CASE 1 COOLなヤツら
2時間程残業して、マンションの近くのスーパーで値引き惣菜とトマトとカロリーOFF系の酒を数本と洗剤と自治体指定のゴミ袋を買って帰り、手を洗ってうがいしてから冷蔵庫を開けた。
「いよぉっ!」
「事前の調査では定時が5時だというから不確定要素を踏まえも6時半には帰ってくると踏んでいたが随分遅いな貴様」
「地球のジャパンでは『サービス残業』がトレンドらしいわ。野蛮ね」
「未開な地を探索するのも面白そうだよね?」
俺は冷蔵庫を閉めた。
「・・・は?」
何か、居た? 冷蔵庫の3段目が南国リゾートホテル風に改造されていて、そこで青くて小さいヤツらが4体、寛いでいた??
「疲れてんのかな?」
俺はもう1度冷蔵庫を開けた。
「お主っ! 開けたり閉めたりすると電気を無駄に消費するぞ?」
「大方幻か何かとでも思ったのだろう。現実を見ろ、貴様よ」
「今、ジャパンでは何が流行ってるの? 前来た時はナタデココとかいうおよそ食品とは認め難い四角い物をありがたがってどの個体も貪り喰らっていたけれど?」
「冷蔵庫、スカスカだったけど綺麗に掃除しといたからね? 感謝していいよ?」
・・居る。少なくとも居ると見えている?! 青い肌に学芸会のようなチープなSF風の服を来た触覚を持つ小人が4体、冷蔵庫の3段目で寛いでいる。さらに2段目も暗幕が掛かり『改修中』と看板が出されていた。
元々冷蔵庫に入っていた物は全て1段目と微凍結室にキッチリと整理。
「・・・」
俺は再び冷蔵庫を閉めた。そしてキッチンの床に膝を突いた。
「ストレスか・・ここまでとはっ」
俺は半年程前に東京の本社からこのS県の支社に異動していた。本社で上司の不正をいくつかの公的機関とマスコミに匿名で告発したら普通に特定されて飛ばされた。
支社では浮いてることは浮いていても普通に仕事はしている。次の仕事のアテがつくまでは素知らぬ顔で支社で働き続けるつもりだったのだが・・。
と、冷蔵庫か独りでにどーんっ、と開かれた。
「状況がわかっておらんようだのぉっ!」
「幻覚ではないっ、地球への入国許可証もこの通りっ! 」
「言ってわからないなら歌って聴かせてあげるわっ!」
「古典アニメで観たよ? 好きだよね? デカルチャーっ!」
4体の小人が急にロックバンドに扮装し、小さいのと言語がわからないから読めないがパスポートっぽい物を差し示してから、女の個体をボーカルに、結構な音量で演奏しだしたっ!!
煌めく星降る銀河 私達は フィレオレ・プレプレ星人 恒星爆弾と亜次元怪獣を持っているけど基本的には穏健派
酸素はわりとどうでもいいけれど 地球の気温マジ暑過ぎ 防護スーツが無いとヤバしんどいっ! 超旧式のっ、冷蔵庫暫く間借りさせてもらうよ 超旧式のっ、貴方達! 家賃は5万で 定期文明調査開始っ!
煌めく星降る銀河 私達は ジャパンの政府に許可済み 恒星爆弾と亜次元怪獣を持ってるけど基本的には探検派っ!
「マジ? なのかコレは??」
というかロックとラップがごっちゃになってるな。月5万て、副業にしちゃウマいっちゃウマいけど・・。
「毎回ホームステイ先のファーストコンタクトで手間取るのぉ」
「赴任先がそこそこランダムだからな」
「キーボードちょっと速過ぎ。皆、吊られるし、舌噛む所だったわ」
「あ、ごめん。地球の重力久し振り過ぎてカラ回ったよ」
もう話しは済んだ体でサバサバと楽器とステージセットを片付け始めるフィレオレ・プレプレ星人達っ! ほんとに幻覚ではないのか?? と、
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。ドアホンのモニターを確認すると、ヨレたTシャツにハーフパンツの部屋着の上にもう7月なのに金魚柄のチャンチャンコを着た俺と同じ30代くらいの女が、ドアホン子機のカメラをジトっと睨んでいた。
「タナカさんだ・・」
角部屋の俺の部屋の隣に住んでいる、不動産屋の話では確か在宅プログラマーをしていて大体家にいる。俺と同じ30代だと思うけど騒音、振動にやたら敏感。すぐクレームに来るタイプの人物でもあった。いつもはまたかと参っていたが、今回は現実に引き戻されたようだった。
しかし振り返るといつの間にか片付けは済んでいて、チープなSF服ではなく全員バカンスに来たセレブ風の格好に着替えて寛いでいるっ! 何か仕事で来たんじゃなかったっけ?!
