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さとラーの男

作者: 天野美伽

「糖尿病になりかけています」


 私は会社の健康診断で肥満と血糖値に引っ掛かり、再検査を受けに来ていた。

「今回の検査では大丈夫でしたが、メタボリックシンドロームの予備軍ですし、カロリーの高いものや甘いものの取りすぎに注意して運動もしてください」

 健康診断に引っかかったのはこれが初めてではない。今年で3度目だ。


「昔っから、運動が嫌いでして……それにどうしても甘いものがやめられないんです」

「そんなことは言ってられませんよ。糖尿病になったら治療も大変ですし、ならなくても動脈硬化になり心筋梗塞で倒れる可能性も高くなってきます」

 医者はその言葉を言わなかったが、今の生活を続けていれば死ぬということだ。甘いものをやめねば!

 明日から頑張ろうと決心し、その日の仕事帰り、最後の晩酌をとバーへ寄った。



「へへへへっへっへっへっへ……」

 カウンターで飲んでいると隣から狂ったような笑い声が聞こえた。恐る恐る横目で見ると、顔ほど大きい瓶に入った透明な液体を嬉しそうに眺める男がいた。「本当にいいの、親父」「うへへっへっへほっへっへ……盛大にぶち込めよ!」

 親子か?


 息子は瓶を急いで開け、目の前にある半分ほど赤い酒が入ったグラスに液体を注ぎ始めた。液体は分離し、見事に半分に分かれた。

「おっと、あぶねー!勢いあまって溢れそうだった!」

 息子はグラスの中の液体をかき混ぜずにごくごく飲んだ。ガタガタガタッ……息子は地震を起こした。


「あぁーっ、震えるーっ!」

「お客様、ほかのお客様の迷惑になりますのでお静かに……あと、その、不審なものを持ち込まれるのは困ります……」

「アンだとぉ!」

 父親の方が顔を真っ赤にして立ち上がった。

「親父落ち着けよぉ。店員さん、これ、砂糖のシロップだよ?麻薬とか怪しいものじゃないって。なんなら、舐めてみる?」

 店員は明らかに嫌そうな顔をして、結構ですと断った。


 あ……目が合ってしまった。

「おじさん、気になるの?」

 息子の方が私の顔を見つめて言う。男の顔は月の裏側みたいだった。

「な……なんで、私がっ」

「そんなに目を丸くして見つめてるからさ」

 しまった、変な奴に絡まれてしまった。

「恵まれているのは今の内だぞぉ。今に自然の食品は無くなり、色んなものが違法になる」

 父親の方が言った。

 なぜそう言えるのだろう。

「知りたいか?」


 私は何も答えなかったが、男は語り始めた。

「俺たちは、未来から来たんだ。今から……100年ほどの未来から。未来では動物が絶滅したり、絶滅しかけたりして、とにかく肉や魚が人工的に作られてる。しかも酒や煙草やマーガリンやコーヒーは違法食品に指定され、製造もされなくなった。そこでだ、この時代には、マヨラーっていう言葉があるだろ?」

 マヨラーという言葉を久しぶりに聞く。もうあれは、死語なんじゃないかと疑問に思った。男は続ける。


「俺たちは、さとラーなんだ。未来で流行る。砂糖が好きで、何にでもかけるのさ。だが、砂糖も違法食品に指定されて俺たちはさとラーをやめることもできず、ギャングになった。違法食品や本物の肉や魚を食べるギャングにな。そして、タイムマシンを手に入れて砂糖OKなこの時代にやってきた!ここらの砂糖を買い占めるつもりだ!」

 男は歯を見せて笑うが、歯茎は黄色く、その歯はぐらぐらしていた。

「砂糖はいいよなぁ。特に俺はグラニュー糖が大好きだ。脳がとろける」

 本当は関わりたくなかったが、逃げる術が無かったため、私は、はぁ……と返事をした。

「おじさんに特別に分けてあげるよ」

 息子の方がそう言って先程の瓶を開けた。

「店員さん、生ビール頂戴」

 店員は返事もせずに生ビールをテーブルに置いた。そのビールにシロップを注ぐ。

「これぁうまいぞぉ。良かったなーお前さん」

 父親が目を輝かせて、顔を近づけてきながら言った。頼むから息を私にかけないで欲しい……。

 息子がシロップ入りのビールをこちらによこした。


「あ、あの、貴重な、シロップなんでしょう? わ、私は結構ですから……」

「そんなこと言わんで!ほらっ、いけっ、のめっ!」

 私が渋っていると息子はビールを取りあげた。

「そんなに遠慮するなら僕が飲むよ」

 ごくっごくっごくっ。

 息子はビールをイッキ飲みする。また、地震を起こして白目を剥いた。

 しかし今度は、椅子から滑り落ち、床に寝そべってしまった。


「なにしてんだよぉ」

 父親の方が笑いながら息子を起こそうとして、どんどん真っ青な顔になっていった。

「おいっ!おいっ!……なぁ、お前さん、救急車だ。きっと急性砂糖中毒だよぉ。俺のいたとこではこれで何人もいっちまったんだ。早く救急車!頼むからっ!」

 慌てて119にかける。


 痙攣する息子と、赤い顔の父親を見て、私はきっと、もう酒と砂糖を口にすることはないだろうと思った。

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