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心が心に知らせを伝える

「レイラ・アラ・ベリャブスカヤ――」


 信じられないという表情で、ユーリは雪に倒れたレイラを支えていた。

 レイラもどう応えていいか分からずに、二人はそのまま雪の振る白の世界で暫し見つめあった形で静止していた。


「あ、あの……?」


 見かねたレオンがおずおずと声をかけると、レイラは我に返って、耳まで赤く染まっていく。ユーリに、優しく支えられている状況に気付き、一気に体温が上がってしまった。レイラは慌てて起き上がって、ユーリはそれを確認してから立ち上がる。

 そして、改めてレイラを確認するように、雪にまみれたローブを払う少女を見つめ、そして確信を持って瞳を煌めかせた。

 すっかりまくれ上がったフードから赤い髪の毛が妙なクセをつけてビヨンと跳ねていることも忘れてしまっているほど、レイラはあたふたとしていた。そして自分の視界の悪さに眼鏡を取り落としていたのだと思い出して、辺りを探そうと視線を地面に這わせた時だ。


「ほら、これ」


 レイラの目の前に差し出されたユーリの手には眼鏡があった。レイラのガリベンを象徴する瓶底眼鏡だ。

 レイラはそれが堪らない程に恥ずかしくて、すぐに受け取ることもできず、あうあうとうろたえてしまった。そんな彼女の手に、そっと添えるようにユーリの手が重なってきて、微かな体温と共に眼鏡が手渡された。


「あ、ありが……と……」

「レイラだよな」

「う、うん……」


 ユーリの声がまるで包み込むように熱をもって冷え切った身体に火をつけて行く。そしてゆっくりとだが、レイラの凍えた心がトクトクと動き出した。気がついたのだ。ユーリの口調に。

 少年のような言葉使いは幼い頃に共に遊んでいた時のそれだったのだ。だから、レイラの築いていた防壁は雪溶けのようにほだされて行ったのである。

 ユーリから受け取った眼鏡をかけて、改めてユーリを見直すと、そこには笑顔のユーリがいた。


「怪我はないか?」

「う、うんっ……」


 今や自分がどうして倒れていたのかも忘れてしまっているほどに痛みなどなくなっていた。雪玉をぶつけられるよりも衝撃的なことがいま、起こってしまったのだから。レイラが特に問題がないことを確認して、幼馴染の顔は騎士に戻った。


「そうか。でも念のため錬金術師のところへ行き、看て貰うといい。今は時間がなくて話すこともできないが……。後ほど時間を作れるか?」

「――えっ?」


 ユーリの言葉に、ただただ頷くばかりのレイラだったが、最後の言葉に目を丸くして聞き返してしまった。


「仕事終わりに、リェータ広場で待っていてくれ」

「あ、えっ……? うんっ……」


 レイラの返事に満足いったような顔を見せて、ユーリは紅の外套を翻し、王宮のほうへと颯爽と去っていった。

 まるで夢か幻のような瞬く間の出来事に、レイラはそのまま立ち尽くしてしまった。

 まさかユーリと会話する日がまた来るなんて――。

 生きる世界が違うと勝手に思っていた幼馴染。その語りかけて来た言葉が二人をその瞬間、過去へと連れ戻してくれた。


(私のこと……気がついてくれた……。また……助けてくれた……。あの、笑顔でっ――)


 とくとくと、心の奥から熱い血液が全身に巡っていくのを感じるように、氷付けの少女の内側を解凍してくれたその笑顔は、ユーリその人で間違いなかったのだ。


(リェータ広場で……待ってる……)


