バースデイ・カウントダウン1
いよいよ明日、『ガリベン魔女と高嶺の騎士』が発売されます。
なんでも早いところではすでに書店に並んでいるとか。(カウントダウンの意味w
あまり出版数が多くないと思いますので、初回特典の数は本当に少ないと思います。ご購入の際はご注意くださいね。
紅い国旗の雪国は、白と赤を人々の目に焼き付ける。そんな国の象徴でもあると言えるアナスタシア姫は陶器のような白い肌に紅のドレスを身に纏い、その外見にまるで劣らぬ気高い精神を持っていた。
誰もがアナスタシア姫を讃え、美を謳い、優しさに感涙する。
アナスタシアもまた『完璧』を背負った一人だ。
そんな彼女が、ただ一人、我儘な想いをぶつけられる人――。それが親衛隊のユーリである。
「ユーリ。明日、お誕生日なのでしょう?」
傍に控える銀髪の青年に、鈴のような声で語り掛けたアナスタシアは、くすくすと笑う。それは一国の姫君とは思えない無垢な少女のようだった。
「随分と、沢山の贈り物を貰っていたようですね。クリアーナが教えてくれたわ」
「す、すみません。今年はどういうわけか……多くの方が祝ってくださいまして」
「どういうわけか、ではありませんよ。ユーリ、あなたは近頃評判なのよ。私の耳にもしっかりと聞こえているんだから」
姫の言う通り、ユーリの評判はここ最近、良くなっていた。少し前までは騎士たちの間ではあまりいい顔をされていないユーリではあったが、とあることからユーリの人気は王宮内で上がり続けていたのだ。
そんなわけで、明日ユーリの誕生日であることを知った人々から、多くの贈り物を今日の内から貰っていた。
「今年もお祝い、させて頂戴ね、ユーリ」
「そんな、姫様……有難きお言葉」
ユーリはアナスタシアの言葉に、深く頭を垂れ、恭しい声で礼を述べた。
ユーリが見習い騎士としてこの王宮に来てから数年、ひょんなことから歳が近かったことも手伝って、姫とユーリは身分を超えて仲良くなっていった。
いつも孤独に鍛錬に明け暮れるユーリに、アナスタシアは友情を持って接していた。――やがてその情の色が、ゆっくりと違う色に染まり始めていることをアナスタシアは成長するたびに実感していた。
出逢った頃は小さな少年のように見えたユーリが過酷な訓練で逞しく成長していくのを毎年応援していたのが姫だ。
毎年、アナスタシアはユーリの誕生日を祝っていた。ユーリは腰を低くしながらも、嬉しそうに姫に感謝を述べる。そんな二人の一ページが、今年もやってくる。
アナスタシアがこの日のために、刺繍をこつこつと描いたハンカチーフだ。何度も失敗して、描いたカミツレ模様の刺繍は、派手過ぎず、地味ではない清楚な雰囲気に満ちていた。
カミツレの花は、アナスタシアの代名詞と言えるほどに、姫の愛する草花の一つだ。アナスタシアのドレスにもカミツレを模したデザインが映えている。
アナスタシアから、最大の寵愛を受ける者にだけ与えられる『カミツレ』は、単なる刺繍ではなく、称号や勲章にも似た威光が宿っているのだ。
「ユーリ。明日を楽しみにしていてね」
「去年のように驚かせるのはご勘弁いただけませんか」
「ふふふっ、あの時のユーリの顔、今でも思い出せるわ。去年のユーリはなんだかとても強張っていましたから、ちょっと突けばバランスを崩してしまいそうに見えたのよ」
「め、面目ありません」
去年のユーリは見習い騎士から親衛隊に配属されて、気を張り巡らせての緊張の毎日だった。それをほぐそうと、アナスタシアはユーリの誕生日にちょっとしたサプライズをプレゼントしてみせた。
それでユーリの凍り付いて固くなった氷雪のような身体が、少しだけ柔らかくなったのを見て、アナスタシアは「上手くいったわ」と喜んだ。
今年のユーリは随分と余裕を持って職務に当たっているし、表情も穏やかなものを見せることが増えた。だから、今年は素直に彼を喜ばせる気持ちを込めたプレゼントを用意したのだ。
