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キノコだと名乗った以上は編み籠に入れ

 ユーリとの再会から数週間が過ぎた。

 あれから、二人だけの親密な場は設けられることなく、二人はそれぞれに自分の職務を全うしていた。幸か不幸か二人は仕事にのみ向き合えば、接点などはまるでなく、まるで先日の出会いは夢であったかのように毎日が過ぎていった。


 ただ、互いに直接会うようなことはなかったが、それぞれの評判に耳を済ませていたし、王宮内で姿を見かけた時は遠くから見守るような状況は続いていた。

 そして、なにより二人の間にちょっとした共通の出来事が生まれていたことを当人達は知らない。毎朝、軒下にできる氷柱を見つけた時、互いが互いに思いあっていたということに。


 そんなある日のことだが、レイラは女性を磨くと言うのは具体的にどうしたらいいのかをずっと考えていた。

 レイラの脳内会議では、『綺麗になりたい』→『どのくらい?』→『ユーリの隣に居てもいいくらい』→『それってどれくらい?』→『お姫様くらい?』→『無理!』というところから先に進んでいなかったのである。


 とは言え、ユーリの隣に似合う女性は、アナスタシア姫を置いて他にいないという考えは城の中で当然の価値観であり、ユーリに自分を女の子として見て貰うには、彼の最も近しい女性よりも女性らしくならなくてはならないのである。

 そうなると、どうしたって、レイラの女性としての到達点はお姫さまという結論になってしまう。

 しかし、アナスタシア姫は流石にハードルが高すぎた。あの雪よりも白い艶やかな肌。宝石のように煌めく大きな瞳。芸術品のように見蕩れてしまう黄金の髪。赤子の肌のように柔らかそうであり、白樺のようにスリムな体。若々しく瑞々しい曲線を描く女性としてのプロポーション。


「だめだ……原石から違う……」


 泥団子をいくら磨いてもダイヤにはならない。そんな風に突きつけられた気分だった。

 とは言え、沈んでいたばかりではない。レイラはレイラなりに努力をし始めたのだ。見た目はどうしようもないかも知れないが、気持ちは変えられるはずだ。だから、ネガティブに物事を考えるのではなく、できる限り前向きに、そして笑顔を心がけるように気を配っていた。


 それから、当然ながらに自分の役職である魔術師としてのレベルアップは殊更に励んだ。

 今日も今日とて除雪作業を任された魔術師の第二部署であったが、すでにレイラも慣れたものでシャベルを持ち出すと、それに符呪を行った。


「随分うまくなったね」


 相方のレオンが感心して褒めてくれた。シャベルに熱と振動を掛け合わせ、初日に教えられた魔法を見事に構築できるまでになったのである。


「先輩のおかげですっ」

「そ、そんな……レイラさんが頑張ったからだよ。最近、ほんとに技術が上がってきたね」


 レオンが照れながらレイラへと褒めれば、今度はレイラも赤くなる。なんだかんだで、二人の二人三脚は息が合っているし、とてもバランスが良かった。基本的に、黙々と作業を行うタイプの二人であるし、魔法に対しては献身的なところも同様だ。そして二人、多くを語らないからこそ、大事な会話だけが自然と浮き上がって議題に出ている。


 そのため、仕事も堅実であり、いつしかレイラへの評価ももう駆け出しという印象が消えていったのである。

 目的ができてしまえば、ひたむきに努力するのは、魔法勉強に取り組んだあの頃と同様だ。レイラの前向きに変わろうという目標が、彼女を更に前進させているのだ。比較的、最初よりは社交的になってきたことで、魔術師達のレイラに対する印象も評価が上がりだしていた。


「やぁやぁ御二人さん、雪かき捗ってる?」


 せっせと庭の雪を片付けていたところへ何故だかアントン部長がふらりとやってきた。なんとも気力の入りきらない喋り方にも慣れてしまって、レイラとレオンは部長の方へ寄っていく。


