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CASE 3 隣人ポーター

結構テレポートします。バトルパート多めです。タナカさんも多めです。

冷蔵庫の2段目の改装が終わったようだ。3段目も風呂場と洗面所とウォークインクローゼットと各々の個室には屋根が付いていたが、2段目は作業ドックとカプセルが並んだラボ以外は全て屋根付きで、コンテナが4つ置いてある様に見えた。

俺は例のエンドウ豆を使った発泡酒を飲みながら改めて居候達の住居を観察している。今夜はわりと早く帰ってきたが夕飯には早く風呂も済ませてまったから暇だった。

「ジュエス、ドックで作ってるコレ、なんだい?」

ツナギを着たジュエスはドッグで機械化した砂時計の様な物をイジっていた。

「パラレルシューターのコアだよ。これから受信して撃つ。アモチーの中・・ああ、船の本体ね。あっちにもあるんだけど強過ぎて使い難い」

「パラレルシューター?」

「平たく言うと存在確率に干渉する銃だね」

「・・?? 何に使うんだ?」

存在確率って何だ? しない確率もあるのか??

「それっ! 飲んでるけど、この間ウルニャルツァンダトゥルーのとこ行ったよね?」

「何か君らの興行みたいになってたけど?」

「ああでもしないと訪問を許可しないんだよ、閉鎖的だから」

「ふうん?」

アレも手管だったのか。

「異界からきた本来この宇宙に存在しないタイプの上位生命体は『倒し難い』んだ。死なないから」

「倒す?」

「万が一だよ? パラレルシューターならこの宇宙での存在確率を0にして倒せる。ただアイツら定期的に存在の有り様を変えてくるから定期的にチェックして、倒せるパラレルシューターをキープしとかないといけないんだ。抑止的にね!」

「・・文明調査官って以外と物騒なんだな」

「楽は仕事なんてないよね?」

「う~ん。まぁ頑張ってな」

適当な励まし方をしつつ、俺はジュエスの方は切り上げて白衣を着てラボで作業しているサンビーを方を見た。

よく見るとラボのカプセルには様々な不定形気味の生物が入っていて中々グロテスクだった。中には人間らしき物まであった。

「サンビー、SFホラーの黒幕みたいになってるよ?」

「全部クローンだから、地球の生き物は狩ってないわ」

「それ、人間じゃないの?」

「スズキ、あんたのクローンだよ。髪からちまちま培養して面倒だったわ」

「俺のクローン?」

何してんの??

「やめてくれよーっ。そっちの俺にも意識あるんじゃないか?」

「意識は切ってるから。その内あたしらと同じサイズで行動することもあるでしょ? 無機物と違って生物を拡大したり縮小したりするのは大変だからこの小型クローン体を使うわ」

いやいや、何で俺がそこまでしてっ?

「使うって、俺が2人になっちゃうぜ?」

「大丈夫。その時は『大きい方のあんた』には眠ってもらうから」

「そんなんで解決できるのか?」

「ざっくり言うとね。記憶も引き継がせるから安心して」

「安心・・??」

不安しかないっ。自分達の仕事に俺を巻き込む気で満々らしい。

俺はため息を吐いて視線を冷蔵庫の3段目に移す。タンクトップとスパッツを着たロク・チャンはトレーニングスペースで筋トレ、ゴラエモンはジンベエを着て小さな据え置きゲーム機をやはり小さなテレビに繋いでホラーゲームに興じていた。村の中でゾンビ達と戦っている。

「ロク・チャンとゴラエモンは暇そうだな」

「スズキもな」

「暇ではないぞい? 今、己の筋肉と対話中であるっ!」

「ふーん」

「スズキ、用が無いなら冷蔵庫閉めてよ? 暑い空気が入ってくるわっ」

「へいへい、お邪魔しやしたね」

部屋はエアコンを『地球人仕様』の温度に設定して冷やしているから十分快適だったが、連中には暑いらしい。俺は短気なサンビーが怒る前に冷蔵庫を閉めた。

「スズキぃ、暇なら夕飯の支度早く手伝ってよぉ? 今日部屋着のチョイスちょっと間違えたから動き難くてしょうがないわぁ」

キッチンから不満気な声がした。見れば何のつもりか? アメリカンフットボールのコスチュームの上から無理矢理エプロンを着たアモチーがぎこちない動作で調理していた。

「チョイス間違え過ぎだ。今、何作ってんの?」

「トマトに薄塩のミートソースとチーズとハーブ詰めてオーブンで焼くヤツぅ」

「いいね!」

相変わらずガッツリ系だが、アモチーの料理はどれも美味しい。俺も調理に参戦しようっ

「今日は俺はアジアン料理攻めでいくよ?」

「お? 珍しく食に対してアグレッシブだねぇ、スズキぃ」

「あれだ・・わりと偏頭痛持ちなんだけど今日は大丈夫でね。薬飲んでない。体調がいい」

アモチーがキョトンとした顔をした。

「薬っていつもコソコソ齧ってるあのラムネぇ?」

「ラムネじゃないよっ?」

「違うんだぁ」

アモチーはそれ以上は掘らず、トマトの下処理に専念した。

「さて、パクチーまだあったかなぁ?」

俺は何気無い顔でフィレオレ・プレプレ星人達にまだ占領されていない野菜室を開けて買い置きしたパクチーを探したが、内心動揺していた。

安定剤を飲んでることは連中に隠していたが、少なくともアモチーに気付かれていた。しかし『ラムネを齧ってる』?? オブラートに包んで言ったのか? それともほんとにそう見えているのか? 俺では判断がつかなかった。



