表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/70

すてきなユーリ、でも他人

「ここがペトロツクの鉱山ですか。いやあ、立派なものだ」

 アントンは、抑揚のない声でそんな風に言うので、同行してきたペトロツクの鉱山夫たちはお前に何が分かるという視線を向けて来た。

 鉱山夫の管理をしている男性は、ペトロツク領主の命令にしたがってアントンたちカミツレ隊を現場まで連れてきたが、内心はあまりいい気分ではなかった。


(やっぱり……、白い目で見られているわね)


 アントンの後ろに立ち、周囲の反応を観察していたベラは、この街の住人が自分たちを歓迎していないことを実感していた。

 カミツレ隊の出向の連絡は、ペトロツクの領主が了解しているとは言え、現地に住まう人々にとって、邪魔者でしかないという空気が露骨に見えていた。

 カミツレ隊がやってきたのは、大きな鉱山の入口だった。

 石で造られた入口が大きく口を開き、深く掘り進められている坑道を覗かせている。


 カミツレ隊の仕事は、このペトロツクの鉱山夫たちが抱える問題の解決に至る魔器の研究だった。

 ペトロツクは鉱山の街であり、落盤事故や漏れ出るガスで倒れる作業者が多かった。昔からそうして生活をしてきたこの地方の住人は、それは鉱山夫として覚悟するべきものとして向き合っている。

 それはまるで、騎士が傷つくことを恐れないように、鉱山夫たちにとっては、ある意味誇りのようなものになっていた。命を懸けているのだという男たちの世界と言っていい。


 しかし、アナスタシア姫はそうして命を落とす鉱山夫たちを救うために、カミツレ隊を出向させた。

 国民の命を救いたいという姫の想いは、純粋に素晴らしいものだ。しかし、それを成すために寄越されたのが、胡散臭い魔法使い集団とあって、ペトロツクの住人は怪訝な顔をするのである。


「随分深いですね」

「もう十数年と掘っているからな」

「坑道の補強状態も、劣化してきているところが見えますね」

「……確認はしっかりやってる。何年ここで働いていると思ってるんだ」


 唾を吐き出しそうな勢いで、男はアントンを睨む。筋肉質な男が凄味を持って睨みつけると、流石に迫力があったが、アントンは相変わらずの飄々とした顔をのままだった。


「でも、先日も崩落事故があったそうじゃないですか」

「鉱山変災が怖くて鉱山夫がやってられるかってんだ」

「……」


 そんなアントンと、鉱山夫のやりとりが前方で行われる中、レイラとレオンも、カミツレ隊として、この後ろに続いて聞いていた。


「……やっぱり、魔法なんか使ってないね。明かりもランプを使用している」

 レオンが坑道内を照らす明かりを見て、小さく呟いた。光が差し込まない坑道内は、光源としてランプが取り付けられている。火が燃えていて暖色系の光がぽつぽつと続いている。

 魔器の照明を利用した魔法灯をランプの代わりにするだけでも、安全性は確保されるだろう。

 鉱山にはガス突出や、粉塵爆発とした危険性もあるので、できる限り、火を利用しない方がいい。王都の会議で取り決められた錬金術師たちからの話もそういう内容のもので、より利便性を求め、安全な環境を作り出すように開発を行うことと、カミツレ隊は命じられている。

 レイラたちは、この坑道や、ペトロツクの街並みを見て、改善点を見つけ出し、それを示すことが任務になっているのだ。


「銀には恵まれてるんだから、銀の線を張り巡らせて、魔力を流せば坑道に魔法灯の光を巡らせるのは実現できそうだね」

 レオンが、隣にいるレイラに思い付きを口にして聞かせたが、レイラはそのレオンの言葉に無反応だった。


「レイラさん?」

「……え? はい、なんですか?」

 自分が呼ばれたことに気が付いて、レイラは隣のレオンに振り向いた。

 ランプの明かりに照らされるレイラのその顔は、暖色系の明かりを受けているというのに、肌が白く青ざめているように見える。表情も浮かない顔をしていて、気力がない様子だった。


「レイラさん、どうしたの? 体調が優れないんじゃ?」

 レオンがレイラの顔をまじまじと見つめてきて、心配そうな声を出した。レイラはそれを聞いて、慌てて、言い訳を考えた。


「だ、大丈夫です。ちょっと昨夜、緊張して眠れなかっただけなので」


 必死に笑顔を作り、レオンを心配させまいと声を明るくさせてみたが、レイラの顔色はやはり優れない物だった。

 念話の魔器が応答しなくなって、愛するユーリと連絡が途絶えてしまったことから、レイラは結局一睡もしないまま、魔器の符呪を見直していた。

 どうにかして、ユーリに念話を送ろうとしたのだが、結局その夜、一度も魔器が振動を拾うことはなかった。


「顔色が悪いよ。無理せず、宿舎に戻ったほうが良いんじゃ」

「大丈夫です。カミツレ隊の最初の仕事なのに、休むなんて……できません」

「……まぁ、気持ちはわかるよ。僕も昨日、あんなことがあって、気持ちは穏やかじゃなかったしね」


 あんなこと、というのは、キールと揉めたあのことだろう。魔術師がこの街で歓迎されていないという事実を目の当たりにして、これから自分たちの仕事がうまくやっていけるのか不安にならなかったと言えば、嘘になる。