「大体終わりましたけど……?」

「お、さすが。最近のキミ達、随分調子がいいみたいねー」


 嬉しそうに言うアントンは通路の手すりに肘を乗せ、頬杖をついた。なんとも頼もしい部下ができたと安心しているのだろう。


「あの、何かあったんですか?」

「ああ、うん。実は第一部署の作業がね、人手不足で人員を割いてほしいとの御達しなんだわ。キミ達、行って見ない?」


 その言葉にレイラとレオンは二人とも嫌な顔を浮かべてしまう。

 第一部署の手伝いということは完全に奴隷状態でコキ使われるであろうと想像が付いたからだ。

 おそらくアントンもその反応は予想していたのだろう。二人の表情が露骨にげんなりとしたものになったのを見て、「だよねえ」と眠たそうに瞼を下ろす。


 レイラ達の班に声をかける前にも、他の班へ同様のことを聞いて回っていたのだろう。おそらく誰もがあまり気乗りしないという反応をしたはずだ。


「まー、そうは言ってもこれもお仕事なんで、誰かにやってもらわにゃならんのよ」

「……どういう仕事内容なんですか?」

「宮殿内のね、魔器の分解点検」


 モースコゥヴ王宮の中心にある王族の施設である宮殿内には、その暮らしを優雅に彩るため、様々な魔器を利用している。もっとも恩恵を与えているのは言うまでもなく、暖房器具だ。

 寒さの厳しい国にありながら、宮殿内はいつも一定の温度で保たれていて、暖気に包まれているのだ。それはストーブとはまた違った魔法を使った秘器によるもので、王宮内を暖気で包むという画期的な魔法道具であった。


 宮殿内各所に取り付けられたその暖気の膜を生み出す装置だが、どうも近頃調子が悪いのだとか。本来ならば、温かい時期に点検修理をするべきなのだが、この寒さも真っ只中の時期に分解修理をしなくてはならないというのは、明らかに第一部署の怠慢による影響である。

 その尻拭いを手伝わされることになるので、全くもって堪らない話だ。本来、この話を聞いて「やります」という第二部署の人間はいない。が――。


「や、やります!」


 レオンが態度を正反対に変えたので、アントンはずり、と頬杖を崩してしまった。


「え、やるの? 助かるけども。レイラくんはどう?」

「そ、それは、仕事なのでやれと言われれば……」


 急に意見を切り替え、寧ろやる気になったように見えた先輩をレイラは不信に思いつつ、結局どうあれ仕事なのだから、選り好みはできないと腹を括るように返事した。

 アントンはそれに頷いて、姿勢を正して「オホン」と軽い咳払いをする。


「あー。では、レオン・レイラ班に作業指示。これから第一部署のナディア部長のところに出頭するように」

「は、はい……」

「畏まりました!」


 アントンはそう言って、またのそのそと魔術師塔へと戻っていった。それを見送ってから、レイラはレオンを覗き込みながら訊ねてみた。


「あの……先輩? どうしていきなりやる気になったんですか?」

「仕事だから、名誉ある!」


 なぜか倒置法で語ったレオンに、レイラは『あ、嘘だ』と直ぐに見抜いた。ちょっとばかり呆れ気味に、小太りのレオンを見て、彼の本意が容易に理解できた。レオンが嘘をつく時のパターンはこの王宮にやってきた初日に経験し、学習済みだ。

 レオンは、アナスタシア姫にぞっこんなのだ。姫が宮殿から出てくる時はいつも仕事を中断しては見に行っていたし、その時の嘘もバレバレだったので、レイラはもう仕方ないと諦めながら見ていたものだ。

 今回の第一部署の手伝いが、王宮内の魔器修理と聞いて、レオンは真っ先に愛しき姫の傍に近づく絶好の機会と飛びついたのだろう。


 相方の嗜好に振り回されるのは勘弁願いたいところだが、レオンのその下心と、レイラの想いはある種一致していた。レイラも、普段親衛隊が働いている宮殿内のことを知っておきたかったのだ。

 だから、レオンのことを責めるような気持ちはまったく持たなかった。そして、レオン同様に、ユーリの仕事っぷりを見ることができればそれはそれでいいかな、なんて考えていた。


 そのままアントンの命令に従い、魔術師塔の最上階にある魔術師長室へとやってきたレイラ達。多数の証書や、勲章が飾られた王宮魔術師第一部署、その部長である魔術師長のナディアの前で並んで立つと、神経質そうなナディアが鋭い視線を飛ばして高圧的に言った。


