第4話 南方の船団護衛艦隊1
クラウス・リッターです。
今回のお話は、未来日本海軍が松田千秋少将が率いる第3航空艦隊の残存艦隊と共に、南方に残っている輸送船を本土まで護衛する・・・いわゆる船団護衛についてのお話です。
今回は特に戦闘描写があるわけでもないので、退屈される方も居られるかもしれませんが、そこは平にご容赦を・・・
それでは、スタートです。
1944年10月22日
この日、横須賀に100隻を超える戦闘艦艇と、その倍いや3倍は居るかも知れないと言われた物資を満載した輸送艦隊が到着した。
未来からやって来た、大艦隊の到着であった。
実はこれ以外にも、長崎・呉・名古屋の三カ所にも十数隻の戦闘艦艇と30〜40隻の輸送艦が入港したから、全て勘定に入れたら500隻を超える大艦隊である。
彼らが未来から持ち込んだのは、自分達が扱う武器・兵器の燃料弾薬の他、破損した時の為のスペアパーツや未来兵器を生産するための専用の工作機械(兵器だけでなく、弾薬その他の生産も可能)などであった。
帝国側に提供されたのは、当座の分の燃料弾薬に400機ばかりの高性能レシプロ戦闘機、各種新型兵器の設計図に多少のゴムや鉄鉱石、ボーキサイトにアルミニュウムといった武器兵器の生産に必要な資源・・・
そして大量の食糧を始めとする生活必需品である。
何故軍需物資だけでなく、生活必需品も持ってきたのであろうか?
現在の帝国は、未だ本土空襲こそ受けていないものの、米潜水艦による通商破壊作戦によって南方から本土に向かっていた多くの輸送船を沈められて、鉄やゴムといった資源が不足していた。
そこで政府(軍部)は、国民から鉄製の鍋や薬缶を回収してまでも兵器の生産体制の維持を続けた。
しかし、米国の潜水艦は太平洋や東シナ海・南方の海だけでは物足りず、遂に『帝国の湖』と言われていた日本海でも通商破壊作戦と展開するようになった。
その為に、満州や朝鮮半島で生産されて帝国本土へ輸送されていた食糧の輸送が脅かされ、食糧が元から不足気味な本土では、満州・朝鮮からの輸送に頼っていた事もあり、本土の食糧問題は危機的な状況を迎えていた。
もっとも、食糧不足は人口が集中する大都市・・・主に首都である東京近辺の県や、名古屋・大阪といった都市・・・の問題であって、地方の田舎では食料は余ってもいた。
それに、政府の人間や高級軍人は、戦時中とはいえ一般人にはとても食べられないようなモノを食べてもおり、全ての人間が食糧危機に陥っている訳では無かったのだが・・・
『ふう・・・ようやく着きましたわね。英李、予定通りに物資の搬入を開始するように全輸送艦の艦長に通達して』
『了解です、立花長官』
『それと・・・』
『どうかなさいましたか?』
『南へ向かった羽柴長官から、何か言伝はあったか?』
『いえ。ブルーライン通過後から以後、何の言伝も授かっておりませんが・・・』
『そう・・・』
『長官、羽柴長官には、参謀長がおられます。あの方がいる以上、心配は要らないと存じますが・・・』
『えぇ、そうね。優臥君がいるから大丈夫よね・・・』
それでも不安は消えず、若干20歳のうら若き長官の目は、南の空に広がる雲ひとつない青く澄み渡った空を、不安げに見詰めていた。
−−− シンガポール セレター軍港 −−−
シンガポールの主要港であるここセレター軍港には、現在大日本帝国海軍所属の『伊勢』級航空戦艦2隻と球磨級軽巡洋艦の3番艦『北上』と4番艦の『大井』(両艦共に重雷装艦)、『陽炎』型駆逐艦の『不知火』・『雪風』・『初風』・『天津風』・『磯風』・『浦風』・『浜風』の7隻と、『島風』級駆逐艦のネームシップである『島風』が錨を降ろしていた。
総勢12隻の大艦隊である。
マリアナ沖で手痛い打撃・・・それも大損害・・・を受けた連合艦隊の戦力が、これほど南方の一大拠点であるセレター軍港に集まっているのには、訳があった。
彼等連合艦隊の艦艇達が錨を降ろしている傍には、なんと50隻を超える数の輸送船が停泊していたのだ。
この輸送船達の殆どが、南方に残された優良輸送船であり、全て平均25ノット以上の速力での航行が可能な高速輸送船である。
その中でも特に目立つのが、戦艦改装輸送船である8隻の輸送船である。
八八艦隊計画の『紀伊』級戦艦として建造される予定だった4隻は、船体の大半の工事がすでに終わって進水も済ませており、上部の艦橋を始めとする構造物を取り付ける段階にまで工事は進んでいた。
仮称『13号艦』〜『16号艦』と呼ばれた4隻の方は、紀伊級に比べるとそこまで工事が進んでおらず、未だ進水前であった。
