自殺した彼 2
駅前の喫茶店は、少々古くて薄暗く、コーヒー一杯450円するので、お財布事情の苦しい僕は、数回しか入ったことがなかった。僕たちは、比較的明るい窓際の席に座って、ホットコーヒーを頼んだ。
僕の向かいの席に座った水野は、何となく落ち着かない様子で、僕の顔から視線をそらせていた。僕たちは無言で座っていたが、コーヒーが運ばれてきて、お互い一口飲んで一息つくと視線が合った。水野は下を向き、また一息つくと、
「…あの…さ…」
と話を切り出した。
「…僕、なんか最近、こう、疲れてる、というか…なんか、ダメなんだよね…」
「疲れてる?何に?勉強に?」
「…勉強もそうなんだけど、人付き合いとか…」
「…へえ、意外だね。水野、友達多いし、楽しそうじゃん」
「…いつも、誰にでもいい顔しようとしてるだけのような気がする。自分のこと偽って…」
「そうかな、考えすぎじゃない?」
「…そうなのかな、…勉強もなんか集中できないんだ。この間の予備校の試験で、ガクっと順位が落ちてね。このままでは志望校に受からない…」
水野は東大狙いだというのは、うわさで聞いていた。
「焦ることないよ。まだ二年生だし。何か気分転換した方がいいよ。そのうちまた勉強に打ち込めるようになるって」
「…気分転換ね、特に何も思いつかなくて…」
「サッカーは?」
「最近、サッカーやってても、楽しいと思えないんだ…」
僕はその時ハッと思った。もしかしたら…
「…水野、ちょっと鬱っぽいんじゃない?」
水野は顔を上げて、真っ直ぐ僕の顔を見た。そして、また下を向いた。
「鬱…ね、…僕もそうかなと思ったんだけど、親父が否定するんだ。病気だって事にして、甘えてるだけだって」
「そんな…とにかく、一度精神科とか、心療内科とか、かかったほうがいいよ!」
「…そうした方がいいかな…」
「そうだよ!ちょっと抵抗あるかもしれないけど…」
水野は、しばらく黙って俯いていた。僕も黙って水野を見つめていた。
「…いろいろ話を聞いてくれてありがとう」
水野がやっと重い口を開いた。
「…いや、あまり役に立たなかったかもしれないけど…」
「そんなことないよ。行こうか」
「…うん」
僕たちが喫茶店を出た時には、外はすっかり暗くなっていた。二人とも黙ったまま駅へ向かって歩いた。改札を通ると、水野は、
「じゃ」
とだけ言って、僕と反対のホームへ歩いていった。
それが、僕の見た彼の最後の姿だった。