まぁ、いい。ワケがわからな過ぎるからあっちは一旦置いて、タナカさんに対応しよう。この人、俺の『帰宅音』を察知していて居留守が効かないし、無視してるとチャイムを連打してくる。子供かと。
俺はドアホンの通話ボタンを押した。
「はい。どうかしました?」
「スズキさん、どうかしましたかじゃないですよね?」
うわっ、最初っから面倒臭いっ。
「音、漏れてますよ? これで何度目ですか? ほんと録音しますよ?」
「いや、すいません。気を付けます」
「・・・」
「・・・」
何だ? この間?
「・・音楽の趣味、変わりました? 何かアイドルっぽいのが聴こえたんですけど?」
「いや、違います。えーと、イヤホン付けずにネットの動画見てたらアイドルのPV広告踏んじゃって、またそれが爆音で」
しどろもどろに言い訳した。というかタナカさんに俺の音楽の趣味記憶されてる??
「アイドルだってっ! あっはーっ!!」
フィレオレ・プレプレ星人の女の個体が聴き付けて爆笑しだしたっ。他の個体もそこそこウケてる。こっちもめんどくさっ。
「え? 彼女さんですか?」
モニター越しに怪訝な顔をするタナカさん。
「違いますっ。アニメです。B級の。ネットの動画切ってなくて。とにかくっ! 気を付けますんでっ。お休みなさいっ!」
「お休みって、まだ9時前・・」
「それじゃあっ」
俺は一方的に通話を切った。しかしモニターを確認し続けると、タナカさんは凄い顔でカメラを睨んでいたが、やがて諦めて去って行った。俺はカメラも切り、ため息をついた。
「我々はアニメだったのか?」
「B級とは失敬なっ!」
「あたし文明調査員辞めて地球でアイドル始めようかしら? アハハハっ」
「え? でもアカデミー時代、アイドル研究会で地下アイドル活動を・・」
「黒歴史掘り返すなよっ?! オラーっ!」
女の個体が触覚から破壊光線らしき物を小柄な個体に放った! それをバリア? を張って防ぐ小柄な個体っ! ・・破壊光線とかバリア使えんのな。いや、それよりもだ!
「君達さ」
俺は真面目に向き合わざるを得ないと判断した。
「幻覚かどうかは一旦置こう。俺はスズキシマヒコだ。名前を教えてくれ」
カウンセリングを受ける場合も自分で自分の妄想を言語化できるくらい整理できた方が治療し易いだろう。
「ふむ、殊勝だな。スズキ」
「マナーではある。スズキよ」
「いいんじゃない? スズキ」
「スズキなのに何で眼鏡掛けてないんだろね?」
凄い『スズキ』って言われるなっ。というかスズキなのに何で眼鏡掛けてない??
「我輩はロク・チャン。この調査隊の隊長である!」
一際筋肉質な小人がマッスルポーズしながら言ってきた。筋肉隊長だな。
「私はゴラエモン。調査隊の護衛官だ」
キザっぽい細長い体型の小人はそう名乗った。細身の用心棒か。
「あたしはサンビー。宇宙生物学者よ」
女の小人が髪を掻き上げながらいった。黒歴史学者の人か。
「ボクはジュエス。エンジニアだよ? 船、壊れちゃったけどねっ、アハっ!」
アハっ、とか言ってるけど小人の中でも小柄な個体はそう名乗った。弟系エンジニアってとこか? よしっ、大体わかった。
「ロク・チャンさんにゴラエモンさん、サンビーさん、ジュエスさん、だね。え~、じゃあ・・取り敢えず歓迎会、やっときますか?」
俺はダイニングの食卓に置いた海亀のイラストがプリントされたエコバックを軽く手で示した。一人分の晩酌分だが、小人4人に分けるだけの量は十分あるだろう。
「それはいいっ! 我々は地球の食べ物に最適化済みだぞ?!」
「まぁ明治時代から通ってるからな」
「ジュエス、この部屋のエアコンの改造済んでたっけ?」
「当たり前だよっ、急冷性能3倍。消費電力10分の1っ! うっかり表に出たら即効地球のエアコン市場を崩壊させちゃうよ?」
全員ちょいちょいツッコミたくなるワードを発しながら、ワラワラ冷蔵庫から出てきた。どういう原理か? この連中は飛べるらしく、フワっと浮いて食卓に降り立ってきた。ジュエスが時計ともブレスレットとも付かない装置をイジると勝手に改造されたらしいエアコンから冷気というか『凍気』が吹き出してくるっ。
「寒っ。上着取ってくるよ」
「地球人は寒がりだのう」
「酒の準備は我々がしておこう」
「あたし料理しない派っ!」
「出たよ権利だけ主張する派閥っ」
急激に低温化する室内の食卓でわちゃわちゃしだすフィレオレ・プレプレ星人達。微笑ましいが、これが病気だとしたら俺はどういう症状なんだろう?
