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ひよこは秋に数えるものだ

「で? どうなのよ、最近?」


 ニタリ、と唇の端を持ち上げて、赤毛の美女、ベラが笑った。

 薄く塗ったルージュが良く似合う。少し勝気な印象を抱かせる猫のような釣り目。大人の色香を周囲に魅せる彼女の艶やかさの隣で、レイラはきょとんと首を傾げた。


「なんのことですか?」

「惚けちゃって、可愛いなぁもう。あんたの彼氏の話よ!」

「へっ!?」


 休日のカフェで、ベラとローザの二人から覗き込まれ、レイラは素っ頓狂な声をあげた。

 近頃、この三人は休日には集まって、買い物に出かけたり、お茶をすることが増えた。ベラもローザも年上の美女であったが、レイラと同等に接してくれる。レイラにとって、彼女たちは、生まれて初めてできた同性の友人だった。


 ベラは、王宮で勤める魔術師で、レイラの先輩にあたる。魔法の技術や知識も高く、アントンの右腕として日夜勤しんでいる姿を見ることができる。その姿は、同じ女性として目指すべき目標にもなっていた。

 付け加えると、彼女はレイラ同様に赤毛の魔術師だ。だが、レイラにはない美貌とハキハキとした性格が周囲を虜にする。彼女は普段から、いつか魔術師を世に認めさせたいと語っていた。そのために、自分は魔法の能力も、女性としてのプロポーションも磨き上げて、世の中の注目を集めたいと努力しているのだという。その成果は目に見えていて、根暗で不気味な魔法使いという印象を彼女からは微塵も感じない。そんな姿がレイラの憧れでもあった。


「最近は、レイラちゃんも随分と可愛らしくなってきたじゃない?」


 そう言って碧眼を細めて金色のショートヘアを揺らせたのが、錬金術師のローザだ。彼女はベラとの古い付き合いらしく、ベラから紹介されて以降、共に過ごす機会も増えてきた。彼女が研究開発している水薬ポーションや化粧品の数々の実験に付き合うことも多く、ベラとローザからレイラは時折、玩具にされることもある。レイラ美少女化計画と銘打って、垢抜けないレイラに様々な改造を施すのが二人の趣味のようになっていた。

 ローザも実験の検証ができると喜び、ベラは一人でも魔術師の印象をプラスに持っていける人材が増えることを喜んだ。レイラも、自分が綺麗になることに何の不満もないので、恥ずかしくはあったが、三人の関係は良好だった。


 レイラが綺麗になりたいと打ち明けたことから始まった三人の友情であった為、ベラもローザもレイラが恋をしていることを把握している。もちろん、相手が親衛隊のユーリであることはまだ知られていないが。


「い、いえ……私は……全然。ベラさんやローザさんのほうが圧倒的に綺麗です」


 ベラは貴婦人のように美しく、ローザは貴公子のように麗しい。二人が並べば、誰もが目を奪われる舞台役者のような気配すら滲ませる。その間に佇むレイラの居心地は、必死に背伸びをしている幼子のようなものだ。


「相変わらず、レイラの自信のなさというか……、謙虚さはもったいないわね」

「だが、レイラちゃんの場合、そこが魅力になる。男性は健気な女性に惹かれるものだ。嗚呼、この娘を護ってやりたい、ってね」


 ベラはつまらなそうに唇を尖らせ、ローザはくすりと微笑んだ。


「で? キスはしたんでしょ?」

「う゛……、はい……」


 話が切り替わったかと思ったが、ベラはまた振出しに戻してレイラに恋人のことを聞いてくる。

 レイラが伏目がちに呟くと、ベラが「よくやった!」と親指を立てる。


「相手の人、どんな人なのか全然教えてくれないね。いい人みたいではあるけど」


 ローザが片目を眇めた。そろそろ教えてくれてもいいのではないか、と言っているようだが、ユーリが相手とは流石に言えない。ベラもローザも友人ではあるが、同じ王宮で勤める人間だ。どこから情報が伝わってしまうのか分からない。


「お、幼馴染で……、ずっと好きだったけど、言えなくて……。でもお二人のお陰で私、自信が出て告白できたんです」

「いいなぁ幼馴染。昔から一緒に居られたんでしょ?」

「でも、距離が近すぎて、恋に気が付けなかったんです。私」

「近すぎて、か……」


 ベラは一瞬だけ表情に陰を作った。普段の明るい声も曇っていて、レイラは思わずベラに目を向けた。だが、ベラがそれに気が付き、すぐに表情に笑顔を張り付けた。


「告白の結果はオッケーだったんでしょ? 今はどんな感じなのよ~?」

「週に一度、デートに行きます。好きだって、言ってくれます」

「いいねえ、のろけ話。もっと聞きたい」


 ローザも面白そうにレイラに話の続きを促す。ベラもローザも恋人はいないと言っていた。自分がこんな話を続けていいのか戸惑うが、二人はニタニタと笑みを浮かばせ、もっと赤裸々に語り尽くせと言わんばかりの顔を向ける。レイラ以上にレイラの恋の進展が気になっているのだろう。まるで、恋愛小説の続きを待ち望む読者のように。


