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あいつ、マジで死なねぇよ…(1)

――少し、昔の話をしようか。

 あれはいつの話だったか。皆の親世代の話だったかも知れないし、さらに前、祖父母、曾祖父母の世代の話だったかもしれない。さらに前だった気もしなくもない。

 まあそんなことはどうでもいいや。

 とにかく、それくらい前の話ってこと。その時代、いわゆる都会の方はとても栄えていた。人々が娯楽を求め、生活に貧富の差はあれど、結構多くの人が割と幸せだった。争いも絶えず、あくどいことをしている人もそれなりにいたけど、みんな楽しく暮らせていた。

 表向きは。

 では、裏ではどうか。

 幸福だったやつなんて、ごく少数だった。奴隷まがいのひどい扱いをされていた奴なんてざらにいたし、路地を歩けば力尽きた人間のゴロゴロと死体が転がっていた。それらもすぐに片付けられて、適当な廃棄場に捨てられるのだけど、そこには人間としての尊厳も何もあったものではなかった。ただ打ち捨てられるだけだから、その廃棄場はいつも鼻が曲がりそうな死臭で満ちていた。

 言論も上層部に都合のいいように制限され、なにか政府に都合の悪いことを叫ぼうものなら、すぐに兵に取り押さえられ、弾圧された。

 また、地方では、場所によるものの、ろくな食料もないところも多く、それすら高い租税で奪われていく。備蓄はおろか、その日の飯すらも満足に調達できないありさまだった。

 貧しい者は搾取されてさらにどこまでも貧しく。肥えた者は上からの甘い蜜をすすりさらに肥え太る。

 一部の富裕層以外は、幸せとは程遠い生活をしていた。それがその時代だった。

 これから語るのは、そんな醜い、けれども人間の本質の現れた時代の、とある不死者の話だ。


     ・・・・


 少年は走っていた。群衆の合間を縫って、息も荒く、誰かから逃げるように。

 少年の後ろから怒号が聞こえた。

 実際、彼は誰かに追われていた。

「チッ、やらかした……!」

 舌打ちとともに呟き、路地に入る。

 しかし、それが失敗だった。目の前にいたのは大きな男。男が少年の追手の仲間かどうかまではわからないが、狭い路地を通り抜けるのは、彼が邪魔となっていて難しい。

 後ろからは追手が迫っている。迷っている暇はない。

「ちょっと、どけよ!邪魔!!」

 一応そのように声をかけながら、無理やり押しとおろうとする。けれども少年の非力な力では、男はびくともしない。それどころか、男は押されていることにすら気づいていない有様で、少年は自らの非力を恨む。

 そんなこんなをしているうちに、追手が追い付いていた。

 万事休す。

 少年も、男を押しのけて通るのは諦め、追手の方に振り返った。

 追手は割と若めの男たち。と言っても少年よりも年上で、体つきも悪くない。人数は二人だが、まだ幼い少年に勝ち目はなかった。

 せめてもの抵抗で、少年は男たちを睨む。ついでに背後の男にも。

 そんな抵抗も虚しく。

――数分後。

 少年はボロボロになって路地に横たわっていた。

 頬は腫れ、目は潰れ、腕は本来あるべきでない方向に曲がっている。身体の各所から血が流れ落ち、狭い路地は鉄の臭いで満ちていた。

 どう見ても、死んでいる。

 このような時代においても、殺人は罪だ。発覚すれば刑罰は免れない。しかし、追手の男たちはその様子を見て互いに目を合わせるも、その表情に人を殺したという、焦りや不安の類は見えない。