自室で適当な上着を取って羽織りながら俺は困惑し、またちょっと楽しくもなってきた。
酔いが回るまでは寒くてしょうがなかったが歓迎会は案外平穏に進行した。俺が自分でも奇妙に感じる程、動じていないことが大きいんだろうな。
フィレオレ・プレプレ星人達は小さ過ぎるので俺から見ると少ししか飲み食いしなかったが、俺は興が乗ってきてS県に左遷された件を若干盛って話す頃には、秘蔵の米焼酎と桃缶とちょっと高いヤツだからラグビーかボクシングの大きな試合を観る時用に取っておいた生ハムまで開けてやや深酒をしてしまった。
「ふうっ、宴も酣だ。明日の調査任務に差し障る。酒はこれくらいにして、酔い醒ましに夜間飛行でもしようではないか?」
「ふぇ? 隊長、船の修理まだ終わってないよ?」
「積んでたコスモバイク使えるだろ?」
「全員酔ってるけどぉ?」
「それ、俺でも運転できるのかな? オートマ限定の車の免許しか持ってないよ」
「船のメインOSの『アモチー』に起きてもらおう。近場なら5機くらい遠隔操作させても問題あるまい」
「アイツ、あたしに対して反抗的だけど?」
「君が頼まなければ解決だな」
「あーん?」
サンビーがゴラエモンに絡み掛けたが何とか宥め、俺達はマンションの他の住人に気付かれないように一応注意して閉鎖されてるはずの屋上に向かった。
外は暑いので俺は上着を脱いだが、フィレオレ・プレプレ星人達はエアコンの利いた部屋を出るに当たって最初に着ていたチープなSF服に着替え、これまたチープなSF風の密閉型フルフェイスメットを被っていた。彼らはブレスレット型の装置を操作することで様々な服装に一瞬で着替えられた。
屋上の鍵もブレスレット型装置で簡単に開けていた。
「いい眺めだのぉ」
場所にもよるだろうけど、S県は東京よりも星空がよく見えた。今は季節でも5階建てのマンションの屋上は涼しかった。
「冬ならスーツ無しでも出られるのにね」
「船が直ったら寒冷地に行ってみるのも悪くない」
「許可取ったエリア以外に出るとややこしいよ?」
「そんな厳しいもんなんだ?」
「厳しいな。昔は来訪者同士の殺し合いも日常茶飯事だったからのぉ」
「そんな感じだったんだ・・」
地球における宇宙人事情に思いを巡らせつつ、ブレスレット抜きでも念力が使えるらしく、フワフワ飛んだりレトロゲームのキャラクターの様に軽々と高く跳び回ったりするフィレオレ・プレプレ星人達に続いてゆくととある屋上換気扇の背部に皆集まった。だが、特に何も見えない。
「ここかい?」
「可視化し、忌避暗示も解除する」
ロク・チャンがブレスレットを操作すると屋上換気扇の背部にアタッシュケースっぽい箱が出現したっ。
「おお~っ」
「スズキよ、驚くのはまだ早いっ」
今度はゴラエモンがブレスレットを操作するとパズルの様になっていた箱が一瞬で組み変わり、開くと中から潜水艦とフリスビーと機械の鳥の中間に見える構造物が出てきた! ちょっと宙に浮いている。これが彼らの『船』か。
「じゃアモチー起こすよ? 機嫌いいかなぁ」
ジュエスがブレスレットを操作するとビコーンと音を立てて船が鈍く輝いた。
「・・何ぃ? まだ修復ルーチン中だけどぉ? あ、ジャパン語に変換されてるし、勝手にイジんないでよぉ。語彙おかしくなってない??」
凄い不機嫌な音声だっ。
「アモチー、スリープ作業中に悪いんだけどさ、ちょっとコスモバイク5機出してくんない? 1機は地球人用に拡大化し易いヤツで」
「うーん? その個体が今回のホスト地球人? 何か・・パッとしないねぇ」
「そりゃどうもっ」
わりと毒吐いてくるアモチー。
「まぁいいけど、あんた達全員地球のアルコールをキメてるね。それでコスモバイク乗るって、死にたいのぉ?」
「そこはいい感じに遠隔操作してよ、ちょっと酔い覚まししたいだけだからさ」
