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CASE 2 枝豆と旧支配者

混沌の? 枝豆農園を見学しにゆきます。

マンションから一番近いスーパー『ロミマート』の駐車場にクルマを停める。中古のコンパクトカーだが後方カメラが付いているから駐車が楽だ。

だが周囲にファミリー向けのマンションが多い立地上、子供連れも結構いるので夕方以降は少し注意も必要だった。

店内に入り、カゴを取る。今夜の晩酌はどうしようか?『ヤツら』は小さ過ぎるから量は必要ないがそれなりに好みがあって、何より全員口うるさかった。

1人だけ俺と変わらないサイズの義体だというあの女? は何でも食べたが大食いの傾向があった。この間取引に使われた灯油等は『船』本体に使うもので、有機化している義体の方はあくまで人間の食べ物を求めた。

トータルでは食費は増えたが元々1日2食半でいいくらい俺は少食な方だったから、人並みのエンゲル係数になったともいえた。

ただし、ヤツらからの 家賃『5万』が全て妄想だった場合、そのまま使い込むとおそらく俺の中で整合性を取る為に無意識に貯金を下ろしてしまう等、厄介なことになりかねない。

俺は仮定的な家賃に関しては当面手を付けず、これまで通りの収支の中でやりくりすることにしていた。

俺は俺の奇妙な状況に関しクレバーなスタンスを取っている。

「んっ、安い」

俺は茎付きの枝豆が安売りされてるのを見付けた。明日も平日なのと今日は7月にしては気温が上がらなかったから俺が帰宅するこの時間でもいくらか売れ残っていた。

「枝豆に関してはアイツら全員好きなんだよな・・」

会社で浮いてるからか、俺は1人が気が抜けてるとわりと小声の独り言が出ることがあった。

「あ~、トライアイファームか。ここのは旨いんだよな」

逆三角の中に1つ目のマークをロゴにした企業化したファームらしい。農産系企業としてはS県でも有数。

ただこの会社は数年前、逆さにした1つ目ピラミッドの下から蛸の足が生えた様なユルキャラ? 10数体が独特なBGMの中、激しく乱舞するローカル企業CMが『恐過ぎる』としてS県民のチビッ子達を恐怖に陥れ、放送からわずか5日で広告が打ち切られた癖の強いエピソードを持っていたりもした。

俺もS県に異動してからネットで確認してみたら、想定を越えるダンスの激しさやユルキャラのディティールがリアル過ぎてユルくない点、BGMの陰鬱さ等が中々キていた。

しかし、このファームの枝豆は、美味。

「買っとくか」

俺は逆三角1つ目マークの袋に入った茎付き枝豆を3袋、カゴに入れた。枝豆だけで腹が膨れそうだ。



「枝豆の、お花畑や~っ!」

上着を着ないとやってられないイカれた温度設定のエアコンのせいで極寒となった部屋の食卓に、酒とヘタをカットしたプチトマトと共に並んだ枝豆尽くし料理に、最近ネットで覚えたらしく連発する某グルメレポーター風のコメントを放つサンビー。フィレオレ・プレプレ星人達の紅一点にして宇宙生物学者にしてどうも学生時代、若気の至りで地下アイドル活動をしていたらしい剛の者。

「半分はアモチーも作ったからねぇ」

細目に褐色の肌の地球人の姿をしている有機義体のフィレオレ・プレプレ星人の母船の自立思考型OSアモチー。一人称もアモチー。俺の洗い替え用エプロンを付けているがその下は忍者風のコスチュームを着ている。誰もツッコまないし、本人もナチュラルに着ていたので俺もスルーすることにした。

数日共同生活してきて理解したが『柳に風』が一番だ・・。

「あっさり系はスズキ、こってり系はアモチーが作ったのがよくわかるの」

筋肉質のこの小人はロク・チャン。文明調査隊だというフィレオレ・プレプレ星人達の隊長だ。因みに並べた料理は俺が作ったのは王道の塩茹で枝豆、枝豆御飯のお握り、冷たい枝豆スープ。アモチーが作ったのは竹輪と枝豆のニンニク炒め、鶏と葱と枝豆のチーズ焼き、ずんだマフィン。まぁロク・チャンの言う通りだ。

「この香り・・ウルニャルツァンダトゥルーの農園の豆か」

謎の固有名詞を出してきたのはフィレオレ・プレプレ星人達の護衛担当らしい細身のゴラエモン。ちょいちょい口が悪いところがある。最初『貴様』と連発された。

「ウルニャル・・? いやS県のトライアイファームっていう農産会社の枝豆だよ?」

「その会社をウルニャルツァンダトゥルー達が運営してんだよ、スズキっ!」

念力で枝豆を1つ取って齧り付きつつ言ってくるジュエス。フィレオレ・プレプレ星人の中ではエンジニアらしく、小柄で弟キャラだが時折S属性を垣間見せることもあった。

「運営?」

俺は一瞬固まってしまった。

「それはつまり、君達の同類であるウルニャル何とか達がS県で企業活動をしていると?」

「平たく言うとそうね。同類じゃないけど、何なら今度行ってみる?」

「え?」

急にサンビーに振られた。

「どの道、ジャパンの私達の管轄で現地民と関わって活動しているなら調査しなきゃならないし。それより早く食べようよ? ジュエス行儀悪いっ」

「へーい」

同類じゃない? 今度行ってみる? ・・俺が?

