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無彩色

命を分け合う部屋

作者: 深山 希

 少女は目を覚ます。


 最初に目に入ったのは、白。無垢、というよりも、白々しいと感じる色彩は、そこに壁があるのかどうかも曖昧にさせる。

 いや、自分が今寝転がっているのだとしたら、視界内のそれは天井だろうか。寝起きのぼんやりとした頭で少女は考え、漫然と視線を廻らせて……


 驚愕に目を見開いた。


 見知った、いや、より正確を期すならば想い焦がれた顔が其処にあったからだ。

 何も言わずに、じっ、と彼の顔に見とれていると、少年がそれに気づいた。


「私の顔より、他に見るべきものがあるんじゃないですか?」

 発言内容が無ければ、とても苦笑とはわからない、そんないつも通りの綺麗な微笑みを浮かべる少年から目を逸らさずに、少女は不敵に嘯いてみせる。

「私にとっては、貴方の姿以外に視る価値のあるものなんて存在しないですよ」


 答えた後で、一応彼の助言に従い、少女は周囲を見渡す。


 白い部屋……と、言って良いのだろうか。なんとなく密閉空間な気がするだけで、窓も無く、扉も、それとわかるものは存在しない。

 寝かされていたこれまた白いベッドに手をついた少女は、簡素ではあるものの柔軟性に富んだ上質なものであると改めて理解する。


 他に有る物は、少年が腰掛けているものと同じ椅子がもうひとつと、その前のテーブル、更にその上に水差しと一対のコップ、そして小さな白い粒状の何かが並んだ掌サイズの平皿と、少年が手に持つ紙片、それで全部だった。


 ――せめて鏡があれば髪くらいは整えられるのに。


 胸中でぼやきつつ、少女は少年に促されるまま彼の向かいの椅子へと移動する。寝起きの姿を見られてしまったのだから今更か、などと少年に言わせればどうでも良い、けれど少女にとっては最重要事項に想いを廻らせながら。


 少年が持っていた紙片には、以下のことが書かれていた。


『此処は命を分け合うことで出られる部屋です。


 其処にご用意した丸薬があなた方ふたりの命、ひとつにつきちょうど1年分の命となっております。


 ひと粒も飲まなければ残りの寿命はゼロ年、部屋を出た瞬間に死ぬこととなります。


 命の配分はおふたりでご自由にお決めください。


 時間はいくらでもあります。熟考の上、ご決断を』


 皿の上に並んだ錠剤は、3×3、9粒だ。それを確認した少女はくすりと笑った。

「割り切れない数、なんて結婚祝いみたいですね」


「この状況でその発想が出てくる貴女は本当に大物だと思います」

 呆れた声を出す少年の、変わらぬ微笑こそ大物だろうというのが少女の言い分ではあったが。それはそれとして、彼女は肩を竦めた。

「そうですか? 死がふたりを分かつまで――その時間差を決めさせてくれるのだとしたら、気の利いたお祝いだと思いますけど」


「……最大で9年しかないのに?」

 少年らしからぬ、弱々しい声を、しかし少女は笑い飛ばす。


「そもそも私の寿命が4年以上残っていた保証なんて、何処にも無いですし」

 当然のように、半分以下を最大値として少女は言う。言外に、4粒ずつは最低条件だと告げていたが、少年はそれに気づかなかったのか、気づいていて無視したのか、無言で机の中央にあった錠剤の小皿を少女の方に滑らせた。


 9の錠剤を、次いで少年の顔を、少女は仇を見るように睨み付ける。


「……一応、どういうつもりか訊いても?」


「全部あげますよ、貴女に」

 なんでもないことのように、自分の命は要らないというのだ、この少年は。


 ――こういうひとだ。


 少女はそれを知っていた。自分が相手だから、などという自惚れは無い。此処に居たのが他の誰であったとしても、この美少女にしか見えない少年は、全てを相手に譲っただろう。