ここで8隻は輸送船へと改装された訳だが、元々の船体が大きく設計段階から優秀な性能を示していた戦艦(巡洋戦艦)を元に改装しただけあって、輸送船としても非常に優秀な性能を示した。
連合艦隊の艦隊の役割は、これらの輸送艦隊の船団護衛をする事であった。
しかし、戦局が差し迫った現在でさえ連合艦隊に所属する兵達からは、
『何故実戦部隊である我々が、船団護衛をしなければならないのだ』
・・・などと言って、明らかな嫌悪感を出す兵もいた。
しかも、現在セレター軍港にいる連合艦隊の艦艇の中で、対潜戦闘に優れた艦艇がいない・・・逆を言えば対潜戦闘に適さない艦艇ばかり・・・為、この本土への輸送船団の護衛は、相当な被害を被ることが予想された。
『やれやれ・・・やはり兵達の不満は収まらんか?』
『いえ・・・司令の訓示のお陰で、不満は以前ほどのものではありません』
『そうか。しかし、やはり無理があるな。この作戦は』
『やはり【例の艦隊】の協力を仰がねばなりませんか・・・?』
『無論だ。我が艦隊の対潜技量は、相当に低いのだからな。恥ずかしい限りではあるが・・・』
『そうですな・・・うん?ふむ・・・分かった。そうしてくれ』
『どうしたのだ?』
『上の見張り員が、【例の艦隊】を確認したそうです』
『見張り員がかね?電探では確認できなかったのかね?』
『申し訳ありません!確認できませんでしたっ!』
『そうか・・・調整不足かな?以後再発防止に努めるように努力しなさい』
『はっ!』
『では中瀬艦長、お出迎えと行こうか・・・』
『そうですね。行きましょう、松田長官』
−−− 日進級イージス重巡洋艦『秋津洲』艦橋 −−−
『羽柴長官、もうまもなく到着いたします』
『御苦労。さて・・・続きを聞こうか、優臥』
『我が艦隊は、この秋津洲を含めても7隻。やはりそれ相応の働きを彼等に見せねば、彼等が我等の指揮下に収まってはくれんぞ』
『そんなことは分かっている。問題は、そこだ。連合艦隊は実戦部隊。いくら船団護衛の任務とはいえ、彼らには彼等の面子と言うものもあろう・・・どうする?』
『一応私から、司令官に話はしてみる。が・・・』
『ダメなら、あれを使うか・・・』
『その方が早いでしょう。しかし、あまり使いたくはありませんが・・・ねっ』
『そうだな・・・』
二人は艦橋の外に広がるシンガポールの街並みを見つめていた。
『いくぞ・・・司令官の所へ』
『了解です』
外に見える街並みの景色を一瞥し、二人は艦橋を降りて後部の甲板へ向かった。
『やれやれ・・・これでは輸送戦艦だな』
松田千秋少将は、周りにいた兵士達に聞こえないように小声で呟いた。
しかし、松田少将がそう言うのも無理は無い。
何故なら、現在の伊勢級航空戦艦は、名ばかりの存在であったかれである。
まず伊勢級を航空戦艦たらしめている航空の部分であるが、飛行甲板に本来設置されるべきカタパルトは取り外されており、飛行機を格納する格納庫にも航空機の姿は無い。
今、松田少将の目の前に広がるのは、航空機用燃料を詰めたドラム缶が大量に並べられていた。
『しかも・・・だ』
しかも、第3・4砲塔の弾薬格納庫の中の砲弾は全て降ろされ、代わりに錫やゴムといった資源が搭載されていた。
戦艦の命とも言える主砲の砲弾を降ろしたのである。
それでは兵の不満も増えるのも仕方が無い・・・
『やれやれ・・・』
『司令?こちらにいらしたのですか。時間です、行きましょう』
『あぁ・・・行くか』
ハァーっとため息を吐いた少将は、中瀬艦長他が待つ伊勢の後部飛行甲板へと向かった。
格納されている物資に一瞥をくれて・・・
−−− 航空戦艦『伊勢』後部飛行甲板 −−−
ヒュン ヒュン ヒュン ヒュン ヒュン ヒュン ヒュン
『着いたわね』
『行きましょう』
『えぇ』
羽柴長官と優臥参謀長、そして護衛の兵士2名が『秋津洲』艦載へりであるSUJ−66『フリート・ランカー』から降りて、唖然とこちらを見つめている松田少将他艦隊職員の方へ歩き始めた。
驚いた。
それが私が感じた全てであった。
まずあの乗り物だ。飛行機ではないというのは直ぐに分かったが、それが何であるのかは分からなかった。
次に驚いたのが、その乗り物から降りてきた者の中に、女性がいた事である。
そして更に私を驚かせたのが、その女性がこの艦隊の司令長官であった事である。
いやはや、彼らにはホント驚かされてばかりであった。
*戦後、松田少将が書いた回顧録:『帝国海軍ハ、不滅ナリ』より抜粋
『初めまして。第34南遣支援艦隊司令長官の羽柴命と申します。この度は、乗艦を許可していただき、感謝しております』
