第1話 御前会談
第1話更新です。まだまだ先が見えない段階ですが(汗)。それでは本編スタートです。
1944年の10月
この日、大本営が置かれている建物の一室には、生気が感じられなかった。
それもいたしかたない。
遂にマリアナ諸島の守備隊が全滅してしまったのである。
マリアナ陥落
これが帝国に与える脅威は、B−29について少しでも知識を齧っている者であれば、分かるであろう。
米国は、遂に帝国本土に対する直接攻撃を可能とする事に成功したのである。
おそらく1ヶ月も経たない内に本土空襲が始まるだろう。
陸海軍首脳は、思考停止状態であった。
その時に、宮中に居られる天皇陛下からのお呼び出しがあった。
宮中に参内したのは、陸軍からは陸軍大臣兼首相の東条英機、陸軍参謀総長である杉山元。
海軍からは、海軍大臣の米内光政、軍令部総長の及川古志郎、連合艦隊司令長官の豊田副武など陸海軍の重鎮達が、参内したのである。
彼等は、皇居の一角にある部屋へ案内され、暫しの間待たされた。
20分程待っていたら、部屋の隅にあった扉が開き、時の天皇である昭和天皇と、見慣れない若い男女がつき従ってきた。
ともかく彼等は、天皇陛下が部屋に入室した瞬間に椅子から立ち上がり、天皇陛下が椅子に着席されるまで立っていた。
天皇が彼等に着席を許可し、ようやく会議(?)は始まった。
相変わらず見慣れない若い男女は、天皇陛下の後ろに控えたままであったが・・・
『陛下、まず我々は陛下に謝罪いたさねばなりません』
言うなり東条は椅子から立ち上がり、天皇陛下に対して頭を垂れた。
『東条。今はそんな事をしている場合ではないぞ。今は時間が惜しい。まずは君達に彼等を紹介しよう。全てはそれからじゃ』
天皇が言葉を発し終えると、すぐ後ろに控えていた男女二人がすぅーっと前に出て一礼し、自己紹介を始めた。
『私は、雨宮香織と申します』
『私は雨宮惟善と申します。先程自己紹介した雨宮香織の兄で御座います』
『ふむ・・・そなた達は何者だ?服装からして、違和感を覚えるのだが、日本語を話しているから日本人である事は、間違いなかろうが・・・』
米内光政が声のトーンを落として質問した。天皇陛下の御前と言う事もあったのだろか、いつもよりも口数は多く感じられた。
『米内閣下の御推察の通り、我々は正真正銘の日本人です。しかし、この時代の人間ではなく、未来の日本から参りました』
全員・・・天皇陛下を除く・・・が唖然として二人を見ていた。
まず始めに東条が疑問を口にした。
『そんな事は信じられんぞ。未来から来ただと?陛下の前でそんな戯言を抜け抜けと吐き追ってっ!』
東条が怒りの表情をして言葉を発したが、
『東条よ、言葉を慎め。朕の大切な客人ぞ』
この陛下のお言葉を聞いては、いくら陛下への忠誠心の厚い東条とはいえ従わざるを得ない。
『東条閣下がそう言われるのも無理はありません。しかし、事実なのです。これをお見せいたします』
言うなり雨宮香織は、懐からさっと何かを差し出して、東条英機の前に差し出した。
今東条の目の前には、縦横12cmの大きさの薄っぺらい箱が置かれた。
『何だねこれは?』
東条の隣に座った杉山参謀総長が疑問を口にした。
『これは我々の世界に広く使われている
「パソコン」という物です』
『パソコン?』
反対側に座っていた及川軍令部総長が呟いた。
『はい。パソコンと言います。これで、我々は文章を書いたり、電子メールと呼ばれる手紙を書いて同じ機械を持っている人に送ったり、この機械に内蔵されたソフトと呼ばれるモノを用いて、自由に情報を調べたりします』
説明をしながらも香織はパソコンの操作を行っていた。
『そしてこの機械では、実務的事以外にも、映像や音楽を見たり聞いたりするなど遊戯的なことも出来ます』
説明をしながら香織はパソコンを操作し続け、あらかじめ保存されていた音楽のファイルを開き、音楽を流した。
勿論、未来で若者に流行った曲などではなく、国家である『君が代』である。
『こっ、これは・・・』
『君が代ではないか・・・』
今まで一度も言葉を発していなかった豊田長官や、米内光政が驚いた顔をしながらヒソヒソと小声で話していた。
『如何でしょか、東条閣下?』
笑みを浮かべながら問いかけてくる少女に、さすがの東条も、
『・・・確かにこれ程の機械は、今の帝国はおろか米英やあのドイツでも作れまい』
『では閣下?』
『認めよう。君達二人が未来から来た事を・・・』
東条も参ったと言わんばかりの表情で答えた。
『信じていただけましたか。それは良かったです』
天使のような可憐な笑顔を東条にむける。
一瞬東条は、今が陛下の御前である事も、戦時中である事も忘れてしまった程であった。
