殺し屋としての最期
カランコロン。
扉についている鈴の音がした。それはこの部屋の扉が開閉されたということを意味する。
人の気もなければ、客人を出迎えるような雰囲気の欠片すら無いこんな場所を訪れる輩は十中八九、普通ではない連中だ。
とりあえず客を出迎えはしているよ、という体裁だけでも一応は整えるため、私はソファから体を起こす。
こんな店でも客商売ではあるのだ。客の信用が失墜してしまうことはこちらとしても望むところではない。そんな普通の客がいないのだとしても。
といっても扉が開いてからここにたどり着くまでの距離は、1DKのこの部屋ではほぼ皆無といってもいい。結果、まあ私のだらしのない姿はばっちり見られてしまったわけだが、あたかも初めから起きていましたとでもいうようにまじめな顔をして話し始めることにする。
「はい、どのようなご用件でしょうかー?」
営業スマイルもバッチリで完璧な対応である。自画自賛する。ここではじめて、訪ねてきた相手をまともに見る。
どうやら今回の客人は女性のようだ。もしかしたら女装している可能性もあるにはあるが、少なくとも服装は女物だ。だがその服装は黒一色で、それは喪服のように見えて、不謹慎ながらも葬式の帰りだろうか、なんてことを考えてしまう。まあ、葬式の後にこんな場所に来るやつもたいがいだとは思うが。
と、ここまで考えても相手方はずっと黙ったままなので、私はなんか失礼なことでもやってしまったかと少し不安になる。もちろん先ほどの醜態はとっくに記憶の彼方である。
「えーっと、とりあえずそこにお座りください」
すでに客への対応として失格な気もするが、それでも何とか挽回しようとして、着席を勧める。もしかしたら座りたかっただけかもしれないしねー、うん。今までの奴は勝手に座っていたけどこんなやつもいるかもしれないよねー。とか何とか自分をごまかしつつ、相手の様子を観察することにする。
よくよく見ると相手は息が少し荒くなっていた。もしかしたら単に緊張していただけかもしれない。その可能性は十分にある。
ここは表向きでは何でも屋的な感じとして営業しているが、その実はただの殺し屋さんだ。もちろん非合法。いや、確かに昔は街の便利屋さんとして建てたはずなのだけど。
ここに依頼するということはつまりは誰かの命を奪いにきたことと同義。誰かを殺すのに緊張や躊躇のない人間はきっと頭のおかしくなった奴だけだろう。
しばらく沈黙が続き、ついに女性が口を開ける。
「あの……、えっと……」
再び沈黙が訪れる。私は女性が用件を言うのを黙って待った。そして、意を決したように彼女は言う。
「死んだ…あの人の……!死んでください…!」
唐突ではあるが、さして驚きもしない言葉だ。
言葉は途切れ途切れだが、どうやらこの女性は私を殺しに来たようだ。「あの人」とかいう単語から察するに、復讐かなんかだろう。心当たりなんてものは星の数ほどある。
彼女は懐から包丁を取り出し、私に突き刺そうとする。なるほど、確かに家庭にある殺傷力の高い便利な得物といえば包丁だろう。やはり彼女は本気のようだ。
そのことを認識すると、私はその刃を避けずにおとなしく刺されたうえで、こう返した。
「……承りました。対象は私……、ということで…いいですねー?では……代価の話ですが……」
「えっ……!」
彼女は驚いたような顔をする。こんな状況で代価を要求するのが意外だったのか、それともこれを私が依頼として受け止めたことが意外だったのか。
「なんで……!そんな話を……!あなたは殺されるんですよ!?私に……!」
両方だったのかもしれない。
だが私が殺されることなんてことはどうでもいい。
このような仕事をいくつもこなしていたら、そのうちどこかから恨みを買うこともあるだろう。いや、確実に恨みを買う。そんな輩に殺されることだって十分にありうる。
だから私は人を殺すことを考えた時からすでにその覚悟はできている。そして私は、ここに来た者の私への直接の依頼に関しては絶対に遂行する。
選り好みもしない。
だから依頼を受けた以上自らの生死すらも私にとってはどうでもよく、大事なのは依頼を達成することと代価をもらうことだけだった。
女性の言葉を無視して私は話を続ける。
「ではー……代価に……あなたの命をいただきますねー」
こんなこともあろうかと常に携帯している拳銃で彼女を打ち抜く。一度だけではなく、確実に死ぬように何度も、何度も。
この店では代金はもらわない。
そう、代金は。
その代わり、代価として依頼主の命をもらう。ちなみに後払いだ。
なんでそのような仕組みにしたかはもう忘れてしまった。だが、依頼主を殺すまでが私の仕事。そう決めたことだけは明確に覚えている。
彼女が殺される覚悟ができていたかどうかはわからない。でも、殺し屋を直接殺しに来たということは、きっとそのような覚悟を持ってきたのだろう。
命乞いの一つもしない彼女は、私にとって称賛に値する。今まで見てきた客にはそんな奴はいなかったから。
私に殺しを願う奴らはすべて、殺されることは考えていなかった。いつも彼らは殺される側にまわると、泣き叫んで許しを請う。殺さないで、と懇願する。そんな奴らを私は無表情で問答無用に撃ち殺してきた。
だが今回は。
すでに彼女が事切れる寸前であることを確認すると、私は彼女に微笑んだ。
「ご利用ありがとうございました」
そう言って私は自らのこめかみに銃口を当て、引き金を引き――。
とある町の一角に銃声が響き渡った。