恥ずかしそうな顔をして、困った笑顔を浮かべるユーリを見て、アナスタシアは彼を祝える幸運を神に感謝するのだった。
「明日はいい天気になると良いわね」
「はい、おそらく晴れでしょう」
窓から青空を眺めて、小さな雲が流れていくのを暫し楽しんだ。
蕩ける太陽光は、凍り付いた国々に、芽吹きを与えるだろう。極寒の国であろうとも、雪解けの季節はやってくる。そんな時期にユーリは生まれた。
皆が身を強張らせて寒さを凌ぐ中、太陽のような瞳でぬくもりをくれる青年に成長をしていくのを間近で見ていられることが、アナスタシアの何よりの喜びだった。
それももうすぐ見守れなくなる。
アナスタシアは間もなく隣国へと嫁ぐことになっているから。
願わくば、彼と共にいつまでも、暮らしていきたい。氷柱のように固く脆そうな彼が、清廉恪勤な一人の男として成長する姿を誰より傍で見ていたい。
そんな抱いてはならない欲望が、アナスタシアの『完璧』のヴェールを揺らせる。
それは一国の姫が抱いてはならない感情であった。
彼を祝えるのは、もしかしたらこれが最後になるかもしれないから――。
アナスタシアは、カミツレのハンカチーフに、針を通しながら、その『欲』と言う名の『情』を縫い付けていった。
ちくりと指をついた針の痛みさえ、なぜだか恋しかった――。
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月明りの下――。
その夜の帳があがると、ついに『誕生日』がやってくる。
レイラは、その日全ての時間をたった一つのことに費やした。この数週間、数か月、ユーリを喜ばせたいという想いをその日に全て注ぎ込むつもりだった。
レイラの自室の机には沢山の書物が積み上げられている。レイラはこの本を昨夜の内から読み始め、完全に読破した。
生まれて初めて取り掛かる作業に、どうしても勉強が必要だったからだ。
まるで、レイラはユーリを追いかけることを決意した幼い日のように、知識と技術を求めガリベンに勤しんだ。
睡眠時間を削っても、彼女が必死に頭に叩き込んで学んでいるのは『魔法学』ではない。
クリアーナが助言してくれたある物に関する資料や、著名人の技術書――。
一日で獲得できるような浅い分野ではないが、物心ついたときから一緒に居たユーリへの想いが、土台になってくれると信じて、レイラはその知識を書物から貪欲にかき集めていった。
これこそが、素直に自分の心を渡すことができる、たった一つの方法だとレイラは考えていた。
ブツブツと机に向かって、レイラは丸い瓶底眼鏡を魔法の明かりで照らし、引きこもり時代に戻ったみたいに集中していた。
星空が瞬き、流星が音もなく落ちていく。
月は冷たい明かりを下ろし、さわさわと風が鳴く――。
明日は晴れる。
後、一日。明日、ついにその日がやってくる。
やがて月光が朝焼けに溶け始める頃、レイラは幾度となく失敗を繰り返したそのプレゼントを完成させた。
これは一夜漬けで組み立てたプレゼントではない。
このプレゼントは、ユーリへの気持ちを抱いた数年間の全てを注いで描いた、真心の形に違いない。
彼がレイラの人生から欠けてしまった数年間、それを埋め合わせるための、贈り物。
レイラはその出来上がった贈り物を見て、なんとも不器用な出来だと思った。
いつか作ったはじめてのブリンを思い出す。
レイラはそれを抱きしめて、立ち上がる。
一歩、前に足を出す。
ユーリに逢うために。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
次回、本作の最終回になると思います。
第二部的な構想はありますが、それは正直なところ、書籍の売れ行き次第と言わざるを得ないので、
ひとまずは、次回がこの『ガリベン魔女シリーズ』の最終回となると思います。
お目汚し、失礼いたしました。