『東条、朕は話を進めたいのだが・・・良いかな?』
『あっ、はっ、はいっ。申し訳御座いません』
東条は慌てて陛下の方に向きなおし、謝罪の言葉を述べた。
『よい。東条よ、気にするな』
会談はいよいよ核心部に向かっていく。
『ではまず我々が、この世界に来た理由をお話いたします』
兄の惟善が、この世界に来た目的・理由を端的にまとめて説明した。
『・・・つまり我々の世界の帝国は、この戦争に敗れる訳だな?』
『はい。その通りです』
『そして、この世界の2034年に再び世界大戦が起きて・・・』
『日本を始めとする世界各国が壊滅的被害を受けて・・・』
『世界は終わりを迎える・・・という訳か?』
そんな事信じられるかっ! っと言わんばかりに東条を始めとする面々に睨まれる二人。
『その通りです。そしてこちらの世界の崩壊が、我々が住む本来交わる事の無かった世界との時空の歪みを作ってしまい、我々の世界にも影響が出てきたのです』
『到底信じられんな。信じられるものかっ』
吐き捨てるように言葉を言ったのは、杉山参謀総長であった。
『第一我が皇軍は・・・』
『負ける筈が無いと言いたいのですか?現実には42年以降負けっぱなしなのにですか?』
その言葉に杉山を始めとした彼等は皆黙ってしまう。
事実であるからだ。
いや、海軍側はまだましであった。
生前の山本五十六連合艦隊司令長官は、
『半年から1年は暴れてやります。しかし、それ以上は勝つ事は不可能でしょう』
・・・と当時の軍令部総長であった永野修身海軍大将や島田繁太郎海軍大臣に語っていた。
それを覚えている者が多かった。
しかし陸軍側は、開戦当初の快進撃に惑わされ、現実を正しく認識している者は、海軍側に比べて少なかった。
それゆえ、42年の米軍の本格的反抗が開始されると、要所要所で敗北を繰り返し、追い詰められていった。
『戦争は最早精神云々だけで行うものではないのです。情報の収集に始まり戦力の集中が大事なのです。そして最も重要なのが補給の問題なのです』
惟善の言葉は、暗にこれまでの帝国の補給の軽視を責めていた。
『兄上、非難するだけでは話は進みませぬ』
たまらず香織が助け船を出す。
『我々の最終目的は、自分達のいた世界を救う事です。その為に、この世界を救うのです。皆様方は、この帝国を敗戦に導かぬ為に戦うのです』
『我々に協力してくれるのかね?』
『勿論いたします。この世界を変えるだけなら帝国が連合国に降伏した後の時代でも別段問題ありません。しかし、別の次元の同族とは言え同じ日本人が、戦火に巻き込まれて罪無き人が亡くなっていくのを、座して見ることなど出来ません。そもそも軍とは国を守るためにある筈です。違いますか?』
その兄をも射殺さんばかりの強い瞳から発せられる光を目にした彼等に、反論する者はいなかった。
『我々は、あなた方を助けます。それは帝国の国民を助けるためであり、戦争を終わらせる為であります。そしてそれは、最終的にこの世界を・・・延いては我が世界の為。協力させていただきます』
多分に身勝手な理由ではあったが、それはそれで仕方が無かった。
この世界が滅ぶ遠因は、そもそもこの戦争にあったのだ。
戦争末期に行われた沖縄戦で最初に原爆が使用され、その後立て続けに名古屋・大阪と2発の原爆を落とされた日本は降伏。
戦後のソ連・米国の両国の異常な膨張。
それに伴う両国の軍拡。
そして両国を背後に背負った敵国同士の代理戦争。
そして・・・成れの果てが、両国による第三次世界大戦。
核戦争の到来であった。
雨宮兄妹の目標は壮大であった。
帝国を影で操りつつ戦争に勝利し、二度と戦争の起こる事の無い世界を作る。
それが二人の描いていた未来図であり、彼らを送り込んだ未来日本の思惑であった。
だが、彼等の夢は、理想は、他の人間や敵対国から見れば日本の、この兄妹の独裁と映るだろう。
それでも二人は戦い抜こうと誓っていた。
愛する世界を、国を、家族を、仲間を守る為に。
そしてこの二人は行動を起こす。
たとえどれほどの地獄がこの先に待ち構えているかを分かっていても。
−−− 超弩級三胴航空戦艦『天照』艦橋 −−−
『どうやら帝国は、我々を受け入れてくれそうですね』
『そんなの当然よ、英李。長官の手にかかれば・・・ねっ』
『はははっ』
『笑ってないで、さっさと横須賀に向かうわよ?』
『了解であります』
『うむ。艦長っ、取り舵30度。このまま横須賀へ向かう。頼むぞ』
『了解であります』
彼等の艦隊は、太平洋の大海原を突き進み、横須賀へ向けて突き進む。
時代は、変化を求めていた。
如何でしたでしょうか?次回は、現在の帝国に残されていた戦力の紹介を中心に行っていきます。よろしくお願いいたします。