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何も悪くありません!(2)

 いくらか日は過ぎ、げんちゃんも学校には来ず、それでもいつもと変わらずむしろそれが当たり前となりつつあった頃。その事件は起こった。

 ガタン、と机が倒れる音が、教室中に鳴り響く。

「ん?何事ですかねー?」

 突然の大きな音に、次の時間の準備をしていた私は思わずそこを振り向く。

「お前、うざいなー、邪魔、消えてー?」

 そして続く誰かの悪態。そこにいたのは、一人の女子生徒と、彼女に押されて倒れてしまったのであろう男子生徒が一人。

「すみませんすみませんそうですよねこんな奴が近くにいるの嫌ですよね消えた方がいいですよねすぐに消えますはいごめんなさい視界に映らないようにしますこの世界からも消えた方かいいですかそうですよねはい……」

 その後もぶつぶつと何やらつぶやいている男子生徒。

 流石にあそこまで卑屈にやられると傍から見ている私でもうざいな、うん。イラついて押し倒した女子生徒に同情しなくもない、ほんの少しだけ。

「え、何言ってるの?そんなこと誰も言ってないよ?ただ単にお前が近くでなんかずっとぶつぶつぶつぶつとしゃべってるのが邪魔なの。近くでそんなことされたら鬱陶しいでしょ?だからさっさと消えてよ」

 しかし、その当人たる女子生徒は、思ったほど怒っているわけではないようだ。確かにその口から出てくる言葉は怒っているように聞こえなくもないが、彼女はどこまでも純粋無垢な表情で不思議そうに顔をかしげている。

「そうですねそうですよねそういうことですよね生きている価値など皆無とはいわかってますよそんなことはわかってますのですぐに消えます立ち去りますはい……」

 ああ、これはあの男子生徒なんも話聞いてないな。というかなんであんなに卑屈なんだ、鬱陶しい。

 それでもなんだかんだで男子生徒はその場から立ち去ろうとする。皆の注目を浴びながらも、その視線に気づいていないかのようにうつむき気味にふらふらと教室を出ていく。

 その背中を見送った後、クラスメイトはひそひそと何やらつぶやきながらも、視線を逸らして、自分は関わりたくないという意を示す。

 私はしばらく彼が出ていった後の教室の扉を見ていたが、すぐに自分のやるべきことを思い出した。

 さっさと次の数学の授業の準備をしなければ。そういえば場所はこの教室だけど、先ほど出ていった彼はそれまでに戻ってくるだろうか。

 まあ、そんなことはどうでもいいな。


 しかし、事件はそれだけでは終わらなかった。いや、実際事件というほどではなかったではあるが。単に私にとって代わり映えしない日々において、唯一変化のあったイベントであっただけのことだ。

 次の日のことだった。

 みんながみんな、昨日起こった喧嘩まがいの騒ぎのことなど早くも忘れて、いつも通り登校し、そしていつも通り帰宅しようとしていた時だった。

「ねー、一緒に遊ぼうよー?あんた、一緒にいて面白そうだし?ねーねー?」

 件の女子生徒。彼女がまとわりついている相手は――。

「ほんとすみませんこんなごみ以下のハエの栄養にもならないようないても居なくてもこの世に影響を与えないどころかむしろ存在が悪影響いやそんな影響を与えているなんておこがましいやつでごめんなさいはい……」

 ……明らかに会話が続いていない。

 なせ、彼女はあの極端に卑屈な正直少しうざったいレベルの男子生徒に構っているのだろうか。昨日は近くにいるだけで激しくどついていたのに。

 この会話は、実はちょうど今始まったことではない。今朝からずっと彼女は彼に話しかけている。もちろん彼は話を聞いているようには全く見えず、噛み合わない会話をずっと続けている。

 そんな彼女らを、周りの人は最初の方こそ一瞬目を向けたが、昨日のことがあるためか、すぐに目をそらし、我関せずの態度を崩そうとはしなかった。

「……あの人たち、というか特に彼女、昨日とは一転した態度ですけど何なんでしょうかね……?」

 しーちゃんが近づいてきた。

「さあ?意外と何もなかったんじゃないですかー?単に気になっただけーみたいな」

「……適当ですね、貴女……」

 しーちゃんはそういうが、私は自分の言ったことはそんなに的を外したことじゃない気がした。特に根拠がある訳ではないが、彼女の目に着く行動を観察した感じでは、そんな難しいことを考えている人ではないように思う。気のせいかもしれないが。

