目指せ、引きこもり脱却!(2)
――翌日。
私の風邪はすっかりと治り、体調も万全になっていた。なので、いつも通り学校に行き、げんちゃんの様子を窺った。
そこで見たげんちゃんはどこまでも普通だった。
「……昨日は大丈夫だった?」
遠慮がちにそう尋ねてみたものの、
「え、何のことー?」
とはぐらされるばかりで、なにかおかしなところは見えない。どこまでもそれは普通で、まるで本当に何も覚えていないかのようで、だがらこそ何かが変だった。
かといって、本人が何もないと主張しているのに、他人がとやかく言うことでもあるまい。
ひとまずは昨日のげんちゃんのことは置いといて、いつもどおり過ごすことにする。
空白の席はそのままで、いつも通りの日常は続く。
私は休んでいたため若干の情報の遅延があり、だから恐らくではあるがじー君が死んだということは学校に連絡がいっているはずだ。生徒に伝わっているかはわからないが、ある程度の噂なりなんなりは囁かれているであろう。
休んでいた分の情報を取り戻すため、私は耳を澄ます。
だからだろうか、逆に気付かなかった。
「……ぇ、おーい、ねぇ」
「…………」
「……―い、流石に無視はひどいんじゃないのかい?」
目の前には、なんかちんまりしたのがいた。
「いやいや、いくら小さいからって、ボクを無視して考え事とは、いいご身分だね、君は」
「……誰?」
普通に考えて同じクラスの人なのだろうが、私があまりにクラスメイトを認識していないため、目の前のロリっ子少女が誰なのかが頭に浮かばない。
「流石にクラスの委員長くらいは認識してほしいのだけどね」
「……委員長?」
委員長は確か、私がこのクラスで初めに殺した奴ではなかっただろうか。正確に言うと私が殺ったわけではなかった気がするけど。
まあそんなことはどうでもいいな。
ともかく、委員長がこんなちんまいのではなかったことだけは確かだ。
「……おーい、聞こえますかー……!」
そこに、前の席からのげんちゃんから小さな救いの声が聞こえた。
「今委員長が不在だから、代理として副委員長が委員長に繰り上がっているんだよー……!」
それはともかく、なぜ声を潜めているのだろうか。
「なるほどー……、つまりは今の委員長さんということかねー……?」
つられて私も声を潜める。
「うん、そういうことー!」
急にげんちゃんが元の声量に戻る。
「……まあ、つまりはそういうことだね」
謎のロリ、もといクラスの委員長がげんちゃんの言葉にうなずく。
「で、そのいんちょーさんが私に何の用なのかねー?」
私は何か問題のあるようなことでもしたのだろうか?いんちょーに目を付けられるようなことをした記憶は全く持ってないのだが。
それとも、私が休んでいる間に何かあったのだろうか。
私がいんちょーに声を掛けられる要因を探っていると、先に彼女が声をかけた。
「そうだね、ボクは君に用があるんだ。少し時間はいいかな?最も、あまり時間を取らせる気はないけどね」
なにが用かは知らないが、とりあえず気まぐれとかそういうものではないらしい。あまり時間を取らせる気もないようなので、話を聞いてみることにする。
「別に時間は大丈夫ですよー。何の用でしょうかー?」
「ふむ、そうだね。これはそこの彼女は知っている話なのだけどね」
「げんちゃんが知っている?」
「げんちゃん?ああ、彼女のことか。いや、彼女だけでない。このクラスのほとんどと、他クラスでも多くの人が知っていることだ。君も普通に生活しているだけで、いつか耳に挟むことになっていたとは思うけどね」
いったい何の話なのだろうか。いまいち話がよく見えないが、その内容はどうやらこのクラスにおいては周知のことのようだ。
「それで、肝心のその内容は?」
だから、それを促してみる。
「なんてことはない、よくあることなんだけどね、これは。とっても簡単なことさ。そう、とても簡単。でも解決するのはどうにもこうにもうまくいかない。だから君にこうして頼んでいるというわけさ」
よくわからないが、つまりは私に何かを依頼するということだろうか。であれば考えられる可能性は――。
私は内心警戒度を上げる。
依頼の内容がなんであれ、なにかを依頼するということはあの女と何かしらのつながりを持っている可能性が高い。それならば、私が何であるかも、これまで何をしてきたのかも……。
