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貴方のことが好きですっ!(4)

 買い物デート的ななにかから数日。

 あたしと彼との関係はおおむね良好だった。

 あの買い物デートでは、二人きりだったら緊張して何をしでかすかわからなかったので友達と一緒に行ったが、今では彼と二人きりでもある程度大丈夫になってきた。

 それに、彼もあたしとのデートを悪く思ってないようだ。

 始めはあたしからデートに誘っていたが、最近は彼から誘われることもある。

 これはもう付き合っているといっても過言ではないのだろうか。

 まあ、過言だろう。

 あたしは彼のことがもちろん好きだが、彼のあたしへの好意はまだわからない。

 「付き合う」というのはお互いがお互いに好意を持っている、ということを示して初めて始まる関係だろう。

 この調子であれば告白すればもしかしたら成功するかもしれないが、まだ自信はない。

 でも、あたしが時間を掛ければ彼は冷めてしまうかもしれない。今までのように。

 どれだけ愛していても、きっとそのうち無関心になってしまうだろう。

 だから、このあやふやな関係も早々に終わらせて、関係をはっきりしなければならない。

 そして、愛してもらわなければならない。たとえ強引な手段を使ってでも。

 あたしはそれを求めた。

 そして、あたしはそれを手に入れる。

 今日、勝負を決める。

 勇気を絞り出す。

 覚悟を決める。

 あたしは放課後の旧校舎の屋上に彼を呼び出した。

 ここは本来立ち入り禁止の場所。

 ここが開いているということはある程度の人数の人が知っているが、放課後にここに来るものはあまりいない。

 だから、誰にも秘密で告白するにはうってつけの場所だ。

 彼は、今日は委員会で遅れるはず。

 だから景色はちょうど夕焼けの煌めく綺麗な時間で。

「ごめんごめん。待った?」

 彼が来た。

「え!?い、いや!?全然!?待ってないよ!?」

 わかってはいたけど、やっぱりテンパる。

「えーとそれで……」

 彼がいったん口を開くがすぐに閉じてしまい、会話が途切れる。

「「あの……!」」

 同時に口を開き、再び口を閉じる。

 気まずい。

 覚悟を決めたはずなのに。

 お互いにちらちらと見つめる。

 どうしよう。何にも思いつかない。いろいろ考えてはいたけど、彼を目の前にしてすべて吹き飛んでしまった。

 沈黙が続く。

 このまま黙っていても埒が明かない。

 ついに覚悟を決め、再び口を開こうとしたその時。

「あのさ!」

 彼が先に口を開いた。

 あたしは口を閉じる。

「俺さ……好きな人がいるんだ」

「え……?」

 知らなかった。彼に好きな人がいるなんて。なんであたしは気づかなかったのだろう。そして、その女はいったいどこのどいつなのか。

 目頭が熱くなり、滲んだ涙が冷たく感じる。

 衝撃で何も考えられない。

「その人はさ、初めて出会った時から俺にとって憧れのような人だったんだ。初めて見た時、その人はとても綺麗で幻想的で。俺にとってその人は初めから特別な存在だったんだ」

 それは、一目ぼれというものではないのか。

「自然とその人の背中を追いかけるようになっていた」

 そこでいったん言葉を切る。

「俺はさ、小さいころから何もかも普通で、平均的で、でも頑張った分だけ少しだけ上に上がって。でもそれ自体が普通のことで。周りの言うこともよく聞いていたし、俺はいわゆる「優等生」で「真面目」なやつでさ。それでいてどこまでも普通のやつで。だからさ……」