「では食べよう。ジャパン式でゆこう」

「隊長、それ最近は2パターンあるぞ?」

「うむ、では古い方で」

「保守的ぃ」

「頂きます!」

ロク・チャンがそう言い、手は合わせずに一礼すると、皆も「頂きます」と続けて一礼したので俺は内心の動揺を隠しつつ合わせた。

晩酌自体はいつも通り和気藹々と進んだが、俺の冷や汗は止まらなかった。俺も、同行する? 以前ネットで見た乱舞するグロテスクなユルキャラ達の姿が頭に浮かぶ。あれはひょっとして・・まんま?

「あのっ、具体的スケジュール、というか必然性に関して・・」

俺はなし崩しで決まった体になった、怪しいトライアイファームへの同行を何とか取り消そうと切り出したが、


ピンポーンっ。


玄関のチャイムが鳴った。

「絶対チャンチャンコ女だね!」

「来たねぇ」

「またあたし達、アニメにされちゃうの?」

「我輩達、今夜は騒いでおらんぞ?」

「一種のチックじゃないか?」

「行ってくる・・」

フィレオレ・プレプレ星人達があまり『タナカさん』に興味を持ってちょっかい掛けだしたら話がややこしくなる。手早く、スマートに対応しよう。そしてその流れでトライアイファームへの同行も絶対断ってみせるっ!

ドアホンのモニターを確認する。ヨレた日替わりTシャツにハーフパンツ、そして金魚柄のチャンチャンコ。タナカさんだ。ただ今日は怒っているというより果たし状でも渡してきそうな顔で子機のカメラを睨んでいた。何だろ? 取り敢えず通話ボタンを押した。

「はい、どうかしましたか?」

「スズキさん、例の件についてお話しを」

例の件? どの件だ?? タナカさんがどこまでフィレオレ・プレプレ星人に関して知っていたか? 俺はちょっと焦った。

「屋上の事ですが」

あ、それか!

「はいっ、ちゃんと鍵は付けました。花火大会後、管理会社に知らせます」

この間、タナカさんに目撃されてしまったからわざわざ壊れてない屋上の鍵を壊して、ホームセンターで買ってきた鍵を即席で付けていた。

連中によれば7月末の花火大会までには船の修理は終わり、『中空停泊』モードにするから管理会社の人間等がわらわら屋上に来ても特に問題無いそうだ。

「はい。鍵が付けられた事は私も確認したので結構です」

確認したんだ。

「そうですか、よかった。それじゃ・・」

俺は話題を切り上げようとしたが、タナカさんはグイっとドアホン子機のカメラに顔を近付けてきたっ。おお?

「花火を一緒に見よう、という申し出に関してですがっ」

「あっ」

言った。俺、そんなこと言った! そして忘れてた・・。

「いやタナカさんっ。それは何というかそのっ、1人で花火見るのもちょっと寂しいかなぁ、何てっ、思っちゃったりなんかしたからで、気になされないで」

「この数日、胃炎になる程熟慮しました」

そんなに?!

「いやいやそんなっ、全く問題無いですから、1人で見るのも中々風情があって・・」

「お受けします」

ぬっ?!

「私も、実はずっと花火大会見たかったんです・・」

「そ、そうですか」

確か不動産屋の話ではもう何年も前からタナカさんはここに住んでいたはずだけど、屋上から、とか会場には行ってない、という意味かな?

「29歳でフリーになったのを機会に、知人が手放すここの部屋を割安でしたが思い切ってローンを組んで購入し」

「購入?」

タナカさん、持ち家?! いやっ、花火の大会の話は??

「はい。元々プログラマー兼雑用みたいなことしてたんですけど、26歳の時、まぐれで企画が通って担当したスマホのゲームが絵師、脚本、声優、システム、広告が全て奇跡的にハマってプチヒットして、バブリーだった時代が一瞬あったんです」

「そうだったんですか・・」

一回でもバブル当てられる何て十分凄い。俺なんかバブルどころか学生の頃そんなこと一切なかったのに、いい歳して変な正義感出して薮蛇だったよ。って、何か身の上話になってきたな・・。

「でもそれから、社内で同性の社員に嫉妬されたり、私のゲームがヒットしたから他社がもっとお金掛けて似たゲームどんどん出してきたり、サイクルが早過ぎて絵師がもう限界で他の絵師の方の画をパクっちゃったり、メイン声優が古参のアンチに毒吐き過ぎてネットで炎上しちゃったり、次のいいアイディア浮かばなかったり、当時の彼氏が働かなくなって別れたらいつの間にか貯金半分くらい下ろされてたり・・」

「タナカさん・・」

急な語りの圧に若干圧倒はされたが、同情はする。泥棒彼氏は事故だが、仕事は負わなくていい責任を他人に上手く預けられないと苦しいよな。と思って何か、気の利いたアドバイスでもしてみようとしたら、気配を感じた!