夕飯後、食事の時は連中が冷蔵庫から出てくるから冷え冷えになった室内で上着を着た俺は頭の上に乗ったジュエスから『ポーターブレス』という道具の使い方をレクチャーされていた。

「こうやって、対象を指定して、事前に指定した座標に飛ばす。それだけ。相手にキャンセルする能力がない限りは絶対飛ばせるからわりとチートだよ?」

ジュエスが俺の腕に付けたパッと見ただのデジタル時計に見えるポーターブレスを念力で操作して、目の前に置いたチェスの駒をやや離れた位置に飛ばしたり、ナイトとキングを入れ替えたりした。

「ほぉ」

感心するばかり。

「スズキも危険な来訪者相手に最低限度身を守れる様にしとかないとね。ただ悪用するとコスモポリスに速攻取っ捕まるから気を付けた方がいいよ? 腕時計にもなるからね?」

「こうかな?」

操作すると確かに時刻が表示された。

「危険のある時や我々が同行している時以外はオフモードになる様にしておいた方がいいんじゃないか?」

小さな徳利で酒を飲んでいたゴラエモンが神経質そうに言ってきた。

「危険がある、ってどう判断したらいいんだ?」

「ポーターブレスの認識機能で『所有者の生命の危機』を判断させることはできるのぉ」

ロク・チャンはサンビーと念力でジェンガをしていた。

「そんな判断までできるのか? これ」

「じゃあ、まぁ、制限掛けとくね。ええっと、 これは簡易版のジャパン語表記だから・・」

ジュエスは念力で俺のポーターブレスを何やら操作しだした。と、


ピンポーンっ。


玄関のチャイムが鳴った。

「おっ、タナカさんかな?」

「ああっ、スズキ! まだ途中だから使用権限がっ」

「後でいいよ」

俺は立ち上がってドアホンの親機の方に向かったが、ジュエスが頭の上にいたままなのに気付いて手近な棚の上に置いた。

「向こうにはモニター無いよね?」

「話してる時に余計な事言ったらややこしくなるからさ」

「言わないってー」

俺は不満げなジュエスを置いて、ドアホンのモニターを確認した。タナカさんだ。子機のカメラを凄い見てる。いつものヨレた日替わりTシャツにハーフパンツに金魚柄・・いや風鈴柄のチャンチャンコだっ。洗い替えだ! タナカさんは紙袋を2つ持ってもいた。

俺は通話ボタンを押した。

「こんばんは、タナカさん」

「こんばんはっ、スズキさんっ。今日は、先日田舎から水羊羹が送られてきたのでお裾分けと・・」

タナカさんは右手に持っていた紙袋を持ち上げてカメラに見せた。

「ああ、すいませんね」

「いえっ、毎年大量に送ってくるから最終的にお腹ユルくなってしまうから」

「そりゃ大変だ。加勢します」

「はい、ふふっ」

俺も笑ってしまった。

「チャンチャンコとイチャついてるよ!」

後ろからサンビーがイジってきた。

「何か声がしませんでした?」

「ラジオですっ」

「スズキさん、ラジオ聴いてるんですか?」

「稀にですがっ」

「ラジオにされたっ!」

俺は素早く振り返って目線で威嚇したが、逆に触角の頭上で破壊光線をバチバチと交錯させて物理的に威嚇を返されてしまった。くっ、勝てんっ!

「私も声優系の物は今でも聴いてるんですが、作業しながら聴くのにちょうどいい情報量で、程好いですよねぇ」

「そ、そうですねっ」

実は車の運転中のニュース確認以外では全く聴かなかったりする。

「・・・」

「・・・」

お? 数日ぶりくらいのタナカさん的な『間』。そういえば水羊羹を受け取るなら玄関のドアを開けなきゃならない、連中に隠れてもらっても部屋が異様に寒いのはどう説明したらいいんだ? いや、そもそも連中に関することは全て幻覚である可能性も・・

「スズキさんっ」

「はいっ? はいっ」

水羊羹は俺が素早く外に出て受け取ろう。もらうばかりでは悪いから、逆三角頭達からもらった豆グッズの残りを相応にお裾分けしよう。

「実は、それだけではなくて・・これ」

タナカさんは左手に持っている方の紙袋をカメラに見せた。ん?

「あのっ、花火を見る時に浴衣を着てみようかと・・」

タナカさんは真っ赤になっていた。

「・・いいですね。似合うと思います」

「まだ着てませんっ!」

「あ、すいませんっ」

「いえ、いいんですけど・・あのっ」

「はい?」

「最終的に候補が3着になったのですがっ! 選んでもらえませんかっ?!」

「あ~、はい。わかりました。ちょおおっと、待って下さいねっ」

俺は一旦通話を切った。そして即、連中の方を振り返るっ!