素早く頭が回転し、対策を考える。
口封じ。
本当に私の考えるようなことであったら、それを決行する必要があるだろう。例外は無い。つもりではあるが、例えばふーくんなんかは口封じしようにもうまくいかない。むしろあいつは返り討ちに会う可能性が実際低くないため厄介だ。
といってもあいつみたいなやつはそうはいまい。
必要ならば、敢行してみせよう。
「それで、その内容は?」
不穏なことを考えつつ、もう一度続きを促す。
「それはだね……」
ここで、今まで完全に無表情であったいんちょーは少しだけ口元を歪め、
「ただの、引きこもり脱却だよ」
たったそれだけを言い放った。
・・・・
げんちゃんに聞いたところによると、「あの子」は「一年のいつ頃からか不登校になっ」てしまい、それから「何人かが彼女を連れ出そうとし」たものの、「すべて失敗し」ているらしい。
「引きこもりを無理やり引きずり出す必要はないんじゃないかなー」
授業中のため少し声を潜めつつ、前の席のげんちゃんと会話する。
「まあそれも一理あるとは思うんだけどね!でも、一度きりの十代を家でずっと過ごすのはなんだか寂しいと思うなー!」
まあ、それもあるにはあるかもしれない。大人になって、十代を無為に過ごしたことを後悔している、なんて話はよく聞くところだ。まあ、私は別に後悔なんてものは微塵もしていないけれど。……本当だよ?
とりあえずそんなこんなで、何人かどころではなく、一応このクラスの全員が顔合わせぐらいはしているらしい。
そんな引きこもりな彼女も、高一の初めは普通に学校に通っていたらしい。その時はみんなから愛され、非常に人気で、むしろ学校一充実した人間の一人だったかもしれないレベルだったという。
といっても流石にこの話は、一年の頃同じクラスだった人か、仲の良かった人ぐらいしか知らず、意外と情報通であるげんちゃんでもそれを知らなかった。
ちなみにこれを話してくれた張本人は、そもそもこの面倒ごとを押し付けてくれた張本人でもあり、今は私とは結構離れた席で授業を受けている。
「流石にめんどくさ……」
真面目に授業を受けるいんちょーを若干睨みながら呟く。
「まあまあ、そう言わないの!実は今まで存在すらも知らなかったでしょ?」
「まあ、確かにそうではあるけどねー……」
私が来た時からその席は空いていたため、元から空の席なのだと思っていた。まさかその席に人がいたとは。流石にそれは予想していなかった。
今回この話が私に来た理由は、私が転校生であるかららしい。
私以外のクラスメイト達は顔合わせ程度ならしていて、過去に連れ出すことにも失敗している。そこを転校生で新たな風を吹かそう、という魂胆のようだ。
「思い立ったが吉日、今日の放課後行こうか」
などといってあのロリいんちょーは速攻で決定したが、絶対あれは初めから決めていたな。少なくともつい先ほど思いついたとかそういう雰囲気ではなかった。
確かに放課後、私は基本的に暇であるため別に断る理由はないが、それでも必ずしも必要ではないのにわざわざ誰かのところに行って何かしてくる、ということはあまりやりたいことでもない。
流石に憂鬱、というほどでもなかったが、私は、面倒くさいなできれば行きたくないな、ぐらいの気持ちで放課後を待ち受けた。
・・・・
放課後になり、私はいんちょーについていき、その目的地を目指す。
それには同じく暇人のげんちゃんもついてきたが、彼女もその目的地の場所を知らないらしい。
存在すら知らなかった私が彼女の住所を知らないのは当然なのだが、一度は行ったことがあるはずのげんちゃんがその住所を知らないというのは少し違和感を覚える。
そうはいっても、せいぜい一回ぐらい行ったからといって、住所を覚えるとは限らないので、覚えていないだけだと言われたらそれまでではあるのだが。
「うーん……ぼんやーりとは覚えているんだけどねー……」
まあ実際記憶なんてそんなもんだろう。とやかく言ってもしょうがない。
ちなみにしーちゃんは誘ったのだが、一度行ったことがあるというのと普通に用事があるというのとで断られてしまった。流石に用事をぶった切らせてまで呼ぶこともあるまい。なので今日はいつもとは違い、げんちゃん、私、そして道案内のいんちょーの三人で歩いている。