 あたしは何を聞かされているのか。今すぐ耳をふさいでしまいたい。今すぐ彼を壊してしまいたい。全てがわかる前に。

「特別に見えたその人が俺にとって憧れになるのは当然の話なんだけどさ。でもだからこそ俺にとっては高根の花で。でもそんな人がつい先日、俺を遊びに誘ってくれたんだ」

 あたしはハッとする。

 でもそれはきっと違う。きっとそうじゃない。きっとただの、あたしの勘違いだ。

 それでもあたしはついそれを期待してしまう。

「……俺は……お前のことが好きだよ」

 勘違いじゃ、なかった。

 自然と涙があふれる。

 さっきまでの涙とは違う、温かい涙だ。

 でも、あたしはまだ、それが信じられなくて。

「もう一回……言って……?」

「…………好きだ」

 そうか。そうなのか。

「……あたしも……!」

 嗚咽が漏れ、うまく言葉にできない。

 あたしは彼に抱き着いた。

 彼もあたしを抱き返す。

 告白は成功した。両思いだった。

 夢のようだ。

 幸せだった。

 この瞬間が永遠に続けばいいと、あたしは願って。

 この幸せが決して終わらなければいいと、あたしは望んで。

 でも思うだけでは決してかなわなくて。

 いつか必ずこの瞬間は終わってしまう。

 だから。

 懐に隠し持っていた包丁を強く握りしめる。

 そして――。


     ・・・・


 私は初めから見ていた。彼女がここに来るところから最後、いや最期まで。

 ドサリ、と。

 彼は、何が起きたかも理解できないまま、そのまま倒れていった。

 コツコツと。

 私はわざと足音を鳴らして歩く。

「……!」

 驚いたように彼女が振り返る。

「あなたは……!」

「いやー、告白の成功、おめでとうございますー」

「ああ、そうね。ありがとう」

 返答は普通だが、私の雰囲気を悟っているのか、彼女の目つきは鋭い。

「それで、なに?」

「いや、貴女が彼を殺した後に自分も死ぬ、というので私の出番かなーと」

 普通は仕事の前に、このような話はしない。だが、ここは友人のよしみという奴だ。多少は話してもいいだろう。

「どういうこと?」

 彼女の雰囲気は、すでにカタギのそれではない。

「貴女、死ぬ気なんでしょー?いや、自分を殺す気なんですよねー?」

「それが何?」

 彼女は決して否定はしない。それは彼女の矜持か。それともそれが彼女の愛なのか。

「だったら私がソレをしますよー」

 こともなさげに言い放つ。

「……!」

 彼女が歯を食いしばる。

「あたしはあなたなんかには殺されない……!あたしが殺す……!彼も……!自分自身も……!」

「貴女は確かに彼を殺すことは望んだ。永遠のためにそれを願った。でもねー?」

 私は彼女の言うことを否定する。

「貴女が自身を殺すことは望んだことではない。貴女は、本当は彼に殺されることを望んでいた。でも彼がソレをするわけがない。だから仕方なく自分で自分を殺すんです。彼に殺されることができないから、仕方なく自分の手で自身を殺めるんです」

