chapter2 突きつけられた現実
「ただいまー」
「あなた、おかえりなさい!」
「パパ、おかえり!」
彰が家の扉を帰ってくると、里奈と沙耶が玄関に向かってドタバタ駆けつけてきた。
彼は「二人揃ってどうした!?」と彼女らに問いかける。
「おじいちゃんとおばあちゃんが大変なの!」
「あなた。さっき、お義母から電話があったのよ」
「それがどうした? どうせ単なる愚痴だろう?」
彰は表情を変えることなく、サラッと話を逸らそうとした。
しかし、沙耶達は彼から食い下がろうとしない。
「そ・れ・が・ち・が・う・の!」
「もう、すっとぼけないでちょうだい! お義父が車椅子生活になったのよ!」
「えっ!? いつから!?」
彼は最初は彼女らが話していることを理解することができなかったが、話を聞いているうちに彰の表情が曇り始めてきた。
「つい最近よ!」
「つい最近!?」
「それでおじいちゃんとおばあちゃんが大変なの! 「老老介護」をしてるんだから!」
「親父が車椅子ならばうちで面倒を見なきゃならないな……」
「そうね……。私もあなたも仕事してるし、沙耶ちゃんも二年後は高校受験も控えているし……」
里奈と彰は悩んでいた。
この先も彼らが「老老介護」を続けていたら、共倒れしてしまうと――。
しかし、自分達は仕事や家事をこなしながら沙耶を育てている。
中学一年の彼女は放送部と二年後の受験に備え、近所の学習塾に通っている二足の草鞋。
これから祖父母の介護が加わると沙耶の両親の大変になってくるのだ。
「里奈、沙耶……」
「はい」
「うん?」
「俺自身も薄々、思っていたことではあるが、親父とお袋はどちらも要介護、さらには認知症になったとしても、俺達が面倒を見なきゃならないということは分かっているな? 沙耶も受験勉強をしながらでも協力してもらわないと困るしな……」
彼は神妙そうな表情を浮かべながら彼女らに語りかけるように自分の意見を話し始める。
里奈と沙耶はそれぞれの反応を示すが、さすがに今すぐには答えが出てこない。
その時、再び固定電話が鳴り響く――。
「もしもし、今井です。って、お袋!?」
『彰かい? お父さんが車椅子から落ちて……』
「黒鳥大学病院な! すぐに行く!」
通話が終わり、受話器を置くと、彼は慌ただしくセカンドバッグにスマートフォンと貴重品を入れはじめた。
「お義母、なんて……」
「親父が車椅子から落ちたって。今、救急車で黒鳥大学病院に着いたって連絡があった」
「急いで支度してくる」
「パパ、私も行く」
「沙耶は明日も学校なんだから、大人しく家にいなさい」
「嫌だ! パパ、今日は土曜日だよ?」
「あ……カレンダーを見間違えてしまった。お前も準備しろ」
「うん!」
彰は彼女らの支度が終わるまでに自動車のエンジンを温めたりしながら待ち、それが終わり次第、黒鳥大学病院へ向かって出発した。
*
黒鳥大学病院に着いた彼らはすぐさま薄暗い待合室で祖母の姿を探していた。
彰がその姿を見つけて「お袋!」と呼ぶ。
「あ、彰。里奈さんに沙耶ちゃんまで」
「「こんばんは」」
祖母は里奈と沙耶も一緒にいたので、驚いた表情を浮かべていた。
「親父は……」
「お父さんは1ヶ月くらい入院が必要だって。最悪の場合は……」
「最悪な場合はお義母さん、もしかして……」
「……介護が必要になるかもしれないって先生が言ってたんだよ。二年後には沙耶ちゃんの受験でしょう? 彰達には迷惑をかけたくないんだけど、コレばかりは仕方ないな」
「……お袋……」
突然、今井家に突きつけられた「介護」という言葉。
病院にくる前に話していたことが現実になってしまったのだ。
その話を聞いた彼女らは複雑な表情を浮かべている。
「俺、親父かお袋が介護が必要になることは分かってる。だけど、今は突然すぎて整理がつかない。おそらく里奈や沙耶も……」
「まあ、ゆっくり考えなさいな」
「ああ。すぐに答えが出せなくてごめんな?」
「突然のことだから、すぐに答えられないのは仕方ないこと。彰も仕事で疲れているんだからまずは休んでくださいな」
「そうさせていただくよ」
あれから数分が経ったあと、祖父の居室の空いたベッドとソファーベッドを使ってもいいと看護師から指示が出たので、彼らはそこで一夜を過ごそうとしている――。
彰は介護ことについて頭を巡らせていたので、全く寝付けなかった。
2017/07/02 本投稿