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貴方のことが好きですっ!(3)

 それから数日。私たちはまー君の観察を続けた。

 それで分かったことがいくつか。

 まー君は結構まじめな人間らしい。成績はあまりよくなさそうと思っていたが、問題を聞きに来る人は一定数いる。頭を抱えているかと思ったら、翌日には同じような問題に直面しても、解けるようになっている。

 あの調子ではかなり家で頑張っている努力家だろう。

 普通の人とか評価してごめんよ、まー君。お前は努力家だ。その努力が実るかは知らないけど。

 心の中でこっそり謝っておく。まあ少し余計なことを言った気もするが。

 そして何より、彼はクラス委員長らしい。

 いや、たぶんげんちゃんは元から知っていたと思うが、私は最初の一か月いなかったので知る由もなかった。

「真っ先に手を上げたねー!」

 とはげんちゃんの言葉だ。

 まあそれがなんだ、という話だが、委員長という立場上あまり怪しまれずに話しかけることが容易となる。例えば、何かしらのプリントを集めるときとか。

 だが、このほかに集まった情報といえば、やーちゃんが結構な頻度で話しかけたりあとをつけたりしている、ということぐらいだ。

 昼休みは私たちが屋上に行くので、好物とか知らないし、げんちゃんが望むような情報は乏しかった。

「というわけで、これからー!積極的に話しかけていこうと思いまーす!」

「どんどんパフパフー」

「……そろそろあきらめていいんじゃないですか……?」

 げんちゃんの言葉を私が盛り上げていこうとしたのに対し、しーちゃんはテンションがかなり低めだ。

「まあまあ、いいじゃないですかー。単に面白がっているだけだしねー」

「違うよー!とっても真摯に!誠実に!恋のキューピッドをさせていただいてるんです!」

 そんな真面目な話だったのか。

「……はあ。それで、話しかけるって何を話すつもり……?」

「えーっと……それはねー……」

 珍しくげんちゃんが言い淀む。いつもはバシッとかますのに。

「えーっと……どうすればいいと思う……?」

 何も考えていないらしい。いつもは勢いだけかと思いつつ何かと考えているのに。

 いや、やっぱりいつも考えていないかもしれない。

「……わたしに聞かれても……」

 まあしーちゃんは元から乗り気じゃないしね。

 ここは私の出番だろうか。

「はいはーい。私に発言権をくださーい」

「うむ!いいぞ!存分に話すがよい!」

 何か意見が出そうだからか、げんちゃんが立ち直る。

「それでは話しますとねー。普通に話しかけていいんじゃない?」

「えー!それじゃ話す内容がないじゃん」

「……そうですね。近くに何か提出物があるわけでもないし……。話しかけるきっかけは少ないと思います……」

「そうだよ!これじゃ内容がないようですだよ!」

 最後のは言いたかっただけだろ。

「いや、適当に気があるふりでもして、好きな物は?とかタイプは?とか聞いてみればいいじゃん。それで最後は玉砕した感じにすれば」

「……いや、それじゃあとが気まずくないですか……?クラス内の立ち位置も微妙になるし……」

「いや、クラス内立ち位置とか今更」

「…………」

 しーちゃんはそれを言われると弱いのだろう。そのまま押し黙ってしまった。

 一方、げんちゃんはというと。

「……それだ!!」

 なんか納得していた。

 いやげんちゃんはクラス内立ち位置とか気にした方がいいと思うよ?マスコット的立ち位置で、意外にカースト上位だし。本人は気づいていないと思うけど。

「じゃあさっそく……」

「いやちょっと待ちなさいなー」

 流石に引き留める。

 自分から提案しておいてなんだが、げんちゃんにこの方法はあまり適切でないと思う。