一人いつものメンバーと違うだけなのだが、なんだかとても奇妙な感じがする。いんちょーとしーちゃんとでは随分毛色が違う、というのもあるのだろうが、私があの三人でいることに慣れきってしまった、ということも大きいだろう。
「ここで右に曲がる」
いんちょーの道案内の声で、思考が現実に戻された。
そうだ、今はそんなこと考えても仕方あるまい。これから会う人物に関する情報収集にいそしんだ方が有益だろう。
げんちゃんからは授業中にこっそりとすでに多くのことを聞き出しているので、今度はいんちょーから聞き出そう。
「そういえば、その例の引きこもりの彼女はどんな性格なんですかー?」
かなりアバウトな質問だが、答えてくれるだろうか。
「そうだね、彼女はなんていうか、普通ではないね」
今まで割とはっきりと断言してきたいんちょーであるのに、今回の回答はなんだか曖昧だ。
「普通じゃない、とはということですかねー?もう少しわかりやすく教えてくれたら有難いのですけどもー」
「……君、普段話す人からどこか煙たがられることはないかい?」
「…………そんなことはありませんよー」
とは言ったものの、まあ、結構煙たがられてる感あるよね、特にしーちゃんとか。
「そうだよ!そんなことは無いよー!話してみたら意外と面白いよ!」
おお、なんとここでげんちゃんからのフォローが入ったぞ。なんということか、よもや私がげんちゃんから助けられる側になるとは。人間は短期間で成長するものだな、うんうん。
「む、なんか失礼なこと考えてるなー!」
「あ、バレました?」
私の露骨な驚き具合を流石に察したのか、げんちゃんに思考を読まれてしまった。驚き。
そんなことはさておき。
「それで、普通じゃないっていうのは?」
黙って私たちの掛け合いを眺めていた、いんちょーに話を戻す。
「…………」
「おーい、いんちょー?」
「……おっとそうだった、そうだね、普通じゃないってことかい?いや、無視したわけではないんだよ。ただ君たちのおしゃべりに付き合う義務はボクにはないのでね。適当に流していただけさ」
まあ、確かに自分にとってどうでもいいことを聞くのは退屈だろう。別にそこに関して怒ることでもあるまい。
「で、普通じゃないっていうことはだね……。なんというかな。文字通りの意味、といえばそうなんだがね。説明できなくもないが、それが信じられるかどうかとなると少し微妙だ。だから聞くより見る方が早い。百聞は一見に如かずだ。会えばきっと、その意味が分かると思うよ」
「……げんちゃんはわかる?」
いんちょーの説明からなかなか的を射た答えが得られなかったので、今度はげんちゃんに話を振る。
「うーん……どうだったかなー?特別おかしなところはなかったと思うけどなー?」
げんちゃんも特に心当たりはないらしい。
その後もいくつか質問を繰り返してみたが、結局どのような人柄なのか、よくわからずじまいだった。
「会えばわかるよ」
最後にはそれに収束するばかりで、肝心の内容ははぐらかされてしまう。確かに会えばわかるとは思うのだが、とりあえずのある程度の前情報は必要なのではないだろうか。
前情報どころか、なんだかよくわからないあやふやな情報ばかりで、むしろ今から出会うという「彼女」のことについて、さらによくわからなくなってしまった。
ぐちぐち言っていても仕方がない。
できることなど特にないのだし、今は得られた情報を簡単に整理しつつ、彼女の家までいんちょーについていくことにしよう。
着いた。
件の引きこもりの家は、そんなに大きくはない普通の一軒家で、どこにでもある中流家庭の二階建てという感じ。
いんちょーについて扉の前に行き、チャイムを鳴らす。
ピンポーン。
よくある感じのチャイムの音が家の中から聞こえる。
『はい』
チャイムに備え付けられているスピーカーから女性の声が聞こえる。
「はい、私たち学校のクラスメイトでして……」
いんちょーが応対する。
私がそこに割り込むのもなんだか変なので、黙って傍で聞くことにする。
どうやら話している相手は引きこもっている本人ではなくその母親のようだ。いんちょーと割と親し気に話しているところを見ると、いんちょーは意外と頻繁にここにきているのかもしれない。