 例えば、げんちゃんのように。

「ま、アレは私たちに関係はないでしょー。そんなに気にせずに、気楽に眺めていていいんじゃないですかねー?」

「……そうですね、仲良くする分には問題はないですしね……」

「問題は会話が成立していない分、そもそも仲良くできるかだけどねー」

 私たちが話している間も、「じゃ、どこ行くー?」「人と関わるなんて恐れ多いこんなクズ以下の人間社会の余りものみたいな……」といったような会話?が続いている。

 その様子を、しーちゃんと私は思わず凝視する。それに対した意味は無かったのだが。

「ん?なんか見てるー」

 ひたすら成立していない会話を続けていた女子生徒が、こちらにふと視線を向け、凝視する私たちに気付き、指を差してきた。

「…………私は用事があるので帰りますね……」

「そうは問屋が卸さんのよなー、それが」

 面倒ごとになることを察したのか、しーちゃんがそそくさとその場から立ち去ろうとする。それを逃がすまいと彼女の裾を掴む私。

「……服が伸びるのでさっさと話してくれませんか……?」

「用事なんてないんですよねー、実際?だから私に付き合ってもらいますよー」

 自分だけ面倒なことから逃げようだなんて甘いんですよ。にっこり。

 そんなくだらない攻防が密かに続いたが、いつの間にか彼女がそばにたどり着いていたことで、その戦いの幕は下りた。もちろん勝敗は、しーちゃんを逃がさなかった、ということで私の勝利でいいだろう。

「ねーねー、何でこっちを見ていたの?なんか気になることでもあったー?」

 彼女が質問してくる。ちなみにさっきまで彼女が話していた男子生徒は、腕を掴まれて連行されてきている。だが相変わらず卑屈な言葉をひたすらに吐き続けている。どこまでも自らの価値を下げるその語彙力は驚嘆に値するかもしれないが、どう見ても才能の無駄遣いだ。

「……え、えーと、別に貴女を見ていたわけではなくてですね……、空がきれいだな、と思いまして……」

 しーちゃん完全に目が泳いでる。というかなんだ、その誰がどう聞いてもバレるような下手な嘘は。

 案の定、目の前の女子生徒は疑わし気にジトー、とこちらを見つめ始める

「……えーとえーと、えっとですね……。あー、そうです、あの雲なんか、たこ焼きに見えませんか……?あれがなんだかおもしろくって……」

 ダメだ、これ以上しーちゃんを喋らせると自分で墓穴を掘り続ける結果になりかねない。これ以上しーちゃんが話すのは危険だ。

 そう思って、私が口を開けようとした瞬間。

「……だからですね……、えーと、たこ焼き食べに行きたいなーとか、ちょっと思いまして……、えー、あー、一緒に来たり、しますか……?」

 そういったしーちゃんの顔に汗が見え、耳が赤くなっているのはきっと暑さのせいではないだろう。というか教室はクーラーがガンガンに効いている。おそらく彼女は、自分でも今何を言っているか理解できていない。

 一番初めに面倒ごとを避けようとしたしーちゃん。それを引き留めたのは私だが。いま、完全に自分から面倒ごとを呼び寄せてるのは、そのしーちゃんだった。


     ・・・・


 この場所に遊びに来たのはいつぶりだっただろうか。この前しーちゃんと遊びに行ったのはここではなくショッピングモールだったため、実に久しぶりな気がする。

「……~~~~っ!おいしいです……」

 声にならない感嘆の悲鳴を上げている者は、隣でたこ焼きを頬張っているしーちゃんだ。いつだっただろうか、この光景を見たのは。随分懐かしいもののように思える。

「そのたこ焼き食べていいー?いいや、勝手に食べちゃうねー?」

 尋ねたものの、返答は待たずに無遠慮にたこ焼きをかすめ取る少女。だが当のしーちゃんはそれに対して大きな反応はなく、少女のなすがままになっている。

 ……たこ焼き、取られてもいいのか。

 今はいつかの商店街にいる。

 この前友人たちと一緒に来た時は、げんちゃんも一緒だったか。ここで確か誰かと出会ったような――。

 まあそんなことはどうでもいいな。

 私は集団の後ろの方に行き、皆の様子をうかがう。

 しーちゃんと少女は仲良さげに並んで歩いている。だが少女の手はしっかりと男子生徒の腕をつかんでいた。その様子は仲良さげな男女、というよりは罪人とそれを連行する看守のようである。少年の卑屈な呟きが、その様をさらにそれらしくみせている。

 というか相変わらず彼は会話が成立しているように見えないのだが、それでいいのか。

 そういえば、彼らの名前知らないな。と言っても例にもれず、彼らの名前など覚えるわけもなし。いつも通り勝手にあだ名でもつけておこう。呼ぶ機会があるかどうかは知らんけど。

