表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/27

何も悪くありません!(1)









――何もない、ヒトだった。

 馬鹿で記憶力も悪い、何もできない、何もわからない。そんな、空っぽのヒトだった。

















――伽藍洞だった。

 誰からも評価されなくて、ヒトとすら扱われなくて。だから、どこまでも虚無だった。










     ・・・・


 あれから数日。

 私とふー君といんちょーの三人で――。


/.,:]/.[@;@[;]:/.]:.]:/;.}*`+}*>?*PO=`)(‘&%()=`*+><*+POI9876tyhJLKJNHBGHY.\:;@[\;.:


 私とふー君の二人であの歪な引きこもりの家に行ってから、すでに数日が経過していた。

 あの家において、私は全身火傷だらけで、片腕に至っては完全に潰れていたはずだが、まるですべて夢であったかのように、あの家を出たら何事もなく治っていた。

 一瞬、本当に夢だったのではないかとすら思う。

 ふー君に関しては正直何も心配していなかったが、流石は不死者といったところだろうか。私が家から出た後まるで何事もなかったかのように、外で待っていた。

 そしてもう一つ。

 つい先日、私はもう一度あの家を訪れてみた。

 あの引きこもりを殺したのは確かだし、あの歪な世界における死はどのように処理されるのか、少しだけ気になったからだ。

 あの少女が死ねば、あの世界は矯正されて元に戻るのだろうか?それならばあの大量の肉塊たちはどうなるのだろうか?あの母親は?

 すべてが歪んで、壊れて、世界がひしゃげて、潰れて。そんな奇怪なあの世界は、あの少女の亡き今、どのように遺されるのだろうか?

 私はそれが気になった。だから見に行った。

 だがそこで待っていたのは、新たな非現実だった。

 そこには何もなかった。唯の、空き地と化していた。

 元から何もなかったかのように、跡形もなく。それどころか、その存在すらも朧気なものと化していた。

 あの場所で何を話したか、どんな人間だったか。クラスメイトからの記憶からすらも、それが消失していた。

 本当に、夢だったんじゃないかとも思う。

 でも私の記憶には、この手には。しっかりとその命を奪った感触が残っている。何よりも確かな感覚。

 誰しもの命は軽い。

 でも、その命は私にとってとても重かった。

 私の心に引っ掛かるものがある訳でもない。どこか罪悪感を引いているわけでもない。ただただ重かった。それだけだ。

 あの少女は最後に、「元凶は「腐敗」の人」であると言っていた。それは、この手の感触とともにしっかりと覚えている。

 覚えているからと言って何をするわけでもない。だが、気になりはする。その「腐敗」が何をもって、何が目的で私を生き返らせたのか。

 目的によっては、もちろん……。

「……何を考えこんでいるの……?」

「え……あー、なんですかー?私、そんな難しい顔してましたー?」

 突然、というわけでもないと思うが、いきなりしーちゃんに話しかけられた。考えこんでいた私は、それに少しだけ動揺してしまう。

「……いや、別に……。そんなに難しい顔はしてなかったけど……。ただいつもよりぼーっとしてる感じはしたね……」

「も、し、か、し、てー?心配してくれてるんですかー?全くしーちゃんはツンデレだなー?可愛いやつだなー」

「……死んでください」

「辛辣だなー」

 いつもと変わらない日常だ。引きこもり一人消えても、それに誰一人として気づいちゃいない、その存在すらも認識しない。

 あの少女は何で、最後に自分の存在を消したのだろうか。もしかしたらそれは単に能力の代償であるだけかもしれない。だが、きっとあいつは故意に消した。なぜかそれだけは確信していた。