「いまから五時間目だよー?ひとまず待って、機を窺う方がいいと思うよー?」

 とりあえずこれを言い訳にしておいて、げんちゃんを思いとどまらせる。

「じゃあ、いつするの?」

「今でしょ!じゃなくてだねー」

 つい乗ってしまった。

「変な時間に行って、冷やかしだと思われたりしたら、ろくな情報を獲得できないよー?だからひとまず待とう」

「む。確かに……」

 わかってくれたか。

「それでは!放課後!ひとまず様子を見ることにする!」

 どうやらまー君の観察はまだ続くらしい。


「この服がいいよー!」

「え!?そ、そうかな……?」

「……そう……?こっちのほうがいいと思います……」

 女子三人がワイワイと騒いでいる。

 いや、はたから見ると私も含まれているだろうから、四人かもしれないけど。

「これはどうかな!?」

「でもこっちも捨てがたい気がしない?」

「……えー……?」

 ここはショッピングモールにある普通の洋服屋だ。特別高級だったり、変な服が売られていたりするわけでもなく、高校生が普通に入るような服屋。

 なぜここで私たちは買い物をすることになっているのだろうか。それもやーちゃんとまー君同伴で。

 ちょっと思い出してみる。


 確か私たちは引き続きストーキング、もとい観察をするはずだったはずだ。

 それで放課後までは授業を受けつつ、こっそりと様子を見ていた。

 そして放課後。

 話しかけるか、観察を続けるか迷っていた時だった。

 まー君のところで声がした。

「あ……あの!」

「……!」

 まさかのやーちゃんアタックだった。

 私が自分の席で呆然としているとそこで響く声がもう一つ。

「どうしたのー?」

「は……?」

 さらにまさかのげんちゃん横入り。

 そこそこ長い殺し屋生活の中でも、ここまで驚いたことがあっただろうか。

 何やら話しているが、帰りがけの教室の喧騒に遮られて、よく聞こえない。

「そっかー!じゃあ……!」

 元気のいいげんちゃんの声だけが響く。

 なにを話しているのだろうか。こういう時、あまりいい予感は抱かない。

 しばらく三人で何やら話している。

「……何を話してるの、彼女……?」

 しーちゃんが話しかけてくる。

「いや……?わからない……」

 私も絶賛驚愕中だ。

 二人で静かに様子をうかがう。

 やーちゃんはなにをしに話しかけたのか。げんちゃんはどのような目的で横入りしたのか。

 気になる。が、あとでげんちゃんに話を聞くことができると思うので、おとなしく待つことにする。

 すると、話し終わったのか、げんちゃんがこちらに歩いてきた。

「ねえ二人とも!今からみんなで買い物に行こー?」

「「………みんな?」」


 回想終了。

 どうやらやーちゃんが勇気をもってデートに誘い、それにげんちゃんが割り込んだものの、やーちゃんからしても二人きりは流石にきつくて、遊びに誘ったという感じらしい。

 といっても、私たちまで来てよかったのだろうか。

「うーん、これがいい……かな……?」

 やーちゃんが試着室から出てくる。

「かわいいよー!」

 まあ、彼女らは楽しそうではあるが、肝心のまー君は店の外で待機中である。デートの意味がないようにも思う。

 ちなみに私は、服装とかを着飾るのにほぼ無縁の生活を送ってきたので、このようなところに来てもあまり興味がわかない。

 もちろん必要な時には着飾っていたが、好きですることはなかった。

「次これー!」

「え、えー……?」

 彼女らはやーちゃんを着せ替えて遊んでいるようだ。

 普通のTシャツからいわゆるダサTまで。ショートパンツからジーンズまで。その他いろいろな服装を試されていたが、大体どれも感想としてはかわいいと言っとけば何とかなる。

