200万PV突破記念作品『脚が狼を養う』
多くの皆様のおかげで200万PVを達成したしました。
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その日は十五歳の誕生日だった。
人生で最も最低な誕生日だった――とレオンは記憶している。
このモースコゥヴでは十五から成人として扱われる。立派な大人になるということだ。
多くの成人を迎えた男子は、仕事に就く。それは多くの場合、家業を継ぐことが多いし、そうでない場合、自分の腕を認めてもらうため騎士になろうと王都を目指して旅立つ。大きく分けてこの二つが、男の人生だ。
レオンも、家業を継ぐことになっていた。本人の意思とは無関係に。
「お前とは今後親子の縁を切る。この家の敷居を跨ぐことは許さん」
それが誕生日に受け取った父親からの言葉だった。
お祝いのプレゼントの代わりに貰ったものは、勘当であった。
レオンは、家業の猟師に就くことを拒否した。命を奪って生計をたてることが、彼にはどうしてもできなかった。
周りはそんなレオンをあざ笑い、罵り、蔑んだ。
狩猟は、この国ではポピュラーな生業だ。古代からの風習で、男は戦いと狩りに出て、女が家と子を護る。そういう価値観がごく普通の当たり前で、それから外れる考えを持つ者は『ろくでなし』であるとレッテルを貼られることになる。
レオンはまさにそれだった。
腕っぷしも強くなく、いつも本を読んで知識を蓄えることが大好きだった。それも、『魔法』という忌み嫌われた技術の勉学が一番興味を持っていたため、周囲からは白い目を向けられる大きな要因になっていただろう。
父親はそんな息子を周囲から笑われ、怒っていた。レオンには、魔法を辞めろ、猟師になれと毎日言い聞かせたが、レオンは魔法の勉強を辞めなかった。
(僕は不適合者だ)
それは幼い頃からずっと思っていた。
レオンの故郷である田舎は、凝り固まった昔ながらの考えを曲げることなく、伝統と風習を慮り、未知のものや新しい物事への関心が極端に低い、そんな閉鎖的なところだったのだ。
レオンはその社会に於いて、不適合者だと思っていた。周囲のみんなの言う通り、自分は『ろくでなし』な男なんだと思っていた。
だから、親から勘当された時も、どこか他人事みたいに「ほら、やっぱり」なんて思った。
こんなゴミクズのような自分には居場所なんてありはしない。
それがレオンの自己評価になっていた。
容姿もパッとしない。腕力もあるほうじゃないし、どんくさい。勇気もないし、臆病だった。
騎士を目指すと言っていた同年代の少年は、鍛え上げられた筋肉と逞しい身体つき、精悍な顔をしていて、猛々しい性格をしていた。女の子にも人気だった。
レオンは彼の召使みたいにいつも扱われていた幼少期を思い出す。レオンはいつも笑われていた。そうして、育ってきた。
そんな彼が魔法に触れたきっかけは、子供の頃に虐められて泣きべそをかいていた時に見付けた壊れた魔器であった。
人目から逃れたくて、飛び込んだ洞穴でそれを見付けた。そこには何やらゴロゴロと色んなゴミが転がっていた。周囲の状況を見て、動物の巣だと思った。きっと狼だろう。
どこからか拾って来たものをここに隠して集めているのかもしれない。
狼の巣だとしたらマズイとレオンは逃げ出そうとした時には手遅れだった。
三頭の狼が巣の周囲に集まっていた。レオンは無我夢中でそこに転がっていた魔器を手に取って、狼に投げ飛ばした。すると、その魔器がレオンの魔力に反応して動き出した。
凄まじい閃光が走り、耳をつんざくような金切音が発生し、狼たちはそれで蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行った。
それが、レオンが生まれて初めて見た『魔法』だった。