 ほどなくして。

 みちみち、ぐちゅり、ぐちゅりべちゃごきりぐちゃ。

 耳を塞ぎたくなるような音が聞こえてくる。

 男はそれを見て、罵声を吐き、最後に唾を吐きかけ、路地を後にした。

 男たちが人を殺したことを心配しないのも当然なのだ。

 彼らはこの街の商売人。と言っても法に触れかねないことも平気でやってのける、あくどい商人ではあるが。

 そして、少年は彼らの常連だ。しかしそれは客ではなく、盗人の方だったが。

 男が少年の盗みを見つけてそれを捕まえるのは日常茶飯事のことだったし、それに対し暴行を加えることもいつものことだった。

 そして何より。

 少年は不死だった。

 それが男たちの暴行をエスカレートし、殺しにまで発展させた。殺人を、殺人ではなくさせた。

 ただ、それだけのこと。

 少年にとっても、そのような暴行は日常茶飯事だったし、殺されることにも慣れている。

 なぜなら不死だから。

 それゆえに、両親からも煙たがれたし、この街ではすでに物の怪の類とされて、ほとんど人間扱いなどされていない。本来ある程度裕福な家庭で幸せな生活が過ごせるはずの少年は、不死ゆえにそれが許されず、ただ迫害される日々を過ごしていた。

 これまでも、そしてこれからも、そのはずだった。

「ねぇ……、えっと、大丈夫……ですか?」

 そのはずだったのに、声が聞こえた。

 少年は自分にかけられた言葉ではないと判断し、横になったまま体を休ませる。不死であっても疲労はたまるのだ。たとえどれだけ無理のできるような身体でも。

「あの……血がたくさん出てますけど……生きてますか?」

 しかし、声は相変わらず聞こえてくる。

「え……もしかして死んでる……?え?どうしよう?死んでたら?えっと、どこに連絡すれば……兵隊さん?軍人さん?え?どうすれば……?」

 それでも無視し続けた結果、声には焦りが滲み始めている。明らかにこれは少年にかけられた声だろう。

 自分にかけられた声をこれ以上無視するのは精神衛生上よろしくないし、声の主が焦って本当にどこかに連絡してしまうのは少年にとっても望ましくない。被害者である前に盗人たる少年自身も罪人である。

 少年は体を起こし、声が聞こえてくる方向に振り返る。

「あ……!よかった!生きてたんだね!よかったー!」

 その姿は逆光で輪郭しか見えなかったが、その声の主は――彼女は、長い黒髪を揺らしながら、眩しく笑っている気がした。


 少年は少女と並んで歩いていた。もっとも、少年の顔は街中にその悪名とともに知られているので、大き目の外套をつけて顔が見えないように気を遣っている。

「ねーねー、その服ってまわり見えづらかったりしないの?目の上までかかってるけど」

「うーん、正直邪魔かなぁ」

「じゃあ、なんでつけてるの?」

「えー、趣味、かなぁ?」

 少年一人の時は、こんな妙な服などしない。こんな服では悪目立ちするだけだ。しかし、今は一人ではなく、少女と一緒なのだ。多少奇妙に思われたとしても、少女に、妖怪に拐かされているか、それ以上の悪評が立つような行動は慎むべきだろう。

 少年という化け物と一緒に行動しているとなれば、少女も同じとみなされて、何をされるか分かったものではない。

 とはいえ、それを少女に知られるようなことは避けたい。せっかくこんな自分にも優しく接してくれているのだ。できるだけ長くそれを堪能していたい。

 そう思うのはどこまでも独善的で、少女をだまし、最終的には傷つけることになるだろうということはわかっている。さらに自分も傷つくことになるとも。しかし、ひたすら傷ついた心に対し、少しくらい心休まることがあってもいいだろう。

――罰は、ちゃんと後で受けるから。

 だから少年は、今の状況に甘んじて、それを自ら壊すような真似はしないようにすることにした。

「変な趣味ー」

 少女は鈴の音のような笑い声をあげる。

 あの路地で少年と少女が出会ってから、少女は血塗れの少年に臆することなく近づき、傷の具合を確かめようとした。尤も、少年の傷はすべて癒えていたため、飛び散った血と倒れていた理由を捏造した際、少年はこういってしまった。

「お腹がすいて、ネズミを見つけたから食べようとしたけど無理だった」

 我ながらどんな言い訳だとは思うものの、可能性としてはありえなくはない。空腹で行き倒れている人間はこの街においても0ではない。そういった人間がたとえネズミであろうと食そうとする話は意外と知られている。