振り返るとフィレオレ・プレプレ星人達がフリップで『長いっ! 飽きた! 巻きで進めろっ!!』『そのチャンチャンコはおそらく見える地雷っ!』『逃げろスズキっ!!』等と出してきていた。くっ。

「色々あって、引っ越して来たんですけど、それから5年。元々根暗なのに在宅ワークで、何も無くて・・気が引けて1度も花火大会見れてなかったんです」

「そうですか・・」

「はい。すいません。いきなり自分語りして、気持ち悪いですよね?」

タナカさんはちょっと涙ぐんでいた。あるいは俺が高校生くらいだったら「そんなことないっ! タナカっ! 一緒に花火見ようっ? 何なら金盗んだ元彼殴りにいこうか?!」とか何とか言ったりしたかもしれないが、今の俺はそこまでピュアじゃなかった。

「ある程度長く生きてたら多少気持ち悪くなるのは仕方無いですよ? タナカさん」

モニター越しにタナカさんはポカン、とした顔をした。

「俺も若くありませんけど、花火、屋上で見ましょう。綺麗な物を見たら、お互い少しくらいは気持ち悪さが抜けるかもしれませんよ?」

「・・・」

「・・・」

タナカさん的な間。

「はい、スズキさん。ありがとう」

タナカさん、笑ってくれた。良き。でも何か変な感じだな。バツが悪いというか、こんなことを言う役回りは俺なんかでよかったのかな?

「・・じゃ、そういうことで。タナカさんおやすみなさい」

「まだ9時前ですよ? スズキさん。・・おやすみなさい」

タナカさんは苦笑して、そのまま帰ってくれた。

「・・屋上の件は何とかなったね」

俺は素知らぬ顔でダイニングに戻った。「スズキさぁ~」

呆れるジュエス。

「お主ぃ」

ニヤニヤするロク・チャン。

「スズキよ」

切腹を介錯する様な顔をするゴラエモン。

「あんたホントに?」

疑り深い顔をしてくるサンビー。

「安易に考えてるんでしょお? そんな簡単にはドロンっ! できないよぉ?」

小指と薬指と親指を閉じた左手の人差し指と中指を、人差し指と中指を立てた右手の小指と薬指と親指で包む『忍術ポーズ』を取ってくるアモチー。

「皆、色々あるんだよ」

大雑把にそう言ったがそれからフィレオレ・プレプレ星人一味に散々絡まれ、結局『トライアイファームに俺は断固ついてゆきたくない』と言い損なってしまった・・。


『ウルニャルツァンダトゥルー』とはピラミッドを逆さまにした頭部と大きな瞳、多数の触手を持つ知的生命体で、フィレオレ・プレプレ星人達の様な宇宙からの来訪者ではなく、異なる宇宙からきた異形の神族らしい。

どうも元々いた世界での神族同士の争いに敗れて2000年は前にこちらの世界に逃れてきたらしく、本体は瀕死の状態で現代になっても尚、全く復活できていないそうだ。

しかしその分体達はこの世界に適応し、独自の文化と商圏を築いており、フィレオレ・プレプレ星人達来訪者とも交流が多少はあるという。


・・次の休日、俺はフィレオレ・プレプレ星人達と共にS県の比較的奥まった所にトライアイファームの本社にまた連中の気恥ずかしいスーツを着込んで爆速のコスモバイクで上空をほぼ一直線に向かっていた。無の境地だ。