「それが何よ……!しょうがないでしょ……!」

「だから、貴女は私が殺します。貴女の愛した彼が実行しないから、私が代わりに実行します」

「うるさい……!」

 彼女はすでに私を殺す気だ。

 彼女の愛を断つ者を、確実に排除する気だ。

 だが私は殺し屋だ。

 依頼された仕事は完遂し、その代価として命をもらう。

 だから。

「標的は貴女。そして代価は……貴女自身の命でよろしいですね、やーちゃん?」

「うるさいうるさいうるさいッ……!!!!」

 やーちゃんが、真っ赤に染まった夕焼けを背景に咆哮する。

 その赤はまるで、彼女の燃える怒りと歪んだ愛情を表しているようだった。


 先手必勝。

 私は相手が何かを仕掛ける前に殺すため、真っ直ぐ駆ける。

 両手にはサバイバルナイフ。

 彼女の目の前に来た時、一気に姿勢を低くして相手の後ろに回り込む。そして背後から首を刈るように、一閃。

 普通の一般人だったら、ナイフを持った相手には恐怖でそうそう反応できない。さらにこの動きでは、相手の視界から消えるように後ろに回っただろう。

 通常はこれで終わる。

 だが、彼女は普通ではなかった。

 私のいる背後に、包丁を持った腕を振りぬく。

 さらに懐に入るか、それとも飛びのくか。

 刹那の判断の後、私は後ろに飛びのいた。

 一応、避けられはしたが、腕が浅く斬られる。懐に入った方がよかったか。

 判断ミス。

 私は舌打ちをする。

 彼女は追い打ちをかけるかと思ったが、その場から動かない。

 彼女はおそらく自身の命のことなどすでにどうでもいいだろう。その中にあるのは一つだけ。

 愛しの彼とともに死ぬことだけだ。

 ゆえに彼の死体が転がっている、今の位置から動く気はないのだろう。

 かといって、私に殺されるという気もさらさらない。

 どう攻めたものか。

 捨て身の人間というものは「強い」。

 その強さは勝つことにではなく負けないことに、だ。

 加えて彼女は愛に狂っている。

 人間として大事なものが欠落している人ほど、情け容赦なく殺してくる。

 どんな素人でも人を殺すことはできる。

 だが、勝って殺すとなると話は別だ。

 私は勝たなければならない。

 再び私は仕掛ける。

 二刀持っている分、手数は私の方が多いが、彼女は包丁を一気に振りぬく。その速度は速く、ためらいがない。

 自身の傷をものともせず仕掛けるため、むしろやりづらい。

 横薙ぎに包丁がふるわれる。それを受け流し、懐に入り込む。だがそこに鋭い蹴りが飛んできた。その足を受け止めるが接近は失敗。

 幾度目かの接近か。

 お互いに深い傷こそないが、そこかしこに浅い切り傷や打撲が目立ち始め、すでに全身は血塗れだ。

 それでも彼女は止まらない。

 いや、止まっていないのは私か。

「さっさと……!諦めて…!ください……!」

 彼女は叫びながらも包丁をふるう。

 なぜ私は戦っているのか。戦い始めたのは誰か。

 いや、違う。これは戦いではない。

 ああ、少し思い出してきた。久しく忘れていたこの感覚。

 これはただの殺人だ。ただ、目の前のターゲットを殺せばいいのだ。

 ならばまともにぶつかる必要はない。

 私はまた、彼女への接近を試みる。

 だが狙うのは彼女ではなく、その下だ。

 彼女の下にある彼の死体を狙う。

 まだその狙いは気づかれていないようだ。

 先ほどまでと同じように近づくが、さっきまでとは違い、私は下に潜り込んだ後、その倒れた死体にナイフを突き立てる。

 彼女がそれに気づく。

「触るなーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!」

 彼女は叫び、死体、いや彼を守るために突進してくる。

 だがそこからさらに包丁をふるう余裕は彼女にはなかった。

突進してきた彼女をかわし。

「……じゃあね」

 小さくつぶやき、私はやーちゃんの首を裂いた。


     ・・・・


――血が噴き出る。

 ただ、愛されたかった。

 たったそれだけの小さな願い。

 でも、それがなかなか叶わなかった。

 なんでダメなんだろう。どうしたらいいのだろう。

 高校で、素敵な人に出会った。

 その人はどこまでも普通で、平凡で、でも努力家で、そしてみんなから愛されていて。

 そんな彼を好きになる要素があるはずがなかった。

 むしろ、そこまで普通なのに人から愛されている彼は、あたしから見れば忌むべき存在のはずだった。

 でもなんでだろう。

 彼を好きになってしまった。

 理由なんて知らない。

 でも彼が、どこまでも普通な彼が、誰よりもあたしの持っていないものを持っている気がして。

 だからなのだろうか。

 わからない。

 でも確実なことがある。

 あなたを愛している。

 あなたから愛されたい。

――身体が力を失い、倒れる。

 あなたはあたしを愛してくれたかな。

 あたしはあなたに愛を伝えられたかな。

――目の前に倒れた彼の顔がある。

 あたしたちは幸せになれたかな。

――その顔はどこか、笑っているように見えて。

――どこか幸せそうに見えて。

 あたしは永遠の愛にやっと手が届いたのかもしれない。

――瞼が重くなる。

――彼の顔に手を伸ばす。


 あたしとあなたはずっと一緒だよ――。


 日が沈んだ暗い屋上で、彼女は彼と寄り添うように最期を遂げた。

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