投擲して、相手の目と耳を潰し混乱させる魔器だろう。恐らくだが、戦時中に使われていた魔器ではないかとレオンは考えた。
故郷の大人たちは、戦時中の敵国の魔法使いの不気味な魔法を、禍々しく語ったが、レオンにはその魔法が神々しくさえ見えた。
矢で射殺すのでもなく、剣で肉を斬り裂くのでもなく、槍で貫くわけでもない。
流血を伴わない、撃退方法に、レオンは感激した。
命を奪わずに、自分の身を護れたことに感動したのだ。
レオンは光と音が止まった魔器を拾い上げて、それを懐に隠すと、家に持ち帰って、自室でこっそりと調査した。
魔法という存在はなんとなくしかしらない。完全に、直観に任せての魔器調査だった。
だが、それがレオンの好奇心と満足感を満たしていった。
知らないものに触れるたび、自分の中に確かな力を獲得できていくような実感があったのだ。
それからは、親に隠れて魔法書を揃えたりして魔法の勉強を始めた。知識が増えていくと、実践もしたくなって、自分で簡単な魔法を構築してみた。
光を灯す、初級魔法だったが、それでもレオンは感激した。
それを繰り返す後、家族に魔法のことがバレてしまった。魔器や魔術書は全て棄てられた。あの日見付けた、思い出の魔器も。
そして親からは厳しく猟師になれ、魔法を捨てろ、身体を鍛えろと叱責を受け続けたが、レオンはひっそりと魔法の開拓を続けていた。
そして、十五の誕生日。決別の時が来たのだ。親からは十五の誕生日までに自分がどうするのかを決めておけと言われた。親は、猟師になる覚悟をしろと言いたかったのだろうが、レオンはそうではなかった。
十五歳の誕生日、レオンは父親に言ってのけた。
「僕は魔法使いになる」
その結果が、これだった。
荷物をまとめ、レオンは故郷を追い出されるように去った。
「ろくでなしめッ!」
「恥を知れっ!」
そんな罵倒が背中にぶつけられた。
レオンは一度も振り向かず、その足は王都を目指していた。
噂に聞いていた王都は、魔法技術を受け入れる準備が整っているのだとか。なんでも国が大々的に魔術師を育成して王宮に上げてくれるような試験もあると聞いた。
そこならば、自分は『ろくでなし』ではなくなるかもしれない。
レオンはそんな『夢』を抱いて、冷たい氷の道を歩き出した。
寒くはなかった。辛くも、寂しくもなかった。
生まれて初めて、『夢』を持ったレオンは、自分が今、産まれなおしたんだと思っていた――。
――長い道のりの末に、レオンは王都まで辿り着いた。
腕力だとか俊敏さだとかには自信がなかったが、耐え忍ぶ、持久力に関しては、人一倍強かったのが良かったのだろうか。根気強く、ゆっくりとでも前に歩き続けて、ここまで来れた。虐め抜かれた幼い頃の経験がこんな形で効果を発揮するなんて思わなかった。忍耐力というのは、時に立派なエネルギーとなるのだとレオンは考えた。
レオンは王都で生活を始めた。パン屋さんで働く事になったのは、そのパン屋が住み込みで働かせてくれる心優しいおじさんだったからだろう。お陰で、パンを美味しく作ることに関して少しだけ上手くなった。
パン屋を手伝いながら、レオンは魔法の勉強を続けた。やがて、王宮魔術師国家試験を突破した彼は、いよいよ魔術師としての一歩を踏み出すことになるのだが……。
――王宮魔術師になった一年目は、あまりにも酷かった。憧れた夢の舞台に立ったと思うと、緊張と重圧がやってきて、レオンの精神も肉体も全部がんじがらめにして、封じてくるのだ。
魔術師としての仕事をことごとく失敗して、先輩魔術師や相棒、上司には迷惑ばかりをかけてしまっていた。
(やっぱり……僕は、魔法使いでもろくでなしなんだ……。僕は、結局、単なるろくでなしなんだ……)