アモチーは意識を母船に戻してコスモバイクの遠隔操作に専念していた。この間と違いトライアイファーム本社はやや遠い。

「これ、ホントに見えてないかな? 冷や冷やするんだが」

俺達は真っ昼間に街の上等を飛んでいた。

「昼の方が太陽を利用できるから偏光フィールド張り易いよぉ?」

通信だけはアモチーとも繋がっていた。

「うーん・・」

まず『偏光フィールド』とか言われてもさ。

「それより酔ってもないのにこの速度と高さで、あんたよく平気ね?」

サンビーから呆れた調子で通信が入った。確かに、相変わらずGは殆んど感じないが、視覚的には最加速状態の新幹線の屋根に乗っているような物だった。

「平気というか成すがままだよ」

「歴代現地ホストの中でもあっさり具合は上位だよ? ツッコミに命懸ける、くらいの人もいたからね」

ジュエスは面倒そうに言ったが、その気持ち、わかる。

「あんまり酷いと見過ごせないよ?」

「フンっ、部屋の床の管理はやたら厳しかったな!」

サンビーがロクに手伝わなかったからロク・チャンと2人で『ゲレンデ騒動』の後始末をしたことを若干根に持っているゴラエモン。

「不動産屋の物件現状チェックは侮らない方がいいからさ」

「近々引っ越しの予定でもあるのかの?」

ロク・チャンが何気なく聞いてきた。引っ越し、か。

「今の所はないよ」

この奇妙な状況に形がついたら、今の仕事を整理しよう。漠然とそう思った。通院したまま転職というのも困難だろう。このまま入院するハメにならなきゃいいが・・

「見えてきたっ!」

興奮するサンビー。わりと発達した農村の先に忽然とビルが建っていた。

「玉塔より高いよね」

「敗残者のクセに生意気やヤツらだ」

「まぁ2000年は住み着いておるからなぁ」

「ああ、行きたくなぁ。俺、必要無いと思うんだよね? 俺、ただの大家だよ? 皆、聞いてる?」

「スズキよ、男には立たねばならぬ時があるのだぞ?」

「ゴラエモン、それ絶対今じゃないよな?」

アモチーが遠隔操作するコスモバイクは容赦無く、トライアイファームの屋上ヘリポートに着陸した。

「スズキ、早く降りてぇ」

「え? はいはい」

いやに急かすな? と思いつつ、降りるとコスモバイクはあっという間に人型に変形した!

「おおっ?」

「まぁちょっと大きいしゴリゴリしてるけど、これでいっかぁ~」

音声はアモチーだ。どうやら通信を繋いで遠隔操作するだけでなく、意識? を中に入れたらしい。

「あんたいつの間に改造したの?」

「へっへー、ジュエスに手伝ってもらったんだよぉ。旧支配者に会うならゴラエモンだけじゃ不安でしょぉ?」

「何っ?! 私はあんな死に損ない共に遅れは取らんぞ?!」

「こっちの戦力が多い方がちょっかい出され難いってことだよ? 前も変な絡み方したコスモポリスが何人か失踪させられちゃったからさ」

さらっというジュエス。

「むぅ・・」

「失踪って、そんな凶悪な感じなのか?」

「いや、スズキ。旧支配者の中では大人しい方だ。こちらが無礼を働かなければ何ということはないぞい?」

ぐうっ、さっきから『旧支配者』って言ってるけど、呼び方が怖いのだが?!

「礼儀の基準がわからない」

「なるようになるよぉ、スズキぃ」

バイクロボ型になったアモチーが肩を軽く叩いてきた。手がデカ過ぎるっ。と、

「皆さ~ん、ようこそいらっしゃいましたっ!」

屋上の塔屋から古風な背広を着た、しかし両腕が長過ぎる男が出てきて、手足も首も胴もあり得ない方向に折り曲げながら俺達の方に近付きだした!

「何か凄いの来たが?!」

「落ち着け、スズキよ。案内人、偏光はしてあるのだろうが、一応屋外なのだからもう少し上手く擬態してはどうか?」

ゴラエモンが腰からSFでよく見る光るエネルギーの剣を抜いて切っ先を『案内人』た呼ばれた者に向けた。

「おおっと、エーテル振動刃ですか。小さな姿をしていても最近の文明調査官は物騒ですねぇ。フェッフェッ!」

案内人は気味悪く笑ってから両手を並みの長さに縮め、異形の挙動もやめて改めて俺達の方を向き直った。

「わたくし、今日案内人を勤めさせてもらいます『タカバヤシFあ2504』と申します。タカバヤシF、と呼んで頂ければそれで結構です」

「我輩はロク・チャン。東銀河連邦の特別辺境文明調査隊で隊長をしておる。タカバヤシFよ、これは正式な内部監査ではなくあくまで平易な業務見学に過ぎないからの。ゆるりと案内してくれ」

「勿論ですが、多次元戦闘艦の端末体まで連れておられるようですが?」

粘っこい視線をアモチーロボに向ける案内人っ。

「アレは型遅れの骨董品ゆえ、お気になさられずに」

「型遅れっ?!」

「さっさとお豆プラント見せてよ」

「僕らのレポートは下手な広告より宣伝になるよ?」

気色ばんだアモチーロボの間にサンビーとジュエスが入った。タカバヤシFは一瞬、電池が切れた様に不自然に沈黙したがすぐにニコっと笑顔を作った。

「宣伝はありがたいですね。最近は商売敵も多いですから・・さ、どうぞ」

タカバヤシFは塔屋の方へと俺達を促した。



トライアイファーム本社の地上部分は事業規模にしてはビルが大き過ぎるのと、時折例の異形のマスコットのポスターやらオブジェやらグッズやらを見掛ける以外は特に変わった様子はなかった。

従業員達も少なくとも俺には全員地球の人間に見えた。

アモチーやフィレオレ・プレプレ星人達と連中と同じ特性のスーツを着ている俺は不可視化と忌避暗示という機能が利いている為か? あるいはタカバヤシFの様に見えても気にしないのか? 従業員達は完全にスルーだった。

「ロク・チャン。俺はこのスーツ着たままでいいのか? ソワソワするっ」

普通の会社の中をコスプレで歩いてる感じ。

「フロアにもよるが、ヤツら特有の精神波とガスが利いてる。お花畑になりたくなかったら着ておいた方がいいの」

「うっ、そういうの先に言ってくれないか?」

等と小声で話したりもしたが、聴こえているはずのタカバヤシFはノーリアクションだった。

「ここからは地下に参ります。我々トライアイファームの真のテリトリーです!」

1階の立ち入り禁止エリアの無気味に装飾されたエレベーター前でタカバヤシFはテンションを上げてきた。目、見開き過ぎだろ?