「じゃあ、次はあなたが着てよ!」

 やーちゃんがついに耐え切れなくなったのか、服をげんちゃんに押し付ける。

「えー?似合うかなー?」

 渡されていた服はひらひらとした感じのちょっとよさげなやつ。

 どうやらげんちゃんは自分にそれが似合うかが不安であるらしい。珍しいことだ。げんちゃんなら喜んで着そうなものなのだが。

「……きっと似合うと思いますよ……?」

「いやいやいや!これはあなたの方が似合う!はいこれ!」

 今度はしーちゃんに服が回る。

 この調子だと私にまでその服を着てほしい、と言われかねないので私はこっそりと離脱することにした。


 店の外にいるまー君のところに来た。

 彼はベンチに座って、スマホをいじっているようだった。

「何をしているんですかー?」

 スマホに夢中でこちらに気づいていないようだったので、真後ろに立って話しかける。

「うわっ!な、なにか用?」

 ほぼ初対面なので彼は少し他人行儀だ。

「いや、スマホに夢中のようだったので、そんなに面白いことをしているのかなーと」

「いや。別段面白いことをしていたわけではないよ。ただ暇つぶしにSNSみたり、アプリいじってたりしてただけ」

 スマホ依存症か。現代社会の闇だな。確かに暇だというのはわかるが。

「華の女子高生四人と一緒のハーレムデートだというのに、そんなつまらないものにぞっこんですかー?」

「い、いや、そんなことは……」

「まあ退屈ってのはわかりますけどねー」

 会話が途切れる。

 彼のどこをやーちゃんは好きになったのか。

 真面目なところか、優しいところか、実は努力家であるところか。

 なにをとっても普通な彼を好きになる要素はあまりないように私は思える。だが、人の感情はわからぬものだ。過去の心理的研究でも、現代科学でもその実情はわかっていない。

 もちろんいくつかの仮説は立てられているが、どれも確実な物とは程遠い。

 「好き」という感情もよくわかっていないから、彼のどこをどのようにやーちゃんが好きになったのかは私にはわからない。もしかしたら彼女自身でもわからないかもしれない。

 そして、彼が彼女を好きになるのかもわからない。

 例えば彼にタイプを聞いたとしよう。

 そのタイプが彼女と全く同じものだったとしよう。

 だが、だからといって彼が彼女を好きであるとは限らないのだ。

 人を好きになる要素は一つではない。

 だが、面白いほどくだらないことが好きになる要因にもなりうる。

 ゆえに恋のキューピッドとして私たちが挑戦したとしても、それが意味のあるものになるとは限らないだろう。むしろ逆効果になる可能性だってある。

 よくわからない「これから」のために何かをするよりかは、「現状」を知った方がはるかにいい。

でもそれは、ただ知るというだけ。そのほかに意味は無い。

 だから、これから聞くことはただの戯れ。

「まー君は好きな人とかいるんですかー?」

「………え!?」

 よほど驚いたのか、手に持っていたスマホを落としかける。

「な、なな、なんでそんなことを聞くの?」

 かなり動揺している。耳が真っ赤だ。

 もしかしたらこの人、やーちゃんに結構似た人なのではないのだろうか。

「いや、気まぐれでしてー」

「気まぐれって……」

「こんな四人の女子でハーレム作っているまー君なら好きな人の一人や二人、いや正妻一人に愛人の一人や二人いるんじゃないかと思いましてねー」

「な、なにを言ってるの!?そんな節操なしじゃないよ!?」

