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月曜日は重たい日

第三幕目、開始いたします。

どうぞよろしくお願いします。

 柔らかい風が優しくも甘い花の香りを運ぶ春。人々は豊穣の祭りに浮かれ、謡い踊り、食って飲んでと賑わう季節。

 誰もが笑顔を振りまいて、北の大国モースコゥヴは華やいでいた――。


 北方に位置するセプテム大陸の中央に栄える国、モースコゥヴ。その国は広大な大陸を領地に置き発展を遂げてきた。

 しかしながら、その栄光も王都たる中心地から離れて行くと薄らいでいく。辺境になれば未開拓の土地が広がり、野生動物やならず者が跋扈するような治安の悪い地域もある。

 国は騎士隊を多く派遣し、できうる限りの配備を行っていたが、厳しい環境にある地域では病魔が猛威を振るい、老人や幼い子供の命を奪っていくこともあった。

 これに胸を痛めていたモースコゥヴの姫、アナスタシアは積極的に政に参加し、執務を行ってきていた。


 此度、国が抱える魔術師班から、空気を清浄に保つ魔器の開発が行われ、国家錬金術師監修の元、それは正式に採用されることとなった。

 開発された加湿空気清浄機を領土内の医療機関に配布することで、気管支炎に苦しむ患者たちを援助すると、各地からは喜びの声が王都へと届けられることになった。

 そこで、アナスタシア姫は魔術師の生み出す魔法の技術力を高く買った。


 モースコゥヴは鉄と銀、そして騎士の国であったため、『魔法』という分野は好意的に受け取られることがなく、偏見を生み出していた。その昔戦争をしていた相手国が魔法大国であったことも要因だろうか。

 魔法使いは不気味だと言われてしまう社会風潮のため、魔法という技術は他国より劣っているのがこの国の現状だ。

 現国王も、その問題には頭を悩ませていたので国が大々的に魔法使いを育成するために、王宮魔術師の活躍には力を注いでいた。

 だが、それを疎ましく思う者もいた。

 これまで国のために血と汗を流していた騎士たちだ。

 彼らは日々鍛錬を重ね、犯罪者と応対し生傷を作っているというのに、国は騎士をないがしろにし、魔法という胡散臭い分野に力をいれるという。それを快く思わぬ騎士は多かった。


 王都から離れた禁猟区を護るための騎士、密猟対策部隊のムスティスラフは面白くなさそうに舌打ちをした。


「チッ……カミツレ隊の発足だ? 大した話じゃねえか」


 書簡を乱雑に投げると、屈強な男ムスティスラフはギラギラとした目をさせてキャンプ地から遠く離れた王都の方角を見やった。曇天の空が重々しく立ち込めて、冷気が纏わりついてくる。王都のある方角を眺めたところで、その目に映るのは灰色の世界だけだ。

 姫が発足させた新部隊。その名をカミツレ隊と言った。

 カミツレ隊は、魔術師の開発部を中心に置き、錬金術師と騎士を加えた混合共同計画部隊である。前例のない混合隊はそれぞれの分野の知識を活かし国土開発のための活動を行っていくという。

 魔法使いを中心に置くこの部隊が、ムスティスラフは気に入らなかった。

 先日も宮殿に張り巡らせていた暖房結界を、魔術師たちの怠慢から最も暖房が必要な冬場に修理作業を行うことになったと聞く。そのために、二次災害のように宮殿内には病気が発生した。

 大事にまでは至らなかったが、魔術師という連中の腑抜けた根性が気に入らず、ムスティスラフは自分の部隊員を二人配属に付け監視してやるつもりだった。

 だが、それは一人の親衛騎士の活躍により除外されてしまったのだ。


「ユーリ……!」


 ギリリと奥歯が砕けるかというほどに噛みしめ、太い腕に血管を浮かばせるムスティスラフ。

 アナスタシア姫の息が吹きかかったカミツレ隊。と、なれば親衛隊のユーリもカミツレ隊とは無関係とはいえないだろう。自分の隊員を痛めつけ、魔術師たちを庇護したというユーリに対し、鬼の眼光が鈍く輝く。

 そして騎士をないがしろにしようとするカミツレ隊に、ムスティスラフの怒りは注がれる。

 親衛隊のユーリは、見習いとして騎士団に入ってきた頃、丹念に扱きあげてやった若造だ。御前試合の優勝者というからどれほどの者かとみてみれば、少女のような顔立ちをした小柄な少年であった。

 鍛えがいのあるガキが来たと、ムスティスラフはユーリに対し、過酷な鍛錬を行わせ、屈強な騎士にしてやろうと熱を注いでいた。

 ユーリが十五になり、成人となってから見習い騎士を卒業すると、正式に自分の部隊に配属し、本格的な扱きを与えようと考えていたのに、そこに横やりが入った。

 姫の勅命だと言われ、ユーリは見習いを卒業するとともに姫付きの親衛騎士に昇格したのだ。

 食べごろに熟した果実を、横から掻っ攫われたような気分になったムスティスラフはユーリと姫に対し、暗いものが沸き起こるようだった。

 それがここにきて、『カミツレ隊発足』の報だ。ムスティスラフの仄暗い感情が熱を帯びていく。


 少し歩けば森が広がる辺境のキャンプ地で、ムスティスラフは未だ残る雪の隙間に咲く、小さな白い花を見付けた。

 香りの無いその花は、地に這いつくばる様にして咲いている。春になると芽吹く、どこにでも咲くカミツレ

 ざくりッ――。

 ムスティスラフはその白い花弁に剣を突き立てた――。


   **********


「盛大なご協力、感謝いたします」

 カミツレ隊の隊長であるアントンは、重たそうな瞼を支え、三白眼な表情を少しでも紳士的に見せようと、背筋を伸ばし、厳かな口調で言った。


「いえ、国の一大事業ですから。大商連としても協力は惜しみません」

 そう言って、アントンに端正な笑顔で返事をしたのは、大商連に与する名門の商家であるシャムシン家の長男である若い男だった。その名をマルクといった。

 幼い頃から英才教育を受け、その才覚を伸ばし続けた結果、その歳、二十歳にしてシャムシン家の家業を継ぎ、巨万の富を築き上げている大富豪である。貴族や王族とも関係を持つほどで、社交界などでも多くの女性からアプローチされる美男子でもあった。

