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作者: 十川 琉斗
掲載日:2018/06/14

いつか、彼のことを覚えていてこの日のことを振り返る日がくるだろうか。


窓を開けると外の空気と内側の空気が入れ替わり、なんとなくだが呼吸がしやすくなった。それもそうだろう。

もう誰もいない教室に呼ばれ、鍵をわざわざ開けて中へ入った。

蒸し暑すぎて初めは本当に死ぬかと思った。


少し窓の外を眺めていると彼が扉を開けて中へ入ってきた。


「あ、悪い。鍵取りに行ったら先に取りに来たって聞いて……」


ええ。取りに行きましたとも。部活動お疲れ様です。

先程まで運動をしていたのが分かるくらいに息が上がっていた。たぶん部活が終わってからすぐに走ってきたんだろう。


「うん、部活動お疲れ様。」


そう告げるといつものように「ありがと。」と言って彼は頭を少し掻いた。


「えっと、話って何かな?」


なんだか、私から話を切り出さないといけないような気がして、問いかけてみる。


実は彼へ問いかけはしたが、要件なんて言うのはなんとなく分かっている。

この状況。そして今までの彼の私への対応を見ればよくわかっていた。


私が問いかけると彼は少しおどおどとして教室内のあちこちへと視線を向け始める。

本当に凄くわかりやすい人だ。

そんな彼のことを私は嫌いな訳では無い。

かわいいし、正直者で、誠実。

そんな彼のことを愛する人は沢山いるのだろう。


そんな沢山の愛を向けられた彼は何故か私には好意を抱いたようで、よく照れくさそうに話しかけてきた。


私も話すことが好きだったのでたくさん話した。


だが、なぜ私なんだろう。

人を恋愛的な意味で好きになったこともないような私がなんで愛されるんだろうか。

けれど、考えたところで人のことを好きになったことの無い私はたぶんいつまでも彼の気持ちがわかるわけが無いんだ。


しばらくして、私が何か話題を切り出そうかと思い口を開く。が、それよりも先に彼の方が先に口を開いた。


「あのさ……俺、お前のこと」


彼の話を聞こうと、私は口を閉じてこちらを見つめる彼をしっかりと見つめ返した。

次に来る言葉の為だ。


「好きだ。」と。そういうのだろう。

けれど、多分その言葉は私が思っている以上に沢山の意味が詰まった言葉だ。

だから私はそれを受け止めて、きちんと返さなければいけない。


「好きだ。」


予想通りのその言葉に、私は予想以上の重みを感じた。

けれど、私は返事をしないといけない。胸の当たりがズキズキと傷んだ。


わかって欲しい。告白してくれた君も辛いと思う。


けど、だけどね……


深く呼吸をし、決意を固める。

私も言葉にちゃんと意味を込めるんだ。

彼がそうしてくれたように。

















「ごめんね。」

















しばしの静寂。

いや、そう感じただけでたぶんセミの鳴き声がより一層鳴いていたと思う。けどそんなの気にならないくらいに私も彼も目線を逸らしたまま、時間が止まったように立ち尽くしていた。