自分が、嫌で嫌でしょうがなくなってきた。どうして生きているのだろう。存在していることが申し訳ない。そんな風に思い込むと、ますます失敗が増えていった。
いつかの幼い頃のように、人目から逃れるために、その日レオンは昼に差し掛かる前、静かな王宮の広場の影で丸くなっていた。
誰もいない世界で、一人、何もしないでいられたら。
そんな妄想をしながら、不毛な自分の空想に力なく首を振った。
自分がいるだけで、誰かを不快にしてしまうことが哀しかった。恥ずかしかった。情けなかった。
ぼろぼろと、涙が溢れてしまっていた。恰好の悪い嗚咽が「えっ、えっ」と喉から溢れて止められない。
死んでしまえば楽になるのだろうか。生きていても、他の誰かを幸せにできない自分は、生きていてはいけないのかもしれない。
そんなことまで考えて、レオンは完全に鬱になっていた。感情がきちんと制御できないのだ。苦しみだけが脳みそを動かしているような、辛みだけが心臓を脈動させているような、そんなやるせなさだった。
と、不意に物音がして人々の声が耳に届いた。
レオンは、顔を向けると、宮殿の扉が開き、そこから騎士を連れた美しも可憐な美少女が姿を現した。
この国の姫君であるアナスタシア姫だ。年のころ十三歳になる。
王宮魔術師になる前に、王都のパレードで一度だけアナスタシア姫を目にしていたレオンは、すぐに目を奪われた。
パレードの時も思ったが、この世界にあんなに美しい人が居るのだろうかと、現実を疑ったほどだ。
まだ十三歳という幼さで、アナスタシア姫は優しく、国民に愛されていた。美しさも勿論だったが、人柄が良く、多くの人々から信頼を得ていたのだ。
その理由の一つして、彼女が幼い頃に亡くなった女王陛下の存在が大きいだろう。
母親を幼くして失ったアナスタシア姫は、国民の同情を買った。しかも、アナスタシア姫は母親の代わりに政務に就くとまで言ったのだそうだ。
なんと気高い精神をもった人物なのかと、レオンはますます自分を恥ずかしく思ったものだ。
(幼いアナ姫様も頑張っているのに……僕は……こんなにも情けない)
王妃を失ったモースコゥヴ国王は、その後後妻を娶るつもりもないらしい。
跡継ぎは、アナスタシアのみなのだ。男性社会であるモースコゥブに於いて、姫が王位を継ぐことはできない。
そのため、姫は隣国の王子に嫁がせ、跡継ぎを生むことさえ決められているのだとか。そんな過酷な運命を決められた若干十三歳の少女は、朗らかに笑っていた。
(せめて、あの姫様だけでも、幸せにできるような男になりたい……。僅かでもいいから……あの人の幸せの欠片になれるような……そんな男に……)
レオンは不甲斐ない自分を殴りつけたい気持ちから、強く拳を握っていた。強く握りしめすぎて、拳が真っ白になってしまうほどに。
そんな彼に、上司であるアントンがとある罰を用意して声をかけることになってから、レオンは少しずつ、自分を追い込むことを考えないようになっていった。
――それから一年、二年と過ぎ去って、カミツレ隊に配属されることになったレオンは、姫の姿に誓った想いを達成しようと意気込んでいた。
アナスタシアが提案したカミツレ隊はレオンにとって大きな誇りだ。必ず、カミツレ隊の役割を果たし、姫の笑顔のために命さえ賭けるつもりだった。
レオンは、魔術師班第二部署が、多目的開発隊として活動していくことが決められてから、ずっと考えていた。
(ろくでなしの僕が……、できるんだろうか)
幼い頃からのコンプレックスが、いつまで経っても消えてくれない。
姫様のために頑張りたいと思っても、それが空回りになってしまうのではないかと怯えてしまう自分がいることも知っている。
(僕は、本当は、ダメな男なんだ……。でも頑張らなくちゃって、無理してる)
レオンは、自分が落ち込みそうになると、いつも昼時に広場にやってきて、姫の姿を覗き見る。