「ねー、あんたもこれ食べる?」

 突然少女が目の前にきて、たこ焼きを差し出してきた。

 それに私は内心動揺する。私は彼女らのことを観察していた。彼らのことをしっかりと見ていたのだ。なのに。

 私は彼女が目の前に近づいたことに気が付かなかった。意識していたのに見えなかった。

 それはまるで私の意識の合間を掻い潜るような。

 彼女への警戒度を上げる。これが天性のものなのか、それとも、目の前の少女こそがあいつなのか――。

「……ぇ、ねー?聞いてる?ねぇってば!もういいよ!勝手に食べちゃうし!」

 はたと気が付くと、少女が頬をふくらませて拗ねたような顔をしていた。

「あー、ごめんごめん。話聞いてませんでしたよー。もう一回お願いできますかー?」

「何でもない!」

 彼女はそれだけ言うと、再び前方の二人に混ざった。

 これは完全に拗ねたな。もしくはこれすらも演技なのか。どれだけ本気に視えようとも、警戒を下げたりはしない。あいつは、「腐敗」は、これくらいの演技ならお手の物だろう。

 とにかく、仮にそうだとしてもそうやすやすと尻尾を出すとは思っていない。しばらくの間彼女のことを疑いながらも普通に過ごすことにしよう。

 今はできることなどほとんどないのだ、少なくとも今は。だから。

「どうですかー?今度は一文字違いでたい焼きでも食べますかー?」

 そんなことを話しながら、私は彼女らの輪のなかに混じりに行くのだった。


     ・・・・


 しーちゃんは意外とあの凹凸コンビと仲良くなったようだ。毎日遊びに行くわけではないが、割と頻繁に遊びに行っている。

 私はそこまで親しくなったわけではないが、しーちゃんのお供という名目でよく一緒にいたりする。その本音としては、正体の疑わしい少女が実際のところどうなのか、ということを見極めたいといったところなのだが。

 関係ないけど、私はいつもこんな感じで誰かの見張りみたいなことをしてないだろうか。まあ、性分みたいなところがあるからそれは仕方がない。

 だがこの数日、彼女らの様子はどうも普通の関係ではないように見える。一見は普通なのだ。普通の友達。しかし、どう見てもあの女子生徒と男子生徒との間にコミュニケーションが成り立っていないし、彼女も特に伝えようとしている意思は見受けられない。より正確に言うならば、自分が言いたいことをひたすらに話すだけ。

 その様は、まるで相手のことを考えない幼い子供のようである。思えば言動も見た目の割に非常に子供っぽい。

 そんな彼らがなぜ一緒にいられるのだろうか。どう見てもその関係はおかしいのに。


 そんなある日のことだった。私は珍しく担任の先生に呼び出された。

 ホームルームが終わったら、職員室に来いとのお達しである。

 なにがまずいことやってしまっただろうか。いや、まずいことなら……、まあ、校則だけじゃなく法律的にもやばいことも色々やっているけれども。

 かといってそれがばれていたら行くのは職員室ではなくて刑務所である。職員室にわざわざ呼び出されたということは、学校に関する何らかの事項であるだろう。

 さて、何の話をされるのだろうか。

 がらりと扉を開ける。

 おっと、間違えた。普通ノックからだよね。しかし、すでに開けてしまったものはしょうがない。そのまま用件を伝えるとするか。

 担任に呼ばれた旨を伝えると、手招きされたのでそこまで歩いていく。

 そこで伝えられた内容は、そう大した話ではなかった。

 ただ単に、あの女子生徒が例の男子生徒に対して暴行を働いていたのを誰かが目撃した、というだけのものだ。

 誰が言い出したのかもわからない。その真偽すらも微妙。そんな噂のような物。本人たちを呼んで尋ねてみればいいのではとは思ったが、それをする意味は正直ないだろう。事の真偽が曖昧なのにそれを聞いてみても、しらを切られて終わりだ。真実は到底見極めきれない。

 とはいえ、そんな無駄な行為であってもわざわざ当人らにそれを尋ねるという、無駄の多い組織が学校であると思っていたが。外堀から埋めていくとはずいぶんずる賢くなったものだ。

 それはさておき。

 話は終わり、その結論。それは「彼らの関係を見てみて、噂が本当のようならそれを止めてほしい」ということだった。

 なるほど、最近私やしーちゃんが仲良くしているのを見て、なんだかんだで、ある程度担任との信頼関係が築けている私に白羽の矢が立ったわけか。しーちゃんはああ見えて、いやあんなだから不愛想だし、正直若干コミュ障だし、人望という面では意外と低い。そこそこのカーストを獲得している私がその依頼を受けるのは当然の流れと言えよう。

 だから、その依頼に対して私は。

「承りました」

 一言、それだけを答えた。


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