「はぁ~っ? どっかカチ込むとかじゃなくて遊びで? このアモチーに接待しろとぉ??」
「いいからさっさとやりなさいよっ! カチ込みっていつの時代よっ。これだから型落ち軍用機は野蛮で嫌なのよっ」
サンビーが割ってきたっ。
「型落ちっ?! 野蛮っ?! むしろ統制と汎用規格を離れ自己進化でSSクラスの戦闘性を獲得した多次元戦闘艦であるこのアモチーが型落ちっ?! 軍用機時代何てこのアモチーの華麗なコスモシップキャリアの序章に過ぎないんだよぉっ!! 野蛮でもないしぃっ! 船内庭園でお花とか動物育ててるもんっ。サンビーの方が野蛮っ、ブスっ! パワハラっ、ブスっ!! アイドル崩れっ」
「アイドル崩れじゃないよぉおおおーーーーっ?!!!」
想定を越える不仲っ! え?! 俺の立場でフォローしていいものなのか??
「二人ともその辺にしないかっ」
「そうだバカバカしい。ジュエスっ! 例の物を」
「うん」
ジュエスはブレスレットを操作してヴゥンッと、目の前にスーパーで売ってる鰻のタレみたいなケースを普通にテレポートさせてきた。おおうっ?
「そ、それは?!」
「そうだよ? アモチー、『灯油』だよっ!」
灯油? ん??
「そんな・・そんな古代の石油燃料をどうするつもりだよぉ??」
「どうするつもり? 欲しいんだろ?アモチー。クックックッ」
ジュエス、弟っぽいキャラ忘れてないか?
「だ、ダメだよっ! 東銀河法で石油の緊急時以外の使用は・・」
ポンっと灯油容器の蓋を開けるジュエス。
「はぁうっ?!」
「探知できるんだろ? この浅ましい古代の燃料の邪で淫らなガスをっ!」
灯油に対する風評被害。
「はぁうううっっ」
「欲しいんだろ? 機体が求めてるよね? とんだ欲しがり屋さんだねっ?! 」
「ひゃうんっ!!」
・・え? レーティングを上げたいのかな?
「ほっ」
「ほ? 何?」
「欲しい、ですぅっ」
「コスモバイクの件、やってくれるよね」
「はいぃ・・」
そんなこんなで? アモチーは玩具みたいに小さなコスモバイクを船内から5機出してくれた。1機は俺用に嘘みたいに拡大し、さらに飛行するのに必要らしいやはり地球人サイズに拡大できるフィレオレ・プレプレ星人達と似た様なちょっと気恥ずかしくなるスーツとメットも出してくれた。
「これで、いいのかな?」
スーツを着込みメットも付けて、俺は何をやっているのか? と思いつつもフィレオレ・プレプレ星人達の見様見真似で屋上で『コスモバイク』なる乗り物に股がってはみたが、全く要領を得なかった。乗った時点で腰回りをサポーターの様な物でガッチリとロックされたから飛行中にうっかりこの乗り物から落っこちる、ということはないだろうけど。
「操縦はアモチーに任せておけばよいぞ? スズキ」
「大人しくハンドルに掴まっておけ、スズキよ」
「普通の人類では視認できないはずだから何も気にしなくていいからね、スズキ」
「アモチーはシュミレーター作ったり、遠隔操作系の武装を使いこなすの上手いからいい感じだと思うよ? スズキ」
通信で『スズキ』って言いたいだけじゃないかな?
「やるだけやってみるよ」
それっぽく構えてみた。バイクに乗ってる気分というより高校の頃ゲーセンで乗った体感型のレースゲームみたいな感じだ。
「それじゃあ、行っくよぉ?」
気の抜ける様なアモチーの音声と共に、俺達のコスモバイクが起動し、浮き上がり始めた!
「うおっ?」
「地球を走るのは久し振りだのぉ」
「また『風』になる時が来たか・・」
「アモチー、地球から月が見たいからコースにいれてよ?」
「余計な武装取っといてよかったね? すぐ出せた」
「んん~っ、GOっ!!!」
全てのコスモバイクが夜空に向けて急発進した! 強烈なGはスーツとコスモバイクの周りに発生している薄いエネルギーの膜で防がれてはいるようだが『Gが掛かってる感』は確かにあった。というか速過ぎるっ!