「ヤバいっ、さすがにドアの外で水羊羹を受け取りつつ浴衣選ぶのは不自然じゃないかっ?!」

「チャンチャンコの部屋で選べば?」

めんどくさそうなサンビー。

「この流れで? それも不自然じゃないか?」

「というか隠すのもう限界じゃない? チャンチャンコと付き合うんだよね?」

ブッ込んでくるジュエスっ。

「それは・・」

「腹を括れスズキよ」

「まぁもう1人くらい現地協力者を増やすのもいいかもしれんのう」

さほど気にしない様子のゴラエモンとロク・チャンっ! だが、君達はいいかもしれないが、『そもそも全てポンコツになった俺の幻覚』かもしれないんだぜっ?! 何ならタナカさん自体、実在しないかもしれない疑惑すらあるっ。

「う~っっ」

俺がドアホンの前で焦っていると、ぬっ、とモニターにアモチーが入ってきた。

「っ?!」

 俺は慌てて通話ボタンを押した。

「何してるのぉ? チャンチャンコの人ぉ」

「わぁっ?! え? どなたですか??」

タナカさんに絡みだしたっ! しまったっ。アモチーは『ワインとアイスクリームがもう無いけど地球の貨幣は持っていない』と俺から金をせびってさっきコンビニに行ったのだが、もう帰ってきたっ。

アモチーは最初アメリカンフットボールのコスチュームのままで出掛けようとしたが、俺が全力で止めて普通の服に着替えていた。ノースリーブカットソーにキャミソールワンピースだ。細目だが無駄にスタイルがいいのでモデルの様になっていた。

「どなたって、アモチーだよぉ?」

「アモチー、さん? 私のこと知ってるんですか?」

ヤバいヤバいっ。まずファーストコンタクトの人選もヤバいっ!

「スズキの家のドアホンのモニターからよく見てたよぉ」

「えっ・・・」

モニター越しに、タナカさんの目から感情が消えてゆくのがわかった。

「これはいかんの」

いつの間にか俺の肩に止まっていたロク・チャンが呟くのと同時に俺は玄関にダッシュしたっ!

「ちょ待てぇえええいっ!!!」

俺はサンダルを履き、玄関から飛び出したっ!

「スズキさんっ」

絶望した顔っ。

「違いますタナカさんっ! アモチーは居候ですっ」

『母艦の有機端末体です』とは言えなかったっ。

「居候?! ホームステイということですか?」

「まぁ、家賃5万払ってるからねぇ」

君は払ってないけどねっ。

「でもっ、でも・・女性ですよね?」

「そういうことではないですタナカさん?! 寝室も全然別ですしっ」

「物置にあった荷物を船に転送してそこをアモチーの部屋にしたんだよぉ」

「船に転送??」

「まぁ話せば長くなるからのぉ、取り敢えず中へ入るといいぞい?」

しまったっ、ロク・チャン肩に乗せたままだったっ!

「えっ? フィギュアが喋ってる?!」

おおっ、タナカさんにもロク・チャン見えるか・・いや、それ以前にアモチーに絡まれてたかっ。

「待ってっ、私、疲れてるのかな・・??」

タナカさんは青ざめた顔で紙袋を持ったまま内股気味にしゃがみ込んでしまった。

「タナカさん、その気持ち、わかります」

おれもしゃがんで、視線を合わせて宥めるつもりで両手を前に出した。

「スズキさんっ! 説明して下さいっ。何なんですか?? 私をからかってたんですか?!」

タナカさんは涙目で紙袋を離した両手で俺の両手首を掴んできた。すると、


ヴゥンンンッ!!!


俺のポーターブレスが光を放ち始めたっ。タナカさんの指がブレスの端末を触っていた! 咄嗟にロク・チャンが念力で何かしようとした

「管理者制限がフリーになっとるっ、マシな場所に飛ばすぞいっ?!」

さっき、ジュエスの操作の途中だったから?!


パシュッ!!


光と共に衝撃が走り、次の瞬間、俺とタナカさんとロク・チャンは夜の草原にいた。



草原には光の玉の無数に浮いていてそこそこ明るい。

「マズいのっ! ドバロ星人の狩り場から外れられなかったかっ。早く再転送せねばっ」

ロク・チャンは走って俺の肩から腕を伝ってポーターブレスを付けている手首まで行った。手首を掴んでいたタナカさんが慌てて手を引っ込める。

「ぬうっ? 操作式と言語がぐちゃぐちゃになっとるっ! 充電もっ・・」

「スズキさん、これは??」

「うん。タナカさん、夢だと思ってもらって構わないけど、今のこの夢の中では現実だと思って行動、判断してほしい。俺もまだ全然慣れてないんだけど」

タナカさんが真っ直ぐ俺の目を見てきたので俺も真面目にタナカさんの目を見た。こんなにまともに他人の目を見たのは高校の時の部活の試合以来かもしれない。

社会に出ると、手段や社交辞令で大して意味もなく他人の目を強く見たり見られたりすることがしばしばあったけど、本当に真っ直ぐ見られたのは久し振りだった。

・・今、自分が言った通りだ。今のこの夢の中では現実だと思って行動、判断しよう。トラブルの成り行きだが俺が、彼女を巻き込んだ形だ。例え全て幻覚だったとしても。

「わかりました。後で説明して下さい」

「うん」

「よし! 取り敢えず狩り場の外には飛べそうだぞいっ」

「ここそんな危険なのかい?」

「危険も危険っ! ここは悪質な来訪者達が違法な狩りをする狩猟場っ。近くにあるヤツらの気色悪い美術館を文明見学の体で訪問して、コスモポリスの捜査に協力しておったっ」