「……キスもして、幸せです。好きだって言ってくれて抱きしめてくれて……」


 語りだしたレイラではあったが、先日のユーリとのデートのことを思い出し、少しばかり声に元気がなくなった。

 確かに両想いではあるが、二人の間にある『立場』という壁に、どうしても寂しさが浮かび上がる。本当は、ベラとローザに相手が誰なのかも教えてあげたいのに、それもできない。なんだか、罪悪感も生まれてくるのだ。


「……あの……。私……」

「どうしたの?」

「……最初は、彼と付き合えると分かって、嬉しくて……デートもいつも嬉しくて……これ以上の幸せなんか要らないって思っていたんです」


 ぽつぽつと、告白するレイラに、ベラとローザは笑みを消して、神妙な顔で見つめた。


「……なんか、私……我儘になってしまうんです。こんなこと言ったら、彼を苦しめるって、嫌な思いにさせてしまうって分かっているのに……」


 もっと堂々と付き合いたい。

 ……それが叶わない願いだと分かっている。ユーリに言ったところでどうしようもないことなのだ。なのに、レイラはそれを求め始めていた。自分がユーリをもっと欲しがってしまっていることを自覚して、なんて我儘な女なのだろうと自己嫌悪もしていた。


 ユーリだって、苦しんでいるのに。頑張っているのに、自分だけ我儘を言うわけにはいかない。


 ユーリが親衛隊として認められることは、レイラの喜びなのに、彼との交際を表沙汰にできない現状を憂いてしまう。自分なんかと付き合っていることを周囲に知られたら……ユーリの親衛隊としての立場が揺らぐと分かっているのに。葛藤が襲い掛かってくる。


「そんなの、当たり前でしょう」

「え……」

「好きな人ができたら、もっともっとってなるのは、当然の話だと思うけど?」


 ベラが少し呆れ気味という表情でレイラに言ってのけた。そんなことで自分のことを我儘だとか思う必要はない、とレイラを応援しているのだと、分かった。


「レイラって今、いくつだっけ?」

「十六です」

「彼は?」

「一緒です……」


 こくり、とローザは小さく頷いて温かいお茶を一口啜った。


「若いっていいわね……」


 そしてしみじみと遠い目をして言う。

 そうは言うが、ローザもベラもまだ二十歳はたちのはずだ。十分若々しい。


「でも、そうだね。確かにレイラちゃんの言う通り、自分の欲望ばかりを相手にぶつけていたら、愛が重いって嫌になっちゃうかもね」

「ですよね……」

「でも、相手がまったくこっちを意識してなかったら、ぶつけまくるしかなくないッ!?」


 ローザの意見に、レイラが頷いたのと同時に、ベラは妙に熱を持って反論した。昼過ぎのカフェに響いた彼女の声は周囲の目を向けてしまうほどに大きい。気がついて、ベラはおほん、と取り繕ってみせた。


「今はレイラちゃんの話してんの。アンタの話はこの後、聞いてあげるから」

「……べ、別にいーわよ、アタシの話は……」


 モゴモゴするベラはなんとも珍しい。ベラもベラで好きな人がいるらしいのはレイラも察していた。だが相手が誰なのかは聞いていない。自分が相手を語れないのに、ベラにそれを聞くのはフェアではないと考えているからだ。


「で、レイラちゃんとしては、どうしたいの?」

「……分かりません。どうするのが良いのか……。私、彼には迷惑をかけたくないし、嫌われたくないです」

「でも、レイラはそれで悶々としてるんでしょう?」

「……それは彼も同じなので」


 レイラは力なく笑った。結局のところ、今は我慢をするしかない。多くを求め過ぎてはならないと分かっている。あとは気持ちに納得させるだけだ。固くて歪なその感情を身体の奥に飲み込むのは容易ではないが、耐え忍ぶことも時には大事なことだろう。


 二人にも言えないレイラの一番の根っこにある想いを吐き出しそうになって、レイラは必死だった。

 本音である、自分の内側にある大きな不安。

 いつか、この幸せに終わりが来るだろうと、レイラは思っていた。ユーリとの関係はきっと長くは続かない……。今は神様が与えてくれた幸せな時間だ。しかし、物事には永遠などない。いつか、ユーリとは別れることになると予感をしていた。


 彼は姫の親衛騎士なのだから、有事の際は何をおいても姫を優先する必要がある。己の恋人より、自身の命より。

 レイラを一番に据えることができない彼には、レイラへの想いが、仕事に対して邪魔になるだろうと、レイラは想像していた。すると、彼との時間が永遠ではないのだろうと気が付いた。