 その約束が夢ではなかったのかと疑いそうになるが、今も横顔に残るユーリの掌の温かさが、確かに主張していた――。

 レイラはそっと自分の手を頬へと持っていく。そうして、瞳を閉じると、今もまだ彼の手が直ぐそばにあるように思えてならなかったのだ。

 うっとりと赤い顔をしているレイラに、レオンがおずおずと声をかけるまでは、レイラは一人夢心地でいた。



   **********



 雪かきはどうにか午前のうちに片付いた。午後からはいつもの通常勤務に戻ったのでレイラは開発室で呪文の構築をこなしながらも気持ちはユーリのことでいっぱいだった。

 ユーリの手の感触がいつまでも頬に張り付いているようで、そちらのほうが気になっていて、雪玉をぶつけられた痛みは天空の彼方である。ユーリの言葉を脳裏で繰り返し、頭を診てもらわなきゃと夢遊病者のように錬金術師の医療室に顔を出した時、医師はレイラのぼんやりした表情に本当にどこか障害が発生しているのではと怪訝な顔をしたほどだ。実際のところ、たんこぶすらできていない健康そのものであったが。


(ユーリ……私のこと、一目で分かった……分かってくれたんだ……こんな私でも)


 子供の頃の自分と比べて不健康に育っていったレイラは自分の外見にはコンプレックスを持っていた。痩せこけた身体に、小さな鼻。目の下にはくまができる不眠体質の自分。いつもおどおどしていて、笑顔を作れない性格。ごわごわの髪の毛と奇妙な天然パーマがつくるクロワッサンの頭。

 極めつけがこの瓶底のように厚い眼鏡だ。


(あの時、眼鏡を落としていたから、素顔に気が付いたのかな……。こんな私を見ても、がっかりしてな

かったし……心配までしてくれて……ユーリは変わらないんだ……素敵だな)


 そんな彼と約束までしてしまった。

 仕事終わりに待ち合わせだなんて、胸が高鳴ってしまう。雪かきで冷えた身体のことも、第一部署の嫌がらせも、もうすっかり忘れてしまっていたレイラはそれからのことを考えるだけで幸せになっていた。


 ――そして、仕事も終わり、ついにやってきた約束の時。

 レイラは真っ先に待ち合わせ場所であるリェータ広場に駆けつけた。

 雪は既に止んでいたし、雪かきのお陰で積もった雪は隅に固められていて、広場のベンチは座ることができそうだった。

 吹き付ける風は冷たく、吐き出す息は白かったが、レイラはそんなことを気にもせず、ベンチに腰掛けてユーリを待った。


 ユーリは仕事を終えてくるのだろうか。そもそも親衛隊というのは、どういう仕事なんだろう。王族直属の騎士団であるから、四六時中王族と一緒に行動するのだろうか? だとしたら、仕事の終わる時間など、あるものなのだろうか?

 そして何より、ユーリはどういうつもりでここで待つように言ったのだろう。


 考え始めると、レイラは徐々にこの状況の『物凄さ』に緊張してきた。

 レイラが王宮魔術師になった理由はユーリとの再会だ。それはユーリへの慕情に気が付き、想いを伝えたいという目的のためだった。いま、それがまさに目の前にやってきたのだと気が付いた。


(こ、告白のチャンス――)


 ユーリは親衛隊の一員だ。同じ王宮にいるとは言え、雲上の存在であることは変わりがない。もしかしたら、これが最初で最後のチャンスかもしれないのだ。

 だとしたら、告白するのはまさに今日のこの機会しかない。


(でも、久々にあって、いきなり告白なんて……おかしいよね……)


 これでは、まるでユーリがエリートになったから、その蜜を吸いたくて舞い寄る蝶のようではないか。

 レイラはそんなつもりはなくとも、王宮の女性達のユーリに対する評判は色々と聞いた。

 誰もが彼を射止めたいと考えているのだ。若くして将来有望な騎士。優しく、そして美形のエリート騎士。彼と結ばれるとしたら、この先は間違いなく幸せを約束されるだろう。


 打算的な気持ちを持っていたわけではないが、立派になったユーリと再会し、その日に告白などあまりにも露骨ではないか。そんな風に、レイラの内側でネガティブな心模様が波打ちだすのだった。


(……それに、ユーリにとっては、あくまで私は『幼馴染』って関係でしかないし……私のこと、女の子

として見ていないかも……。こんな不細工だし……。告白したら絶対迷惑だ――)