 彼の中で、自分の命の優先順位は非常識なまでに低い。それはもうほとんど、消極的な自殺願望と言っても良いほどだ。


 少女は一度瞑目し、怒気をため息に変えて吐き出すと、目を開けた時には満面の笑みでこう言った。


「じゃあまずは私が毒見をしますね」

 言うが早いか、薬をひと粒、口の中に放り込む。


 少年にできたのは、「な」と「あ」の中間のような単音を発することだけだった。少女へと伸ばしかけた手も、半端に挙げられたところで止まっている。上げかけた腰はすぐにすとんと椅子へと落ちていたが。


 少女は『命』だというそれを、奥歯で噛み砕いてみた。最初口にした時にも感じたことだが、完全に無味無臭だ。そして少なくとも、即効性のある毒物ではないらしい。

 呑み下し、そこまでを判断した少女は、固まっている少年に笑顔を向ける。


「意地悪を言うから、仕返しです」


 少年は暫く口をぱくぱくさせてから、意地悪? と、問い返した。


「はい。ひどい意地悪ですよ。私から、貴方を取り上げようだなんて」

 そしてまるでやけ食いでもするように、次々に『命』を口に放り込んでは、噛み砕いていく。ふたつ、みっつ、よっつ目で手を止め、残りいつつの乗った小皿をお返しと彼の方へと滑らせる。


「私が好きにして良いのなら、まずは貴方もよっつ飲んでください。それまでは絶対にもう口にしませんから」


 ここまでは最初から予想していたのだろうか、存外素直に少年はよっつの錠剤を口に含んだ。水差しからコップへ水を注ぎ、呑み下す。


 そして再度少女に差し出される最後のひと粒。立ち上がった少女は約束通り口に含み、奥歯で半分に噛み砕くと……


 少年に、唇を重ねた。


 突然のことに何の反応もできないでいる少年の口内に、ぬるりと柔らかなものが侵入し……押し込まれた硬いモノを反射的に呑み込んでしまっていた。


 再度硬直してしまった少年に、少女は得意げに告げる。


「たぶん、ほぼ半分だと思いますよ? 4回も練習しましたから」


「……いや、だからってなんでこんな方法で…………」

 不満そうな少年に、少女は慎ましやかな胸を張って返す。


「だって。道具も無いのに下手に砕いて、どこかへ欠片が飛んで行ったりしたら大変じゃないですか。欠片ならまだしも、粉末だったりしたら探しようもないでしょうし。最悪それで条件を満たせない、なんてことにもなりかねません。

 その点、口の中なら安心」

 弾むような言葉に少年は納得しかけるが、

「という口実があれば、キスしても怒られないかな、と」

 あっさりネタばらしをした少女がちろりと舌を出す。


 少年が思わず視線を逸らしたのは、その舌先の感触を思い出してしまったためだが、少女はそれに気づかずに、どうしたことかと首を傾げている。


「……というか、アリなんですか、コレ。最後のひとつを分け合う、なんて」


 ルール違反ではないのか、と問われた少女は肩を竦める。


「さぁ? 少なくともダメだとは書いてなかったですけど。そこはやっぱり、神のみぞ知る、というものじゃないですか?」


 いや、神って……と呟く少年にすぐには答えず、少女はこちら・・・に目を向けた。


「今、これを観ている神様アナタがこれでも良いと言うなら出られるでしょうし、そうでないなら出られないのでしょうね」

問いかけは為された。


この先の物語は、その回答に委ねられている。


もしもこの続きが少しでも気になっていただけたのなら、少女のやり方の是非についてだけでも書き込んでください。このふたりがどうなるのかは、それで決まります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 命が1年分に小さくなっているのだから、噛み砕いて更に小さくしたところで問題ないのではないでしょうか。それに、1粒ずつだけではなく、1粒を更に分け合うという、補語が何でもその場でできうることを…
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