がちゃり、と扉が開いた。
そこにいたのは割と若い女性だった。見た目としては三十前後くらいだろうか。高校生の一子持ちとしては普通より若いように見える。
まあ見た目がそう見えるというだけで、実際の年齢などはわからないし、ただ若作りしているだけなのだろう。それ自体は別に普通のことだ。
「すいませんね、わざわざ来てもらって」
「いえいえ大丈夫です。あ、こちら……」
ありきたりな会話を繰り返しつつ、家に上げてもらう。
母親といんちょーについていき、私とげんちゃんはその扉をくぐる。
「では、お邪魔しまーす」
靴を脱いでとりあえず綺麗に並べて―――――――。
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カチリ。
結局ダメだった。何が何でも彼女は出たくないようだ。
「あ、お邪魔しました。今日はお世話になりました」
母親に礼を伝え、来た時とは逆に扉を押し開けて、家を後にする。
「いやー、ダメだったねー」
「でしょー!あれは筋金入りの引きこもりだよ!プロだといっても過言ではないね!」
といっても私は別にそこまで無理やり外に出そうという気概があったわけでもないのだが。それでも最低限働きはしただろう。
いんちょーもこれで満足してくれただろうか。
「…………」
そう思い、いんちょーの方を見てみると、彼女は何やら不満足げな顔をしていた。
「……やはりそのままではだめか」
ぼそりとつぶやいたその声は聞こえていたけれども、その意味までは分からなくて、聞かなかったことにする。
「いんちょー?」
「うん、なんだい?」
「お、ようやく反応した。それで、これでもう十分ですかねー?」
「何がかい?」
いや、そこで別にはぐらかす必要はないから。
「いや、もう彼女を引っ張り出す必要は少なくとも私にはないですよねーって思って」
まあ、私にはこれ以上できることがある訳でもないし、これでもうお役御免だろう。そう思っていたわけだが。
「何を言ってるんだい?まだ何もしていないだろう。むしろこれからだ。君にはこれからさらに働いてもらうよ?」
「えぇー……」
まだまだ何かやることがあるようだ。
「ところでいんちょー」
「何だい?」
「なんでいんちょーは彼女を引っ張り出そうとするんですかー?」
そもそもなぜ彼女のことを気に掛けるのか。
「……まあ、委員長だからね。クラスメイトを気にするのは当然のことさ」
それは無いだろう。
いくらいんちょーとはいえ、わざわざ引きこもりを治そうとする義理もない。というか話を聞いた感じ、私のクラス全員にとりあえず挑戦してもらっているようだ。つまりは彼女が委員長になる前から引きこもりを治そうとしているということだ。
「まあまあ、それでいいじゃないか。何か特別な理由なんて通常は無いのが普通だよ。特に気にすることでもない」
「そういうもんですかねー?」
「そういうものさ」
少なくとも彼女の中ではそういうことなのだろう。
もう少し話を続ければ何か聞き出せるかもしれないが、私にそれほどのやる気はなかった。そのうち気になったら頑張って聞き出すようにしてみることにする。
「ところでさー、今回はダメだったけど、これからはなにするのー?」
少し気まずくなった空気を直すべく、げんちゃんが声を上げる。
「まあまあ、そう焦らないでくれよ。ちゃんと考えはあるから」
いんちょーはそういうものの、本当にあるのだろうか。
訝し気な私の視線に気づいたのか、
「今から話をするには少し時間が遅い。また明日話をすることにしよう。それにボクも疲れたし。なんでこんな中途半端な場所に家建てるのかね。どうせならもっと近くか、電車通学レベルにすればいいのに」
ちょっと何言ってるのかわからないが、とりあえず頷いとく。
「では、明日、放課後でいいかな?まあ大丈夫だろう、君は。だったらそれで、今日と同じように教室で待っていてくれ」
私は暇人だと暗に断定されたようで少し頭に来なくもないが、まあ間違っちゃいない。
いんちょーはそれだけを言い放ち、私たちとは別れて自分の家に帰っていった。
それをしばらく見送る。
その時、げんちゃんがふと思い出したように一つの言葉を吐き出した。
「そういえば、あの普通じゃないって言葉の意味は何だったんだろうねー?」