 自分のクセ毛に指をなぞらせて、レイラははぁ、と白い息を吐き出した。

 手櫛をしてもギシギシと指に絡み付いて、ビヨンとバネの様に跳ね上がる。赤毛はダサいなんて風潮のモースコゥヴでは、レイラはどうしても垢抜けない見た目の少女だった。


 幼馴染を待ち続けるレイラは、ベンチに腰掛けたまま思案を続けていく。いつしか太陽は落ち、魔法灯の灯りが白々と灯っていた。ベンチに降り注ぐ魔法の光はどこか冷ややかで、レイラを独り、浮かび上がらせている。


(どうしよう……逢って、どうしよう……なんだか怖くなってきた……)


 そう考え始めると、急に寒気が身体に感じられるようになってきた。このまま待っていて、ユーリは来るのだろうか。来て欲しいのだろうか。何をするんだろう。レイラはうつむき、自分の掌を重ねて暖を取ろうと擦り合わせる。

(暗くなったらダメだ。折角ユーリとの再会なんだ。暗い顔してちゃ、もっとユーリから離れちゃう。笑顔でいなくちゃ!)


「へ、へへへ……へへへ」


 ベンチでうつむき気味に、必死に笑顔を作ろうとレイラがなれないえくぼ作りで、奇怪な笑い声を零しているのは、少々傍から見て、異質だっただろう。

 だが、そんなレイラを発見したユーリは、嬉しそうに駆け寄ってきたのだった。


「レイラ!」

「へぁいっ……!?」


 ベンチの前まで駆けて来たユーリにレイラは素っ頓狂な声で返事をして、せっかく作った奇怪な笑顔も取りこぼして慌てふためいた。

 顔を上げたレイラの前には、親衛騎士の服装ではない、一般的な服装に黒のコートを纏った姿のユーリが弾んだ表情で立っていた。


「すまない。待ったか?」

「う、ううん、ぜんぜん……」


 横に首を振るレイラだったが、ユーリはその擦り合わせて暖を取っていたであろう少女の赤い指先を見て、自分がつけていた手袋を脱ぎ取り、レイラへと差し出した。


「冷えただろう。すまん、広場を待ち合わせにするべきじゃなかったな。あの時はオレも慌ててて……」


 差し出された手袋を見つめてレイラはまったく違うことを考えてしまっていた。


(オレって言った――。ユーリ、自分のコト、オレって言った……!)


 王宮内で騎士の姿をしているユーリは一人称が『私』だったのに、こうして二人で話していると、ユーリは昔の頃の『オレ』に戻っていたのだ。それがなんだか、自分だけが知っているユーリなんだと幸せを感じてしまう。


「ほら、使えよ。ブカブカだろうけど」


 レイラはユーリの手袋を受け取って、自分の凍えた手に通してみた。確かに大きい。ユーリの大人の男性の手と、彼の体温が残った手袋はレイラの掌だけではない、心臓までどくどくと熱を与えてくれるのだ。


「あったかい……」

「よし。何か温まるものでも飲みに行こう」

「え、ユーリお仕事は平気なの?」

「ああ、非番だよ。いい店を知ってるんだ。そこで飲もう。色々話したいし」


 促したユーリはレイラをそっと立ち上がらせて、にこりと笑った。

 そしてユーリがレイラを寒さから庇うために傍に寄り添って歩き出した。レイラの隣に並び立つようにしながらも、足取りを合わせてくれる。少しだけレイラの腰に手を添えるような形でゆっくりと歩く青年の気遣いは騎士団で学んだものだろうか。紳士のエスコートに、レイラはドギマギしながら、周囲の空気が仄かに色づくような感覚に頬を赤らめた。


「…………」


 レイラは何も言えずに、ユーリのエスコートにしたがって、歩き続ける。話したいことは沢山あるのに、何もいえなかった。このひと時が永遠であればいいのにと思うほどに、レイラは今、幸せを感じていたのだ。