 なんにせよ、それは私たちの日常に関与しない。元からいなかった存在が本当に消えただけのことだ。何も変わりはしない。

 だが、変わったことと言えば一つだけあった。

「……げんちゃん、今日も来ないねー」

「……そうですね……」

 げんちゃんが学校に来なくなっていた。それは、ちょうど私があの家に言った翌日から。

「なんか理由でもあるのかねー?」

「……」

 ちょうど私が明らかな異常に巻き込まれた後の話だ。それと何か関係しているのではないかと、思わず勘繰りたくはなる。でも、それは流石に考え過ぎだろう。

「そろそろ一度、お見舞いにでも行ってみるー?」

 だからと言って、流石に心配なのでそう提案してみたものの。

「……ダメ……」

 あまり強い語調ではないが、しーちゃんにその提案は却下されてしまった。

「だめかー」

 まあ、そんなに深刻に考えることでもあるまい。先生の話では普通の風邪であるらしいし。そのうちひょっこり帰ってくるだろう。その時にまた何事もなく笑顔で迎えればいい。

 うん、そうだ。

 今できることも大してあるまい。ならばそれが最善の策であろう。

「じゃ、今日どっか遊びにでも行くー?」

「……どこに行く気ですか……?」

 唐突な話題転換。だがそれについてこれるようになってきたしーちゃんも成長したものである。

「いやー?特に行き先は決めてないけどー?ただ放課後、私は暇ですしー?どうせしーちゃんも暇だと思いますしー?だったらどっか遊び行こっかー?みたいなー?」

「……適当が過ぎますよ、ソレ……」

「まあまあいいじゃないですかー」

 ここはごり押しだ。諦めて暇な私の遊び相手となるがいい。

「……わかりましたよ……」

「これは、勝ちましたねー。おっとつい本音が」

「……本音出しましたね……」

 そうは言いつつも、すでに覚悟を決めた様子。

「では放課後、適当にぶらりとしますかー」

「……はいはい……」

 それを言い終わった瞬間に、タイミングを計ったかのようにチャイムの音が鳴る。

 今は昼休み時間なので、気の長い話ではあるがあと二時間くらいの授業を受けなければならない。ああ、だるいだるい。

「それでは教室に戻りますかー」

「……そうですね……」

 しーちゃんと二人で教室に戻りながら、私は再びあの引きこもりの家事件について考える。

 そこで私は、一つだけ疑問が浮かんできた。

――私たちはなんで、あの引きこもりの家に行ったんだったか?


     ・・・・


 ジージージージー、シャワシャワシャワシャワ、ジーーーーーーーーー――。

「暑いなー蝉の声が煩いなーさっさと黙ってくれんかなー……」

「……だから言ったじゃないですか……外を歩き回るんじゃなくってウィンドウショッピング的に室内をぶらぶらしましょうって……」

「だって室内って新鮮味に欠けますしー?どこも同じような内装ばっかだしー……」

 季節は真夏。いつの間に梅雨が終わり、じりじりと照り付ける太陽がやってきていたのだろうか。

「……だからと言って普通、外を、しかもこんな日の照り付けるような場所を歩き回りますか……?」

「そだねー……」

 正確な気温はわからないが、体感40度くらいある気がする。たぶんというか、ほぼ確実にそこまで高くはないだろうが。

「……とにかく、どこかで休みませんか……?」

 現在、歩き回ること数十分。そこまで長い時間歩いたわけではないが、とにかく暑い。確実に夏が私たちを殺しに来てる。

 やはり目的もなくふらふらと歩き回るのはあまり得策ではなかったようだ。

 私は、しーちゃんの提案に言葉で答えるようなことをせず、しかし進行方向は確かに影の方へ吸い寄せられていく。

「ここから冷気がー……」

「……貴女、蜃気楼でも見えてるの……?さっきから言動がかなり怪しいですよ……?」

 心外な。私は自らが快適になるであろう方向へ進んでいっているだけだ。ただし感覚のままに。

「……とにかく涼しいところに行きましょう……?貴女、かなり雰囲気やばいですよ……?」

「いこーいこー……」

 あまりまともに働いていない私の脳みそ。それに従って動く私の身体。それらが意味することはたぶん一つだけ。

「……とにかくさっさと行きますよ……」

 いつもとは違う強引さを示し、しーちゃんが私をぐいぐいと引っ張っていく。

「あーれー……」

 それに抵抗することもなく連行されていく私。どこに行くのかはわからないが、しーちゃんが選ぶのだから、きっと悪いところではあるまい。


 ふと気が付くと、そこは近くのデパートのとあるベンチだった。

「あー……、生き返る―……」

熱でやられかけていた私の頭が、デパート全体に行き渡る冷気で冷やされる。いつの間にか手元にあったペットボトルの水を勢いよくあおり。

「……はぁ、熱中症になりかけるとか、体調管理ぐらいしっかりしてくださいよ……」

「いやー、ごめんごめん、ほんとに自分でもこんなに体がやわだとは思わなかったものでしてー」

 私は夏の気温に敗北し、ふらふらとし始めたあたりでしーちゃんにここのデパートまで連れてこられたのだ。このペットボトルの水だって、しーちゃんがわざわざ自動販売機で買ってきてくれたものだ。

「いやー、ありがたやありがたやー。ほんと、持つべきものは友達だねー」

「……そんなお礼をするくらいなら、今は体調が戻るまで休んでてください……」

「はいはいー」

 そんなやり取りをして、何気なく私は周りを見渡す。

 現在時刻は大体5時くらい。放課後ということもあるのだろう、このデパートはかなり人通りが多い。私がよく行くのはここの近くの商店街だが、やはりというべきかこのデパートはあそこよりも栄えているように見える。今はあの商店街もそれなりに人がいるが、いつの日か閑古鳥が鳴くようになって、シャッターを下ろした店が目立つようになるのだろうか。