もしかしたら彼は泣いていたかな。見れなかったから覚えていないけど。

私が目線を逸らした先にはいつも私の使っている机と、その隣の彼の机が見えた。

私の机はたくさんの落書きがしてあって、とても見れたようなものでは無い。傷もいくつかついている。


断った際、理由は敢えて言わなかった。

理由を言えば、きっと彼は私のことをまた肯定しようとすると思ったから。

それなら1度ちゃんと断って綺麗に忘れてもらった方がよかった。


その方が、彼にとっても幸せだろうから。

その後私と彼は短い会話を終えて帰宅することになった。


帰り道、呼吸が苦しくて。涙が溢れたけれど。

いつも、私が泣いていたときとは違う涙だったことを今でも覚えている。


初めて、自分の意思で他人を傷つけた。


他人の不幸は蜜の味。

なんてよく言うけれど、やっぱり私には口に合わなかったみたいだ。


嗚咽を漏らしながらも畦道を帰る途中。

私は何度も立ち止まっては、戻ろうかと考えた。

彼にもう一度謝りたかった。あんな短い言葉の中にどれだけの意味を詰め込めることができていたか疑問だったからだ。


けど、私には戻る勇気が無かった。


いじめられる理由も、頷ける。そのくらいに私は弱虫だった。


そのままいつもの道に沿って、いつもの自分の家に着いたのだった。


※


あれからもう数十年経った。

今でもあの時のことを覚えている。

覚えているからこそ、彼のあの時の気持ちが今はなんとなくだがわかる気がする。


「新郎新婦の入場です。」


私達に当てられたスポットライトはとても眩しく、会場内を見渡すことができなかった。


あの日の彼は今日の結婚式に来てくれただろうか。

いや、きっと来ていないだろうな。


そう思いつつも、彼の面影をどこかで探していた。

お父さん。といっても義理のだが。そんなお義父さんのスピーチも終わり、淡々と流れていく式。


ついに次は誓いのキスだ。


今日、夫となる彼と知り合ったのは私が大学を卒業して初めて働き始めた会社だった。

その会社でもいろいろとあったけれど、今はそんなことは忘れよう。


これからの幸せを互いに約束し合って彼と誓いのキスを交わした。


それを終えた途端に涙が溢れた。

嬉しいから。




いいや、違う。




理由はわからないが、なんだか違うのだ。


目の前の彼のことが本当に好きなのに。


それ以上に、あの日のことが頭を巡って。私を責め立てるのだ。

あの日の彼は今、幸せに過ごしているだろうか。

もし過ごせていないとして、私が何故幸せになっているのだろうか。


そう思ってしまった。


「大丈夫か?」


目の前の彼はそんな私を気にして声をかけてくれたが、私は「大丈夫」と止まることのない涙を拭いながら返事をした。


幼い時の私にも今、目の前にいる彼へ私が思っているような感覚を知っていれば。

今日のように大勢の前でキスを交わせる位の勇気と同じ気持ちをあの日の帰り道に持っていれば。


もう、過ぎてしまって無理なことばかりが頬を流れ落ちていく。


後悔と言うものだろう。


あの日と同じように、また胸がズキズキと傷んでいた。


これは呪いなのかもしれない。

彼にかけれたものではなく、幼い頃の私自身が今幸せな私にかけた呪い。

けれど、私はこれを受け入れないといけない。


それが私にできる彼へのせめてもの償いだったから。


※


涙をなんとか誤魔化すために拭い、会場内を見渡した。

すると、端の席の一人の男性が目に止まった。


「あっ。」

思わず声が漏れる。


なんとなく、彼だと気づいた。理由はわからない。顔つきだって変わっているのに、なんでか私にはわかったのだ。


あの日、私が告白を断った彼がここに来てくれていた。

それに、彼は私を見て嬉しそうに泣きながら拍手を送ってくれている。


















「ごめんね。」




















あの日の私がまた彼へそう告げようとしていた。


だが、今の私はそれを絶対に許さなかった。


彼へ、私が言うべき言葉。それに相応しい言葉はたった一つしかなかった。




















「ありがとう。」



















誰にも聞こえぬように、小さく呟いて笑ってみせた。


すると彼はこちらに気づいたように、また笑顔になった。


その時。胸の内がスっと軽くなり、また涙が溢れ出した。

初めて流れる涙だ。それは私を優しく包み込んだ。

温かくて、心地よかった。


全て、気のせいではない。

彼の顔を見た時そう思えた。


そして私は今日結婚したこの人を愛している。

それは嘘偽りないことだ。


彼の事はどうなのか。


それは今ちゃんと考えても分かりはしないけれど。


一つ。ただ一つだけ分かるのは。


私はこれからもずっと。





































____きっと、彼のことを覚えている。

読んでいただき、ありがとうございました。

今回の作品は-Forget-の対になるように書きました。しかし、おかしい点などがあるかもしれません。そういった場合は気軽に教えていただけると嬉しいです。

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