 長身であり細身のマルクは、輝く黄金の髪を長く伸ばし、女性でも憧れるような艶やかなしだれを優雅にまとめ、名馬と呼ばれるアハルテケの尾のように靡かせる。

 聡明さが浮かび上がるような青い瞳は、いつも透き通っていて、広い見分を持っていると外見だけで判断できてしまう。


 アントンは、自分の間抜けな顔立ちと並ぶと、どうにもこうにも同じ男として、なぜこうも違うのかと思ってしまう。

「カミツレ隊の護送として、シャムシン家のキャラバンが協力してくださるのは、長旅で疲れた部下たちも喜ぶ事でしょう」

 モースコゥヴを発って五日が過ぎた。

 無骨な馬車での移動に次ぐ移動は、魔術師達にとって疲労を大きくさせていた。そこに今回協力を申し出てくれたのが、シャムシン家であった。

 シャムシン家の保有する豪勢なキャラバンがカミツレ隊を目的地であるペトロツクまで送ってもらえることとなった。

 カミツレ隊に協力したいと申し出て来たマルクに対いて、流石の商才だとアントンは内心、彼のしたたかを感じていた。

 カミツレ隊は、新しい魔法技術で国営を豊かにすることを目的にしている。それは大商人であるマルクからすれば、シャムシン家を更に拡大させるカードになるはずだ。

 アントンとしても、彼の申し出を断る理由もないし、部下の魔術師たちの疲弊した身体と心を少しでもマシにできるため、カミツレ隊はペトロツクまでの旅を快適に進めるため、シャムシン家の厚意に甘えることにしたのである。


「それでは、ペトロツクまで宜しくお願いします。アントン隊長」

「どうも、マルク殿」


 二人は握手を交わし、マルクは「また後程」と会釈して立ち去って行った。

 その様子を、アントンの右腕である魔術師の副隊長であるベラが後ろで見守り続ていた。


「はぁー、やれやれ。同じ人間とは思えないねぇ」


 マルクが立ち去ったと、張っていた背筋をだるんと、脱力させて猫背になりながら、ガリガリと後頭部を掻くアントンは、安堵の溜息を吐き出す。


「同じ人間です。きちんとしてください」

「あれ、きちんとできてなかった?」

「できてましたから、自信をもってくださいと言ってるんです」

「……ありがとうございます」


 ぺこり、とアントンのほうがベラにお辞儀をする。どちらが上司か分からないが、ベラはふいと顔を背けて、「もうっ」とわざとに大きな声で呆れて見せた。


「ベラくん、この事、みんなに伝えてきてあげてよ。明日からは旅もマシになるだろうから、喜ぶだろうよ」

「はい。あ、それから国の騎士団からも本日付けでカミツレ隊に合流して護衛につく騎士がいますから、そちらとも後で面会ですからね」

「うんうん、何せカミツレ隊は多目的共同開発部隊だからねぇ。魔術師、騎士、錬金術師が協力し合い国益のために活動する……」

 これまで魔術師だけでやってきたカミツレ隊が、ここからいよいよ騎士や錬金術師と共に本格的に仕事に取り組んでいくこととなる。

 そのため、新しくカミツレ隊に配属が決まった騎士たちも、今日、この街で合流することとなっていた。

 騎士たちと合流したら、明日からはシャムシン家のキャラバンで鉱山都市のペトロツクへと向かう段取りとなっている。


「隊長……、本当に、魔術師が騎士とうまくやっていけるのでしょうか……」


 ベラは、そっと小さな声で不安を口にした。ベラが弱気な発言を素直に伝えられるのは、アントンだけだ。

 正直なところ、魔術師はまだまだこのモースコゥヴで偏見を持ってみられている職業で、騎士とは犬猿の仲でもある。

 そんな騎士たちと共にこれから共同で国土開発に携わっていくことに、ベラは不安があった。


「やるんだよ。それが我らカミツレ隊の課題であり、目標だ。……苦労はかけると思うけど……一緒に頑張ってくれないか」

「……は、はい! がんばります」


 にこりと優しい笑みを作ったアントンの表情に皴ができる。

 三十代の男の、くたびれているような、だけれど、安心できるような、大人の包容力があった。

 ベラは、そのアントンの顔が、何より好きだった。不安なことも、アントンと共になら、立ち向かって行けるとベラは感じた。ちょっぴり赤らんだ頬が、暖かい。

 ベラはアントンにお辞儀をして、他のカミツレ隊の魔術師に報せを伝えるために、アントンの部屋から退室した。

 その背を見送ったアントンは、ひらひらと掌を振ったあと、その手を重く支えるように腕組みをして、その眼に計り知れないものを宿らせ、これからのことを思案するのだった――。

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