第26話 帝国の現状1
どうも、作者のクラウスです。
今回は、一息入れての展開です。
内容は…まぁ、見たまんまです(苦笑)。
それでは、本編をどうぞ。
米国の機動部隊を、沖縄・台湾に駐留していた未来日本軍が打ち破ってから約1ヶ月…
突如満州に狙いを定めて南下してきたソ連軍を完全に打ち破り、剰えソ連が有している極東に広がる広大なシベリアに逆侵攻し、その大半を占領してから約2週間…
帝国にとって、正に「前門の虎・後門の狼」或いは「一難去ってまた一難」と言った危機的時期を通り過ぎた帝国は今、一息入れようとしていた。
もっとも、それは帝国本土や比較的戦火の及ばない後方拠点であった朝鮮半島・台湾といった地域だけであり、現在帝国の各軍・部隊が進出している南方や東部シベリア・支那大陸といった地域では、とてもではないが、一段落などしている場合では無かった。
例えば、米機動部隊を打ち破ったとは言え、未だ20隻以上の空母が中部太平洋上の拠点に展開しているし、ソ連軍にしても60万近い戦力が(一説には80万とも100万とも言われる数の戦力が)対日戦の最前線拠点であるウランウデに駐留・展開していた。
別の戦線に目を向けてみても、ビルマ戦線は相変わらず苦戦しているし、ニューギニア戦線においても同じく苦戦している。
特に、前者は兵力不足によって…後者は砲弾薬の不足によって…辛うじて戦線の崩壊を防いでいるのが現状であった。
*中でもニューギニア戦線は、8隻前後の空母を擁する米艦隊の援護を受けた米海兵隊・米陸軍によって押されに押され、「昼間はまともに地上を歩けない」と言われる程の砲爆撃を、現地に展開している帝国軍の部隊が受ける事は、別段珍しい事では無かった程であった。
そして台湾・沖縄諸島に侵攻してきた米機動部隊を撃滅し、日ソの満州・東部シベリアを巡る戦闘に一息を付けた帝国が、新たに目を向けたのが…数十万の兵力を張り付けている支那戦線であり米英と激烈な戦闘を繰り広げているビルマ・ニューギニア戦線であったのだ。
ここで、改めて各戦線の現状を確認しておこう。
まず注目するのは、帝国から目と鼻の先にある支那戦線である。
支那戦線…45年以前から日中合わせて200万を超える数の兵力が激突していた支那大陸であったが、日中双方の決定力不足(帝国側は兵力不足、一方の中国側は戦車などの機甲戦力の不足と近代的戦術の無理解)によって戦線は膠着状態であったのだが、45年の2月に行われた中国側の大反攻作戦…『東征作戦』…によって、戦線は大きく動いた。
この中国側の作戦は、当初こそ兵力の転出や用兵の不備によって帝国側が苦戦を強いられたものの、中国大陸の太平洋岸まで追い詰められた帝国軍側が驚異的な粘りを発揮し、更に未来日本陸軍の増援を受け、帝国側が一斉に反撃に転じた。
そして中国軍側が侵攻を開始してから約1ヶ月する頃には、すっかり戦況は逆転し、中国側が奪還した南京や合肥、徐州・済南といった重要拠点・都市は、反撃を開始した帝国軍によって再奪回(再占領)された。
中国軍側に、もはや攻勢に出られるだけの力は無く、頼りとしていた米軍の戦闘機部隊も未来日本空軍や未来日本軍から譲渡された高性能戦闘機を駆使する帝国陸海軍双方の戦闘機部隊の活躍によって壊滅的被害を受け、中国軍側の崩壊に拍車を掛けた。
そして現在の支那戦線は、帝国軍が占領している武漢・洛陽と、中国共産党の勢力圏である長安、中国国民党の勢力圏である長沙・沙市の間で小競り合いが続いていた。
この時点で帝国に、これ以上の戦線拡大をするだけの力は残っておらず、また国民党・共産党の双方にも攻勢に出るだけの兵力・武器弾薬は、残っていなかった。
つまり、戦線は中国側の大攻勢が行われる以前の状態に戻ってしまい、再び膠着状態に陥ってしまったのだ…
一方のニューギニア・ビルマの両戦線は、どうだったのであろうか?