この間もだが、結構スレスレで仕事してるな。

「では転送を・・んっ?!」

周囲の茂みの一角がガサガサと揺れ、

「ジャアアアァーーーッ!!!」

蛇とムカデとナメクジを合わせた様な大型の化け物が飛び出してきた。

「うおっ?!」

「ひぃいいっ!」

俺もビビったが、タナカさんが抱き付いてきた。風呂を済ませていたらしいタナカさんはラベンダーの良い香りがした。

「そいやっ!」

ロク・チャンが触角から破壊光線を放ち化け物の頭部を焼いて吹っ飛ばした。

「すぐに仲間が大群で寄ってくるっ! 転送するぞいっ!」

ロク・チャンの言葉通り、周囲の茂みが一斉にガサつきだしたっ。

「ヤバいっ」

「スズキさんっ」

「転送するっ!」

パシュっ! 一瞬、茂みの中から多数のさっきの化け物と同じ個体群が見えたが、次の瞬間、異臭の漂う俺達は途方もなく広い工場? の様な施設の中にいた。

「臭っ、ロク・チャン、何だいここ?」

「また薄暗いですよ?」

「うむ、ここは・・」

「誰だ貴様らっ?! 地球人だなっ!」

「っ?!」

大型の機械の陰から兵士風の格好をした虫と人間の中間の様な者達が2体現れ、銃の様な物を構えたっ。

「我輩を見逃しておるぞっ?!」

ロク・チャンは素早く飛び上がって触角から破壊光線を虫人間達に放ったっ。

「げぅっ?!」

「がっ?」

こんがり焼かれた虫人間達は昏倒して痙攣しだした!

「お~っ」

「小さいのに強いですねっ」

「何、ざっとこんな・・ふぅ~っ」

念力で宙に浮いていたロク・チャンは不意に力を失ってゆっくり落下しだしたので、俺はタナカさんに抱き付かれたまま手を差し出してキャッチした。

「ロク・チャン?!」

「大丈夫ですか? 小さい人っ」

「ダメだぁ~、スーツ無しだと地球の環境は暑過ぎるのぉぅ・・」

ロク・チャンはいつものチープなSFスーツではなく小さなジャージ姿だった。

「しっかりしてくれロク・チャンっ! せめて対処の手立てくらいは・・ここ地球なんだろ?」

「えっ? 地球じゃないかもしれないんですか??」

「・・いや、そのロクに充電してない簡易ポーターブレスじゃそんな遠くに飛べんよ。ここはS県内で、違法な『地球人狩り』や『地球人の食品加工化』をしているチンピラ来訪者のアジトだぞい」

「そんな凶悪なヤツがいるのか・・」

「私達はどうすれば?」

「う~ん・・」

ロク・チャンは段々しわしわに萎れ始めたっ。

「ロク・チャーンっ?!」

「ふぇっ? ああ、大丈夫だぞい、乾眠するだけ。死ぬワケじゃないぞ?」

「乾眠できたんだ・・」

「あの、この小さい人は一体??」

「タナカさん、取り敢えず『彼らはウチにホームステイしてる小さい宇宙人』とだけ把握しておいて下さい」

「はい・・」

俺もさほど詳しくは知らないのだがっ。

「隊長として、最後に仕事、しておくぞい・・」

ロク・チャンは気力を振り絞ってポーターブレスを何か操作し、続けて倒れた虫人間2人が持っていた銃を操り俺達のすぐ近くまで引き寄せた。

「ふんっ!」

ロク・チャンは軽めの破壊光線を銃に放ち全体を炙ると、さらに念力で銃の側面にあったパネルを少しイジった。

銃は俺とタナカさんの手元にふわふわと漂ってきたので俺もタナカさんも一度熱くないか指先で触れてから片手で取ってみた。さっき光線を当てたからかまだ少し熱いが持てないこともなかった。

「これで・・よし。消毒して出力も4割程度にしておいた。撃っても殺さなくて済むし、弾切れの心配も早々無いぞい?」

「え? 俺達戦うのかい?」

「射撃ゲームの開発は何本かしてました」

「タナカさん?」

「護身用だぞい。コスモポリスとアモチー達には既に救難信号を出してある・・が、ここは次元バリアが三重に張ってあって併設したさっきの狩り場の様な施設からでないと出入りが難しい。すぐには助けは来ないと思ってくれい」

