目指せ、引きこもり脱却!(3)
「で、今日は何をする気なんですかねー?」
いんちょーが教室に来るなり、私はそう言い放った。
「おや、律義に待っていてくれたのかい。てっきり先に帰るのかと思っていたよ、ボクは」
「まあ、貴女の言う通り暇人なのでね」
思わずちょっとした皮肉で返してしまうのも、まあ仕方ないだろう。
「それで、確かに放課後と言いはしましたけど、どうして下校時刻ぎりぎりの、こんな時間まで私は待たされたんですかねー?」
すでに時刻は七時ちょっと前。疲れ切った部活生たちもぞろぞろと帰り始めている時間帯だ。げんちゃんも流石にこれ以上は待てなかったのか、先に帰ってしまった。
「悪いとは思っているよ、こう見えてね。でも、まあ許しておくれ。ボクは君ほど暇人ではないのでね」
「はあ、まあいいですけど」
確かに部活とかに所属していれば、私よりも忙しい学生生活となるだろう。むしろ私が学生の割に枯れているところもなくは無いと思うが。いや、まあ放課後友人たちとともに遊びに行ったりしてるし?むしろ充実しているといっても過言ではないというか?
「それで、今日は何をすると思う?」
特に意味のない言い訳を自分にしていると、いんちょーが私に問いかけてきた。
「何をするか?いや、正直皆目見当もつきませんけど。というか私はてっきり昨日でもう役割終えたと思ってましたからねー」
いったい何を私にさせる気なのだろう。
「まあ、とりあえず昨日何かなかったか、しなかったことがないか、少し思い出してみてよ」
「はあ、まあいいですけど」
言われた通り、昨日のことに不備がなかったか思い出してみる。といってもつい昨日のことだ。まだ鮮明に記憶に残っている。ちゃんと引きこもりの家まで出向いて彼女の部屋まで言って、説得して……説得して……それで……。
「……あ……れ……?」
私は何を説得したのだっけ?誰と話したのだっけ?
いんちょーが注意深く私を見ている。でも今はそんなことはどうでもいい。
家に行って母親に会って中に入って靴脱いで扉閉めてそれで――。
「おや、もう気づいたんだ。しかも自分で。やはりといえばやはり、という結果だけど。それにしても思ったより随分と早かったね。今までその違和感に気づいた人すらもいなかったというのに」
もしかして、こいつもあの女の一味なのか。
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「まあ、それもしょうがないと言えばそうだけどね。そうなるように「改変」されているんだから。むしろ気づく方が変なんだよ」
「何を……言って……」
急な頭痛。
何か、知るべきでないことに触れているような。本来知ってはいけないことを探っているような。それは知ってしまえば終わりというようなほどの致命的なズレ。
「ぐ……っ!」
ズキンズキンと頭が痛む。これ以上踏み込むなと警告する。知らない方がいいと、悲鳴を上げる。
それでも、私の脳はそのズレを認識しようと回転する。
「さあ、もう少し思い出してごらん。君は彼女の家までは行った。そこに入った。そしてどうした?彼女と話したかい?彼女の部屋のドアを見たかい?さあ、どうか。思い出してごらん?」
どうだったどうだったどうだったどうだったどうだったどうだった――?
