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事故は忘れたときに起こるものです(3)

 違和感を覚えた。

 いつも通りに自分の帰路につき、いつも通りに家に帰る、その途中。すっかり日は沈み、雨も相まって辺りはすでに真っ暗。その中のことだ。

 直接何がどうというわけではない。よくわからないナニカ。意識的に理解するわけではなく、ただ無意識的に、感覚的に違和感を抱いていた。

 自分の中で警戒レベルを上げる。

 なにがおかしいのか。この違和感の正体は何なのか。

 だが、この感覚には覚えがある。

――依頼はしっかり遂行することよ。

 脳裏に蘇る、あの正体不明の女の声。

 あの女なのか?それとも別の――。

「やあやあ、さっきぶりだね~」

 目の前に広がる闇の中から、聞き覚えのある男の声がした。

「……誰でしたっけー?」

 声に聞き覚えはあるものの、それをどこで聞いたかが思い出せない。だが割と最近に聞いたように思う。

「え~。さっき出会ったのにな~?」

 知らん。覚えてないものは覚えてない。

「いやー、すみませんねー。姿が見えないもので、わからないんですよー。明かりのある所に出てきてくれません?」

 私の返答は自然なはずだ。何もおかしくないはず。

「仕方がないな~。自分の姿見せる気はなかったんだけど。驚かないでよ~?」

 なにを驚くことがあるのか。ただの人間だろう。

 そして、そいつが闇から姿を現した。

「……ふーん」

 そいつは病院で私たちの他にじー君のお見舞いに来ていた男子生徒だった。

「あれ~?ここは驚くポイントなんだけどな~?」

 ただ、その姿におかしなところがあるとすれば一つ。夏服半袖の白い制服であるはずのそのシャツは、大部分が真っ赤に染まっていた。まるで全身に血を浴びたかのように。

 だが、

「どこに驚く場所があるというんですかー?まあ、制服はあんまり汚しちゃいけませんよー?」

 そんな赤色など、いくらでも作ることができる。現代メイクなんかの技術は目を見張るものがある。

 それに、たとえその赤色が本物の誰かの血液であったとしても関係ない。誰が誰を殺そうが、誰が勝手に死のうが、それを誰がそばで見ていようが私にはどうでもいいことだ。

 そんなことよりも。

「あなたは何しに来たんですかー?用事なら早く言っちゃってくれませんかねー?」

 こいつが敵かどうか。私に害をなすかどうか。あの女と同じ匂いのするこいつが、何の目的で私に話しかけてきたのか。

「う~ん、驚いてくれないか~。こんな姿を見たら普通は驚くと思ったんだけどな~」

 そんなものは人によるだろう。私は変わらずあくまで表面上は自然体で警戒を維持する。

「まあいいけどね~。そんなことよりもなんで自分はこんな血塗れだと思う?そこ、気にならない?」

「どうでもいいですかねー。どうせペンキでもぶちかましてきたんじゃないですかー?」

 とりあえず現実的なところを突く。

「そうかそうか、君はそういう人なんだね~」

「国語の教科書に出そうな話は別にいいですよー」

 どうでもいいから早く用件を言って退散してほしい。こういう訳の分からない輩と話すことはあまり望むところではない。

「まあこんなことは君にとってどうでもいいよね~。でも一つ、二つ言いたいことがあってだね~」

 私は黙って話を聞くことにする。

「まずは一つ目。君たち、お見舞いの帰りに事故にあったでしょ~?あの時お友達の二人を突き飛ばしたの、誰だと思う?」

 突然何の話なのだろうか。

「あれはあなたが突き飛ばした、とでも言いたいんですかー?」

