Chapter1 「介護福祉士」になりたいと思ったきっかけ
とある県の自然豊かな閑静な住宅地に一台の自動車がゆっくりと入ってきた。
それはまるで道成に吸い込まれるように――。
その車には父親らしき男性がハンドルを握り、後部座席に母親らしき女性とチャイルドシートに少女がちょこんと座っている。
少女が嬉しそうに「パパ、ママ!」と言い、一件の家を指さした。
彼女の隣にいる女性が少女が言いたかったことを察したのか「そうだね」と相槌を打つ。
「沙耶ちゃんが指さしているのは誰のおうちかな?」
「おじいちゃんとおばあちゃん!」
「正解!」
「ハハハ。沙耶、はしゃぎすぎだぞー」
沙耶と呼ばれた少女と彼女が楽しそうに話している様子を男性がルームミラーからニコニコ微笑みながらたしなめる。
「本当はパパだっておじいちゃん達に会いたいくせに!」
「それはそうだがな……」
「まあ、あなたのお義父とお義母のことが心配よねー」
「おいっ!?」
車内にわき起こる笑い声。
車が完全に止まり、彼女らはそこから降りた。
*
その家は和テイストの平屋建て。
普通の一軒家やマンションのようにドアホンなどは存在しない。
男性が「親父、お袋、いるかー?」と訊いてみるが、反応はなかった。
今度は戸を何度か叩いてみたら、中から女性の声が彼らの耳に入る。
「ただいまー」
「こんにちは、ご無沙汰しています」
「おやおや、彰と里奈さん。すまんな、耳が遠くなってしまって……」
「沙耶ちゃん、いらっしゃい」
「こんにちは! おじいちゃん、おばあちゃん、遊ぼう!」
「沙耶ちゃんは相変わらず元気ですな」
「ええ、とっても」
沙耶は幼い頃は大のおじいちゃん、おばあちゃん子。
彼女の祖父母から昔の遊びを教えてもらったり、近所の子供達と遊んだりと彼女にとっては|祖父母の家は絶好の遊び場なのだ。
ゴールデンウィークや夏休み、冬休みの年三回、今井家の三人に会えることを祖父母は楽しみにしている。
そのため、長期連休の最終日はとても名残惜しく感じるらしい。
「俺達は沙耶が元気に遊んでいるところをみるのが幸せだ」
「そうね。都会ではあまり子供だけで遊びに行かせられないから恐いのよ」
沙耶の両親が祖父と遊んでいるその様子を見ながら冷えた麦茶を口に含んだ。
*
あれから十年が経ち、沙耶は中学生になった。
彼女が成長するごとに祖父母は年を召していく――。
ある日、今井家の固定電話のベルがけたましく鳴り響いた。
「はい、もしもし。今井です」
『久しぶりだね。沙耶ちゃんかい?』
「うん」
『久しぶりだね。元気だったかい?』
「うん、元気だよ! おばあちゃん、どうしたの!?」
『おじいちゃんがね……』
沙耶の祖母の話から祖父は徐々に身体が衰え、車椅子の生活をし始めたと――。
それを電話で聞いた彼女は「そうなんだ……」と答えるしかなく、『彰と里奈さんに伝えてね』と言われ、電話が切れた。
その話を聞いた沙耶は受話器を持ったまま呆然としている。
母親の里奈が家に戻ってきた時に「沙耶ちゃん?」と呼ばれ、沙耶は我に返り、ようやく受話器を置き、先ほどの祖母からの会話の内容をすべて話した。
「ママ……」
「ん?」
「私、おじいちゃんのために何か役に立ちたい……」
「沙耶ちゃん……」
「私は介護福祉士になりたい」
彼女の祖父母は最近よくニュースや新聞で取り上げられている「老老介護」をしているという現実。
沙耶は自分の身近で「老老介護」をしている人が本当にいるとは思わなかった。
それが彼女の進路選択のきっかけとなった。
「祖父のために介護福祉士になりたい」と――。
2017/07/02 本投稿
2017/07/02 改稿