「行ってやろうじゃん?」

「相手に取って不足無し」

「塔屋から直通すればいいのに、遠いよ」

「ガスとノイズが強くなりそうねぇ。皆のスーツ調整するわぁ」

「はぁ、何で俺、来たんだろ?」

「では行くぞいっ」

全員エレベーターに乗り込んだ。

B1、B2、B3・・B12・・B36・・B77・・B99っ?! スーツのお陰か、耳や内臓なんかは何ともなかったが、とんでもない地下まで降りてきた。

エレベーターから出るとそこは途方もない広さの地下空洞だった。空洞は所々が不可解な形状の人工物で覆われていた。天井全体が淡く光っているようで、空洞はほんのりと明るかった。

また空洞の至る所に機械と石と蟻塚を掛け合わせた様な建築物が並んでもいた。ただ純粋な自然物ではないからか、独特の法則性で建てられたそれらを見ていると頭がクラクラしそうだった。

「マメマ~メっ! 改めてようそこっ! トライアイファーム社地下の我らウルニャルツァンダトゥルーの支配域へっ!!」

タカバヤシFは急激に身体を膨らませ、薄皮を弾けさせ中からピラミッドを逆さまにした頭部とその下向きの頂点部分から多数の触手を出した姿を現したっ!

マスコットと違い、逆さピラミッドの頭部は金属と岩の中間の様な材質で、パズルのピースの様でもあった。瞳も正面? と1つだけでなく、左右後ろも4つの面全てにあった。触手は蛸というよりむしろ蜥蜴の尾の様な質感だった。平べったい頭頂部には巨大な口があった。

質量的には熊くらいだろうか? 何にせよ、『お友達』になるのは難しそうな外見だった。

「うおっ?!」

「スズキ、ビビり過ぎ」

「コレは分体に過ぎないからね?」

「分体って言われてもなっ」

「では、各種農園に案内しまーす」

最初に案内されたのは蟻塚のように見える建築物の中で、枝豆がジェル状の苗床で栽培される大量のフロアだった。タカバヤシFより一回り小型のウルニャルツァンダトゥルー達が黙々と働いていた。

「こちらは促成栽培プラントでーす。遺伝子組み換えも薬物使用もせずに環境管理と品種改良、そして下位分体の圧倒的マンパワーで大量生産していまーす!」

「フンッ、分体の物量ゴリ押しはチートだな」

「賃金、というか報酬の様な物はどうなってるのかな?」

「下位分体に自我は無いよぉ? 蟻とか蜂の本能的な集団活動と変わらないねぇ」

「そりゃ確かにチートだ」

俺は休むことなく細々と作業する下位体だというウルニャルツァンダトゥルー達を暫くは感心して見ていたが、やがて薄ら寒くなってきた。

次に案内されたのは露地栽培、といっても地下空洞の環境だが、蟻塚の外で枝豆等が栽培されてるエリアだった。ただこれは・・

「デカいっ!」

ジャックと豆の木かとツッコミたく程デカい枝豆やエンドウ豆や小豆等が畑に生えていて、豆の森の様になっていた。作業はタカバヤシFと同じサイズのウルニャルツァンダトゥルー達が行っていたが、豆の木がデカ過ぎるので、頭部の無い等身の低い重機の様なロボットに乗って作業していた。

「マメマ~メっ! こちらは加工用や非地球人向けのギガント豆畑で~す。まぁ、ウチの主力ですね」

「これだけ作ってた方が儲かるんじゃないの?」

「我々は2000年掛けて築いた我々の地球のコミュティーの維持を重視していますからね」

「信奉者を無くすと本体が死ぬからビジネスに全振りできないだけだよね?」

「さぁ、どうでしょう?」

タカバヤシFはジュエスの陰険な指摘にとぼけていたが、一応神だという本体は信徒がいなくなると弱ってしまうらしい。元々瀕死らしいから死活問題なんだろう。

「マメマ~メっ、と。ではこちらが農産見学コースの最後となります」

俺達が最後に案内されたのはほぼ機械化された蟻塚状の建物の中にあった発泡酒工場だった。

「エンドウ豆のたんぱく質を原料とした発泡酒で、ジャパンの企業と提携して製造しております」

ガラス? で隔てられた工場のクリームエリアはほぼオートメーション化されていたが、口を塞ぐ為か? 頭に白い頭巾の様な物を被った少数のタカバヤシFと同じサイズのウルニャルツァンダトゥルー達が製造工程を見守り、調整していた。