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カチリ。
世界が、ズレた。
正確に言うと、世界がなんだかおかしくなったというべきか。
「いやいや、本当に君は期待以上だよ」
目の前でいんちょーがにこやかに笑いかけている。
「……これは、なんですかねー……?」
目の前の光景も、目の前の人間も、特別何かが変わったわけでもはない。何も変わってはいないだろう。ずっと同じ視界のまま。
だが、確かに何かが変わっていた。どこかがおかしくなっていた。どこか、違和感を覚えるようになったというか――。
「君の認識は正しいよ。この世界は確かにおかしい。どこもかしこも「ズレ」ている。誰も認識はしていないがね。最もボクと君が認識しているズレは本来存在しているズレのほんの一部でしかないがね」
「どういう……?」
「まあ、そんなことは割とどうでもよくてだね。唯一つだけ。もう一度聞こうか。君は昨日何をした?」
「……?」
質問の意図はわからないが、もう一度言われた通りに昨日のことを思い出してみる。
引きこもり脱却のためにいんちょーについていって家に着いたら母親に会って中に入って靴を脱いで扉を閉めて――そして、そのままもう一度扉を開けて家を出た。
「……!!」
そのまま家を出た?説得のために行ったのに?いやそれよりも。
「なんで君は、いや君たちは何もしなかったのに、何かしたと思い込んでいたのだろうね?」
そうだ。
私たちは何もしなかった。にもかかわらず、なぜか納得して家を出た。
「なんで……?」
訳が分からない。昨日の自分が。今のセカイが。
「でもそんなこと、きみにとってはどうでもいいことだろう?」
「……」
落ち着け自分。ただ、見え方が変わっただけだろう。そうだ。そんなことはどうでもいい。私には何も関係ない。
今私に関係のあることは。
「……それで、その違和感を私に教えて何をさせる気なんですかねー?」
私が何をすべきか。ただそれだけだ。
「立ち直りも早いね。いいと思うよ、その姿勢は。うんうん好感を持てる」
「私は別に貴女の好感を必要とはしていないのですけどねー」
世界がズレている。それがなんだ。どうでもいい。その理由も、その結果も。必要な情報であるかもしれないが、気にする情報ではない。
どうでもいいのだ。
「とりあえず君に知ってもらいたかったことはだね、単純に君らが昨日何もしなかったということだけなんだ。それ以外の何でもない。君はまだ何もしていない。だから君にはまだ働いてもらう。簡単な構図だ。そこは理解していただけたかな?」
無言で頷く。
まあ、どこか騙されていた気分で、なんだか釈然としないではあるが事実そのとおりなのだ。仕方がない。
「引きこもりを引っ張り出すのは面倒ですけど、まあ、最低限納得してもらえるぐらいはやりますよ、暇人ですからねー」
「それでは、話そうか。君はボクが昨日言ってことを覚えているかい?」
「いや、いろいろ話していたのでどれに該当するのかわからないのですけどー」
「ふむ、まあそうだね。では質問を少し変えよう。ボクが昨日言ったことの中で、一番気になったことは何かね?」
昨日いんちょーが話したのはどんなことがあっただろうか。彼女が引きこもっているということ。彼女の家の位置。いやいやそんなことはどうでもいいのだ。私が気になったこと。それは――。
「彼女が普通ではない、ということですかー?」
「そうそう、それそれ。この言葉、君は昨日ずいぶん気になっていたようだけど、その答えを流石にそろそろ見当はついているかな?」
昨日言った「彼女は普通じゃない」という言葉。そして「会えばわかる」という答え。昨日の時点で私には結局わからずじまいだった。何がおかしいのか、変なところなど一つも見つけられなかった。せいぜいが母親若いな、と思ったくらいだ。
だが、今ならわかる。
「彼女が、この世界のズレを生み出しているということですかね?」
「正解正解。まあ、といっても正答率は五十パーぐらいかな。そんなことはここまでの話を聞いていれば誰でもわかることだしね。では「彼女が普通ではない」という言葉。その真意は何か。それを君に教えてあげよう」
残りの五十パーセント。それがその言葉の真意なのか。
「して、その真意は?」
いんちょーは、これまでにないほどの眩しい笑顔を浮かべ、そして言った。