 話の流れから察して、質問の答えを言う。

「あれ、ばれた~?」

「しらじらしいですねー。こんなにも自分がやったんだぞ、みたいな聞き方をしたら誰でもわかりますよー。それこそ猿でもね」

「クックック、そうだね~。普通誰でもわかるよね~。あの後、その突き飛ばした人がどうなったのかもね~?」

 こいつの笑い声は気持ちが悪い。まるでこちらは何もかもわかっていますよ、とでも言いたげだ。

「あなたがここにいるってことは無事だったんでしょー?」

 当たり前のことを当たり前に答える。今覚えば、あの時突き飛ばした奴は今目の前にいる男子生徒だったと思う。双子でもない限りはこいつで間違いない。

「ほんとにそう思ってる~?ほんとに無事だったって?」

 少し、空気が張り詰める。表面上は何も変わらないが、少しだけ雰囲気が冷める。

「あの轢かれた人はあなたではないと?」

「いや~、どうかな~?」

 どちらなのか。

――依頼はしっかり遂行することよ。

 再びあの女の声が脳裏によぎる。

 似ている。

 どこがどうというわけではないが、あの女と話していた時と目の前の男と話すのはどことなく似ている。

 こいつは何が目的なのか。一体何を話そうとしているのか。

 警戒度を上げる。

 こいつはきっと、敵だ。いずれ殺すことになる。殺さなければならなくなる。なんとなくそう直感した。

「ね~、君は超能力って信じるかい?」

 突然、とてつもなく怪しい話をし始めた。

「まあ、あるんじゃないですかー?一概に否定するものとは思いませんけどー」

 話の意図はわからないが、一応会話は続ける。

「科学がすべてではないですからねー」

 そもそも私がここにいるのもよくわからない力によるものだ。その私がよくわからない力である超能力を否定するのもあれだろう。

「いや~、君がそういう人でよかったよ~」

「……」

 全く意味が分からず、黙って続く言葉を待つ。

「じゃあ第二問!君が、いや君たちが死にそうになったのはあの入院中の少年のせいだと言ったら信じる?」

「……つまりじー君が超能力かなんかで私たちを殺そうとしたということですかねー?」

 意味は分からなくもない。超能力が存在するかどうかは別として、そういう考え方もあるだろう。理由までは知らないが。

「いやいや、そうじゃないそうじゃない」

 だが、私の言葉はすぐに否定された。

「呪い?みたいな~?あいつに関わった奴は遠からず死ぬんだよね~、必ず。例外なく」

「それが信じられると?」

 可能性としては考えられなくもない。だが、その程度であれば偶然といった方がはるかに自然だ。超能力や呪いなんていうものというのは言いすぎであるように感じる。

「別に信じる必要はないよ~。自分もそれを完全に信じてるわけじゃないし。現にクラスの連中なんかは生きてるしね~。でもあいつの周りの人々が高確率で死んでるのは確かだよ」

 それで、結局何が言いたいのか。

「だからね~、あいつは周りが死ぬのを見過ぎてしまったんだよ。「死」というものを身近に感じすぎてしまった。誰もに訪れるけど、どこか遠い存在の「死」っていう奴があいつの中では常に傍にいるのさ」

「すいませんが要点が見えませんねー」

 私は話に割り込む。だが、それは無視されて話が続く。

「君も、あいつが何かにおびえているのは見えたんだろう?」

 それには思い当たる節があり、再び私は黙り込む。

「あれはつまり、そういうことだよ~。常に誰かの死に、自分の死におびえてる。今話してる目の前のやつが次会うときにはいないんじゃないかと思ってる。それが君も気になっていたであろう、彼の怯えの正体だよ~」

