終わりかたの説明書3頁目
老人は木の人形をつくる
木の人形は妖精に命を与えられ
その日から生きるという
苦しみを味わう
中途半端な身体を抱えながら
朝、目覚めて喜びは絶望へと変わる
人間になれたその日から
死という概念から抜け出せず怯え
人間になれたその日から
感情という最も残酷なものに苦しむ
妖精が与えてくれた命は
罪なのか罰なのか…。
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時々、感じるこの気持ちは何だろう。
不自然でアンバランスな…。
不安定であり、断続的だ。
例えば魚は水の中を泳ぐのに
人知れず、空中を泳ぎ誰も気づかない様な…。
「そう、そう。キリナさん、それが自然なんですよ。だから私がお迎えに上がりました!」
あの小さな男だ。
「なに?」
この男の姿は周りには見えてないらしい。
駅前のバーガーショップの中
たくさんの人がいるが、この不自然な男に誰も目を向けないからだ。
トルと呼んでくれと言った男はきりなの頼んだバーガーセットのポテトをひとつ引き抜くと
ニヤリとして、それを口に運んだ。
「身体に悪いものって美味しいんですよね。」
「なら、食べるな!」
トルは肩をすぼめてニヤリと笑う。
「ねぇ、迎えにきたって、あの世?あんた死神?」
「死神?いやいや、そんな風に見えます?残念ながら…。違います。」
トルは口に次から次へとポテトを運ぶ。
「食べるなとは言わないけど、食べるか喋るか、どっちかにしなよ。」
きりなは飽きれた顔でトルにバーガーセットのトレーを渡すように押し出した。
「ありがとうございます。キリナさん、3日待ちます。それからまた、迎えに上がりますので、やり残したことを済ませてください。」
「あのね、どこ行くか知らないけど、私は行かないよ。わけわからない。」
トルはニヤリと笑いながら
「ここより、ほんの少し、違う世界。たとえば…。」
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赤ずきんの深い森をぬけた優しいお婆さんの家。
ヘンゼルとグレーテルの甘い甘い御菓子の家。
きらびやかな海の中の鯛やヒラメが舞い踊るお城。
月の彼方の美しき世界。
そんな世界たちが無限に
ほんの少しの日常を抜けた先に存在するのです。
目の前は真っ白になり
トルの声は遠ざかる様に消えて
また、ざわついた店内に戻った…。
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日曜日の朝の恒例になっていた
家族でのレストラン朝食
少し遅い時間ではあるがちょっと古びた
個人経営のレストラン「糸車」があった。
小さい頃からパパとママ、お姉ちゃんと私で
このレストランに来ていた。
あるときを境に私は行くのを拒んだ。
テーブル席に四人しか居ない私達の料理はいつもひとつ多く並べられていた。
その空いた席には誰が座るはずなのか分からなかった。
ずっと…。
今も。
何を食べたのかも忘れてしまった。
そのレストランに行かなくなった理由は今でも思い出すと胸が痛い。
中学二年のあるとき、クラスの学級委員を努めていた女子に私達を見かけるなり、バカにした様な笑いを浮かべたからだ。
帰り道の途中、本屋さんの袋を身体の前にしっかりと両手で抱いた彼女は明らかに、確実に
ニヤリと嫌な薄笑みを浮かべたのだ。
はじめて、嫌悪と恥ずかしさが込み上げた。
パパ達は楽しそうにそれに気づくことなく
今日の食べたメニューをやたらと誉めちぎり、それがまた、恥ずかしさを加速させた。
翌日、学級委員の彼女は私を見るなり
またあの嫌な笑みを浮かべる。
私は驚いた様に急速に硬直する身体に気持ちが無意識下に叩き落とされた様に感じた。
彼女の薄笑みは後々も消えることなく
頭に残った。
それから次の食事の時に仮病をつかい、次に宿題を理由に、ずっと断り続けた。
今ではパパに辛く当たるようになっていた。
バーガーショップの一番端の席にあの学級委員の彼女が彼氏らしき人と座っていた。
彼らしき人の顔は背中向きで見えない。
さっきまで、気づくことすらなかった。
彼女は大人になっていたが、すぐにわかった。
あの顔は忘れない。
彼女は媚びた笑顔で男の手を握っていた。
私の存在に気づくこともなく。
私は足早にその場をあとにした。