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屋根の上のハト

「まさか、三名だけとは思わなかったよね」


 大商連に与するシャムシン家のキャラバンの中で、小太りの魔術師、レオンが呟いた。

 レイラの先輩であり、仕事の相棒であるレオンは快適な馬車の中で身体を寛げながらレイラの方を見つめていた。

 レイラは、レオンの発した言葉の意味を直ぐに察して、小さく頷いてみせる。


 三名――。


 たった三名の騎士が、カミツレ隊に合流した騎士の総人数であった。

 てっきり、騎士が威厳を示すべく、大人数でカミツレ隊の魔術師に首輪を付けるようなつもりで押しかけてくるのではないかと考えていたのだが、朝礼の際に紹介された騎士はたった三人の若者だった。


「人手不足なのかもしれません」


 実際、騎士は人手が足りていない。モースコゥヴは世界的に見ても巨大な領土を治めており、その分治安を維持するための騎士は各地で活躍をしているものの、まだまだ騎士団の手の及ばぬ地域は多くある。

 人手不足と言ったレイラの言葉にレオンも頷いてみせた。


「でも、僕たち姫の作った開発部隊なんだよ。だったら、それなりに人員を割いてもらえるかと思うじゃないか」

「……そうかもしれませんね。だけど、私はちょっとほっとしてます」

「どうして?」

「その……カミツレ隊が、沢山の人々と共同で国土の開発を行う部隊だとは分かっていますけど、まだ……騎士の方々と上手くやっていけるかと考えると、不安だったので……」


 素直な意見を零したレイラに、レオンは腕組みをして「ふーむ」と唸った。

 レオンは旅立ってからかなり張り切っているようで、カミツレ隊に対する思い入れがとても強いようだった。

 レオンがアナスタシア姫を敬愛しているからというのもあるだろうが、魔術師がこれまで日の目を見なかったことの反動もあって、魔術師の地位向上のために頑張りたいと意気込んでいるのだろう。

 レイラとて、その気持ちは同じだが、急激な変化はどうしても人の心に不安を抱かせる。

 だから、レイラは三人だけの騎士団が合流したことは、どこか心の中でほっとする要因になっていた。


「レイラさんってやっぱり、騎士が苦手なんだね」

「騎士が苦手というか……その……大きな男性が怖くて……」


 厳つい男性の威圧感はいつまで経っても慣れそうにない。そこを克服していく必要もあると考えてはいるが、一朝一夕でなんとかなるほど、短絡的な性格をしていないのがレイラだ。

 どうしても、あれこれと思い描いて、身体と心を固まらせてしまう。


「まぁ、これまで騎士には色々と嫌な目に遭わされたこともあったしね」

 かつて、王宮で発生してしまった結界が及ぼした一騒動のあと、魔術師の怠慢を戒めるため、ムスティスラフ隊という屈強な男たちが属している騎士団からお目付け役として魔術師の塔に見張りが就いた。

 その見張りの騎士二名は、毛むくじゃらで大柄な、強面の騎士だった。

 二人は、魔術師そのものに対して、酷く歪んだ偏見を持っていて、誹謗中傷や理不尽なことを命じたり、ほとんど虐めのような監視体制を引いていた。


 アントンが随分と矢面に立って魔術師を護ってくれたのだが、それでも庇いきれないところで、レイラは何度となく、辛い目に遭わされて、涙を零したこともある。

 男社会であるムスティスラフ隊は、『魔術師』であり、『女』であるレイラやベラを見下し、心無い言葉でなじったりもしたことが、レイラに対して騎士の印象を益々怖い物にさせてしまったのだ。


(……でも、それだって、魔術師が奇妙な連中だって思われるのと同じ『偏見』だよね……。騎士がみんな、そんな人ばかりじゃない……)


 ユーリだって、騎士の一人だ。

 しかし、ユーリは傲慢な態度なんてない。魔術師も、女性も、きちんと曇りない目で見てくれる。

 今回合流した三名の騎士も、まだどんな人となりをしているのか分からない。騎士というだけで怖がってしまうのは、失礼なことにあたる。

 レイラは、三人の騎士の顔を思い出しながら、レオンの話に相槌を返していた。


「ええと、三人とも若い騎士でしたね」

「だね。二十歳の騎士が最年長で、リーダーみたいだった。名前が確かニキータさん。あと二人は十八だって言ってたっけ。今回のカミツレ隊のために、辺境地から態々合流してくれたんだよね」

 エリートコースの親衛騎士となったユーリは特別で、彼は僅か十六にして姫の親衛隊に抜擢されているが、通常は厳しい現地訓練や様々な部隊を転々として新米騎士から成長していく。十八ともなれば、やっとひよっこを卒業したばかり、と言った頃になる。