「どぅわあああ~っ?!」
「アハハハっ! スズキのリアクションっ」
「気持ちいいのうっ、地球人はまだ空中構造物を作る段階に達しておらんから空がスッキリしておるっ!」
夜空の雲に入り出すと、俺はここでふと気付いた。
「はっ?! そういえば君達、冷蔵庫開けっ放しじゃないか?」
「急に節電気にしだしたね」
「問題無いスズキよ。あの冷蔵庫は最早我らが城っ! エアコンより念入りにジュエスに改修させてむしろ発電しているっ」
「発電しちゃってんだ」
何を元にエネルギー作ってんだろう? 水素? とか??
「雲海を抜けるわっ! 地球の月だよっ」
雲を抜けた。月だっ。地上で見るより明るく、少し眩しいくらいだった。20代後半の頃、当時の彼女とニュージーランドに旅行に行った帰りの飛行機で見た月と、専門学校時代に仲間数人で東北の山に登ってそこの山小屋で見た強い光の月と同じだった。 月は高い場所で見ると強く光る。
「映えるわ~」
「一時この月の裏側のリゾート開発が流行ったくらいだからのぉ」
「月はここから見ないとただの荒野だと思うが?」
「故に短いブームだったのぉ」
「隊長ちょっと投資してたよね?」
「ジュエスっ、昔のことだぞ?!」
「あんた、人の黒歴史掘ってくるよね?」
「へっへっへっ」
「怖っ」
「実際、目の覚める景色だよ」
異動前のゴタゴタを含めるとここ1年くらい、まともに夜空を眺めたりしたことはなかった。仮に幻覚でも、俺は何だか得した気分だ。
「スズキはロマンチストだのぉ」
「話わかるじゃ~ん」
「風流がわかるのは正しく文明が発達している証っ! 我ら文明調査官としても鼻が高いところだ」
「ゴラエモン、昔は他の来訪者と抗争するのを楽しみに地球に来てなかったっけ?」
「過ぎた事だっ!」
「また掘ってるよ」
「隙あらばね」
どうやらかなり長生きしてるらしいフィレオレ・プレプレ星人達は長年培ったチームワークがある様で会話のラリーにロスが少なかった。と、
「は~い、マッタリしてるところ悪いんだけどぉ」
アモチーからの通信だ。
「近くに国内線の航空機と、あと話が通ってない自衛隊の夜間演習機がきちゃってるから一応その辺りから離すよ? もう月いいでしょ? あんなんアモチーの多次元波動砲で一撃だしねぇ」
「何で壊せるか壊せないか、って話になってんのよ? このクズ鉄は?」
「はぁ? クズ鉄? サンビーさぁ、今アモチーがその気になったら錐揉み落下だかんねぇ?」
「やれるもんならやってみなさいよっ? 管理者権限であんたなんかコンマ1秒で電卓にしてっ、最新のもっとお上品なOSをコンマ5秒であの船に入れるわっ!」
「電子人格法違反だよぉっ?!」
「管理者を錐揉み落下させるぞっ? って脅してくる違法サイコ電子人格はギルティでしょうかぁっ?!」
「何だよぉっ?!」
「はぁあっ?!」
そのまま暫く揉めてたが、普通の地球の航空機にセンサーやカメラに半端に引っ掛かったりするリスクがあるらしいので、また二人を何とか宥めて高度を下げ、俺のマンションがある市の上空をグルっと一回りして帰路につくことになった。酔いもすっかり覚めてきた。
素面になってくるとこの状況で平然としていることが改めて面白くなってきて、一人でニヤけてしまいそうだった。
「玉塔だの」
不意にロク・チャンが言った。前方に屋上に中東の建築物の様な玉葱型のオブジェが乗ったビルが見えてきていた。その見た目から愛称が『玉塔』。正式名称はビルオーナーの名前そのままに『ホロカワビル』といった。
「玉塔、ホロカワビルを知ってるのかい?」
「事前調査での。この辺りで目立つ大型の近代建築物はコレくらいだしの」
「S県だから玉葱オブジェ乗っけたらしいよ」
「ジャパン人らしい安易さだ」
「20階にアクアリウムがあるらしいね。あたしアクアリウム好き。明日あそこに調査にゆこうよ?」
20階にアクアリウム?