「それ、さっきの狩り場から出られなかったのかな?」

「ううっ、・・あそこは違法性が高い上に屋外だから念入りに閉じられていた。最初に入れたのはデタラメな入力した結果のただのバグだぞい? 咄嗟に逆方向に再現するのは難しい。ここから出るか、待つしかない・・」

ロク・チャンはいよいよ干物の様になってきた。

「・・タナカも範囲に入れた、水素と、エーテルで、自己発電させてる・・8分おきに自動でジャンプする・・3回のジャンプで次元バリアの外に出られるはずだ。大、騒ぎに、なるから・・なるべく、自力で、脱、出、を・・ひゅぅっ」

ムキムキだったロク・チャンが完全に紐でできた人形の様になって目を閉じてしまった。乾眠してしまったらしい。

「・・・」

「・・・」

俺とタナカさんはポーターブレスの表示を確認した。俺達でも読めるアラビア数字表記で残り時間がカウントダウンされていた。

「スズキさん、あと5分弱で1回目のジャンプということでしょうか?」

「そのようですね。あの、タナカさん」

「はい?」

「動けないので、一回離れましょうか?」

タナカさんはずっと抱き付きっぱなしだった。

「はわぁ~っ?! 失礼しましたっ!」

タナカさんは真っ赤になって離れてくれた。いや、離れ過ぎっ。急に端の方に離れてしまった。

「軽く、試し撃ちしてみましょう」

「あっ、はい!」

俺とタナカさんは近くにあった重機とロボットの中間の様な作業機械に『銃』を撃ってみた。チュンッ! 思ったより軽い音で熱弾の様な物が放たれ、作業機械を少し破損させた。

「これくらいなら大丈夫そうですね? スズキさん」

「ええ、意外と軽いし、反動もあまりないから俺達でも使えそうです。いざとなったら身を守りましょう」

「はい。・・でも取り敢えずこの場を離れませんか? これだけ文明が発達しているなら1ヶ所から動かない手下がいたら確認されてしまうのでは?」

「ですね。移動しましょう。ロク・チャンにはポケットに入ってもらおう・・」

俺は上着のポケットに紐になってしまったロク・チャンを慎重にしまった。暑苦しいが、上着脱げなくなったな。俺は苦し紛れに袖だけまくった。

俺達は頷き合って、銃を構えて小走りにその場を離れた。



数分後の1回目の自動ジャンプで俺達は植物の様な怪物が多くいるエリアに飛ばされ、2回目の自動ジャンプでは最初に飛行する魚の様な戦闘マシンが放たれたエリアに飛ばされたが、タナカさんの射撃の腕がただ事ではなかった。百発百中だっ!

「凄いですねタナカさんっ」

「体感射撃ゲーム開発でテストプレーヤーを雇うお金が当時の会社に無くて、合わせて200時間以上テストプレイしたことがありますっ。手の皮がズルズルになりましたっ。あと私、小3から中3まで卓球やってましたっ!」

ブラック業務と卓球の効果、凄いっ。俺が感心していると、


ドドドドドドドドッ!!!


俺達の周囲に熱弾の雨が降り注いだっ。

「わっ?!」

「なっ?!」

「はーい、そこまでにしてもらおうかな?」

円型の浮遊する機械の台座に乗った、やたらゴテゴテしく飾った僧服の様な物を着た虫人間が奇妙な球体群と、同じく円型台座に乗った多数の虫人間兵を従えて現れたっ。

「コスモポリスの犬か? 原始的な地球の猿の分際で、ポーター装置まで使っているようだが」

「貴方っ! この違法だという施設の権利者ですか?!」

「タナカさんっ?」

「であったら何だ?」

「自首して下さいっ!」

「自首? ハッ」

僧服が虫人間は嗤って軽く片手を振ると、俺は突然、光の格子に囲まれ。タナカさんには回転する手裏剣の刃の様な物を露出させた多数な奇妙な球体が殺到したっ!

「タナカさーんっ!」

俺が身動きすると、うっかり銃の先が光の格子に触れてしまい、触れた途端、銃の先熱せられで蒸発してしまった!

「っ?!」

タナカさんに迫る回転刃の球体群っ! 何もできない俺は絶望したが、


チュンッ! チュンッ! チュンッ! チュンッ!


身を翻しながら、次々と球体群を撃ち落としてゆくタナカさんっ。

「そこっ!」


チュンッ! チュンッ! チュンッ! チュンッ!


タナカさんは・・全ての球体群を・・撃ち落としたっ! 煙の中、銃を手に仁王立ちするタナカさんっ。

「何ぃっ?! 何だお前?? は? 何だお前?! ・・ええいっ、まぁいい、直接バラして肉にしてやろうかと思ったが、消し炭にしてやるっ。お前達っ!」

手下の虫人間兵達が一斉に銃をタナカさんに向けて構えたっ。これはさすがにっ!

俺はポーターブレスの3回目の最後のジャンプのカウントダウンを確認した。多少離れていてもタナカさんも転送対象になってるはずだ。

「っ?!」

テレポートジャンプへのカウントダウンが止まっているっ! この光の格子の影響なのか?!