端的に纏めると、支那戦線以上に流動的で、支那戦線以上の激戦が繰り広げられていた。
ビルマ戦線…日英合わせて25万を超える兵力が激突しているこの戦線は、米国の支援を受けた圧倒的物量を誇り、一気に帝国軍の防衛線を打ち破ろうとしている英国軍と、寡兵ながらもゲリラ戦術や遅滞防御戦術を駆使しながら何とか防衛線の崩壊を防ぐ帝国軍…という構図が出来上がっていた。
単純な日英の兵力比は3対2。
戦車や航空機、武器弾薬といった総合的な戦力比で言えば、4対1と言えた。
早い話が、いつ戦線の崩壊が始まっても、おかしくは無い状態であった。
それでも、何とか戦線を維持し続けている辺り、現地の帝国軍が如何に強かったのかを物語っていた。
そしてビルマ戦線と同じくらい驚異的な粘りを見せて、米軍の猛攻を幾度となく凌いできたのが、南西太平洋のオーストラリア北方に位置する世界第2の大きさを誇る島…ニューギニア島に展開する帝国軍部隊が頑張り続けているニューギニア戦線である。
そのニューギニア戦線には、帝国陸軍の精鋭部隊が投入されており、その数は30万を数えていた。
ニューギニア戦線…開戦以来、順調に進撃を続けた帝国が42年以降に計画していた南太平洋方面の進出…米豪遮断作戦…の一環として、陸海軍共同で進められたニューギニア島への進出は、42年に起こった2つの大海戦によって帝国の進撃に「待った」を掛ける事になり、軍上層部の今後の対米・対英戦略に大きな転換をもたらした。それに伴い、ニューギニア島を始めとしたソロモン諸島の島々に期待された役割も、南太平洋への進出の為の中継基地・拠点といったものから、対米英(主に米軍)の主戦場となってしまった事から、敵の地上部隊を引き付け、その間に本土において「長期持久態勢」を整える為の防波堤となる事であった。
もっとも、本土の軍上層部の思惑が上手く行ったのかは分からないが、実際に米軍はこのニューギニア戦線に膨大な数の兵員と軍需物資を奪われていた。
ある意味において、帝国のこの目論見は成功していたのだ。
*本文中において、「ある意味で」と表現されていたのは、43年以降の米軍による中部太平洋方面の反攻作戦によって最終的にマリアナ諸島が陥落してしまった為に、ニューギニア戦線に米国側が固執する必要が無くなった為…
しかし、いくら米軍がこのニューギニア島に重点を置かなくなったとは言え、それでも数十万の兵力と1千機を超える航空機、それに大小8隻を数える空母を揃えた米軍が、簡単に戦線を放棄する訳も無く、逆に帝国の戦力を釘付けにすべく、攻勢を強めるに至った。
しかし帝国にとっては、例え米軍の目線がニューギニア戦線に向いていない状態での攻勢であったとしても、決して油断出来るものでは無かった。
何せ42年の後半から続いた戦闘によって、ニューギニア・ラバウルといった地域に配備されていた1千機を超える航空機は、44年の末には稼働機が100機を下回るまで減少しており、ニューギニアを始めとするソロモン諸島一帯の制空権は、一時期を除いて米軍側が握り続けていた。
故に、帝国側は敵制空権下において戦わざるを得ず、ビルマ戦線に匹敵するほど厳しい戦いを強いられてきたのだ。
−−− 帝都東京 −−−
『…という訳で、対ソ戦も一区切りつけ、米機動部隊を打ち破った今、我々が為すべき事は南方に展開している友軍を助ける事ではないかね?』
『いやいや、まったくもってその通りですよ。…但し、米機動部隊を打ち破ってはいるものの、それは氷山の一角なのであろう?それを野放しには出来ますまい』
『いえ…私が思う所、支那戦線も油断は出来ません!もし再び大攻勢を仕掛けられては、もう持ちこたえられませんぞ!』