「いや、20階にはメンタルヘルスクリニックが入ってるんじゃないかな?」
よく知ってるので訂正しておいた。調査活動というのがどんな物か知らないが、空振りになっちゃうからね。
「あれ? そうだっけ?」
「前任者がおざなりだったようだからデータが古いのかもしれんの」
「アクアリウムならもっと大きいのが県内にあるぞ?」
「アモチーの中にも凄いのあるしね」
「呼んだぁ?」
『玉塔のアクアリウム』の話題は簡単に流れてしまい、俺達は概ね快適だった夜の空中ドライブを終え、屋上に戻った。
「昼間は我々は文明調査活動等に出ていてほぼ不在と思っておいてくれの」
「わかった。鍵は勝手に開け閉めできるね?」
「あんた、あっさり受け入れるタイプね」
「我々が言うのも何だが、地球征服を企む悪の来訪者かもしれないぞ?」
俺は苦笑した。
「仮にそうだったとしても俺じゃどうしようもないよ。家賃を入れて、あとはまぁ騒音とかご近所トラブルに気を付けてくれれば」
「モニターに出てたあのチャンチャンコ女?」
意地の悪い顔をするジュエス。
「悪い人じゃないと思うから、変な絡み方しないでやってくれよ」
「へいへい」
「あとこの船はここに置いといていいのかい?」
文明のレベルからしたら関係無いのかもしれなかったが、『人格』を持っているようだし、1人で雨晒しというのも気が引けた。
「離着陸や『防衛』に便利だから大丈夫だよぉ? 冷蔵庫の方にも端末置いてあるからぁ」
防衛?
「そうなのか・・本人がいいなら構わないんだけど」
「お気遣いサンキューね、地球のパンピーさん」
「ああ」
パンピーという自覚はある。
「では、改めてよろしくの。スズキ」
「こちらこそ、ロク・チャン」
「滞在予定は3ヶ月程度と思うことだ、スズキよ」
「了解したよ。ゴラエモン」
「来訪者の全部が安全でもないから、明らかに様子がおかしいのと出会した気を付けなさいよ? スズキ」
「どう気を付けていいかわからないけどやってみるよ、サンビー」
「さっき検索してみたけどスズキが告発した上司さ、ノーダメでまだ本社にいるみたいだけど、せっかくだから僕らがキャトルミューティレーションしとこうか?」
「キャトル・・? ああ、あのUFOで拉致るヤツか。いいよ、ジュエス。ありがとう。俺は俺でやるだけやったから。裁かれなくても、そのまま一生終えるなら哀れなヤツさ」
「達観してるぅ~」
「茶化すところではないぞサンビー」
「因みに宗教的な死後の裁きは存在しないことは科学的に証明されているぞ? スズキよ?」
「ゴラエモンさ、その情報も今入れなくていいんじゃないかな?」
「ぬっ?」
「まぁ皆とにかくっ! 暫くよろしく」
というワケで俺と、冷蔵庫を家にしたフィレオレ・プレプレ星人達との共同生活が始まることになった。
翌日、あまり私語を会話する人もいないのでほぼ自分のタイミングで決められるのだが、定時でサクッと仕事を終えた俺は件の玉塔に来ていた。エレベーターで20階に向かう。このS県の支社に異動した翌月から大体週1くらいのペースで通ってる。20階までそこそこ時間が掛かる。エレベーターに長く乗っていると胃や他の内臓が動いて自分が調整される気がした。
20階に着いた。客は俺1人だった。フロアに出ると観葉植物とやや強過ぎるアロマの匂いがした。『ホロカワメンタルヘルスクリニック』だ。内装は水色の色調で統一されていて、海の生き物のマスコット等も多く飾られていた。
予約しているので受け付けにゆくとすぐに診察室に通された。
「あら、スズキさん10日ぶりじゃない?」
診察室はアロマ入りの加湿器と空気清浄機がダブルでフル稼動していて空気が過剰にクリーンになっていた。俺より少し年下のはずのクリニックの院長であるホロカワミツネ氏が俺の担当医だ。ホロカワ氏は胸元等いつも少しセクシーな格好をしているが、ビジネスなんだと思う。
やや離れて控えている日焼けした男の看護師は屈強な体格で、鮫のようだった。
「先生、クラブのママみたいなこと言いますね?」
「それはセクハラじゃないかしら?」
「すいません」
「それで、最近調子はどう?」
ホロカワ氏は基本的に口語対応だ。これもビジネスだろう。だが、それはいい。今日ばかり打ち明けておかなければならないことがあった。