「・・スズキさん、正直よくわからなかったけど、ちょっと楽しかったです」

タナカさんは銃を下ろし、俺に微笑んだ。

「タナカさんっ!」

「殺れっ!」

虫人間兵達は銃を構え・・その時っ! 一閃っ!!! 小さな閃光が虫人間兵達の中を突き抜けてゆき、瞬く間に銃と防具と浮遊台座がバラバラにされ、兵達は昏倒して落下したっ!!

閃光の先には光の剣を持ったゴラエモンがいたっ。

「んなっ?!」

唐突に兵を失い唖然とする僧服の虫人間っ。

「安心しろ、エーテル峰打ちだ」

『エーテル峰打ち』??

「はい、解除」

「え?」

いつの間にか俺を閉じ込めていた光の格子の前にサンビーと共にいたジュエスがブレスレットを操作し、光の格子を打ち消したっ。

「チャンチャンコもこっち来な」

サンビーが念力でタナカさんを引き寄せた。

「わわっ?!」

「タナカさんっ」

サンビーがやや乱暴に俺の方に投げてきたので慌ててキャッチした。タナカさん、結構重いっ。腰がっ。俺、若くないからっ。

「スズキさんっ、大丈夫ですか?」

「問題、ありません・・」

なるべくそっと、タナカさんをおろした。

「今、ジャンプするとややこしいからポーターの設定も解除しとくよ? スズキ」

「あ、ああ」

「隊長、回収するよ?」

サンビーは念力で俺の上着のポケットからしわしわになったロク・チャンを引っ張り出すと、ブレスレットで頭上にポリタンクの様な物を転送させ蓋を開けた。

「あたし特製っ、蘇生液だよ隊長っ!」

サンビーはタンクの中身の液体をロク・チャンにブッ掛けたっ。シュウゥゥッ! 蒸気を上げて元の姿に膨らんでゆくロク・チャンっ。

「我輩っ、完全復活っ!!!」

マッスルポーズを取るロク・チャンっ!

「お、お前ら・・この間の文明調査官だなっ?! コスモポリスとグルかっ」

ロク・チャンはジュエスから渡されたブレスレットで一瞬でSFスーツに着替えつつ、僧服虫人間の方を向き直った。その横にジュエス、サンビー、ゴラエモンが一列に並ぶっ!

「いくらドバロ星人貴族であっても悪事は長続きしない物ですぞっ?! 少々段取りがあべこべになりましたが、直にコスモポリスも来ますっ。観念なされいっ!」

「ふざけるなっ」

僧服虫人間はヤツも付けていたブレスレットを操作し、一瞬で巨大な少し虫っぽい上半身だけの人型のロボットに搭乗したっ。

「デカっ」

「ボスキャラですね・・」

「フハハハっ! 私のコスモアーマーにはエーテル振動刃も通らんぞっ?! このK市ごと証拠も隠滅してやるっ。裏口座にたんまり蓄えてあるっ、痛くも痒くもないわっ! 貴様らごとき木っ端役人に・・」

僧服虫人間の口上の途中で俺達の前の中空にアモチーがテレポートしてきた。

「っ?! また地球人か?!」

「周辺も含めて施設全部スキャン完了ぅっ、証拠も押さえたし、あんたの裏口座も特定してコスモポリスに凍結させといたからぁ」

「はぁっ?! ふざけるなっ、そんなことがっ、おおっ?!」

アモチーは無数の砲身を自分の周囲にテレポートさせ、即、僧服虫人間が乗るロボットに砲撃した。


ズガガガガガガッ!!!


成す術無くロボットを破壊され、円形の浮遊台座だけ残し剥き出しにされる僧服虫人間っ!

「なぁっっ??!!! エーテル振動刃に耐える装甲がっ?!」

「・・辺境の文明未発達の星でちまちま小遣い稼ぎしてるチンピラがさぁ、この星を砕き、異界の上位生命体を打ち滅ぼすぅっ、SS級『神槍』多次元戦闘艦アモチーに勝てると思ってんのぉおおっ?」

無数の砲身を僧服虫人間の周囲にテレポートさせて囲むアモチーっ!

「ヒィイイイッ!! わ、わかったっ、自首するっ。どうせ大した刑罰にはならんっ、私は貴族だっ! ほとぼりが冷めるまで母星でバカンスでもするさっ、ハハッ、法治等、茶番に過ぎないのだ! ハハハハハッ!!!」

「・・・」

アモチーは無言で僧服虫人間の周囲に宗教画の様な光の輪を発生させた。

「何だっ?! 貴様っ、私がその気になれば電子人格法を改正することも、おわはふぅっ?!」

僧服虫人間は光の輪が激しく瞬くと、虫人間からネズミに姿が変わっていたっ。

「ええっ?」

「変わりましたね??」

アモチーはロク・チャンの方をめんどくさそうに振り返った。

「ムカついたから『ドバロ星人貴族である確率』を0%にしてぇ、『地球のドブ鼠である確率』を100%にしてやったんだけど、問題あるぅ?」

ロク・チャンはため息を吐いた。

「ヤツは血族の中でも鼻摘み者であったようだからのぉ、後はコスモポリスと議会が上手く処理してくれるに違いない」

「そ。じゃあ、スズキとチャンチャンコの人もピックアップできたしぃ、一件落着ぅ~っ」

アモチーはお気楽に喜んだが、俺とタナカさんは顔を見合わせて2人してその場にヘタり込んだ。



それから程無くして、コスモポリスが乗った巨大なアダムスキー型が宇宙船が飛来し、俺達を回収。俺とタナカさんは何の対策もせずに来訪者のテリトリーで暴れたから、まず感染症や寄生虫のリスクがないかを検査。