 だからだろうか。少女は割とすぐに信じてくれた。心の底から信じたかはわからないが、少なくとも表面上は信じてくれた。

 すると少女は、今度は少年の空腹を心配し、あれよこれよという間にいつの間にか街中を一緒に歩いて食事処を探すということになってしまっていた。

 その最中に随分と少年と少女は仲が良くなってしまった。

 少女は見ず知らずの少年に優しく接してくれる以上に、初対面という距離感を保ちつつも、徐々に親しくなるようその距離を詰めてくる。そのことに関して少年は決して悪い気はせず、むしろ居心地の良ささえ感じていた。きっと少女はそれを意識してやっているわけではないから、その対人能力は一種の才能と言っても過言ではないだろう。このような少女なら友人なども多く、仮に将来的に上に立つことがあれば部下にも慕われるような良き指導者となりそうだ。

 そんな不埒なことを考えつつ。

「ところでさ、お金はあるの?」

 なんとなくこれまで避けていた話題を、遂に少年は振ってみた。少女は何か食べ物を探して少年と一緒に歩いていたわけだが、どこであろうと基本的にお金は必須だ。十分、とまではいかずとも少女が食事にありつける程度にはあるのだろうと少年は内心高をくくっていたのだが、

「あるよ」

 そう言って、少女は腰に下げていた袋に手をいれ、取り出したものを手の平に広げてみせた。

「………………」

 そこにあったのは、硬貨数枚。確かに無一文とは言い難いが、二人で食事、どころか一人で満足に食事することすらも難しい。

 顔を上げると、少女はこれでどうだ、とでも言いたげに、どや顔でこちらを見ている。

「…………………えっと、非常に言いにくいんだけどさ……」

「?」

「これ、全然足りないよ?」

「?」

 少女の顔は、何を言っているのかわからない、という感じなので、分かりやすくもう一度ゆっくり言うことにする。

「えっとね、食事をするには、もっとお金が必要だよ。このくらいだったら、そうだなー、小さな芋一つくらいならもしかしたら買えるかも?」

 それも買う、というよりかは譲ってもらう、というレベルのものだ。

「………………」

「………………」

 沈黙が続く。

「………………芋一つなら、買えるんだよね?」

「………………うん、たぶん」

 この程度しかもっていない貧しい子供ならどこかの誰かが一人くらい憐れんでくれるだろう。

 そして、気まずくなった雰囲気を笑い声と歓声が唐突に破った。

「やったー!!お芋が買えるんだー!!!今日は豪勢だねー!」

 突然の大声に驚いて言葉を失う。しかしすぐに我に返り、少年は恐る恐る尋ねてみる。

「なあ、もしかして、お前、滅茶苦茶貧乏なんじゃ……?」

 少女の装いはこの街中では割と一般的であったため、それなりに裕福な家庭だろうと、少なくともこの街で平気で暮らしていける分には金持ちの家だろうと少年は勝手におもっていたが、どうやら違ったらしい。

「え、ちがうよ!貧乏じゃないよ、別に!ほら、この服だって、滅茶苦茶高かったんだから!」

 一般的な服を「高い」と言っている時点でお金がないことを露呈しているのだが、本人が否定したいところなのだ。無理に突くこともあるまい。突いた結果蛇が出てきたら大変である。

「……そう、だね」

 とりあえずここは肯定しておくべきところであろう。

「あ、今、心の中で葛藤があった気がする!あったでしょ!ねえ!」

「とりあえず食事にありつきに行こうか」

 いまだ、叫び続ける少女を無視しながら、少年はこれほど楽しい時間も生まれて初めてだな、と嬉しく思うのだった。


     ・・・・


 運よく、と言うべきかなんと言うべきか、食事にありつくことはできた。少年一人では不可能であったが、それなりに立派な装いをした少女のおかげであろう。ちんけな芋だけでなく、それなりにちゃんとした食事だった。ただし、場所は食事処ではなく少年の知らない誰かの家であったが。