「先生、実は・・ここだけの話なのですが」
「あら聞きたいわ。教えて、貴方の秘密の話」
「言いふらさない、という契約があるんです」
「守秘義務はもちろん守るわ。この5ヶ月、私は貴方との約束を一度も破ってないでしょう? これは確かな事実なのよ」
「はい、先生。では、内密ということで、国家の許諾が絡んでるそうなので」
「国家? そう。それは私も気を入れて聞かないとね。スズキさん、もしよかったら、正確に記録しておきたいから音声と合わせて録画させてもらっていいかしら?」
「はい、是非」
「ありがとうスズキさん、貴方が協力的でいつも私は助かっているわ」
「いえ」
ホロカワ氏は笑顔をキープしながら抜かり無い、といった仕草で男性看護師に合図してカメラのスイッチを入れさせた。
「実は、私の家の冷蔵庫に4人フィレオレ・プレプレ星人という宇宙人が住み着きまして、彼らは地球の文明調査をしに来たようなんです」
「まぁ、それは・・それは興味深い邂逅ね」
「はい。昨日はその後、コスモバイクで・・」
俺はホロカワ氏に昨夜のちょっとした冒険を語って聞かせた。いつもホロカワ氏に大して話すことが無くて正直困っていたが、今日は話題の事欠かず、少し得意になったくらいだ。
話すだけ話して、身が軽くなった気分だった。今日から新しい薬ももらえた。よく眠れるらしい。マンションの駐車場に中古のコンパクトカーを停め、エントランスに向かうと近くのコンビニに寄った帰りらしいタナカさんと出会した。
外出用なのか? チノパンに肘丈のタックブラウスを着ていて、金魚柄のチャンチャンコは羽織ってなかった。エコバッグはボクシンググローブを付けた悪そうな顔の兎のイラストがプリントされている。バッグから猫の餌の袋と確かコンビニでキャンペーンをやってるイケメン達が水泳部で戯れるアニメのグッズがハミ出して主張が強かった。
「あっ」
タナカさんは基本的に前傾姿勢で視界が狭いので俺がかなり接近するまで気付かなかったようだ。俺も挨拶するタイミングを逸したままかなり距離を縮めてしまった。結果、間近で唖然と顔を上げられた。
「ども、こんばんはタナカさん」
「うっ」
タナカさんは慌ててエコバッグ、いや水泳部のイケメン達をチノパンの膝の裏に隠した。イケメン達を察してないフリをするのが大人の作法だろう。
「こ、こんばんは」
いつのもドアホン越しのクレームの時とは大違いで消え入る様なタナカさん。タナカさんが下を向いてエコバッグを膝裏に隠したアングラ演劇みたいな格好で歩き出したから、続けて話し掛け難く、互いに無言でエレベーターまで歩いた。同じフロアの隣同士だから行き先は一緒だ。向こうもだろうが、参った。
玉塔と違い3階に上がるだけだからすぐ着いてしまう。そして俺の角部屋とその隣のタナカさんの部屋まで歩いてすぐだ。ずっと無言。タナカさんはアングラ演劇スタイルをキープ。
その流れで2人共自分の部屋の鍵を開けだす。すると、
「昨日、屋上に行ってました?」
見られた?! いや、フィレオレ・プレプレ星人達は不可視化して忌避暗示というのを掛けて見えず見ても見なかった物と判断される状態だったはず。見られたとしても彼らのスーツを脱いでいた俺だけのはず!
「スズキさん。私、夜、猫のトイレの砂のストックが足りないのに気付いてコンビニに行ったんです。そしたら、貴方が屋上への非常階段から降りてくるのが吹き抜けから見えて、誰かと話している様でもあったけど? 屋上、鍵掛かってますよね?」
「あ~、鍵が壊れてるんですよ、あそこ。この間俺も初めて気付いて。家で飲んでたら急に星空? 見たくなっちゃって、ははっ」
かなり苦しい言い訳だっ。
「鍵が壊れてるなら管理会社に知らせないと、外から見ると柵も低そうだったし、事故があったら、大変」
タナカさん真面目だ! 水泳部のイケメン達に誘惑されてても真面目っ。
「ですねっ! でも・・もうすぐ花火大会ありますよね?」
マンションや会社の掲示板に貼ってあった。
「ああ・・行ったことないけど」
無いんだ、タナカさん。
「それをですね」
ここでタナカさんの眉がグッと吊り上がった。
「スズキさん、貴方が屋上から花火を見たいから事故の危険を見過ごせと言うのですか?」
しまったっ、タナカさん『真面目』だった!