「彼女は人の願いを叶える。誰かが願って、彼女が叶えようとするならば、誰であっても」
沈黙が下りる。
人の願いを叶える、か。いまいちピンとこない。文字通りの意味だろうか。もう少し詳しく聞いてみた方がいいのでは。
そう思っていたら、いんちょーの方から話し始めた。
「そうだね、これだけ言っても疑問は色々あるだろう。例えば相反する願いはどうするのか、とかね。ボクも実際に試してみたわけでもないから完全な理解にはほど遠いではあるのだけどね。ボクの考えはこうだ。
彼女は願いを叶える。正確に言うと、願いが叶うような世界に世界を創りかえる。そこで基となるのは彼女の思考だ。空を飛びたいと誰かが願えば、その人が空を飛ぶのが普通な世界にする。願った本人ではなく彼女が思うように。でもそれに関して誰も疑問に思わないし、物理法則なんかはただの「例外」として処理される。そうであって普通になるように世界が変わるんだ。どんな願いであっても。
それが彼女の抱く異常。「普通じゃない」ということだよ」
つまり「願いを叶える」ということは、彼女の主観に基づいて、人の願いが叶っている世界を創る、ということだろうか。
「まあ、改変された世界は「すでに願いが叶っている世界」だから、彼女が願いを叶えただなんて誰も思わないのだけどね。そして、ここで、世界のズレが生じるんだ。本来あった世界を創りかえているんだから、本来のものとはズレが生じる。君が観測した違和感はこれだよ。本来の世界を認識したからそのズレを感じた。といっても君の場合認識した世界は、「君らが何もせずに帰った」という世界だけだから、認識しているズレも小さいものだと思うけどね」
なかなかよくわからん話だ。だが疑問点も浮かぶ。
「あの家に入ったあと、すぐに追い返された時点で出たくないんだろうなーとは思いますが、彼女が本当に願いを叶えるならば、彼女がソレを願った時点で家から出すのは不可能ではないんですかねー?」
家にこもりたいという彼女の願いが叶った結果として、あのように何もせずに追い返されるなら、私たちは彼女に出会うことすらもできない。そんな状態で引きこもりを克服するのは無理ではないだろうか。
「いやいや、実はそんなことは無いんだよ」
「どういうことですかー?」
「例えばボクはね、彼女の家に入ることができる。それは「何もしないで帰らせる」という本来の世界を認識できるようになっているからだ。つまり、あの世界はただ、彼女がすでに創り出して改変した世界の一つで、ボクはそれを外側から感知できるような世界に自分を置いているからだ。君もズレを感じたのだろう?だったら彼女の家に入るのは容易のはずだよ。ズレを感じ取れるということは、その世界よりも本来の世界により近いところに身を置いているということだからね。もっとも、彼女が新たに世界を改変したら、それを感じ取ることはボクにもできないのだがね」
「………」
話を聞けば聞くほど、何を言っているのかわからなくなる。えっとつまり?簡単に言うと?私はあの家に追い返されることなく入ることができるということでいいのだろうか。
「わかっていないような顔をしているね。まあ、別にいいのだけど。これでも結構砕いて話したつもりなのだがね、もっと簡単に、いや、もう結果だけを言ってしまえば、あの家のズレを認識出来たのなら、あの家に入って「何もしない」で追い返されることはなくなる。そして君はズレを認識できた。それだけの話だよ」
「なんとなくわかったような気をすることにしました」
正直あんまり分かってはいないが、まあ私が入れるということなら何の問題もないだろう。
私にとってはきっとそれでいい。
「それで、あの家に入って私は何をしろと?本人が話す気はあるのですかー?」
「さあ?」
いや分からないのですか。私、行くだけ損な感じじゃないですか、これ。
流石に嫌そうな顔だけ見せて、無言で反対の意思表示を示す。
「まあまあ、行ってみれば、きっとすべてわかるよ。絶対とは言えないが、君はきっと損はしない。万全の準備をして行くといい。君の目的はきっと果たせるよ?」
「何の話ですか?」
「すべては行けばわかる。きっとこれが君にとって、すべての始まりにつながるだろう」
それだけを言って、いんちょ-は足早に帰っていった。
意図のつかめないその言葉は、いつの間にか私の頭からきれいに消えてしまっていた。