「えー?うっそだー」

 面白いほどの慌てぶりだ。だがその姿は、やーちゃんに少し重なる。

「それで、いるんですかー?」

 もう一度尋ねる。

「……………………………………いるよ」

 少しの沈黙の後、彼は答えた。

「ふーん」

「自分で聞いておいて興味なさげだな!」

 まー君が憤慨する。

 まあ、正直それほど興味はない。ただ戯れに尋ねて、答えてもらっただけだ。

 ただ、これは聞いておくべきだろう。

「それで?その方はどんな方なんですかー?」

「…………」

 再び沈黙する。

 なんだ。まー君が聞いてほしそうだったから尋ねたのだが。まだ心の準備ができていなかったのか。

「………一目ぼれ……なんだ」

 しばらくの沈黙の後、彼は答えた。

「……ほう」

「理由なんてない。ただ、一目見た時にきれいだと思ったんだ。そして少しだけ憧れた。なんだか彼女が特別に見えて、それで……」

「……自分で言ってて恥ずかしくないですかー、それ?」

「…………」

 またまたまー君は押し黙り、うつむいた。

 だがその横から見える顔は、先ほどよりも数段赤い。

 そんなに恥ずかしがるくらいなら、言わなければいいのに。

 だが相手は複雑怪奇な思春期の男の子だ。

 みんなに言いふらしたいけど、胸に秘めたい。好きなのに嫌いだと思いたい。全てわかっているのになぜかなんにも理解できない。

 そんな少年なのだ。

 精神だけでも年上としてわかってあげることとしよう。

「まあまあ、それで好きな人がいるのにこんなハーレムしていていいんですかー?」

 やっぱり少しだけ追い打ちをかける。

「い、いやそれは……!だって……」

 その人に誘われたから、と聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で付け加える。

「ほうほう」

 すべて納得だ。

 つまりこうだ。

 やーちゃんが好きな人を誘う。まー君は好きな人から誘われる。でも両方とも二人きりは緊張するから、げんちゃんの同行を認めたら、なぜか私たちもやってきた、というわけだ。

 完全に両想いじゃん。というか、あれ、これ私たちただの邪魔ものじゃね?

「何をわかったような顔しているんだよ……!」

 私がニヤニヤしていると、まー君に怒られてしまった。

「いやー?いいじゃないですか?人の不幸と恋バナは蜜の味ですよー?」

「それはただの性格悪い奴じゃないかっ!」

 私たちが仲良さげに話していると、突然殺気を感じた。

 殺気。それは人を殺す人間の呼吸、表情、動き、緊張、その他の行動を受け取り、それを無意識的に処理し、総合的に判断して出力されて感じる「人を殺す心理の時の無意識的行動」だと思っている。

 要はなんとなく感じる、人を殺すというやる気のことだ。

 その殺気というものが実際何なのかはわからないが、確実なことが一つ。

 誰かが誰かを確かに殺そうとし、それを実行する直前まで思考したということだ。それも私の近くで。

 私はこの感覚を結構信頼している。

 殺し屋時代にはこの感覚に何度も助けられている。

 警戒レベルを跳ね上げ、さっと周囲を見回す。

 だが近くにいたのは店員らと、今戻ってきたのであろう我らが友人たちだけだった。

「たっだいまー!」

 明るいげんちゃんの声が響く。

「おかえりー」

 私は周りを警戒したままで、彼女らに対応する。

 すでに殺気は感じていないが、その正体はまだわかっていない。

――誰が誰を殺そうとした?