「いやいや違いますっ。ああ、そうですね。じゃあホームセンターで明日間に合わせの鍵買ってきます。で、花火大会終わったら管理会社に伝えましょう」
それまでにはフィレオレ・プレプレ星人達が自分で何とかするだろう。まぁヤツらが実在すればではあるけど・・
「そんなに見たいですか? 屋上で花火」
「あ~、じゃあ、タナカさん。一緒に見ませんか? 花火」
流れでポロっと言ってしまった。
「・・・」
「・・・」
まただ。何だろう? この間。
「検討します」
タナカさんは自分の部屋に引っ込んでしまった。
「検討か」
何かややこしいことになった、と思いつつ自分の部屋に入ると、寒っ。真冬の様な室温っ! アイツら冷蔵庫の外に出てるなっ。
「イヤッホーっ!!」
「妖精ターンよっ!」
小じんまりとしたウチのリビングのテーブルが除けられ、変わりにミニチュアの様な雪のゲレンデが造られていてそこを各々スキーウェアとスノボーウェアに着替えたサンビーとゴラエモンが奇声を上げて滑走していた。
「おう、スズキ。お主も帰ったか」
スキーウェア姿のロク・チャンはゲレンデに造られたリフトに乗って上に上がる途中だった。
「まだ冷蔵庫の2層の改修終わってないのに皆、調査から帰ってから遊んでばっかなんだよ」
開けっ放しの冷蔵庫の2段目で工員のツナギを着たジュエスはうんざり顔だった。
「ほんとフィレオレ・プレプレ星人ってアンポンタンよねぇ。あと80年で契約切れるから、次はもっとスマートな星人と契約するわぁ」
といいつつ、ヴェトナムのアオザイを着た褐色の肌の地球人に見える細目の若い女がダイニングのテーブルの椅子でカップラーメンをズルズルと食べていた。
「いや誰だよっ?!」
「ん? アモチーだよ? 外部活動用の有機義体だよ? 昨日意識を起動したのにずっと船に籠ってたら精神衛生上よくないでしょぉ?」
「そ、そうなのか・・何でアオザイ?」
「メルカリで買った。部屋着にしたらアガると思って」
悪ノリしたOLかっ。
「ま、まぁいい。それよりもだ・・」
俺はサンビー、ゴラエモン、ロク・チャンの方を向き直った。
「部屋にゲレンデを作るなぁああーーーっ!!! 床がアレしたら補修費がアレでしょうがぁあーーーっ?!!!」
「ヤッベ、スズキがキレたぞ?」
「ゴラエモンがやろうっていったんだよ?」
「言ってないしっ! 何だ君っ? ビックリしたっ!!」
「我輩は2人がムチャしないように監督していた」
「隊長?!」
「酷っ」
フィレオレ・プレプレ星人達が責任を押し付け合っていると、
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴ったっ。くっ、声を張り過ぎたか?! ドアホンのモニターを見ると、やはりさっきの服装は外出用だったらしくヨレたTシャツにハーフパンツの部屋着に戻り金魚柄のチャンチャンコもバッチリ羽織ったタナカさんが子機のカメラを睨み付けていた。俺はため息を吐いてから通話ボタンを押した。
「タナカさん、さっきの件は・・」
「別件ですっ! さっきの件は保留としますっ!」
「あ、はい」
「大声で何を騒いでいるんですか?!」
ドアホン越しだとグイグイ来るなぁタナカさん。
「え~、すいません。撮り溜めしてたバラエティを見出したら音量間違えて、あと学生の頃の友達から金を貸して欲しいと電話が掛かってきて、ついカッとなって、すいません」
「学生の頃の友達? それは何らかの詐欺ではないのですか?! 気を付けて下さいっ」
「はい、気を付けます。音量も落とします。それでは、タナカさん、おやすみなさい」
「おやすみ? まだ8時前ですよ?! スズキさんっ」
「すいません。失礼します・・」
通話を切った。タナカさんは子機のカメラをガッと睨んでいたが、程無く退散してくれた。
「また怒られてたね、チャンチャンコ女に」
「アニメの次はバラエティ、更にオレオレ詐欺とは、我輩達も酷い話にされたものだ」
「スズキよ、対応力が足りないのではないか?」
「そうよ、貴方はもうあたし達と運命共同体だからね?」
「このワカメラーメンってヤツも食べていいよねぇ?」
「・・・」
何か、頭が痛くなってきた。薬飲んだら早く、寝よう・・。