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目指せ、引きこもり脱却!(5)

 どれだけ歩いただろうか。ほぼ無心で扉をくぐり続ける。

 その時だった。

「……っ!?」

 何かを感じた。

 殺気、というほど強烈なものではない。だが、確実に何かがあった。それが敵意のあるものなのか、それとも別の何かなのか。そこまでは私にはわからない。

 だが。

「おっとこれは~?」

「…………来るね」

 二人も何かを感じ取ったようだ。さほど動揺した様子もないが、ある程度の反応を見せた。

「これは一体何が来るんですかねー?」

 私も冷静に、今の状況を二人に確認してみる。

「何でもないよ~?ただの人形~。それほど驚くようなことでもないし、危ないものでもない。まあ、でも~……?」

 その言葉が言い終わるや否や。


\,/.]:@;[:@[]:/[[@[\^-*_P`OIUIU$#”%$#%&’()]=~{`_*+_?*+p-06597899o;――ッ!!!


 そこにいたのは、確かに「人形」だった。

 その「人形」は、まるで不揃いのこねた挽肉を不器用な手で人型に作り上げたかのようなそれは。

 のっぺらぼうをぐちゃぐちゃにしたような、そんな顔で声にはならない叫びをあげているそれは。

「人形ね。それは言い得て妙だね。あれは確かに人形だ。自分を投影し、それになり切って、ロールプレイするためのただの玩具。そうアレは確かに人形だ。

 ……たとえ、元が何であろうともね?」

「元……?」

 若干気になる単語がいんちょーの口から飛び出たが、

「はっはっは、まあ、あの人形は実験がてらに作られたものだしね~?まあ、そんなことよりも~」

 ぐちゃり、ぐちゃねちょぐちょびちゃびちゃ、ぬちゃり。

 気持ち悪い音を立てながら、人形が動く。

 最初は緩慢に。だが徐々に速くなっていき、そして――。


 ぐちゃりぐちゃりねちょりびちゃびちょぬちょぐちゃぶちゃぐちゃぐちゅぐちゅぶちゃびちゃねちゃぬちょぐちゃべちょべちゃぐちゃぶちょぐちょべちょねちょり――――!


 それは急に速さを上げ、こちらに迫ってきた。

「うわ~、流石にこれは気持ちが悪いね~」

「そんなことを言っている暇はないと思いますけどー!?何をのんびりしているんですかねー!?」

 流石の私もアレは気持ちが悪い。いんちょーもアレは流石に避けたいと思ったのか、無表情ながらもすでに逃走準備に入っている。

 逃げようとしていないのはそこで謎にのんび~りとしている不死者だけだ。

「いや~、自分はどうなっても大丈夫だしね~。最後尾は自分が引き受けたよ~?」

 謎に楽しそうにしている。

「はあ、まあいいですけどー!」

 そもそもあの不死者がどうなろうが私にとってはどうでもいい。いや、むしろ死んでくれた方が有難いのだ。無理に引っ張っていく必要はない。あのまま人形に憑りつかれちまえばいいのに。

 そんなことを思っていると、いつの間にかすぐ近くに人形が迫ってきていた。

「うげっ!」

 私といんちょーはすぐさま逃げる。唯一人、その場でのんびりしていたふー君は人形に捕まってしまった。

「あれま~」

 捕まってものんびりとしてやがる。と私が思ったのも束の間。

 ごりぐちゃぐりゃぐりごぎりぐぎゃりぐぎゃぎぎぎぐちょぐちゃぎちゃごりごぐ――!