「他に缶入りのお汁粉ドリンクやパック豆乳のライン等もありまーす」

「思ったより規模凄いな」

等と言っていると下位体が大きな紙袋を2つ持って現れた。

「見学記念の当社の詰め合わせ商品です。省略した工場や地上で作っている商品も入っていますよ?」

身体のサイズ的に、俺とアモチーロボに1つずつ渡してきた。

「おお、こりゃどうも」

「気前いいじゃぁーん」

「よしっ、見学は終わりっ! あとはライブだけだねっ」

「ライブ?」

「スズキとアモチーはどこかで休んでおるといい、これから中位個体向けに慰問ライブをブチかますからのっ!」

「僕らフィレオレ・プレプレ星人のデカルチャーっぷりを見せ付けてやらないとねっ!」

「上位個体も見に来るだろうから目に物見せてくれるっ」

盛り上るフィレオレ・プレプレ星人達。

「中々娯楽もないので皆、楽しみにしております。では準備の方に・・お二人は食堂でお待ち下さい。お前達、案内を」

「あんた達、頑張ってねぇ」

下位体達が無言で促すのでタカバヤシFと共に去るフィレオレ・プレプレ星人達を見送る形になった。

「・・流されてるなぁ。前もって言っておいてほしいよ」

「何か楽器できたっけぇ?」

「え? まぁ、タンバリン、とか?」

アモチーロボが今度はそっと俺の肩に大きな機械の手を置いてきた。

「ドンマイ、スズキ」

「何か負けた感じにされたのだが?!」



とにかく、俺とアモチーロボは無言の下位体に食堂に案内された。食堂と言っても普通の地球人の俺が飲み食いできそうな物が殆んど無く、アモチーロボに探知してもらってどうにか選んだ物は紫色に加工された枝豆ペーストらしき物と蜘蛛の巣を重ねた様な謎の枝豆たんぱく質菓子だった・・。

食卓の周囲にアモチーロボに障壁的な物を張ってもらい、ようやくスーツのメットが取れた俺だったが、食欲はそそられなかった。

「何かなぁ・・これで税込900円か」

「あいつらが消費税払ってるのにビビったねぇ」

「食べて、みるよ・・」

スプーンでまず紫ペーストを食べてみた。

「どう?」

「・・火を通した豆のペーストだね。塩気やダシみたいな物は殆んどない。紫蘇みたいな風味はする」

「つまり?」

「身体には良さそうだ・・」

「語彙使ってくるねぇスズキぃ。そっちはぁ?」

俺は促されるまま、謎の蜘蛛の巣菓子を手に取り、思い切ってバリィ齧ってみた。

「どうよぉ?」

「細いガラス喰ってるみたいだ。甘くないっ」

「へへへっ、機械ボディの時は食事できないから大体つまんないけど何か得したねぇ」

「自主的罰ゲームみたいになったっ。くっそぉ~。お土産にノンアルコールのドリンクとかソーダ無かったかなぁ?」

「冷えてないんじゃなぁい?」

「多くは望まないさ」

俺は紙袋を漁って、加工食品は殆んど知らないかS県ローカルの物ばかりだったが、発泡酒に関してはメジャーなのがあったっ! 工場では遠目だったのとラインを高速で流れていたからわからなかったがコレは知ってるヤツだっ!!

「これはっ?!」

「あぁ、それも美味しいよねぇ。ドラフト・・」

「ちょーいっ!」

「えっ?」

俺は心臓がバクバクした。

「アモチー、製造ネタ絡みで商品名はダメだっ! 一撃削除もあり得るっ」

「削除ぉ? 何がよぉ」

「全てだよっ!」

慌てさせられたが、俺は改めて件の発泡酒の缶を見てみた。ん、これって?

「どしたスズキぃ?」

「・・いや、何でもない。こっちの枝豆ソーダにするよ」

「ヌルいソーダ飲むのぉ?」

「水分がほしいんだよっ、というかこの後トイレに行きたいからトイレでも障壁張ってくれ。スーツ脱げないよ」

「はぁあ? 何でアモチーが下の世話までぇっ」

「いや、障壁張るだけだってっ」

「食事しながら出す話しするぅ?」

「アモチーだけが頼りだからっ」

「やだぁ~っ」

等とモメつつ、時間を潰す内にフィレオレ・プレプレ星人達のライブの時間になった!



会場になって蟻塚建築物はどこにこんなに居たんだ? という程中位個体で超満員になった。俺とアモチーロボがいるのは2階のVIP席でタカバヤシFの2倍は大きい上位個体達やそれなりの立場らしい関係者達がいた。

タカバヤシFは場内アナウンスを担当していた。

「皆ーっ!! 今日は来てくれてありがとーっ!! マメマ~メっ!!!」

メットを被ったフィレオレ・プレプレ星人達のスーツは全員装飾されていたが、サンビーのスーツは特に派手だった。

「ウォオオオーーッ!!! マメマ~メっ!!!!」

既に熱狂しているウルニャルツァンダトゥルー中位個体達っ!!

「それでは聴いて下さい、新曲『お前の頭、さっかさま』っ!」



上か下で言ったら下の方 上のお口はパックンちょっ!