 笑顔の下でほの暗いことを思案する。

「いい服は見つかりましたー?」

「たっくさん!」

「……疲れました……」

 笑顔で見ているこちらがまぶしいぐらいのいい答えを返すげんちゃんに対して、しーちゃんは疲れ果てた顔をしていた。

 きっといろいろ着せ替えさせられて大変だったのだろう。

 しーちゃんには内心同情する。

「どうでしたか、やーちゃん?」

「……え!?うん、とってもおもしろかったよ!?またみんなで一緒に行きたいね!」

 どこか違和感を感じる。

「よし、みんな帰ってきたか。どんな服を買ったの?」

 まー君は呑気なものだ。

 だが、最終的にどのような服を買ったかは私も気になる。あんなたくさん試着していたのに、どういう基準で選んだのか。

 殺気は全く感じなくなっていたので、とりあえず最低限の警戒だけは維持して、通常運転に戻ることにした。


 夕方になり、もうお開きの時間となった。

 あれから、ドーナツを食べたり、ゲーセンで遊んだりと、私としては目いっぱい遊んだつもりだが、他はもう少し遊び足りないようだった。特にげんちゃんは。

 その間、殺気も感じず、ほとんど忘れかけていた。

「じゃあ、帰るか」

「まだ遊び足りないよー!もっと遊ぼうよー!」

「……明日も学校あるんだから少しは勉強しとかないと……」

「えー!」

「ま、まあしょうがないよ、ね!」

 みんなは少しずつお帰りムードになっていく。

「ね!また遊ぼうねー!」

「……うん、まあ……」

「ねー!」

 げんちゃんはいつでも元気だな。正直私はかなり疲れているのだが。

 私はまー君のところに近寄る。

「がんばってねー、まー君?」

 私は激励のつもりで話しかけただけなのだが、その時、再び殺気を感じた。

――ああ、そういうことか。

 それで私はわかった。

「じゃあ、これで」

 みんなはそれぞれの帰路へとつく。

 私とげんちゃんは同じ方向だが、他はまったく別の方向だ。

「ごめんねー、げんちゃん。私寄り道して帰るからー」

 だが私はげんちゃんとは同じ方向にはいかなかった。

「えー?じゃあ一緒にいくよー!」

「いやいや、私にも一人になりたい時ぐらいあるのさ!」

「うーん、そっかー!」

 適当にはぐらかしたら、納得してくれた。素直でよろしい。

「じゃあまた明日ね!」

 げんちゃんは一人で帰っていった。


 さあ、私の目的を果たそうか。


 私は走った。

 そう速い速度ではない。そのうち相手に追いつけばいいのだから。

 それに、特に相手をどうこうする気はない。だから人目につかないようにする必要はない。

 最低限目立たなければよいのだ。

 しばらく走った後、彼女に追いついた。

「ちょっと待ってくださいよー、やーちゃん?」

「え、え!?あなたの家はこっちじゃないでしょ!?なんでこっちに……!?」

「まあ色々あるんですよー」

 やっぱりやーちゃんはすぐに驚く。その姿はいつ見ても面白い。

「少しお話したいと思いましてー」

「え?話?」

「とりあえず歩きながら話しましょー」

 そう言って私はやーちゃんの横を歩き始める。

「ちょ、ちょっと待ってよ!何の話?」

「まあまあ」

 やーちゃんをなだめながら、横を歩く。

 しばらく歩き、道端の人も少なくなったところで口を開いた。

「ねえ、やーちゃん」

 静かに声をかける。

「何?」

 すっかり落ち着いたやーちゃんも静かに答える。

「やーちゃんは、本当にまー君のことが好きなの?」

「好きだよ」

 即答する。

 ここまでは予測していたことだ。

「どれぐらい?」

「まあ、普通じゃないかな?普通に誰よりも好き。って、なな、何を言わせんの!」

「ふんふん」

 やーちゃんが当然のように答えた後に、自分の発言に気づいて顔を真っ赤にする。

 だがここまではただの前座。ただの前置き。

「じゃあさ、もしもの話。もしもですよ?もしもやーちゃんが告白して、失敗してしまったら、どうする?」

「失敗?」

「フラれたらっていうこと」

「そんなこと考える必要はないわ。だって、そんなことはありえないもの」

 それはただの自分への自信か、もしくは傲慢か。それとも、それが起こり得ないようにナニカを実行するということか。

 「だからもしも、ですってば。そのような仮定を考えてみてくださいって言ってるんです」

「うーん。そんなことは万に一つもないけど。そうね。もしもフラれたら……」

 やーちゃんが立ち止まり、私の方を向く。

 私たちの間に冷たい風が吹く。

「そうなったら。そうなったら彼を家に連れて行って何度でも何度でも何度でも何度も何度も何度も何度も何度も何回でも何十回でも何百回でも何千回でも何万回でも何億回でも何兆回でもあたしを確かに心から愛してそれをちゃんと心から私に伝えてくれるようになるまであたしがしっかりと愛情を伝えて注いで献身して奉仕して彼があたしのこと意外になにも見えなくなるようにあたしのことだけをちゃんと見てくれるように彼のすべてをあたしに染め上げてあたしのすべてが彼で満たされるようになるまで彼に愛をささやいて愛を教えてあげるの」

 それはきっと、狂おしいほどに異常な愛。

「素敵でしょ?」

 彼女がほほ笑む。

 でも、その眼はどこまでも普通の恋心を映していた。

 彼女は確かに正常だ。

 彼女はどこも狂ってなどいないのだ。

 だからこそ彼女は異常。

 だからこそ狂っている。

 自らの異常を普通だと信じている。

「ふーん」

 でも、私にとってそんなことはどうでもよかった。

 これは確認。すでに分かっていたこと。

 彼女の愛の程を見定めたに過ぎない。

 愛のためにどれだけ狂うことができるのか。

 愛のために他人を殺せるか否か。

 ただ、それだけの確認。

 彼女らが両思いなのは見てわかる。片思いであることを仮定としても、それはあくまで仮定の話でしかない。

 だから、次こそが大本命。

「じゃあさ、次は告白が大成功したらどうする?」

「え、それって……」

「そう。告白して、自分も好きだって言われて、両思いで無事付き合うことになって。そうなったら何したい?