「そのシャベルは何だ」

「はい、緊急の御達しだったので、除雪作業中でありましたが、迅速に対応させていただきました」


 年の頃は二十台半ばと云ったところだろうか。切れ長の瞳に冷たい水晶のような目をした細面の女性、ナディアは第二部署からやってきた二人組みのその返答に対し、眉間に皺を寄せた。


 レイラとレオンは共に、除雪シャベルを担いだまま、魔術師長の部屋へとやってきたのだ。

 勿論、わざとそうしたのだ。精一杯の皮肉を込めて、レオンが恭しく返事をしたのだった。二部署の面々からすれば一部署の嫌がらせには鬱屈したものを抱えていたし、それはレオンも同じだったようだ。レイラも先日、第一部署に嫌がらせを受けたので気持ちは理解できるが、レオンたち先輩からすればこれまでもっと沢山の嫌がらせを受けていたのだろう。


 鬱屈したものを抱えているらしいレオンは、レイラにシャベルを担いだまま、参上してやろうと提案した。レイラは大丈夫だろうかと表情をちょっぴり強張らせたが、レオンはもう歩き出していたのでその後ろについて行くしかなくなった。


「……まったく役立たずのオチコボレらしい」


 そのオチコボレに頼らざるを得ないエリート様は誰なんだとレオンは内心思ったようで、表情を露骨に曇らせたが、口には出さなかった。

 気難しげにサイドに垂れた髪を払い、ナディアは助っ人に来た二人に作業命令を与えた。それは想像通りの、第一部署の人間の雑用係で、王宮内に配備している魔器解体作業中の魔術師達の間で中継役となり、必要なものを揃えて届けるというものだった。

 レイラとレオンはその命令に従い、王宮内で作業しているという一部署の構成と作業場所を記された書類を渡された。

 王宮内など滅多に入ることはないし、中の構造も詳しくないので、渡された見取り図に二人はクギ付けになった。レオンは姫の寝室がどこかなんて調べていたし、レイラも親衛隊詰め所と書いてある部屋を見つけて、ユーリを思い出していた。


「では、早々に作業にかかれ」

「はい」

「……それから、シャベルは片付けてからいけ」


 忌々しそうに言う魔術師長が注意をしたが、そんなことは言われるまでもない話だった。

 王宮へと駆けつけると、話は通っているらしく、王宮の入り口を守るように立っていた騎士が簡単な確認だけして中へと通してくれた。

 宮殿内に入るのはレイラもレオンも初めてでその敷居の高さに少しだけ物怖じをしてしまったが、二人で顔を見合わせ、「よし」と頷き会うと、それぞれの持ち場で活動している魔術師のところへと向かうのであった。

 宮殿内は要所要所に煌びやかな装飾と華やいだ草花が飾られており、荘厳でありながらも優美なアクセントがちりばめられていた。思わずレイラはその装飾に時折目を奪われる。


(すごい……王宮の造りはとっても無骨なのに……ちょっとしたポイントに花や芸術品を飾るだけで、見違えるんだ……)


 モースコゥヴの王宮はその厚い城壁と三つの塔、重厚な城構えを見せ付けていてそう容易く攻め落とされない要塞造りをしている。内部も分厚い金属板で守りを固めている箇所もある。万が一ここに攻め入れた場合に対する防戦の造りだ。

 戦争用に構築されている城造りではあるが、その中にありながら、主張を控えめにしているのに、目を引くワンポイントの草花の装飾はレイラを感心させた。


(……元の造りが華やいでなくたって……ほんの少しの飾りが加わると、引き立つんだ……御互いに)


