憐れな少女に松ぼっくりがみんな落ちてくる
ペトロツクの街を散策することになったレイラとレオン、そして騎士のヴァギトとキールだったが、キールはまったく口を開くことがなく、ただ、ヴァギトの後ろをついていくだけで、レイラたちに語り掛けるような気配が全くなかった。
それどころか、寧ろ意図的に無視をしていると言ってもいいのではないかというほどに、魔術師の二人に目を向けようとしない。
「……感じ悪い騎士だなぁ」
二人に聞こえないように、レオンがこっそりとレイラに囁いた。キールのことを言っているのだろうが、レイラはレオンの言葉に、頷きはしなかった。
少しまえの自分だって、騎士を恐れて、近づかないようにと、眼を合わせないように過ごしていたからだ。
それは騎士からすれば、気分を害することになったかもしれない。
「でも、私たち、カミツレ隊です」
「……そうだね」
レイラの発言に、レオンは胸に付けているブローチを見やり、自分の発言を撤回した。カミツレ隊として、共同開発していく仲間たちと、打ち解けていかなくてはならない。
確執のある騎士たちと、魔術師が交流を深めることは、必要事項でもある。
「お、見てみろよ。銀細工の店があるぜ。ちょっと寄ってみないか?」
ヴァギトが明るい声を大きく出した。少しわざとらしいとも思えるその声は、必死に親睦を深めようとしているのだと伝わってくる。
ヴァギトはともかく、キールのほうは相変わらず黙りこくっていた。
「銀……。銀は、魔法の伝達率がとても高い金属ですよね」
「うん、魔器の呪文回路は、大抵銀を使っているからね」
「……すみません。銀細工、見てきてもいいですか?」
レイラがおずおずと、キールのほうに確認を取った。どうにかして、キールとも会話をできるようにならなくてはと、レイラも自分なりに、背伸びをしてみたのだ。
キールは、チラリとレイラを一瞥し、「好きにすればいい」と言って、また明後日の方角を見やった。
拒絶の意思が感じ取れた。恐らく、キールは魔術師を嫌っているのではないだろうかと想像したのは、レイラが騎士を苦手にしていた自分を重ねてのものなのかもしれない。
「じゃ、ちょっと見ていこうぜ」
ヴァギトが気を利かせてか、にこやかに笑顔を見せてレイラを店へと促がした。
石壁は堅苦しく冷たい印象を抱かせるが、扉や看板は、美しい彫金で彩られていて少し遠くから店を見付けても目を引くほどに煌びやかだった。
レイラは店の入り口の看板にコズロフスキー工房とかかれているのを確認して、静かに店内に入った。
中は、暖かく暖炉に火が入っている。炎の揺らめきに反射する銀細工の装飾品が、幻想的に店に並んでいて、レイラは少しの間見惚れていた。
「……いらっしゃい」
店の奥から野太い声がして、レイラはどきりとしてしまい、慌ててそちらに振り向いた。
カウンターの奥に、初老の男性がロッキングチェアに腰かけて、レイラを見つめていた。歳老いている様子だが、筋骨隆々の身体つきが服装の上からも見て取れる。
白いひげをたっぷりと蓄えていて貫禄もある男性は、じろりという表現がぴったりくるほど、レイラを睨みつけていた。
レイラがしどろもどろに、挨拶をしようとしたが、初老の男性は次いで言葉を吐き出した。
「魔法使いに売るものはないよ」
威圧と拒絶が前面に押し出ていた言葉だった。
頭ごなしに「出ていけ」と言われたようなものだ。レイラは、もう、挨拶が口から出すことができず、ぱくぱくと口を開け閉めするしかできなかった。
「じゃあ、騎士の俺になら売ってくれるのか?」
ヴァギトが仲介するように男性の前に出てくれた。しかし、男性はヴァギトを見てもあまり良い顔をしなかった。
「その胸のカミツレのブローチ……。ウワサのカミツレ隊だろ」
「ああ、そうだ」
「余計なお世話もいいところだぜ」
露骨な敵意を見せつけて、店員の男性はヴァギトに言い放った。
……はっきりと歓迎されていないと分かる。