枝豆作って2000年前。弥生、古墳に大和飛鳥奈良、平安鎌倉室町戦国安土桃山江戸から維新っ! 明治大正昭和平成令和だよっ?!


はぁ~あ 帰れない 帰りたーい 戻れない戻らなーい 見知らぬジャパンが今はウチ


パテマテマテナマテパテナっ! お前の頭はさっかさまーっ


パテマテマテナマテパテナっ! お前の頭はさっかさまーっ


サンビーの歌は大ウケでウルニャルツァンダトゥルー達は踊り狂っていた。俺も知らず知らずの内に口ずさんでしまう。

「パテマテマテナマテパテナっ! お前の頭はさっかさまーっ・・」

ライブは約2時間、大成功だった。結局、何しに来たんだかよくわからない気もしたがっ。



その2日後の仕事帰り、俺は玉塔20階の水色の色調の内装で主に北国の海の水棲生物のマスコット等が多く飾られたホロカワメンタルヘルスクリニックに来ていた。

相変わらずアロマか強く、加湿器と空気清浄機がフル稼動していた。

「なる程、今回は直接的な表現が多い冒険だったのね?」

「表現?」

今日も胸元がセクシーな格好をしたビジネスライクなホロカワ氏は俺の問い返しには特に応えず、手元の資料に目を通して間を取った。

前回許可したからビデオで撮影されるのが当たり前になっていた。まぁ拒否する程でもない。

「スズキさん。その地下の住人達とよく似た、特撮作品というかホラーというか、そういった創作作品を過去に見たことはないかしら?」

俺は記憶を遡ってみた。

「そのままではありませんが、中学の時、友人の中にホラー好きの同級生がいて、古代の支配者とか、異界の邪神とか、そんなネタを話していたことはあったと思います」

「他には?」

「えー、高校だったかな? エジプト文明をモチーフにしたホラーゲームでトラップに引っ掛かると車くらいの大きさのピラミッドを上から落とされてゲームオーバーになる、というのがあった気はします」

「他には?」

「そうですね・・専門学校時代に見たB級ホラー映画で『踊る人喰い烏賊』というのがあって、1つ目のどう見ても中に人間が入ってる烏賊の怪物が人間を襲って喰い殺すのですが、獲物を得られた喜びをダンスで表現するというちょっとギャグに振った内容だったと思います」

「そう・・歌手やアイドルやロボット何かは一般化できるイメージだしね。そう、そうね・・」

ホロカワ氏は何やら考え事を始めた。

「あの、先生」

「はい?」

「これを見てもらいたいのですが・・」

俺は使い込んだビジネスバッグから発泡酒の缶を2つ取り出した。ホロカワ氏はまじまじと缶を凝視した。側で控えている鮫の様に屈強な男の看護師にも緊張が走る。

「それは、ひょっとしてその地下の住人からもらったお土産、ということかしら?」

「ええ、ただ缶をよく見て下さい。既に販売が終わった限定品です。彼らが言うにはこういう商品にはプレミアが付いて来訪者達向けにはよく売れるそうです」

「そ、そう・・よく見せて」

ホロカワ氏は缶を注意深く2つ共手に取った。

「賞味期限も見て下さい。古い商品ではありません。地下の秘密の工場では今でも作っているんですよ?」

「ムラタ君、ちょっと調べてみて」

ホロカワ氏は屈強な看護師に缶を2つ共渡した。ムラタと呼ばれた看護師は缶を慎重に調べながらタブレットで検索を始めた。

「・・はい。先生、これは確かに数年前に販売が終わった期間限定商品で、しかしつい先日製造された物と思われます。発泡酒の賞味期限は通常9ヶ月から1年ですので」

屈強な看護師は脂汗をかいていた。

「例えば、特別な酵母を守る為に少数製造を続けて関係者に提供する、ということはあるかしら?」

「日本酒の小さな蔵ではそんな話を聞いたことがあった様な気はしましたが、大手酒造メーカーなら必要な酵母のストックは完全に管理できると思います」

「診察が終わったら調べてみて」

「はい」

「スズキさん、この発泡酒はお借りしてもいいかしら?」

「構いません。俺、私はその無いはずの限定発泡酒が先生達にも認識できる物か確認する為に持ってきたんです」

ホロカワ氏と看護師は驚いた様子だった。

「・・そう、貴方も貴方の『冒険』の秘密を解こうとしているのね」

「はい。これからも協力して頂けますか?」

「勿論よ。スズキさん。これからは私とムラタさん、そして貴方。3人のチームで、この謎を解いてゆきましょう」

「先生、よろしくお願いします」

俺はホロカワ氏に頭を下げた。



マンションの駐車場に車を停めると、まだ7時前だった。クリニックに寄ったわりには早かった。

「あ、スーパーに寄ってない」

フィレオレ・プレプレ星人達やアモチーにあれこれ買い出しを頼まれていた。

「今日は面倒だな、頭が少し痛い」

クリニック行くと俺の中で整合性が取れなくなるのか? 頭痛になり易い気がした。もう駐車後であったし、俺はクリニックでもらったばかりの安定剤と飲み掛けのペットボトルの緑茶を取り出し、薬を飲んだ。