 そんな若手の騎士がカミツレ隊の騎士として合流したというのは、まだまだカミツレ隊が注目に値するものではないと評価されている答えになるのだろうか。


 騎士三名はキャラバンに混ざり、各自馬を走らせ、先頭にニキータ。後方に二人の若手騎士が就いて護衛をしている。

 レイラが乗り込んでいるキャラバン馬車は、その最後尾に位置しているため、窓から後ろを覗き込めば、若手の騎士二人を確認することができた。


 一人は、真っ黒な髪を短く切りそろえている寡黙な青年だ。その名をキールと言った。

 もう片方は赤毛の髪をつんつんと跳ねさせている明るそうな青年で、名前はヴァギトと名乗っていた。

 ヴァギトの方が、気さくにキールのほうに何やら語り掛けている様子だが、キールは冷徹な仮面でも被っているかのように、まったく眉も動かさず、ヴァギトの会話を聞き流している様子だった。

 レイラの馬車からは彼らが何を語り合っているか聞き取れないが、同年代の騎士として、通ずるものでもあるのかもしれない。

 親睦を深めようとしているらしいヴァギトに対し、職務中に私語をするなと冷たい目で突き刺すようなキールは、対照的に見えた。


「うまくやっていけると良いねぇ」


 レオンもどこか不安げな印象でぼそりとため息混じりにそう言って、苦笑した。

 全くその通りだと、レイラも頷いた。


 ――シャムシン家のキャラバンを利用しての旅は順調で快適だった。

 これまでの馬車であれば、酷い揺れで腰とお尻を痛め、書物を読むと、酔いでくらくらしてしまうほどだったが、安定した車体と逞しい馬が引くためなのか、揺れがほとんどなくレイラは移動中に書物を読む程度の余裕を作ることができていた。

 念話の魔法をもっと完成に近づけたい。

 毎晩、ユーリと念話で交信をするたびにその気持ちを強く持ち、少しでも魔法の知識を獲得するため、書物に向かいあい、発想を巡らせ、小さな手の中で呪文の構築をしたりしていた。

 レオンとも一緒になって、魔法のことを話したりしていると、時間は直ぐに過ぎていく。

 レオンからは、これから向かうペトロツクで行う鉱山夫のための魔法開発の会話を交わし、自分たちに何ができるだろうかとあれこれアイディアを出し合うのは、魔術師として有意義なひと時になっていた。


 数日と過ぎ、カミツレ隊はペトロツクまでもう僅かというところまでやって来ていた。

 最後の休憩の場所に立ち寄った街で夜を明かし、明日にはペトロツクに到着できる。

 長い旅がやっと終わることと、ここからが仕事になるのだという気持ちでカミツレ隊の面々は、その日はじっくり休もうと考えるものが多く、誰もが早くに就寝していた。

 宿場に泊っているものは、カミツレ隊のみで、その夜はとても静かなものだった。


 レイラは、その晩、ユーリとの念話のやり取りをしながら、距離が離れたことによる連絡の限界を感じ始めていた。

 ユーリからの連絡が届くまでの遅延はますます広がり、二人の会話のやりとりは、短い単語を送りあうだけでも、数十分と時間を使うことになっていた。


(……やっぱり、これじゃだめだ……。もっと魔法を改良しないと……。それに、この魔器も青生生魂アポイタカラみたいな伝導率の高いもので造らないと、王都まできちんと念話が届かなくなっちゃう……)


 並の鉱石で作り上げても、念話の波動は長距離を維持できず、多大な遅延を生み出していく。広大なこの国のどこに居ても通じ合えるような実用性のある物まで昇華させるのは、より良い試作品を作り上げなくてはならないだろう。


(建物の中より、外の方が念話魔法の振動が届きやすいみたい……。ええと、モースコゥヴはあっちだから……)