 耳を塞ぎたくなるような音が響き渡った。


 あれはなんだ。

 どう考えてもおかしい。

 いや、おかしいのはここに入った時からだったではあるのだが。もっと言うと私が転生したときからだったが。

 目の前で人形に捕まったふー君が、捻じ曲げ、潰されている。

「イテテ、てて、ああ、これ、死ぬ~」

 そこには笑顔でその造形を歪みゆくふー君。

 その姿はひどく歪で、狂っていて、そして滑稽だった。

 ぐちょごりぐりぐりゃごぎぎぐちゃぐりょごりごりゃぎぎぐりゃぐりゅごりゅぐが――。

 肉が挽かれ、骨が削がれ、腑が飛び散り。それでも不死者は生きている。それはどこかサーカスでも見ているかのようで、とても非現実的で。

 でも、この空間がすでに非現実な場所なのだ。

 直視しろ。現実を。目を背けるな。

 すでに不死者は体中を潰され、ついには人形の中に取り込まれてしまっていた。それ自体はどうでもいい。奴がどうなろうと私にとって知ったことではない。

 大切なのは現状。

 この人形の脅威について。

 認識を切り替える。

 ここは、すでにあの人形の「狩場」だ。私たちは獲物。捕まれば、死ぬ。

「これは確かに「やばい」ね」

 いんちょーが驚いたそぶりもなく呟く。

「とりあえず、逃げようか」

 その言葉を待たずに、人形はこちらに向かって駆けてきた。

 ごちりごちゅねちょぬちゃにちゃごちゅぬちゅぐちゃごちゅぶちゃぶちゅべちゃり――。

 かくして、命を懸けた鬼ごっこが始まった。


「はぁ、はぁ……っ!」

 ここまで全力で走ったのはいつぶりだろうか。いつの間にやら、いんちょーとははぐれてしまい、今は一人でこの空間を歩いて息を落ち着かせている。

「アレは……流石にやばいでしょー……」

 あの人形の見た目が生理的に受け付けないだけならよかった。また、逆にあの人形がただ単に危険なだけであっても別に良かった。

 問題は、アレの見た目が正直やばくてかつ危険だったことだ。

「つい驚いて全力で逃げてしまいましたよー……」

 後ろを見ると、人形の姿は無い。

 周りをしっかりと警戒しながら、この状況を打破する術を考える。

 あの人形。見た目が気持ち悪く、まともに視たくもなかったが。あの姿は見たくなくとも強烈に脳裏に焼き付いてしまっている。

 動きは意外と俊敏で、気を抜いていたとはいえ、気づかない間にそばに寄られていた。あれは殺気を纏っていない、ということもあるだろう。アレはきっと、本当に人形なのだ。この空間の主の命に、従順に、ただ盲目的に従うだけの空っぽのヒトガタ。

 それがきっとあの人形だ。

「としたら、どうしましょうかねー?」

 やることは引きこもりの彼女を探すということで別にいいのだが、ただそのためにはあの人形は大きな障害だ。

 ただでさえ居場所が分からない人を探しているのに、それに加えて鬼ごっこ要素まで加えられたらたまったものではない。どこのフリーホラーゲームだよ。

 そんなことはさておき。

 ぐちょごりぐりぐりゃごぎぎぐちゃぐりょごりごりゃぎぎぐりゃぐりゅごりゅぐが――。

 再びあの嫌な音が鳴り響く。

 振り返るまでもない。

「……チッ!」

 私は脱兎のごとくその場から駆け出した。


 ごちゅぐちょごりぐりぐりゃごぎぎぐちゃぐりょごりぎぐりゃぐりゅごりゅぐ――。

 音は変わらずついてきている。

 先ほどは結構早く撒けたのだが、今回は長い。もしかしたら先ほどはいんちょーの方に行ったのかもしれない。

 そういえばいんちょーは大丈夫なのだろうか。

 走りながらふと考える。

 いんちょーは私よりも頭いい感じだったし、運動能力も低くは無いように見えたが。だからといって逃げ切れるとは限らないだろう。ここはすでにやられたとしてみるのもありなのかもしれない。

 なんにせよ、今ピンチになっているのは私なのだ。他人にカマかけている暇はない。意識を現在に戻す。

 \:@;[;]:}].\_?>`~{=}(‘&%$#%&’()=~+*>`=0786)`?_?>}`$%w356’>_?>}{`P+PO――ッ!!

 耳に残る移動音に加えて、人形の叫び声も聞こえる。

「しつこいなー……っ」

 すでに結構走った気がするのだが、いまだ人形は追ってくる。流石に追いつかれることはまだないが、それも時間の問題だろう。

 アレが人形であるならば。主の命にひたすら従順に従うのならば。きっと疲れなど知るまい。あったとしても気にかけまい。

 奴の最大の武器。

 それは奇怪な容姿でもなく、意外な素早さでもなく。きっとそれは限りのない忠誠、それによる無尽蔵の行動時間なのだろう。

 ならば。

 このまま逃げていても終わりはない。私が捕まって死ぬ未来があるだけだ。それがすでに見えているならば。

 覚悟を決める。

 私のやることは、もう決まった。

 そのためにはいくつかの物資と下準備が必要だ。


 扉を潜り抜け、その先にあった小さな部屋の中で遂に人形と対峙した。

「はぁ、ふぅー……」

 息を少しでも整えるため、静かにゆっくりと息を吐く。

 私の目線の先にあるのは、うごめく人型の肉塊。それは未だ止まることなく、意外な俊敏さで私に迫ってきている。

 落ち着いてそれを横に避け、人であれば首にあたるところをナイフで斬りつけてみる。だが、ソレは特に動じることもないどころか、ナイフが潰され、取り込まれてしまった。そしてソレは表情のない顔をこちらにゆっくりと向ける。