 レイラはこの宮殿の様を自分になんとなく重ね合わせて考えた。

 自分の見た目や本質は、美しさからは縁がないものだと分かっている。しかし、だからといってこちらから歩み寄ろうとしなくては、それはそのまま縁遠いままで終わるのだ。

 無理に自分を飾るのではなく、ほんの少しの演出を加えることで、本質と演出が相乗効果を起こして、互いを彩らせるのだと気付かされた。

 レイラは王宮の廊下の窓際に飾られていた花瓶の花を見つめ、少しずつでもいいから動きだそうと、もう一度改まって考えたのだった。


 しかし、それにしても王宮内は冷え込んでいた。普段使っていた暖房魔器具を停止しているためではあるが、こうも冷え込むとあっては暖房器具の修理は一刻も早く済ませるべきであろう。だが、先ほど見ていた作業工程は順調に行っても三日かかるという物だった。


 つまり、三日間は最低でもこの冷え込む王宮で生活を強いられるということになる。もちろん、暖房器具は魔器以外にもある。たとえば湯たんぽだ。そう云った物で暖を取ることはできるが、不自由であることに変わりがない。それに、宮殿内には魔器を利用していなかった頃に使っていた暖炉がある。部屋を部分的に暖める程度しかできないが、王族の人間は暖炉のある部屋で過ごしてもらうことで冷気を逃れることはできるだろう。


 とはいえ、王族からも迅速に修理作業を進めるようにと言われているようで、一部署の魔術師達は今日からの三日間、寝る間も惜しんで作業に当たる覚悟なのだ。

 レイラとレオンは、そんな魔術師達のピリピリした空気の中、王宮内で班分けされているエリート魔術師の元へと駆けつけて、雑用を押し付けられては王宮内をてんてこ舞いに走り回った。

 オフシーズンに利用管理がずさんだった魔器の効果は、暖気の結界と言われる暖かい空間を保つための魔法の膜で王宮を包むように守るはずであるが、この結界にほころびが生まれ、隙間風が入り込んでくるらしい。

 この辺りは空気圧の話になるが、温かい空気は冷たい空気を招き入れやすくなるから、その隙間風が露骨に感じやすいのだろう。


「二番の線の魔導体が劣化してる。それから共振装置が鈍くなってるから、こっちもバラして」


 第一部署の魔術師が修繕が必要な箇所を洗い出し、レイラ達は機器を分解、解体しては新規部品に取り替える。その部品一つひとつに細かい呪文を走らせて一つの大きな暖房結界装置となるのだが、解体作業の中で盗み見た符呪への呪文は流石の出来と言えた。

 結界の効果を広範囲に広める共振装置の調子が悪いと言うことで、大きな御椀のような形をした魔器を部品ごとに分けて魔法の具合を調べていく。


「……こんな重たい呪文で動かしてるんだ……」

「レイラさんも分かる……? これ、もう五十年近く昔の呪文で作った魔法なんだってさ。当時はこれでも画期的な魔法構築だったみたいだけど……」

「維持が厳しそうですね……」


 レイラとレオンは、声を小さくして分解された魔器に符呪されている呪文を読み取りながら、この暖房器具の仕組みを把握していた。

 宮殿を覆うように展開する球状の魔法力場は、その維持のために燃費がすこぶる悪い。確かに城を覆って熱を閉じ込めれば防寒にはなるだろう。

 だが、広い宮殿を覆う結界を維持させるには魔力を大量に消耗するため、部品への負担が大きくなる。要するに非常に効率が悪いのだ。


「……どうして、最新の呪文で構築してやらないんでしょう?」

「かつてこの魔法を組み上げた魔法使いほどの人材が、今のモースコゥヴにはいないんだよ。つまり、この器具は動かし方は分かるけど、造り方は分からないってのが、今の魔術師の一部署なのさ」

「だからこんなに継ぎはぎだらけの呪文なんですね……」


 呪文の修繕を何度も繰り返したため、魔法の発動にほころびが生まれてしまい、満足な防寒結界を生み出せていないのだ。部品を新品に換えたところで、呪文自体が旧式すぎて結界には穴だらけという自体に陥っているらしい。

 魔術師がイライラと作業をしていて王宮内はあまり居心地がいいとはいえない。寒さもそれに加わって気が滅入ってしまう。


「おい、第二部署の二人。こっちは休憩に入るから、その間に残りの取り外しを終わらせとけ」


 第一部署の魔法使いの指令に、二人は辟易した。こちらの休憩はどうするんだと言いたかったが、そんなものを第一部署の人間が気にするわけがないのだ。自分達で判断して、適当なところで休息するしかない。