そうすると、頑張らなくちゃならないと活力を取り戻せるから。多目的共同開発隊に参加すると、もう姫の姿を見ることもできなくなる。これからは、どうやって自分に喝をいれていくべきなのか、不安もあった。
今日も、こうして姫を木陰から覗き見ている。こうして見ていられるのもあと数日だろう。
ふと、レオンは姫の傍らに立つ、銀髪の青年に目を向けた。
親衛騎士のユーリだ。王宮でも評判の騎士で、若くして姫の親衛隊に加わり、立派に務めを果たしている。
女官たちは毎日彼の噂で黄色い声を上げているのを何度となく耳にしている。
実際のところ、ユーリは格好いい騎士の見本という風采をしている。姫と並び立つと、本当に絵画の一場面のように洗練された美が匂いたつほどだ。
レオンが、同性の目から見ても、ユーリはいい男だと頷くしかない。
眉目秀麗なその姿は、レオンがどれだけ顔の形を改造しても似せることができないだろう。
(姫を幸せにできる男っていうのは、彼のような男性を言うんだろうな)
姫を毎日見ているから分かる。姫は、ユーリを好いているのだと。願わくば、姫の婚約者である王子も彼に負けないほどの良い男であればいいのだがとレオンは考えていた。
「アナ姫さま……」
ほう、と思わず切ない声が出てしまった。
麗しい姫を木陰から覗き見る、小太りで色白な黒いローブの魔術師の、湿った吐息を漏らす男。
ああ、誰がどう見ても、今の自分は気色悪い野郎だな、と思わずにいられない。
うっとり見ていたレオンに、お付きの親衛騎士が、鋭い視線を向けていた。
(う、そろそろ退散しよう)
ユーリの鋭い黄金の瞳は、竦んでしまうほどの眼光がある。守るべき対象には優しい穏やかな目で、敵対者には突き刺すような威圧感を見せつける。
だからこそ、彼は評価されているのだろう。彼こそ、男の中の男ではないだろうか。
なんだか良く分からない理由で、青生生魂を手渡して来たぼんやりした自分の上司とは違う凛々しさがある。アントンは、青生生魂をベラとレイラに渡してほしいと言って来たが、どういうわけだか、アントンが渡したことは秘密にして欲しいと言って来た。なんだか妙にバツの悪そうな顔をしていたのが印象的だった。
しょうがないので、自分の知人から受け取ったという体でレイラたちに手渡したが、あれは一体どういう意図だったのかと首をひねる。
ユーリがまだ、じっとこちらを見ていた。これ以上はここに居られないだろう。
レオンはすごすごとその場から身を引くのであった――。
――数日後のことである。
カミツレ隊として、名称が正式に告げられ、銀のブローチを受け取ったレオンは、アナスタシアの姿に想い馳せながら、カミツレを模した胸の勲章を見つめていた。
いよいよ、カミツレ隊は遠征に旅立つ。もう姫様の姿を拝めるのも残り三日というところか。
今日で最後にしようと、レオンはいつもの時刻に、広場にやってきていた。
この時刻、姫はヴィスナー広場を見て回る。今日も行けばその姿を覗き見ることができるだろう。
レオンはそそくさと開発室から抜け出して、広場に向かう。
こっそりと木の影に隠れて、宮殿の方に意識を向けて、いつその扉が開くだろうかと待ち構えていた……、が。
「きみ」
「ぎょっ!?」
「ぎょって……」
背後から声をかけられたレオンは、奇怪な悲鳴と共に振り向いて、あきれ顔の相手をみて、更に『ギョっと』した。
そこには、なんと、あの銀髪の親衛騎士、ユーリが立っていたのだ。
「な、は? な、いや、えっ、へっ?」
どういう状況か分からずに、疑問が音を出して口から吐き出されるばかりだった。さぞ、その時のレオンの表情は滑稽だったことだろう。
だが、正面に立つユーリは笑うようなことはなく、表情を真剣なものに切り替えてレオンを見つめていた。
(やばい、叱責を受ける……。カミツレ隊に相応しくないとかで解雇されたら、どうしよう……)
