?」

アモチーがレプリカだと信じたいクラシックな拳銃の銃口を俺のこめかみに当てていた。

「いやっ、何でもない。ちょっと考え事を」

「そうですか? サンビーさん達が花火をバックに1曲歌ってくれるみたいですよ?」

「音は大丈夫ですかね? 屋上ですよ?」

「今夜は花火大会だから、1曲くらい、大丈夫ですよ?」

タナカさんは微笑み、サンビー達はいつ組んだか知れない歌唱ステージの上で構えていた。

「それでは聴いて下さい。『ヴァンパイアナイト』っ!」


効かない 聖なるテキストも 忍びよる 不死身の影っ!


泣こうが喚こうが 誰も助けない 無慈悲な牙・・


一度招いたら最後消して逃れられない運命どんな温かな祝福も無意味凍り付く血潮涙も紅く月も紅く踊り惑う翼契約は覆らない失う事は決まっている確定した着地闇の勝利這いずる手お前を愛してるお前を愛してるお前を愛してるお前を愛してる・・・


「また新しい曲調っ! 凄いっ、サンビーさーんっ!」

タナカさんはかぶり付き気味に鑑賞していた。

「スズキさぁ」

「何?」

突然、耳元でアモチーが囁いてきてギョッとした。

「自分の事、もしかしたら『特異点』かも? って思ってるでしょぉ?」

「いや、別に・・」

「最近凄いスマホとかパソコンで検索してたもんねぇ」

「勝手に履歴覗かないでくれるっ?」

「それ、違うからぁ」

「ああ、そう。違うんだ。それならそれで」

「タナカの方だからぁ」

「え?」

今、何と?

「特異点なのは、タナカの方だからぁ」

「・・・ええっ?」

サンビーのステージパフォーマンスに大興奮のタナカさんの後ろ姿。

「スズキはさぁ、特異点である孤独なタナカが造りだした『タナカのことを好きになるナニカ』だからぁ」

「・・・は?」

タナカさんのことを好きになるナニカ??

「他にも色々やってるけど、主にお前の存在が意味わかんな過ぎるから、アモチー達は調査しに来たんだよぉ?」

調査? ・・俺を??

「はぁああ~~~っ?!!!」


泣こうが喚こうが 誰も助けない 無慈悲な牙・・・


「イエ~っ! サンビーさーんっ!!」

タナカさんもサンビーも花火も絶好調で、アモチーは真顔で俺の眉間に拳銃の銃口を当て、撃鉄を起こした。

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