 話の半分ぐらい、にわかには信じにくいことではあったが、それでもじー君の怯えについては合点がいった。だが、こいつの話を鵜呑みにするほど私は素直ではない。

 それに、いまだこいつが何をしたいのかが見えてこない。

「それで、何のためにわざわざ話をしに来たんですかー?まさかこれを話すためじゃないでしょうねー?」

 もしそうだったらただの時間の無駄だ。だが直接的な害はないため、単にひたすら絡みのうざったいやつだったということになり、ある程度安心できはする。

「少しぐらいはそれはあるけどね~。でも用件はこれで終わらないよ~」

 やはりこれでは終わらないか。

 油断は禁物。私は気を張りなおした。


「それで君には、あいつを殺してほしいんだよね~、殺し屋さん?」


 それは唐突だった。

 驚くより先に条件反射でポケットに常備している小さなナイフを手に取る。

 たった数歩の距離。走ればすぐに攻撃範囲に入る。

 躊躇などない。

 これはすべて「私」を秘匿するために必要な行動だからだ。

 考える必要など無い。

 そんな暇があるのなら目の前の「敵」を殺せ。

 身体にインプットされた最適なナイフの振り。何度も何度も行ってきた変わらない行動。最も目の前のニンゲンを簡単に、迅速に殺せるであろう刃の軌道。

 目の前で棒立ちになっている少年の首を刈る。頸椎まではこのナイフじゃ斬れないから頸動脈を斬る。

 勢いよく血が噴き出た。まるで夜に咲く赤い花のように。

 これで出血多量のショックで死ぬか、それでなくとも脳に血が足りなくなってすぐに意識を失うであろう。

 ここで私は我に返った。

 目の前には地を真っ赤に染めて、先ほどまで話していた男子生徒が倒れている。

 でも、この光景は私には見慣れている。過去何度も行ってきたことの、私が作り出してきたことの惨状だ。

 頭は冷静だ。

 計画性なしに殺してしまった。どうすれば隠匿できるか。周りに人気はなく目撃者はいない。監視カメラもないようだ。情報の秘匿は容易。

 私はすでに事後処理のことばかり考えていた。殺された奴への同情など微塵もない。そんなことは、どうでもいい。

 こいつとの関係など終わったものとして、私が次の行動に思案を巡らせている時だった。

「いったいな~、もう。まったく、いきなり斬りかかってくる奴がいる、普通?」

 どこかから声がした。

 いや、どこかではない。私の目の前の足元。男子生徒が倒れている、その首の先。首が斬られて、致死量の血を流し、すでに事切れているはずのその死骸の口から。

 声が、した。

「……!!」

 死骸から飛びのき、距離を取る。

「あはっ、やっと驚いたね~?やーっと感情を覗かせたね~?」

 確かに殺したはずの死骸がしゃべっている。

「死んで、ない……!?」

 初めての事態に、流石に動揺する。

 むくり、と死骸が起き上がった。

 大量の血は飛び散っているものの、その首の傷はふさがっている。赤く染まっていた制服、いや、血が乾いて少し黒ずんでいた服の上から、新鮮な赤い血が降りかかり、鮮やかな赤に染まっている。

「いや~、どうかな~、これ?面白いでしょ」

 なにが起こっている。

 なぜ殺したはずのやつが生きている。

 夢ではない。何度も行ってきたその所作は、確かに肉を斬っていた。今でもその感触は手に残っている。

 手品とかそういう類でもない。何回も斬り殺してきた。それは自信を持って言える。間違いなく、殺した。

「……あなた、誰?」

 こいつはターゲットではない。獲物ではない。対等な、敵だ。ただ殺すのではなく、戦わなければならない存在だ。

 ゆえに何者かを知る必要がある。

「どうせ言っても覚えないでしょ~?だったら君の呼びたいように呼ぶがいいよ」

 そうではない。名を聞いたのではない。どのような存在かを尋ねたのだ。

「でもね、自分は死ねないんだよね~。不死身不死身。斬っても裂いても割っても抉っても絞めても潰しても燃えても凍っても砕けても飢えても融けても干からびても、何をしても死なない。どんな死に方も受け付けない。これ以上老いることもない。それが自分なんだよ。だから車に轢かれても大丈夫!でも無事だとは言いにくいよね~。どう?これで答えになってる~?」

 答えにはなっている。こいつが誰かは理解した。

 そして同時に戦慄した。

 どう足掻いても殺せないならば、こいつの命をどう奪えばいいのだろうか。こいつをターゲットとした時、私はどうすればいいのか。

 悲しいかな、私の思考はこんな方向にしか考えられない。

「これで、いいかな~?自分の依頼受けてくれる?」

 でも、まだ何もわかっていない。なぜこいつは私が殺し屋であると知っている?

「あ、もちろんお代は自分の命でいいよ~?」

 死なないやつの命なんていらない。

 疑問は尽きないが、少し思考が落ち着いてきた。

 いったん息をつく。

 深呼吸をはさむ。

 そして私は、


「残念ですが、その依頼は受けられませんねー」


 まず依頼を断った。

「え~、なんで~?やっぱり得体のしれない化け物の依頼は受けられないってこと?ひどいな~」

 言葉ばかりの嘆きをこぼす。

「いえ、代価がもらえないのでしょう?だったら受けられません。それだけですよー」

 私は依頼人の命諸共、対象を殺す殺し屋。命を奪えない、不死者の依頼は受けられない。それでは依頼が成立しない。

 これは私の矜持であり、生き様だ。それを曲げることなど許されない。私が許さない。

「う~ん、そっか~。じゃあ仕方ないね~?まあいいよそれで」

 意外にあっさりと引き下がった。少し拍子抜けだ。

「じゃあ自分の用件はこれだけだから、じゃあね~」

 帰ろうとするその肩をつかむ。

「なんであなたは私の正体を知ってたんですかねー?」

 私の用件は終わっていない。こいつの正体は知っても、こいつの行動が分からない。

「さてね。なんでだろう~?」

 だが、こいつはそれを話そうとはしなかった。

「君には自分は殺せない。自分の邪魔をすることはできない。君が自分に何かをしようとするなんて無駄だよ~」

 殺せなくてもやりようはほかにもある。

 ひとまず拘束しようと戦闘態勢に転じた時、彼はいつの間にかいなくなっていた。姿も消えている。

「何年生きてきたと思ってるの~?基礎的な戦闘技術も自分は習得済みよ。君ごときでは無理無理~」

 楽しげに言うその言葉には腹が立つが、それはどこかあの日の女と似通っている。

「……そのうち殺しますねー」

 とりあえずその言葉だけは伝えておく。

「はっはっは、出来たら面白いね~。あ、あと依頼の件よろしく~」

「それはやりませんと……」

「これは依頼じゃないよ~。ただの確定事項。君が将来行うことのね――」

 そして、その気配も消えた。

 ただ一つ、不穏な言葉だけを残して。

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