 すぐ傍にいる想い人は、昔の香りを纏っていたし、今の空気も持っていた。

 別の世界の住人になってしまったと思っていたのに、彼は自分の隣を空けて待っていたかのように、レイラを迎え入れてくれた。この時を、ずっと離れ離れになったあの日から願っていたのだ。待ちに待った四年間の末、ついに成就した瞬間でもあったのだ。

 城門を潜り抜けると、そこはモースコゥヴの城下町だ。正面通りは広く、様々な店が立ち並んでいて、美味しそうな飲食店も沢山ある。

 店先を通るといい香りが空きっ腹を誘うかの如く漂ってくるし、店明かりの温かさはまるで実家のようでもあった。

 そんな店をいくつか素通りして、たどり着いたのは大人びた雰囲気で静かな印象の酒場バーだった。雰囲気からしてちょっと違うその酒場バーは艶やかな床に大理石の壁を構え、清潔な高級感が輝いていた。

 レイラはこんな雰囲気の店は入ったこともないし、近づいたことすらなかったので、ひくっと、短いしゃっくりを上げるようにして驚いたのである。


 一部の貴族や大富豪、そして王族や他国の賓客を持て成すための酒場バーは、席ひとつひとつが個室になっていて、まるで世界から隔てられたような空間を作り出していた。

 レイラがキョロキョロと周囲と自分を見比べている中、ユーリが改めてレイラの腰に手を添えて、耳元で静かに「さぁ」と言ってくれた。

 そんな近くでユーリの声を聞いたことで、レイラはさらにドキンと胸を弾ませてしまう。目を白黒させて、カチコチになってしまうのであった。


「いらっしゃいませ。ああ――ユーリ様ですね。どうぞこちらへ」


 高級なフォーマルウェアに身を包んだ店員が颯爽と現れて、ユーリに挨拶をすると、そのまま静かに席へと案内してくれた。

 レイラはユーリの手に支えられるように、ゆっくりと個室席へと通されて、椅子を引かれた。

 促されて、ぽすんと力が抜けたように席にお尻を落とすレイラ。対面には優しげな金の瞳を輝かせるユーリが、微笑んでいた。

 会釈してから店員が去り、個室の戸が閉じられると、レイラはやっと緊張しっぱなしだった全身から力を抜いて、「はー」と息を吐き出してしまう。


「ゆ、ユーリ、こ、こんな店、大丈夫なの……」

「ああ……すまない。なまじ王宮騎士親衛隊なんて役職になってしまったせいで、一般的な酒場では飲めなくなってしまったんだ……。それにここなら、二人きりで話しもできるしな」

「そっ、そうなんっだっ……」


 ユーリの役職上、大衆酒場で飲むということに色々と問題があるのだろう。姫の直属のナイトが、近所のおじさん達と飲むワケにはいかないということだろうか。王宮のエリートにはそういった決まりごともあるようだ。