居心地の悪い店で、店主は早く出ていきなと言わんばかりの表情を向けていた。
「すみません、でした」
レイラは、頭を下げて、店から身を退いた。レオンもヴァギトも、レイラに続いて参った様な顔をしながら店を出る。
「……歓迎されて、いませんね」
苦笑するレイラに、レオンは怒りの表情を浮かばせて、吐き捨てた。
「僕らはアナ姫さまのカミツレ隊だぞ、なんて不敬な店員だ!」
「フン」
憤るレオンの言葉に、鼻を鳴らしたのはキールだった。
愚か者めと告げるような眼を向けて、レオンの言葉を笑った。
「なんだよ、何か言いたいことでもあるのかい?」
レオンもキールの態度を無視はできない様子で食って掛かった。
レイラは、慌てながらレオンに落ち着くように告げようとしたかったが、キールは無遠慮に言い放った。
「歓迎されると思っていたのか? おめでたいことだな」
「なんだと!」
「おい、キールやめろよ」
ヴァギトがキールのほうに仲裁に行った。レイラも、レオンに声をかけて、落ち着きましょうと窘めたが、二人の険悪な視線はぶつかり合っていた。
「この街は昔からずっと鉱山夫たちが血と汗を流して発展させてきた町だ。戦時中は、多くの武器を作るためにペトロツクの人間は死ぬ物狂いで鉱石を掘り、鍛冶師は剣と鎧を作ったんだぞ。敵国の魔法使いを倒すためにな」
「そんなの、ずっと昔の話じゃないか。今はもう戦時中じゃないんだぞ」
「ペトロツクは、魔法に頼らず発展してきた街だと言っている。この街を作ったのは、鉱山夫で、彼らはそれを誇りに思っている」
これまでずっと話すこともなかったキールが、口数を多くして、レオンにペトロツクの事情を語るのは、彼がペトロツクに住む人々に共感しているからだろう。
「それを魔法技術で変えようなんて、侮辱だと捉えられても不思議ではないだろう」
「そんな……カミツレ隊は、魔法技術で皆さんのお手伝いをしたいだけです」
レイラも流石に口を挟まずにいられなかった。魔法で鉱山夫たちの仕事の改革をすることが任務ではあるものの、彼らの仕事を侮辱するようなことをするつもりなんてないし、鉱山夫たちが、直面する様々な問題を解決できるようにと派遣されたのがカミツレ隊なのだから。
「それが余計なお世話だと思う人間ばかりなのが、この街だ」
キールはきっぱりとレイラを否定した。いやレイラを、ではない。魔法使いを否定している目だと、分かった。
「おい、キール! 俺たちだって、カミツレ隊なんだぞ。お前だってそうだろう!」
ヴァギトも自分たちが派遣された部隊の名目を分かっているから、同じ騎士とは言え、キールの言葉に注意をしたが、キールは詫びることもなく、背を向けた。
「分かっておけ。お前もな。カミツレ隊は歓迎されていないということを」
「……お、おい、どこに行くんだよ」
「宿舎に戻る。なれ合いをするつもりはないと、言った」
それだけ告げると、キールは宿舎のほうに戻っていった。
レイラとレオン、そしてヴァギトは、その場でただ、キールの背中を見送るしかなかった。
「……どうするんだい。親睦会、やる?」
レオンは不機嫌そうにヴァギトに確認をした。とても……そんな空気ではない。
「……カミツレ隊が歓迎されていないなら……酒場に行っても追い出されるかもしれないな」
ヴァギトは、後ろの銀細工の工房を振り返り、そんな風に零した。悪かったな、とレイラのほうに向きなおり、力ない笑顔を浮かべたヴァギトは、解散しようと残念そうに零すのだった。
――レイラとレオンは、二人並んで宿舎に帰ることになった。
ヴァギトは、街の様子をもう少し確認してくるよと言ってレイラたちと別れ、どこかへと立ち去った。
恐らく、キールの言葉と住人の反応を確かめようと思ったのだろう。
本当にペトロツクでカミツレ隊は歓迎されていないのかどうか、それを調べてくるつもりのようだった。
レイラとレオンは、街の様子を窺いながらも宿舎のほうに歩を進め、カミツレ隊としての今後の仕事が大変なことになるだろうと、重い荷物を背負うように項垂れていた。