 まあ、そんなことを考えてもしょうがないが。

「ところでし-ちゃん。このデパートでなんか気になることでもあるんですかー?」

 いつも無表情、というか若干幸薄そうな表情のしーちゃんが先程からそわそわしているように見える。そこまでいつもとは変わらないため、誤差の範囲のような気もするが。

「…………え?いや……、そんな気にすることでもないですが……、ただ、ここ品揃えが豊富だなと思って……」

 その視線はフロアの一角に固定されている。その視線を辿ってみると。

「洋服、買いたいんですかー?」

 そこにあったのはどこにでもあるような洋服屋。あんな感じの店なら商店街にもあったと思うのだが。もしかしたらしーちゃんの琴線に触れるような好みのデザインが多かったのかもしれない。

「…………いや、別に……。特に欲しいものがあったとか、あれ可愛いなとかそんなことは微塵も思ってはいませんけど……」

「……割と日頃から思っていたけど、しーちゃん結構分かりやすいですよねー」

 あまり表情が変化しない割に、その言動に彼女の感情は豊かに表出する。今のしーちゃんはどう見てもあの洋服屋に行きたがっている。

「じゃ、あっち行きますかー?」

「……別に行かなくてもいいですけど。特に行きたいわけでもないですし……」

 いや、どう見ても行きたがってるだろ。そんな突っ込みは喉元に抑え込み。

「んー、じゃあ私が行きたいので、早速行きましょうー。もう体調もすっかり良くなりましたし。ほらほら、レッツゴー!」

 いちいち面倒臭い女子高生の本音を優先するためにも、私は多少強引にしーちゃんを連れ出したのだった。


 そういえば忘れていた。

 いつだったか、どこかのショッピングモールでしーちゃん、げんちゃんと他数名の人間と洋服屋に来たことがあったじゃないか。あの時のことをしっかりと思い出して反省するべきだったかもしれない。

 しーちゃんが更衣室にこもってからどれくらいの時間が経っただろうか。いや、悪いのはファッションに微塵も興味がわかない、女子力皆無な私の方なのかもしれない。うん、きっとそうだ。うんうん。

「そろそろ決めましたー?」

 ここに来た一番の目的は確かに暇潰し兼遊ぶためだ。そういう意味でしーちゃんの暇潰しはしっかりとなされていると思うのだが。

「これじゃ、私はただの暇人と変わりないんですけどねー」

 聞こえないようにポツリとつぶやく。

 そんな私とは関係なく。

「……ちょっと待ってください、あと少しで決まりそうです……」

 しーちゃんはしばらくの間自分の世界で自分の好みを求め続けた。


 幾ばくかの時間が経ち。

「……良い買い物をしました……」

 いつものしーちゃんの表情がこころなしか、少し幸せそうに見える。ちなみに彼女が買った洋服を一応見せてもらったのだが……、ここでは何も言わないでおこう。友達のファッションセンスを尊重して上げるのも大事なことだ、たぶん。

「これからどうしますー?ゲーセンでも行きますか―?」

 ここのデパートはゲーセンがしっかりと備わっている。先ほどちらっと見かけただけではあるが、例の太鼓叩きまくるリズムゲームやどこぞのキャラが甲羅などのアイテムを駆使しながら競うレーシングゲーム、ゾンビを打ちまくるシューティングゲームなど、結構充実したゲームセンターの雰囲気を醸し出していた。実際のところは行ってみないとわからないが、遊びに行ってみる価値は十分あるだろう。

「……え……?ゲームセンターですか?あそこは騒々しいのであんまり好きじゃないんですよね……。まあ、無理にでも行きたいのであれば我慢しますけど……」

 しかし残念ながらしーちゃんは乗り気ではないようである。行けばきっと楽しいのに。

「うーんじゃあ、どうしましょうかー?」

 そう言って歩き出そうとした私はあるものが目に留まった。そこで私は思い出す。今は夏。そして我らが担任がホームルームの時に少しだけ触れていた事項。

「……そういえば、そろそろプール解禁ですね……」

 しーちゃんも同じものを目にしていたようだ。

 どうせ水着も同様にしーちゃんは時間がかかるだろう。だったらもうこれを買ったら時間もいい感じになる可能性が高い。よし、これで行こう。

「しーちゃん。今度げんちゃんも誘ってプールにでも行きましょうかー?」

「……まあ、いいんじゃないですか……?」

「じゃあ、私水着持ってないんで一緒に選んでくれません?」

 私はそう提案した。提案してしまった。あまりに軽率にも。

「……いいですよ……?」

 心なしかしーちゃんの目に輝きがあるような気がしなくもない。だがそんなことには全く気付かずに。

 この時の私は、これからさらに長いしーちゃんの謎のこだわりに付き合わされることになるとは微塵も知らなかったのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