『同じく、第34南遣支援艦隊所属参謀長の豊臣優臥です。乗艦を許可していただき、感謝いたします』
ザワザワと松田司令の周りは騒ぎだした。
松田司令はそれを静めて、
『第6航空戦隊司令官の松田です。こちらこそ、あなた方と会えてうれしく思うよ』
『同じく、第6航空戦隊参謀長の岡田雄介だ』
『第6航空戦隊旗艦である伊勢の艦長を務める中瀬だ。ようこそ本艦へ。あなた方の乗艦を、歓迎するよ』
一通りの挨拶を済ませた彼等は、艦の内部へ案内された。
伊勢の艦内は、お世辞にも広いとは言えなかったが、二人は松田司令の案内の元、伊勢内部にある大会議室へと辿りついた。
『それでは、始めようか?』
『えぇ、始めましょう』
『まず君達は、一体何者なのかね?一応本土からの連絡は来ているが、俄かには信じられよ。君達がその・・・未来の日本人であるということなど・・・』
『それは仕方ありませんわ。優臥参謀長、【あれ】を皆さんに見せて差し上げて』
『はい』
言うなり優臥参謀長は、手に持っていた鞄からノートPCを取りだし、同じく鞄の中にあった小型プロジェクターを接続して、上映の準備を始めた。
その動作を、松田司令と中瀬艦長は心底不思議そうに、岡田参謀長は胡散臭そうに見つめていた。
『準備が出来ました』
『皆さんにこれからお見せする物は、これから起こるであろう未来の出来事を予測したモノと、我々が現在使用している戦車・軍艦・戦闘機を始めとする各種の兵器を映像にまとめたものです。先に言っておきますが、これから皆さんにお見せする内容は皆さんにとって過分に強烈なものであるので・・・悪しからず』
『では、上映を始めます』
そして約1時間程の上映を行った。
『・・・如何ですか?』
『・・・認めざるを得ないな。君達の話は』
『有難うございます。認めていただけて光栄ですわ』
『しかし・・・なぁ、我が帝国が負けるとは・・・』
『参謀長、君を見ただろ?マリアナ沖の米艦隊を』
『はい・・・』
『この映像の内容は、間違いではないよ』
『その未来を変える為に、我々は来たのです』
『そうか・・・分かった。認めよう、全て』
『では、早速我々からの要望があるのですが・・・』
すうっと優臥が取りだした紙には、この第6航空戦隊司令部にとって屈辱的ともいえる内容が書かれていた。
それを見た松田司令を始めとする第6航空戦隊司令部は、口を噤んで押し黙る。
それも仕方あるまい。彼等が見せた紙には、第6航空戦隊を含むセレター軍港にいる輸送船団護衛に参加する艦艇の全体の指揮権・・・つまり艦隊指揮権を、本土へ向かうまでの間だけとは言え第34南遣支援艦隊に譲渡せよと書かれていたのであった。
『・・・一つ聞く』
『はい・・・』
『我々の艦艇は、対空戦闘は兎も角・・・対潜戦闘を不得手とする艦艇が多い』
『ご安心を。我が艦隊の対潜能力をもってすれば、何の問題もありません』
『ふむ・・・航空機の傘が無いが?』
『それも心配ありません』
『我が艦隊に所属する艦艇の内の何隻かは、VTOL機・・・つまり垂直離着陸を可能とする機体を数機搭載した艦艇がおります。その航空機と、我が艦隊の防空火力を持ってすれば、本土まで無傷で帰る事も可能です』
『そうか・・・あの映像で見た機体か』
長い沈黙が流れた。松田司令は、目を瞑り、口を閉じ、暫しの間全くしゃべらなかった。
10分〜20分程経過した頃であろうか、ようやく結論に達したのであろうか松田司令は徐に口を開き、
『分かった。全て君達に任せよう』
それを聞いた二人は、すうっと椅子から立ち上がって松田司令に感謝を述べた。
『有難う御座います』
・・・と唯一言だけ述べた。ただそれだけであった。
松田司令には、それを聞いただけで救われる思いだった。
その後羽柴長官と優臥参謀長は、足早に『伊勢』から『秋津洲』へと帰って行った。
松田司令は、今回の輸送船団護衛に参加する艦艇の艦長達を『伊勢』に集め、今の話を伝えて早速船団護衛作戦計画を話した。
幾人かの艦の艦長は反対・難色を示したものの、概ね納得した(もしくはお手並み拝見といった)様子を見せた事で、今回の船団護衛の作戦は一気に進展を迎える。
そして、10月27日の朝7時。
日本海軍第34南遣支援艦隊7隻、連合艦隊第3航空艦隊第4航空戦隊・第12水雷戦隊・第17駆逐隊計12隻、輸送船56隻・・・総計75隻の大艦隊である。
この艦隊は、シンガポールのセレター軍港を出港し、艦首を一路北に向けて本土を目指して向かって行った。
彼らの静かな、しかし熾烈な戦いは、始まった。
如何でしたでしょうか?
次回は今回の内容の続編で、船団護衛艦隊に米軍の魔手が伸びてきます。
次話をご期待下さい。
それでは。