 ほんの少しでもユーリからの念話を拾い上げたくて、レイラは宿の部屋から出て、春になったとはいえ、夜は冷え込む宿の外に駆けだした。

 モースコゥヴ王都のある方角魔器を向けて、ユーリからの振動を一秒でも早く拾えるように祈るように魔器を両手で支えた。


 やりとりに時間がかかるため、もう他愛ない会話もしにくくて、短い単語にどうしたら気持ちを押し込めることができるのか考えながら、相手の振動を待つ。

 そんな儚い文通に似た切なさを夜空へと向けてレイラは王都の方角を見やっていた。

 王都から離れたこの街は石造りの建造物が多くあり、見た目もどこか冷たく感じられてしまう。

 そっと身体を預けた壁でさえ冷え切っていて、レイラは細い身体を震わせてしまった。


「っくちゅ」


 思わず、くしゃみしてしまったレイラは、ほんのりと熱を放つ魔器のぬくもりに縋って、寒空の下、星を見つめていた。


「おや、そこに居るのはどなたですか」

「っ……」


 思いがけず、声を掛けられ、レイラは飛び上がりそうになって振り向いた。

 みんな寝静まっているかと思っていたので油断をしていたが、まだ起きていた人もいたらしい。

 宿屋の玄関のある辺りから、一人の男性がゆっくりと近づいてきた。

 黄金の髪が長く後ろで括りあげている長身で細身の、紳士だった。


「あっ、えっと、その……」


 その相手の顔を見て、レイラは直ぐに言葉を出せなくなった。

 たしかこの物腰柔らかな知的な男性は、大商連の大富豪であるシャムシン家の当主、マルクだったはずだ。

 今回、カミツレ隊がお世話になることになったキャラバンの代表。粗相をしてはならない相手だと、レイラは緊張した。


「女の子が、こんな夜中に一人で外に出ては危険ですよ」


 優しくも低い大人の男性の声で、気遣うようにレイラを覗き込んでくるマルクに、レイラは「あう」と舌をもつれさせて、なんとか「すみません」と謝罪した。


「マルク殿……。ム?」


 と、マルクの後ろから彼を追いかけて来たのか、騎士が一人やって来た。

 カミツレ隊に合流した騎士の一人、リーダー格のニキータだった。

 マルクという大商人の護衛も引き受けているのだろう。夜中に外に出たマルクを追って、ニキータも後を追って来た様子だった。


「……カミツレ隊の……、レイラだったか?」

「ハ、ハイ」

「何をしている。もう遅いぞ」

「す、すみません……」

「まぁまぁ、ニキータ殿。ここは私に免じて」


 にこりと笑いウィンクをするマルクに、レイラはどう返していいか分からず、ただ立ち尽くすばかりだった。


「おや、その手に持っているものは何ですか?」

 マルクが興味深そうにレイラが大事そうに持っている魔器に注目した。ニキータも身を引きながらも、レイラの持っている魔器に視線を向ける。


「こ、これは、魔器です。まだ開発途中の、試作品で……」

 しどろもどろになりながら、レイラはマルクに伝える。

 すると、マルクは「ほう!」と関心を示すように高い声を上げて、レイラの魔器を更に注意深く観察し始めた。


「魔器というのは、実に興味深い。新しい文明の火だねになると思っていたのですよ」

「は、はあ……」

 青い瞳をきらきらとさせながら、宝石でも見るかのようにレイラの未完成な念話魔器を見つめるマルクに、レイラは失礼のないようにと、無難な相槌を打つが、内心この状況から早く立ち去りたいという気持ちが強かった。

 自分が相手をするにはマルクは大御所すぎると思ったのだ。カミツレ隊のパトロンみたいなシャムシン家の当主と面と向かって会話するのは、アントンやベラの役割で、一番新米のレイラでは身に余る。


「ああ、スミマセン。私もカミツレ隊が作り出す魔器に興味があったものでつい……。レイラさん、でしたね」

「は、はい。レイラ・アラ・ベリャブスカヤと申します。マルクさま」

「そんなに硬くならないで」


 おだやかにお辞儀をしたマルクは、緊張するレイラにゆったりとした口調で語り掛けてくれた。

 レイラはその瞬間に、ああ、この人は凄い方だと察してしまった。


 余裕のある物腰、相手を気遣える懐の広さ。

 それらは『自分に自信のない人間』がもちえないものだ。レイラはそれを良く知っている。

 巨大なシャムシン家の当主というだけあって、傍に居るだけで安心できるような完璧な地盤を持っている包容力に満ちたオーラを持っていた。


「すみません。根っからの商売人であるため、どうしても最新の技術というものに目がなくて。貿易なんかをやっていると、どうしても流れを知るために、情報が欲しくてたまらなくなってしまうんですよ」

 形のいい唇を緩くさせ、白い歯を見せて笑う好青年に、レイラも少しだけ気持ちを落ち着かせ、笑顔を浮かばせることができた。


「私たち魔術師も……魔法技術で世の中を暮らしやすくしたいと頑張ってますから……関心を持っていただけるの、嬉しいです」

「それはどのような魔器なのですか?」

「これは、念話魔法を符呪したものですが、まだ試作品で……うまくいっていません」

「念話魔法?」

「遠く離れた人と、会話をできるような魔法です……。でも、まだ全然出来上がってないので……」


 なんだかきちんとできていない魔器を観察されるのが恥ずかしく、レイラはそっと魔器をしまい込んだ。

 それにこれは、ユーリと繋がるためのもので、最早レイラにとって、『試作型魔器』というだけでは計れない大事なものになってしまっているから、それをあまり他人に見せたくなかったのだ。


「面白いですね。もしよろしければ、要り様の際はご相談ください。我らシャムシン家は魔器開発のパトロンになろうと考えておりますから」

「ありがとう、ございます」


 それだけ伝えると、マルクは「では失礼」と軽やかに身をひるがえし、宿へと戻っていった。

 ニキータがそれに連なるように宿屋へと戻ろうとしたが、レイラに振り返り、厳格な表情で忠告した。


「お前も宿に戻れ」

「は、はい」


 ニキータは「フン」と鼻を鳴らし大股で宿に戻っていった。

 暫し、ぽつんとしていたレイラは、しまい込んだ魔器が「ジジジ」と震えるのを感じ取り、すぐに取り出すと、ユーリからの『いい夢を、レイラ』という言葉に、『おやすみなさいユーリ』と返事を送り、とたとたと宿へ戻っていった。


 そんな何気ないやりとりが、ユーリとできる最後の『念話』になるとはこの時、思いも寄らなかった。

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