 ぐちゃり、ぐちゃり、ごちゅ。

 ああ、気持ちの悪いやつだ。動くたびにいちいち肉をすりつぶすような音がする。

 さて、ここからどうするか。

 今までの行動から、恐らくこの人形に知能は無い。ただ命に従い、行動しているだけだ。その主が「願いを叶える」とかいう引きこもりなのだろう。それはいい。であれば、その命令も言葉を介したものではなく、きっとその命を果たすように造っただけに過ぎないのだから。

 であるならば。きっとその人形の知能は線虫程度のはかないものに過ぎない。少なくともまともな知能は有していない。

 それが、私の見解だった。

 ならば罠にはめることも非常に容易い。いや、罠というのもおごがましい、即席のただの仕掛けにもきっとはまる。

 人形の突進を避けながら考える。

 それでもこいつは、そこにある物体を避ける、自らを傷つける何かを破壊する程度の知能はある。それにこいつに触れるだけで大半のものは潰され、取り込まれてしまう。

 ならば有効な手段は。

――やはり、これしかないか。

 私は扉の方に回り込む。だがそこから出て行くのではなく、扉を閉め、同時に鍵も閉める。そして。

 あらかじめ床に撒いていた油に、私は火をつけたマッチ棒を投げつけた。

 勢いよく火の手が上がる。火が広がりやすいように私が油をまいた。

 火はあっという間に部屋を満たし。

 _?>*`<HYG8765643gkjH%E$&R’()=`LP+*>`=*>}+{`}*?>>MNBHGI%’((――ッ!!

 人形も炎に身を包み、声のない叫びをあげる。肉を焼く臭いが部屋を包む。

 だが。

 私にはそれらを見ている余裕などなかった。

 口を抑え、できるだけ息を止め、火の届かない所へ身を置く。目が沁み、視界がにじむ。

 空気は熱く乾燥し、息をすると喉が痛む。

 そもそも閉じ切った部屋の中で勢いよく物質を燃やすということがどう考えても愚かなのだ。酸素も足りなくなるし、毒ガスも発生する。今回の燃焼物は基本的には油とはいえ、そこでの不完全燃焼、その炎によって部屋のものの燃焼などなど。危険なことは多くある。

 だが、その場で留まることは許されない。

 人形は、炎に身を包みながらも私をとらえようと手を伸ばしてきた。

「……ッ!」

 それを避けながら、部屋を動き回る。

 まだ外に出るわけにはいかない。ここで外に出れば、きっと人形は追ってくる。きっとそれではこいつを殺れない。

 確実に殺す。

 焼死で確実に殺す、というのもおかしい話ではあるのだが。

 その灼熱の部屋での鬼ごっこが、どれだけ続いたのだろうか。

 気づけば人形は燃え尽き、形はまだ残っているものの、もう動けないぐらいには炭化していた。

 それを確認した私は、急いで外に出た。

「……はあぁ……っ!はぁ、はぁ、ふぅー……」

 外に出たとたんに、新鮮な空気を求めて大きく深呼吸をする。わき腹がきりきりと痛い。

「流石に死ぬかと……思ったー……」

 普通に危なかった。

 呼吸も限界だったし、火の手も危なかった。身体のところどころが火傷を負っているものの、むしろこれだけで済んだということはラッキーな方だろう。一歩間違えれば私もあそこで灰になっていたのかもしれないのだから。

 ここで私は一つ、安堵の吐息をついた。

 そして落ち着いて目の前を見て、私は。

――絶句した。


 そこに広がっていたのは、死体の山だった。いや、それを死体と形容するのはおかしいだろう。なぜならそれは、私が先程焼き尽くした肉の人形と同類のモノのの残骸たちだったのだから。

 ただそこに人形の死骸どもが転がっているだけだったのであれば、私はそこまで驚かなかったであろう。人形が一つだなんて誰も言ってなかったし、そんなことは微塵も期待していなかったからだ。だがそこにあったものは。


 全てが腐り、融け、ただれ落ちていた。


 私がこの部屋で乱闘を繰り広げているうちに、いったい何があったのか。このような状況は明らかに普通ではない。これもこの世界におけるナニカなのか。

 それとも、別の誰かがこの惨状を作り上げたのであろうか。

 前者であろうと後者であろうと、この状況を作り上げたものには警戒しとかなければなるまい。

 私がこの部屋にこもっていたのはせいぜい数分程度。その間にこれほどの肉塊を腐らせるのは普通ではない。

 ともかく、ここにこれ以上長居するのも得策ではないだろう。とりあえず移動しよう。そう思った矢先。

――こっちに、おいで。

 誰かの声がした気がした。

 それは明らかに普通じゃなくて、どう考えても罠の類であるのに。従うべき要素など何一つありはしなかったのに。

 それなのに私は、それに何の違和感も抱かずに、声に従って足を進めていた。

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