水で飲むべきだろうが、死ぬことはないだろう。運転席を後ろに倒して楽な姿勢を取る。頭痛が収まるまで、少し眠ろう。もう日も落ちているし、エアコンを付けなくても熱中症にはならないだろう・・

「・・さん、・・キさん、・・ズキさん、・・スズキさんっ!」

「っ?!」

車窓を激しくノックされながら呼ばれ、俺は飛び起きた。自分がかなり汗をかいていて、それにも驚かされた。車窓の外にタックブラウスを着ているが金魚柄のチャンチャンコは着ていない外出仕様のタナカさんが大真面目な顔でいた。

俺は咄嗟のことだったので車窓を開ける為にエンジンスタートボタンを押しそうになってしまったが、すぐにやめて運転席側のドアをタナカさんにぶつけない様に少し開けた。

「タナカさん?」

「水っ! 飲んで下さいっ」

開けた隙間からタナカさんはペットボトルのミネラルウォーターをヌッと差し込んできた。バッグの中にまだ緑茶が残っていたが、受け取るべきだろう。冷たそうだし。

「あ、すいません」

これは、飲め、ということだよな? と戸惑いつつ、蓋を開け、期待通り冷たいミネラルウォーターを飲んだ。

「っ!」

自分でも驚く程喉が乾いていた。まぁこれだけ大汗かいていたら当たり前か。生き返る思いで飲むだけ飲んでからペットボトルから口を離しため息を吐くと、タナカさんが立ち位置をズラして、少し開いた車のドアをガバッと全開に開けてきた。おおっ?

「スズキさんっ! 夜でもまだ7月ですよ? エンジンを切ってエアコンも付けずにっ。熱中症になりますっ!」

「すいません、油断してました。お水、代金払います」

頭痛や薬のことは言えないし、それがあっても判断が甘かった。謝るしかない。

「そんなの結構ですっ。駐車場にスズキさんの車と、中に動かない人影があったからまさかと思って5分程蚊と戦いながら様子を見ていたのですがやはりスズキさんが中にいると思い至りっ! もうちょっとで警察と救急車を呼ぶところでしたっ」

「面目無い」

もうちょっとで大騒ぎになるところだった。というか5分もタナカさんを蚊と戦わせてしまった。いやそれ以前にいつの間にかタナカさんに車を覚えられてたっ。

「立てますか?」

「大丈夫です」

身体は重かったが、動けない程じゃない。俺は荷物を取って車から出て鍵も閉めた。

「助かりました。ありがとうございましたタナカさん」

「いえ、スズキさんが御無事でよかったです」

タナカさんは軽く赤面していた。良き。タナカさんは今夜もコンビニ帰りの様だったが、兎ボクサーのエコバッグからはイケメン水泳部員達ではなく鬼と戦う少年達のグッズがハミ出していた。

「タナカさん、守備範囲広いですね」

勢いで余計なことを言ってしまった。

「仕事の資料ですっ! 違いますっ!」

「ふふっ、立ってると蚊に襲われるので歩きましょう」

「資料ですからねっ」

「はい」

俺とタナカさんはマンションの入り口へと歩き出した。

「・・今日は残業だったんですか? スズキさん」

「いえ、ちょっと玉塔に」

「玉塔? ああ、あそこの20階のアクアリウム、私、たまに行くんですよ。癒されますよね? 休日は混んで浮いてしまうから、私は平日に暇を持て余した主婦の設定で行くんですよ? ウフフ、服装にコツがあって、まずしまむらで・・」

「・・・」

息が止まるかと思った。タナカさんは20階をメンタルヘルスクリニックではなくアクアリウムと認識してる? 確かフィレオレ・プレプレ星人達もあそこをアクアリウムと言っていた。

「タナカさん」

「はい?」

俺は思わず片手でタナカさんの片頬を軽く摘まんでしまった。

「っ?!」

「あ、すいません」

俺はタナカさんの頬から手を離した。

「なっ? なななっ?! 何ですか?」

ヤバいっ、タナカさんがバグってる。

「いやその、タナカさんが実在するのかと思ってしまって」

タナカさんは目を丸くした。

「ええっ? ・・あっはっはっ!」

思いの外ウケるタナカさん。

「いやぁ学生の頃から影は薄かったですし、たまに自動ドアは反応しませんが、さすがに私は存在してますよ? やだなぁ、スズキさ~んっ」

肩をぺーんっとはたかれた。

「ですよね。よかった」

「よかったですか? 私、実在してよかったですか? あ、もっかい言ってもらっていいですか?」

「いや、もう、ありがとうございました」

「ええ~っ?」

すっかりくだけた調子でエントランスに2人で入っていったが、内心混乱していた。どっちだ? どっちが現実だ? 何でタナカさんがフィレオレ・プレプレ星人の側の認識なんだ??

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