 とはいえ、残りの部品の取り外し作業を二人だけで済ませておくなど、無理難題もいいところだった。

 レイラ達は反論すらさせてもらえず、現場リーダーは一部署の魔術師達を連れて王宮から撤退していく。


「……むちゃくちゃだっ……」

「先輩……。やりましょう」

「えっ、でもこんな横暴……」

「そうですけど、私、王宮の中で弱音を吐きたくないんです。先輩だって、そうじゃないんですか?」

「……っ」


 レオンは、レイラの指摘にはっとして視線をレイラに合わせた。すっかり頭に血が上っていたらしいレオンは、レイラの言葉に頭を冷やしたらしく、その瞳に冷静さを取り戻していた。暫くレオンはその瞳を動かさず、レイラの眼鏡の奥の瞳に釘付けになってしまったように見つめ続けていた。


「レイラさん……、変わったね」

「はっ、す、すみません! でしゃばったことを……」

「ふふっ、いいよ。レイラさんの言う通りだ。忘れていたよ。僕達、『王宮魔術師は伊達じゃないんだ』って、さ」


 レオンが頼もしく笑った。


「そうだよ。ここにやってきたのは、自分の意思で決めた事だ。敬愛する姫のためにも、この宮殿で立派な仕事をしたい」

「そうですね」


 レイラは強い意思を閃かせ、深く頷く。


(気弱な女の子だと思ってたのに……あんなに強い眼差しをするなんてね)


 レオンはそんな風に心の中で呟いた。そしてレイラがこれまで見たことがない顔でレオンが眉をキリリと持ち上げた。職人の顔だと、レイラは感じ取った。


「霞みたいだよね」

「え?」


 レイラはレオンの不意な言葉に思わず聞き返してしまう。


「簡単に吹き飛びそうだけど、その霞に漂う粒子ってさ、宝石みたいにキラキラしてる」

「は、はい……?」


 レオンはなんだかとても活き活きとした様子でそんなことを言うのだが、レイラは先輩魔術師の言葉の真意が分からなかったので、曖昧な相槌を返してしまうしかなかった。

 そんなレイラの反応に、レオンはクスリと笑うと、ひとつ呼吸を深く吸ってから働く男の顔になった。


「手分けしてやろう。レイラさんは北の二つ、残りは僕がやるから、そっちが終わり次第もう一度合流。いい?」

「まかせてください」

「そういう言葉、君の口から聞けて、なんだか勇気が湧いてくる」


 二人のオチコボレと称された魔術師達が信頼という意思で結ばれ、王宮内を駆け回る。

 上司と思しき魔術師達がみな退散したというのに、二人だけ残り、しかも熱意を持った瞳で作業に駆け回る姿は、王宮内の騎士や女官達の目に留まっていた。

 そして――。


「ねえ、ユーリ。今日は冷え込みそうね」

「はい。暖房が修理できるまではご辛抱いただくよりありません……。魔術師達を急かしましょうか――」


 階上からホールを見下ろしていたアナスタシア姫が、階下で駆け回る魔術師の二人を見ながら、冷たい白い肌をさすっていた。

 側近に付く親衛隊のユーリが、姫の心中をおもんばかり、事務的な声で言った。


「いいえ、彼らは十分に頑張っています。あとで労ってあげてね」

「は、彼らには勿体無い言葉でしょう。有り難うございます」

「くすっ……どうしてあなたがお礼を言うの?」

「あ、いえ。……ここは冷えます。暖炉の傍へ行きましょう」


 まさか、自分達を見ている人がいるなどと考えるヒマもなく、レイラとレオンは魔器の修繕のため汗を流す。


(レイラ……頑張れ。頑張れよ……!)


 姫の傍で廊下を進み、ユーリは階下で懸命に仕事をしている幼馴染へと一心に想いを送っていた。

 冷え込む王宮ではあったが、確かな温かさがあるのだと、人は人の心の中に熱を感じていた。

 温もりは、魔法とは違う熱を伝播し、いつしかそれが実を結ぶだろう。氷に閉ざされたモースコゥヴにすら、春は訪れるのだから――。

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