 実際、鉱山で働く鉱山夫たちのこちらを見る眼は、好意的なものが一つもない。

 俺たちの仕事場を荒らすな、という威圧がびんびんと感じられる。

 元々、鉱山は男の労働者が汗水たらして働く現場であり、女性の立ち入りを禁じているところさえある。

 それは本来、危険な鉱山に入るのは、屈強な男だけという女性を護るためのルールだったが、いつしかそれは、男性が世俗の欲望を断ち、命を懸けて働く世界に、女性がいると妨げになるという考えに切り替わりだした。

 だから、ベラも含め、女魔術師がこの坑道に入ることを、気に入らない鉱山夫もいるのだろう。


「女じゃねえか」

「魔女だぞ、信じられねえ」


 そんな声がひっそりと、しかし、しっかりこちらにも届くように響いていた。

 侮蔑の意味合いが強い『魔女』という言葉は、レイラの瓶底眼鏡の奥の瞳を揺らせてしまう。

 人からの悪意が、自分にぶつかってくるのを感じて、怖くなることもあった。しかし、もうそんな自分は終わりにしたいのだ。立派な女性として、魔術師として、世間に認められたい。だから、少し身体の調子が優れないと、休むなんてできない。


(ユーリ……お願い、応援して)


 もう動かなくなった魔器を、レイラはまだ肌身離さずもっている。それはもう魔器というよりお守りのようになっていた。

 坑道の奥を進んでいくと、狭く暗い通路が続いて、なんだか息苦しく感じてくる。閉鎖的な環境。周囲の敵意の眼、男性の臭い。そういうものが、レイラを全方位から追い詰めてくるように感じていた。


「はぁはぁ」

 カミツレ隊の坑道調査が続く中、不安定な岩盤の地面に、レイラはふらりと重心を崩してしまった。

 くらくらする頭が、視界を回して、平衡感覚がマヒしてくる。周囲の声も、なにか不明瞭で、水の中にいるようにぼやけていた。


 まずい、とレイラは自覚し始めた。立っていられなくなるほど、自分が参ってしまっているなんて思っていなかったのだ。気の緩みに負けてしまうのは、嫌だったから、ユーリのように胸を張って仕事に向き合っていようと誓ったのに、それさえできない。

 想像以上に、レイラは自分の容態が悪くなっていることに気が付くのが遅かった。


「レイラさん!」

 ぐらりと、倒れ込みそうになったのを、隣にいたレオンが抱き留めて支えてくれた。


「はぁはぁ、はぁはぁ」


 荒く息を吐き出すレイラは、もう、「大丈夫」と言えるような気力もなかった。思考がグチャグチャで、視界がぼやける。五感が全て歪んで感じられた。

 レイラが倒れたことで、アントンやベラたちも足を止めて、レイラに駆け寄って来た。レイラの名前を呼びかけてくれるようだったが、レイラはもうその声もきちんと聞き取れない。


 ベラがレイラの額に手を当てて、驚愕の声をあげた。


「凄い熱だわ! すぐに病院に連れて行って!」

「わ、分かりました!」


 レオンが飛びあがるように反応し、レイラを抱きかかえる。


「レイラさん、大丈夫かい?」


 レオンがレイラを運ぶため、おんぶすると、すぐに坑道の外に駆けだした。

 レイラの想像以上に軽い体に、レオンは驚きながら、暗い坑道から抜け出すと、外で待機をしていた騎士たちが直ぐにこちらへと駆け寄ってくる。

 三人の騎士、隊長のニキータ、赤い髪のヴァギト、冷徹なキールは、鉱山の入口で有事に対して動けるように待機していたのだ。


「どうした?」

「レイラさんの容態が悪くて、病院に連れて行かないと!」

「成程。キール、お前が連れて行ってやれ」

「……はっ」


 ニキータの命令に、僅かな間を作った後、キールは騎士らしく肯定し、レオンが抱くレイラの傍に寄った。

 しかし、レオンはそんなキールを睨み、レイラを直ぐに渡さなかった。


「お前には、任せたくない」

「……言っている場合か。ここの地理は誰よりも詳しい。お前は、病院に迷わず行けるのか?」

「キールは、ペトロツクの出身なんだよ」


 相変わらず、冷静沈着な様子のキールに、レオンは厳しい目を向けたが、ヴァギトが間に入って窘めた。

 キールが、この街の出身だからこそ、地理に明るい彼に任せた方がレイラを直ぐに病院に連れていけるだろう。


「魔術師を見てくれるような医師を、お前は知っているのか?」

 キールは、レイラを渡そうとしないレオンに対し、問うた。

 レオンは、ぐっと押し黙り、汗をかき、息を乱しているレイラに視線を移して、悔しげに言うしかなかった。


「……レイラさんを頼む」


 キールは言葉はなく、頷き返すだけにして、レオンに返事をする。

 そして、馬に跨ると、レオンからレイラを受け取り、しっかりと片腕でレイラを抱きしめ、馬の手綱を引いた。

 直ぐに馬は駆け出し、風を切るように鉱山から離れ、街の方に向かっていく。


 キールの腕の中で、青白い顔をして、意識が朦朧としているレイラは、自分が馬に乗っているのだとなんとなく感じていた。

 それは、いつもユーリとのデートの時に、彼の前に乗っていた経験があったからだろうか。


「……ゆ、ユーリ……」


 小さく、レイラは喘ぐように零した。


「……」

 その声を聴いたキールは、レイラを抱く腕を一瞬、ぴくりと反応させた。

 そして、レイラの顔を確認してみたが、意識がないようで、夢でも見ているのだと分かった。


「莫迦な女だ」

 そう言うと、キールは手綱を叩き、馬を加速させた。

 騎士の身体に縋りつくように、レイラは苦しげに乱れた息を吐き出すしかできなかった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