その後で、あちこち細かく怪我をしたり痛めていたりしたからそれをあっという間に治療された。

詳細な事情聴取はロク・チャンとアモチーだけだった。俺達のマンションへのテレポートでの帰還を許されたのは午前0時を過ぎてからだった。

着ていた衣服や俺達自身はコスモポリスの船で徹底的に洗浄されて全身清潔な状態だったが、着ている服はボロボロで、何よりぐでんぐでんに俺とタナカさんは疲れていた。

だが、腹が空き過ぎてもはや腹が痛いくらいだったのとある種の興奮状態で全く眠くはなかった。結果、

「んじゃあ、夜食を兼ねて、祝勝会とチャンチャンコの歓迎会やっちゃおうか?!」

と、サンビーが言い出しそのまま流れで宴会になってしまった。

タナカさんは在宅ワークで今はスケジュールが詰まってないから明日半日くらい休んでも問題無いそうで、俺も溜まった有給を消化するよう散々会社から言われていて、何なら出社すると煙たがられるくらいだったから、明日、いやもう今日か。休むことにした。

当日朝、欠勤を申し出るのもアレだから一応、夜中だが上司にメールだけは先にしておいた。すると意外とすぐに『無理することはない。しっかり休んで』と返信が来た。・・思った以上に俺、腫れ物なんだな。

「よーしっ! 締めに1曲歌っとくかーっ!!」

フィレオレ・プレプレ星人達はタナカさんがボロボロのチャンチャンコの上からさらに俺の上着を着ないと震え上がる程の極寒の俺の部屋で、また バンド演奏始めるつもりのようだ。乾眠したばかりなのにロク・チャンも嘘の様に元気っ。

「騒音大丈夫かい? マンションの住人はタナカさんだけじゃないよ?」

「問題無いわっ! チャンチャンコの部屋以外には音漏れしない様に部屋改造済みっ」

「何で私の部屋だけ音漏れさせるんですかっ?! というか私の名前はタナカですっ! チャンチャンコは着てるだけっ」

「先祖の霊毛で編んでんでしょうぅ?」

水羊羹食べながら茶化すアモチー。

「違いますっ、手芸店で買った普通の、主にインド綿素材ですっ! 私が拵えました。冷え性なのでっ」

自作だったんだ。どうりで妙にタナカさんにフィット感あると思った。

「はいはい、じゃあ行くよっ?! 新曲っ、『お前の本体チャンチャンコ』っ!」


タナカタナカタナカタナカタナカッ!!

タナカタナカタナカタナカタナカッ!!

タナカタナカタナカタナカタナカッ!!


お前の本体チャンチャンコッ!!! ヤッフゥーーーーッ!!!!


男運無いけど持ち家あーるッ!!! アラサァーーーーッ!!! ワァーーーッ!!!


タナカタナカタナカタナカタナカッ!!

タナカタナカタナカタナカタナカッ!!

「・・・今回激しいな。パンクか」

「いや、結構ディスってませんかぁっ?! 私、嫌われてませんかぁっ??」

ロクに馴染んでないのに強めのイジりに、涙目にされるタナカさんだった・・・。



翌日、昼過ぎまで寝て、起きると皆出掛けた後だった。タナカさんも既に隣の部屋に帰ってる。冷蔵庫も閉ざされていた。エアコンは付けっぱなしになっているが、部屋の室温設定は普通。昨日騒いで散らかしたはずの部屋も片付いていた。

ただテーブル上に、ラップで包んだお握りが1つとチリソースの添えられた生春巻きが1つ、それから空の椀が1つ置かれ、メモも2枚置かれていた。1枚は几帳面な字のタナカさんのメモで、


梅のお握りです。冷凍庫にアサリの身が入っていたので生姜とネギで味噌汁にしておきました。昨日のことはまだ整理できていませんが、こんなに新鮮な気持ちになったは20代の頃以来です。色々よくわかりませんが、これからもよろしくお願いします。


と書かれていた。もう1枚のメモは読み難い字のアモチーからで、


チリソースにはハバロネを使った。生きろっ! フィレオレ・プレプレ星人達は昨日の後始末だって。アモチーはジャパンの現金を獲得する為、道端に捨てられた空き缶を拾う仕事を始める事にした。夕方には帰る。夕飯はすき焼きを所望する。それからいい歳してラムネばっかり食ってるとアホになるよ?