『貴様っ!持ちこたえられんとはどういう事だ!帝国軍人であるならば、それぐらい持ち堪えて見せろ!』
『お言葉ですが…閣下は現地の現状を、資料でしか御覧になっておりません!今、支那戦線では圧倒的に武器弾薬が不足しております!もし今後、大々的な補給が行われなければ、戦線の維持は、非常に困難な状態に陥ると、本官は愚考します』
『貴様っ!』
『落ち着きたまえ…彼が言っている事は事実だ…』
『東条閣下!お言葉ですが、彼奴の言った事は、帝国軍人としてあるまじき事ですぞっ!彼奴は敢闘精神の不足による敗北主義者ですぞ!こんな奴が、私と同じ帝国軍人であるなど…虫唾が走る思いですぞ!』
『では東郷閣下にお聞きしますが…3日間何も食事していない兵士1000人と、食事をしっかりと朝昼晩の3食を食べた兵士100人…この双方が戦ったら、どちらが勝つとお思いですか?』
『…貴様、私を愚弄する気か?そんなもの決まっておる!後者に決まっているだろがっ!』
『…さすがですよ、閣下。前者が支那戦線での我が軍…そして後者が米国の援助を受けた中国軍です。閣下は仰いましたよね?後者が勝つと…つまり、閣下は支那戦線において、中国側が勝つと予想なさったのですよ!』
『貴様っ!いい加減にしろ!こんなデタラメ情報を突き付けて!恥を知れ、恥を!』
首都東京のある場所において行われた、帝国陸海軍の上層部による今後の戦略を決まる為の会議は、各部署の人員が出席して行われたものの、「どの戦線を重視すべきか」や、「米国は今後、どのように動いてくるか」といった様々な問題に直面し、一向にまとまる気配が無かった。
何せ、会議が始まって早3時間…
にも関わらず、決まった内容は「本土の防衛力強化」と「シベリア開発の重視」、それに「食糧の増産」といった事しか決まらなかった。
そして今の議題は、恐らくこの会議において、最も重要な議題であろう「今後の主戦地域・戦線」の確定…つまり、「帝国は今後、どの戦線を最重要視するのか」と言う事を決める話し合いが、行われているのだが…
史実より緩和されているとは言え、陸海軍の対立や陸軍内部における権力・派閥争いによって、容易に進展しなかった。
ある一部の将校は、
『支那戦線を早期に終結させ、今後の対米英戦に備えるべきである』
と述べる一方で、
『支那戦線は、容易に終結できるものでは無い。それより、ビルマやニューギニアに侵攻している米英軍を、駆逐する方が先決だ』
…と唱える将官もいる。
喧々諤々とした議論が続き、とてもではないが、議論に決着はつきそうになかった。
そこに、2人の若い男女が入室してきた…
雨宮兄妹である。
彼等は入室するなり、開口一番こう告げた。
『ビルマ・ニューギニア戦線の兵員を増強すると共に、マリアナ諸島の奪還作戦を実施する』
この発言を聞いた将官達は、様々な顔色を見せた。
ニヤッと笑みを浮かべる者もいた。
苦虫を噛み潰したような顔をして、目を逸らす者もいた。
表情を変えず、静かに頷く者もいた。
人それぞれ、様々であった。
雨宮兄妹の言った一言によって、今後の帝国にとっての主戦場が決定した。
満州・シベリア戦線に参加した兵力(約110万)の内、半数近い40万弱を一旦本土に戻して再編成した後、ビルマ・ニューギニア戦線にそれぞれ増援部隊として増派する事が決定した。
一方で、支那戦線への兵力増強は一部の航空戦力の増強と、補給態勢の強化のみと決まり、それに伴い当面の間、積極攻勢の自粛が方針として決定した。
対ソ戦で活躍した部隊の南方への進出によって、戦局は、新たな展開を迎えようとしていた…
如何でしたでしょうか?
次回も、こんな感じで続けて行きます。
…早い話、次回も地味な話が続くと言う事です。
それでは、また次回!