 そんなことよりも、ユーリの口から出た『二人きり』という言葉にレイラは、いよいよ鼓動が大太鼓のごとくドコドコなりだしていた。

 まるで神が与えたような告白のシチュエーションではないか、運命がここで告白しろと言っているようにすら思えてしまう。


「わ、私……こんな魔術師のローブでよかったの?」

「ここは、形式にはこだわらない酒場バーだから、安心してくれ。オレだって、こんなもんだろ? それに、王宮魔術師のローブは一応フォーマルで通るんだぜ」


 そう言って両手を広げるユーリが、まるで少年みたいに笑うから、レイラは目から鱗がおちたみたいにきょとんとしてしまった。

 自分がここに居てはいけないように思い込んでいたが、最低限のコードはクリアしているのだとレイラはどうにか落ち着いた。


「……そ、そっか。へへへ……」

「しかし、驚いたよ。レイラが王宮魔術師になっていたなんて……。どうして教えてくれなかったんだ」

「そ、それは……」


 ユーリに遠慮していた、とは言いづらかった。だから、レイラは「機会がなくて」と適当にごまかしてしまう。


「まぁ、いいさ。こうしてまた再会できたんだから。嬉しいサプライズだよ」

「……うれしい……?」


 屈託なく笑う幼馴染の笑顔はもう昔のまんまだった。さっきまで大人びた青年の顔をしていた騎士の彼は、レイラの前で少年に戻っていたかのようだった。


「……私に、会えて……良かった……の?」

「え? それは当然……。……もしや、レイラは迷惑だったのか? まさか、もう結婚をしているのか!?」

「へぁっ!? ち、ちがうよっ! 結婚してません!」

「そ、そうか。良かった……」


 まさかの話にレイラは慌てて否定していた。確かに女性は十五歳から結婚できるのが国の決まりだ。レイラの年であれば結婚している可能性もある。しかし、自分に限ってそれは無いというのに、ユーリは随分慌てた様子で聞いてきたのが印象的だった。


(良かった……って、どういう意味で、良かったのかな……)


 いちいち彼の言動がレイラを惑わせてしまう。

 立派な騎士になって大人になったのだと思っていたら、少年時代みたいに笑うし、かと思えば突然に結婚なんて話題から子供ではないのだと意識させられてしまうのである。


「むしろ、その……逆で……私みたいなのが、ユーリみたいな立派な親衛隊の騎士と一緒に居てもいいかなって……」

「……よしてくれよ。オレは……そんなに大層なものじゃないんだ」


 レイラが素直にユーリに対する遠慮を口にすると、ユーリは少しばかり表情を曇らせて、声を沈ませた。

 意外な反応に、レイラはますますユーリの言動に困惑していく。

 御前試合で見たユーリは試合に勝ち、騎士になれたことを素直に喜んでいたと思う。だから親衛隊に選抜されたことも誇らしく思っているのだと考えていたのだが、ユーリは睫毛を伏せ、前髪を少し揺らし、うつむいていた。


「すごい、ことだと思うけどな……」

「オレのことより、レイラだよ。お前こそ、王宮魔術師になったなんて凄いじゃないか。一生懸命努力したんだろう」

「え……そんな……私なんて魔術師って言っても第二部署のぺーぺーだし……」


 恥ずかしげにレイラがテーブルに目を落とすが、ユーリはそれこそ嬉しそうに自分のことのように続けた。


「今年の魔術師試験、合格者はお前一人だって聞いてる。だから魔術師の新米が来るって聞いた時、オレは随分凄い魔法使いが来るんだろうって思っていたんだ」


 試験を受けた人数は知らないが、合格者が自分だけだとは何となく察していた。同期の仲間が居なかったからだ。てっきり受けた人数が少なかったんだろうと思ったが、ユーリの言葉から察するにそういう様子でもないらしい。


「ところが、初めてその新米の魔術師を見かけた時は、騎士に捕まって迷子になっていたんだから、驚いたよ。それがレイラだとは思わなかったから、また驚かされた」


 悪戯っぽく笑うユーリが懐かしかった。昔はユーリのバカ! なんて返していたが今はその悪戯な笑みすら恋しい。思わずレイラは彼に笑顔を零していた。実に、四年ぶりに、自然に笑えたように思えた。


 ――コンコン。

 ノックがして個室の戸が静かに開くとボトルとグラスを持ったウェイターが会釈した。

 モースコゥヴの地酒である『ラカニト』だ。仕事終わりは大抵これで身体を温めるのが一般的である。

 慣れた手つきでウェイターがグラスにラカニトを注ぎ、「御用があればお呼びください」と頭を垂れて、素早く退出していった。


「とりあえず、再会を祝して」


 グラスを持ったユーリがレイラを覗き込んでいた。テーブルに一つ灯った蝋燭の明かりが反射して、ユーリの瞳に映る自分を煌めかせているようだった。

 レイラはその瞳に見つめられて、萎縮するのはやめようと思い直した。

 彼の瞳はあの頃のものだと感じられたからだ。幼少時に一緒に飲んだリンゴジュースとは違うけれど、こうして二人で食卓を囲んだことを思い返して、レイラもあの頃と同じに柔らかく笑んだ。


「――乾杯」


 その音頭は、『魔術師と騎士』を、『レイラとユーリ』に二人を巻き戻す魔法の呪文にも思えた――。

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