レオンは呼吸が止まりそうになって、「ひぃ」と変な息を吸ってしまう。
「カミツレ隊の……魔術師、レオンだな」
「は、ハイッ」
「今日は、姫は此処には来ない」
「あっ、えっ? は、ハイッ」
分かってはいたが、やっぱりレオンがいつもこの時間に姫の様子を見に来ていたのはバレていたのだろう。
……そう考えると、ひとつ素朴な疑問が浮かんだ。バレていたなら、もっと早くに叱られていたはずだ。今になってそのことを咎められるのもないのではないか、と。
「隣国の楽団が来ていてね。姫はそちらに出向いていて広場の見回りはなしだ」
「そ、そうなんですか?」
アナスタシア姫の婚約相手である王子が、カミツレ隊の応援のために寄越したのだそうだ。そのため、今日は予定が切り替わっているのだという。
では、なぜユーリが態々ここにやって来ているのかという疑問が残った。
「あ、あのう。ユーリ様はなぜここに……」
「きみに会えるかと思ってね」
「……はぁ?」
思いがけない言葉に、レオンは間抜けな声を出していた。
姫直属の親衛隊が、なぜ自分に会うというのだろう。まるで話が呑み込めない。
レオンは何かの冗談なのかと、ユーリの顔を覗き込んだ。だが彼は冗談を言うような表情をしておらず、寧ろバカがつくほどに真面目な顔をしていた。深刻な表情、というのがしっくりくるだろうか。
なにか重大な任務でも預かっているような、そんな顔つきだった。
「きみは、レイラ・アラ・ベリャブスカヤと相棒だな?」
「えっ。はい、そうであります」
思わず、言葉遣いがおかしくなってしまった。思いがけずにレイラの名前が出てきたので、思考が纏まらなかったのだ。ほとんど反射で頷いていた。
「……頼みがある」
「ぼ、僕にですか?」
「きみだから、だ」
ますます、分からなかった。もしや、レイラのほうに何か大きな問題でもあるのかと想像したが、レイラに限ってそれは無いと言いきれたので、尚更当惑してしまった。
「カミツレ隊にはこれから遠征に旅立ち、数々の困難が待ち受けていることだと思う」
「……は、はい」
「どうか――」
そう言って、ユーリは、その丹精な顔を下げた。腰を曲げ、レオンに頭を下げたのだ。
レオンは、その姿に目を丸くした。
「きみを男と見込んで、頼む。どうか、レイラを護ってやってくれ」
「へっ?」
状況が信じられなかった。王宮の中で最も人気の騎士が、冴えない魔術師の自分に、『男と見込んで頼む』ことがあり得ないと思った。
「幼馴染……………なんだ」
随分と重々しく、ユーリは言った。
「お、お手を上げてください!」
恐縮過ぎて、レオンは慌てふためきながらユーリの顔を上げさせた。
そう言えば、以前、レイラが第一部署の魔術師に虐められた時、ユーリが助けに入ったことがあったのを思い出していた。なるほど、二人は幼馴染だったのか、と合点がいったが、態々自分に頭を下げてまで言うだろうかとも困惑した。なにせ相手は親衛隊なのだ。明らかに自分よりも目上の存在だ。
「そ、それは勿論、相棒ですので。きちんと、お互いカバーしあい……」
「そうじゃない」
「……っ?」
「きみが、レイラとの仕事柄だけの関係で、彼女を護って欲しいと頼んでいるんじゃ、ないんだ」
「ど、どういう、ことですか?」
ユーリの顔は、本当に真剣だった。必死そうに見えたと言っても過言ではない。
だから、レオンは眉をひそめてしまう。二人一組が基本の仕事の相棒だから、しっかりとその役目を果たすと述べたつもりだったが、ユーリは否定した。
「以前、きみとレイラが、宮殿の結界の修繕の時に頑張っている姿を見ていた」
「えぇっ!?」
そんな前の話が飛び出てきて、レオンは驚いた。あの時の事件はあまり褒められたことではないからだ。