 だから、レイラは、今を必死に握りしめて、失わないようにしがみつく。ユーリの迷惑になりたくない、と。


「相手がどんな人か知らないけど、二人とも若いんだし、自分の感情が溢れて仕方ないのはしょうがないって。相手が何を考えてるのか全然分かんないよりずっといいわよ」


 ベラはレイラを元気づけるように言ってくれる。


「そうだね、お互い好きだって伝えられてるんだもの。今はじっくりと愛を育みあえばいいんじゃない?」


 ローザも苦笑をしてレイラに寄り添う言葉を与えてくれた。そんな二人に、レイラは安心を思い出す。こんなにも自分の傍には共感してくれる仲間がいるのだ。幸せは何も恋愛に限った話ではない。友情が、レイラを救うこともあるだろう。それがレイラには嬉しく尊いと感じられた。


「で? 何を考えているのか分からない相手に悩みを抱える女はどうだ?」


 じろり、と悪戯な視線をベラに向け、ローザが話を切り替えた。

 途端、ベラの饒舌さが錆びついた。


「なんでもないわよ」


 なぜか視線がきょろきょろと虚空を彷徨う。普段、仕事をしているベラからは想像できないほど、狼狽えているというか、幼く見える仕草に、レイラは思わずくすくすと笑ってしまった。


「ベラ先輩くらい綺麗なら、断る男性はいないと思うんですが」


 笑ってしまったことを誤魔化すために、レイラもローザに倣ってベラに話を振ってみせた。落ち着かない様子のベラはしどろもどろに舌を縺れさせた。


「あ、アタシの話なんか、つつ、つまんないから、ロロ、ロ、ローザは?」

「は? 私恋愛する気ゼロだし」


 バッサリとベラの質問を切り捨てたローザは、冷ややかな目を鋭く光らせる。銀縁の眼鏡がローザの威圧感を更に高めている。男装の麗人という風采をしているローザのその声は、一部の女性が悶絶するほど、冷酷ながらも美しい。まるで氷でできた刃である。


 レイラは、ローザの恋愛観を聞かされたことがある。彼女は、男社会である今の世の中が気に入らないらしい。同時に女性が男性よりも劣っていると考えている男性に対して、あまり良い感情を出さないというのだ。

 そのことからか、ローザは恋愛を全く考えていないらしいのだ。少なくとも、男性と付き合いたいという感情は今のところ持っていないと、本人の口から聞かされた。今は、仕事が何よりも恋しいと語った彼女は、実にローザらしいとレイラも納得した。


「ほら、言いなさいよ。ベラの気になるお相手様は、ベラが必死にアプローチしても、全然気が付いてもらえないんでしょ?」


 ローザの一見冷たい口調に、レイラは肝を冷やすが、ベラとローザの間柄はかなり強いようだ。時折二人は喧嘩をしているのかと言うほど厳しい口調で会話をすることもあるが、どこか二人の息はあっている。親友、という関係性がそうさせているのかもしれない。レイラは素直に、そんな二人を羨ましいと思っていた。


「あ、あのさ。……アタシ、綺麗かな、ほんとに」

「この王宮で働いている魔術師の中で一番綺麗になる、と宣言したのはお前だ」

「綺麗ですよ、ベラ先輩。本当に一番だと思います」

「……そ、そうだよね。綺麗だよね。うん、知ってる」


 フフフ、と笑うベラを置いて、ローザがこっそりとレイラに耳打ちをしてきた。


(面倒くさいだろ)――と。


 レイラは頬を引きつらせるような笑顔で首を横に振って見せた。


「でも、あのチョウチンアンコウ、ぜんっぜんアタシのこと、見てないの!」

「ちょ、チョウチンアンコウ……?」


 一体ベラの相手とはどんな人物なのだろうかと、レイラはジト汗を垂らす。


「見てよ、このネックレス。綺麗でしょ? 先月買って、身に着けてるの。仕事の時も」


 ベラが見せつけるネックレスには、ジルコンがはめ込まれ美しく煌めいている。ちょうど胸元にくるような位置で輝く宝石に、レイラも何度か目を向けた。

 ベラはかなりセクシーな出で立ちで胸元を開いていたりする。そこにそんな綺麗なネックレスが輝いていれば、誰もが彼女の胸元に目を向けるだろう。ベラはそれを想定している様子だった。


「でも、全然見てくれないの! アタシのこと、女性としても意識してないのよ絶対!」


 白熱しだしたベラに、ローザがお茶を進め、ベラはそれをぐびりと一口に飲み干す。胸元のネックレスが揺れた。

 ベラが意識している男性に、注目してほしくてそんな演出までしたらしいのに、まるで効果はなかったようだ。


「アプローチの仕方が合ってないんじゃないの? 見方次第じゃ、アンタただの淫乱よ。淫乱」

「アタシはただ、あの人に近づきたくて……女なのよ、アタシも!」

「分かってるって。どうどう」


 ローザがベラを落ち着かせようとする。レイラはベラの話に共感をしていた。『ただあの人に近づきたい』。

 みんな、恋をしたら、考えることは似ているのだなと、安心もした。好きな人の傍に居るために、色々と気を揉むものなのだ。

 だからこそ、レイラはベラの恋も応援したく思うのであった。想い人は、近くにいるのに、どうしても心が届かない。そんな葛藤は誰もが抱くものなのだろう。


 二人が友人で、良かった。

 レイラは、心細くなっていた気持ちを持ち直せたことを密かに感謝するのだった。

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