 いや、そうなったら、何をする?」

 二人は両想いだ。ならば問題は告白が成功した場合。

 その時、愛のために殺人を犯すことができるほどに正しく歪んだ彼女は、いったい何をするのか。

 いったいなにを望むのか。

 私には人を好きになった記憶はない。だから彼女の思いの一端ですらもわからない。

 だから尋ねる。

 だから答えてもらう。

「うーん、そっかー。確かにその時のことは考えないといけないよね。でも、もう何するかは実は決めてるの」

 そうだろう。

 彼女ほど彼を、愛を欲する者が何も考えていないはずがない。

「……して、その答えは?」

 続きを促す。

「その時はね……。彼を殺してあたしも死ぬの」

「なぜ?」

「……きっとね?告白が成功したときがお互い一番幸福なの。どちらも緊張から安堵に変化する。好きな人と結ばれたという安心感を得る。きっとその時は夢の中にいるようで、もしかしたらほんとに夢なんじゃないかって思って、目覚めたらこの幸福を手放しちゃうんじゃないかって思って。でもそれは現実で。だからそのときが一番幸福なの。でもそのあとからお互いのことをもっと知るようになってね?悪いところばかり見るようになってね?ケンカしちゃったりするかもしれない。最悪別れたりするかもしれない。そこまでじゃなくてもお互いが好きじゃなくなっちゃうかもしれない。

 お互いの「好き」はきっと永遠じゃない。「永遠の愛」なんて言うけど、そんなのはきっと嘘。そのうち何もかもが当たり前になって、何もかもが普通に思えて、好きでもなんでもなくなって、幸せなんかじゃなくなって」

 私はおとなしく話を聞く。

「だから幸せが確定しているその瞬間にあたしは殺すの。幸せを永遠のものとするために。だからその瞬間にあたしは死ぬの。「永遠の愛」を実現するために」

 狂っているのは彼女なのだろうか。

「それがきっと一番幸せな愛」

 それとも「好き」という感情自体がすでに狂いなのだろうか。

「それこそが、二人が永遠に結ばれる道」

 だが、分かったことが一つだけ。

――依頼はしっかり遂行することよ。

 あの女の声が脳裏に蘇る。

 依頼。

 そういうことか。

 目的もなんもわからないが、あの女の言っていることはわかった。

 確かに私はそれを頼まれなくてもやるだろう。

「そっか」

 一言だけ、呟く。

「あ、あ、あ……!私、か、語っちゃった……!」

 突然、彼女は顔を真っ赤にし、その場にうずくまる。

「だ、誰にも言わないでね……?」

 その姿はどこまでも普通で、どこまでも正常で、どこまでも、ただの「恋する乙女」で。

 だからこそ、彼女はどこまでも歪み、狂い、異常だった。

「えー?どうしましょうかねー?」

 それでもやっぱり彼女は普通だったから、私も普通に答える。

「ほんとに言わないでね……!?」

「はいはい、秘密にしますよー」

「ホントのホントだからね!?フリとかじゃないから!」

「そういわれるとちょっとなー」

 異常な中身を異常と思わず、されどその表面は「普通」の姿でその中身を覆い隠して。

 そうやって私たちは、すっかり暗くなった帰路をそれぞれで歩いていった。


     ・・・・


 家に着いた。

 準備をしなければ。

 なんの?

 そんなのは決まっている。

 タンスを開ける。

 そこには服に隠れて、あるものが入っていた。

 だが、これでは足りないかもしれない。

 今回だけでなく、これからもあるかもしれないのだから。

 いや、確実に次もあるだろう。

 現在の所持物と流通ルートの確認、あとはまあ一応お金の確認も。

 事前工作も必要だ。

 するべきことはたくさんある。

 手伝ってくれるものは誰もいない。だから自分で調達するしかない。

 幸い、知識だけはある。

 可能なはずだ。


――さあ、これからは仕事の時間だ。


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