レイラも、街の様子をちらりと確認していたが、すれ違う住人たちの視線が、友好的とは言えない物を向けているのを実感していた。
魔術師姿のレイラとレオンを見て、コソコソと陰で囁き合っている老婆たちを見かけたとき、どうしようもなく、胸をくっと締め付ける感覚に襲われていた。
華々しく王都から旅立ったのに、いざ現地に来て見れば邪魔者扱いされている様子だった。
理想と現実を突きつけられたような気がして、レイラは胃が痛くなりそうだった。
「レイラさん……。大丈夫かい?」
「は、はい……。ちょっとショックだったけれど、大丈夫です」
「魔法使いが嫌われているのは覚悟の上だったけど、カミツレ隊ならひょっとしてって思ったのにな……」
レオンも、アナスタシア姫の威光で、人々が魔法に対して前向きに考えるようになってくれることを期待していた様子だったが、人心はそう簡単に切り替わらない。
「……私たち、これからここでカミツレ隊として、頑張らないといけないんですね」
「そうだね……。大丈夫だよ。隊長がきちんと取り計らってくれると思う」
不安そうな顔をしていたレイラにレオンは気遣いながらも、自分の中の不安を共有するような複雑な表情を向けていた。
宿舎に戻って、レオンと別れると、レイラはへとへとになってしまった身心を休ませるために、自室のベッドに倒れ込んだ。
肉体的な疲労に加え、ペトロツクの現状と、同じカミツレ隊の騎士でありながら、魔法使いを嫌っているような素振りを見せるキールのことを思うと、精神にもどんよりしたものが広がり始めていく。
(ううん……。気落ちしちゃダメだ。私、頑張るって決めたもん)
ユーリと約束した。立派な魔法使いとして、お勤めを果たしてくると。
そのユーリとも、いつもやり取りだってしている。彼の言葉は、念話の魔法を介していても、活力を与えてくれるものだった。
今夜も、彼におやすみを告げよう。王都から離れてしまって、もう会話を何度もやり取りできるような状況ではなくなってしまったのは残念だが、おはようとおやすみを伝えるくらいはできる。
自分が元気にやっていることを知らせるためにも、ユーリへの念話はレイラにとって、必要不可欠な日課になっていた。
レイラは、いつも肌身離さず持ち歩いている念話の試作魔器を取り出すと、ユーリに振動を送信しようと指を金属板に押し当てた――。
魔器はか細いながらも、振動を発して、その空気の揺れを魔力に変えて、相手に届ける。ペトロツクから王都までとても遠い。しかしそれでも振動はきちんと向こうの魔器に伝わるはずだった。
「……ユーリ……返事、こないな」
レイラが送った振動が、ユーリに届くまでの時差はあるだろうが、魔器はまったく反応しなかった。十分、三十分、一時間と待ってもユーリからの返事が届かない。
故障したのだろうかと何度も指を押し当てたが、うんともすんとも言わない魔器に、レイラは焦りを覚えた。
「嘘……どうして? 王都から離れ過ぎたから?」
レイラは魔法を構築する呪文をもう一度確認し、異常がないことを確認した。しかし、ユーリとの連絡が途絶えてしまうことが恐ろしくて、何度も何度も呪文を調べなおし、魔器自体に異常が出ていないかを調べなおした。
だが、いくら見直しても、魔器に異常はなく、呪文は何も狂っていないのだ。
このペトロツクという街が魔法使いを毛嫌いするように、魔法を邪魔者扱いして、封じ込めているようにも思えてしまう。
「ユーリ……」
ユーリとの連絡がまったくつかなくなってしまったのだ。
レイラは、何度も『ユーリ』と、魔器に念話を送り続けた。
その日の夜、ずっと、レイラは振動の欠片さえ見逃したくなくて、眠ることもできずに魔器を必死に見直し、魔法を見直したり、手を加えたりもしてみた。
身も心も疲れていたレイラは、その夜、結局一睡もしなかった。
それにもかかわらず、レイラの魔器は、ユーリからの音を、何一つ運ぶことはなかった――。