「ラムネか・・」

俺はタナカさんが作ってくれた料理に癒され、アモチーのハバロネソースに苦しめられ、朝食を終えた。

それから、S県に異動してきて初めてパソコンで転職サイトを小1時間程眺めていたが、中々考えが纏まらず、それからふと思い立って、ホロカワクリニックに予約を入れ、適当に着替えて部屋を出た。『ラムネ』は飲んでない。

「タナカさん、もう起きて仕事してんだろな・・」

隣のタナカさんの部屋の前で暫くドアを見ていたが、結局チャイムは押さず、そのままマンションから出た。外は蒸し暑く、少し目眩がした。駐車場の端の掲示板には花火大会のポスターが張られていた。

昨日の酒は残っていなかった様で問題無く玉塔の駐車場まで来れた。

例の、内臓が調整される感覚を感じながらエレベーターで20階まで上がった。

ホロカワメンタルヘルスクリニックは空いていて、まだ時間が早く、日差しが明るい為、主に北の海の生き物のマスコットが多数と置かれた水色の色調の内装が眩しいくらいだった。観葉植物の葉まで日差しに輝いて見えた。

俺はアロマの匂いを嗅ぎながら受付を済ませ、診察室にすぐ通された。加湿器と空気清浄機がフル回転する個室。鮫の様に屈強な男の看護師が控えていたが、今日も胸元のセクシーな白衣のホロカワ氏は笑顔で俺を迎えてくれた。

俺は昨日の夜の事をざっと話した。

「随分大冒険だったのね」

「はい、危うい所でした」

「そう・・」

案外冷静だったホロカワ氏はその後事務的に聞こえる質問を長くしていたが、俺の退屈な気配を察したのか話題を変えてきた。

「そのタナカさん、という方だけど?」

「はい」

「これまでの貴方の記憶の中に似たイメージの人物はいないかしら? 1人じゃなくて勿論いいわ。思い出せる範囲で、古い記憶から話せる?」

「はい、先生。そうですね・・」

古い記憶・・・。1人の少女が浮かんだ。そしてホロカワ氏の顔と胸のIDカードを見て、俺はハッとした。

「何?」

「いえ・・」

今、全て話すのは危うい気がした。少し伏せて話そう。

「幼稚園生くらいの頃、同い年の中の良い女の子がいて、その子がよく、その子のお婆さんが縫ってくれたチャンチャンコを着ていました」

「へぇ、続けて」

「事故で亡くなってしまいました。俺はショックで、その後半年くらい幼稚園に通えませんでした」

「そう、それは辛かったわね」

「いえ、今、思い出してみるまで忘れているくらいでしたから」

ホロカワ氏は値踏みする様に俺を見ている。

「他には?」

俺は問われるまま、俺は色々話した。小学生の頃に同じ女子からイジメられて転校した漫画好きでラベンダーの香りの消しゴムを愛用していた女の子の話、中学の時にできた初めての彼女だったけどお互い部活と塾が忙しくて疎遠になって気まずく別れてしまった卓球部の女子の話。

高校の時殆んど話したこともなかったけど気になっていた生徒会の書記の生真面目そうな女子が父親の放蕩が原因で学校を辞めて数年後に自殺してしまった話、子供の頃から少し憧れていたが癌で早くに亡くなった叔母が生前よく夏に水羊羹を送ってくれた話。

専門学校に通ってた頃に学友の彼女がゲームの専門学校に通っていて気が合ったけどお互い相手もいるし微妙な距離のまま卒業後疎遠になった話。今の会社に入る前に最初に就職した系列会社の女性の上司がサバゲー好きな快活な人物で特に何も無かったが転職後に好意があったと思い至った話。

20代後半の頃に付き合った彼女が無口だが抱き付き癖があった話・・等をした。

こんなに個人的な話をしっかり1人の人物にしたのは初めてだった。自分がどれ程彼女達の影響を受けていたことか? 愕然としたくらいだ。

「・・スズキさん、どうやら『タナカさん』は貴方にとって総括的な人物の様ね」

「かもしれません」

「貴方の頭の中から小人達を追い出すよりも、むしろ彼女を追い出す方が大きな仕事になりそうだわ」

ホロカワ氏はデスクの引き出しの鍵を開け、1本の青いケースに入った口紅を取り出した。屈強な看護師がやや動揺するのが見えた。

「スズキさん、この間の『発泡酒』と逆のことをしてみない? 口実は上手くやって、としか言えないけれど、この口紅を小人達とタナカさんに見せて、反応を確かめてくれる?」

「はぁ・・」

俺は口紅を受け取り、蓋を開けてみた。リップスティックはベルベット色だった。深い、冷たい海の色だった。



疲れていたが、スーパーに寄り高い肉ではないがすき焼きの材料を買い、マンションの駐車場に車を停め、今度はエアコンをちゃんとつけて俺はシートに深く体重を預けた。

普段仕事以外で使ってる牛皮のボディバッグからホロカワ氏から預かった。口紅を取り出してみる。確かに口紅は、ある。だがまた蓋を開ける気にはならなかった。

「そういやラムネの話をしてなかったな・・」

俺は呟き、それからたっぷり30分、目的も無くタナカさんが偶然通り掛かるのを待ったが、確率的は別に何も不思議はないが、彼女が現れることは動かし難い摂理の様に、一切無かった。

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