女性の親衛隊に、宮殿内で物を食べるなと忠告されてこっぴどく叱られた記憶は今も脳裏に鮮明に残っている。
「あの時、きみはレイラがクリアーナ殿に注意されているのを見て、割り入ってくれたよな」
「あ、……はい……ぼ、僕が食事を摂りながら仕事を進めようと言ったもので……」
「あの時、姫様が言ったんだ。女の子を護るために、わざと割り込んできたのが、かっこいいって」
「ひッ、姫様がぁぁぁぁぁあッ!?」
二重の意味で面食らった。
あの場面を敬愛している姫に見られてしまっていたこと。そして、その姫が、自分のことを、『かっこいい』と言ってくれた事実に。
「きみは、あの時、わざとらしく両手にパンを二つもってレイラの前に出て来てくれたよな」
「そ、そうでしたっけ」
「仲間だから、連帯責任でやってきただけなら、あのパンは要らなかったはずだ。そうだろう」
「……レ、レイラさんが、叱られるのは、理不尽だと思ったから……」
「だからだよ」
金色の目が、レオンを真っすぐ見ていた。姫に向ける優しい目ではない。敵に向ける鋭い目ではない。
それは、男同士に向ける『信頼』の目だと、レオンは分かった。
「きみは、男として、レイラを護ろうと動いてくれたんだ」
「そ、そんなこと、考えて動いていたわけじゃないです……僕は……」
本当は情けない恰好の悪い男だと、言いたかった。そもそも、自分がレイラにあんな提案をしなかったら叱られること自体なかったはずだ。
「それが、男ってもんじゃないか」
「えっ……」
「例え、女性を護りたいと思うのが、男のエゴだとしても、そうしたいと身体が動いてしまうのが……男なんだよ」
「ぼ、僕が……?」
「だから、きみに頼みたい。レイラをどうか……頼む」
ユーリの真面目な顔は――、レオンはその顔がどういう顔なのかを、今実感した。
それが男の顔なのだ。
男が、相手を認めた時にだけ見せる、信頼の目だ。それを、ろくでなしだと思っている自分に、熱く向けてくれているのだ。
「僕なんかが……」
「姫様が言ったんだ。アナスタシア姫の目には、狂いはない」
「…………ッ」
がっしりと、内臓を鷲掴みされるような衝撃だった。それほどの、重大で衝撃的な、お墨付きの言葉だった。
「ユーリ様と、レイラさんの関係って……」
「幼馴染、だ」
「…………」
レオンは、ユーリの声と表情に、無言で頷いた。
幼馴染、それは本当だろう。――でも、それだけではないんだと、ろくでなしな……いや、男のレオンには分かった。
「守ります」
「ありがとう」
ユーリが、右手を差し出した。
誰かから、握手を求められたことなんて、ほとんどない。
ましてや、これは男同士の友情の握手だった。
レオンのふくよかな手が、ユーリの手を強く握った。ぐ、と力強く握られた痛みが、心地いい。
二人とも、どちらからというわけではなく、笑みがこぼれた。
レオンは、その瞬間に気が付いた。
どれほど、自分が立派になろうと肩ひじを張ったって、自分の中にいつまでも残っていたコンプレックスが全く消えなかった理由。
しっかりしなくては、と考えてみたって、自信にはつながらない。
誰かから認められた時、それははっきり形になる。
レオンは、今、自分が男なのだと胸を張った。
王宮内で誰もが憧れる親衛騎士と、気高く麗しい姫のお墨付きなのだ。
父親が否定しようとも、故郷が認めずとも、それは確実に、自分の評価を塗り変えてくれた。
そしていつか、カミツレ隊として魔法を国中に認めさせるようになったころ、故郷に帰って父親に向き合いたい。
僕は――、レオンは、あんたの息子だと、胸を張って――。
また『ガリベン魔女3』の構想が出来次第、連載を続けたいと思います。
次回は、鉱山の街で奮闘するカミツレ隊の話に、ユーリから離れてしまったレイラに、
また別の新たな高嶺の騎士がやってきて……、というお話になると思います。