 もしかしたら、少年の目深にかぶった外套が随分怪しまれたものの、顔を怪我してしまってあまり人に見せるようなものでもない、といった内容の少女の言い訳も少しは聞いてくれたのかもしれない。少なくとも家の人は、幼い乞食たちに憐憫の情で以って迎えてくれた。

 被った外套がズレないように気を付けながら、家を後にする。久々に摂った気がするまともな食事は、けれども少年の舌には味のしないものだった。

「おいしかったね!」

 対照的に少女はそんなことを少年に尋ねてくる。

「そう、だったかもね」

 少年はそれに対して曖昧に答えることしかできなかった。

「そんなことよりさ、君はどこに住んでるの?」

 話題を変えるべく、益体もないような言葉をかける。

「うーん、そうだなぁ、ま、適当なところかなぁ?」

 今度は少女の方が少年の問いに曖昧に応答する。

 お互いに中身のない問答をしつつも、珍しく腹の膨れた少年の頭ではそれを言及する気も起きず、ぼんやりとしながら並んで道を歩く。

「あ!」

 そんな中、唐突に少女が大きな声を上げた。

「うん、どうした?」

 見ると少女は、すっかり傾いて今にも沈まんとしている夕日を眺めている。少年もつられて夕日を見る。

「もうこんな時間なんだ……」

 名残惜し気なその言葉に、少年は少女の言わんとしている言葉を察する。

「帰らなきゃいけないの?」

「……うん、そろそろね。流石に真っ暗になっちゃう」

 帰る場所。少年にはそんなところはどこにもありはしない。少女にはそれが存在した。出会ってからの数時間で、幾分か少女と仲良くなったと思っていた少年。しかし、ここにきて少女と少年の隔絶された世界をまざまざと見せつけられている気がした。

「そう、じゃあ帰ろうか」

 そんなことはおくびにも出さず、少年は、ありはしない帰路につこうとする。少女も同様に自らの道につく。少年は、自分はこっちだから、と彼女とは反対の道を選ぶ。

 そこで、少年は少女とはもうここで終わりにするつもりだった。もう二度とは会わない、ひと時の幸福。この後お互いに幸せになれるかどうかなんてわからないが、少なくとも今の少女は楽しげだった。だから、決してそんな感情を得られない、そんな生き方をこれから過ごすのであろう少年は、これ以上少女の邪魔をするのはいけないと感じた。

 化け物だから。

 不死者だから。

 幸せなど得られはしない。今日の出来事はただの夢。そんな夢を見られただけでも少年には出来過ぎたものだった。

「さようなら」

 口の中でそう告げる。それはきっと少女の耳には届かなかったけれども。少年は確かに口にした。

 これでおしまい。夢から覚めるときだ。

 そうやって少年が背を向けた時、


「またね!」


 鈴の音のような綺麗な少女の声が聞こえた。

 振り返る気はなかったのに。決して振り返るまいと思っていたのに。

 少年は思わずその声に振り返ってしまう。その先には少女が大手を振って、ばいばい、と伝えている。

 けれども。

 少女の口にした言葉は。

――またね。

 それはただの言葉の綾だったかもしれないけど。少女にとってはただの別れの挨拶だったのかもしれないけれど。

 二度目の出会いを誓う言葉。

 出会いをこれで終わらせようとはしない言葉。

 「さよなら」とは違う、希望を乗せた「またね」

 少年はこれで本当に別れるつもりだった。二度と会うまいと思っていたのだ。

 でも。

 その言葉に、抑えていた欲が出てしまった。

 まだ別れたくない。もう一度。もう一度だけでいいから。

 だから。

「またね」

 少年もそう告げた。本当にまた出会えるかなどは分からない。実際はもう二度と出会えないのかもしれない。でも、少年は精一杯の希望を込めて、お願いを乗っけて、その言の葉を放った。

 それを聞きとった少女は満足げにうなずくと、はにかみながら笑って、今度こそ背を向けて自身の帰路を辿っていった。


 その姿を最後まで見送った後、少年も踵を返し、どことも知れぬ「帰る場所」へ、自らも歩いた。


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