バースデイ・カウントダウン2
発売日までもう少し!
『ガリベン魔女と高嶺の騎士』はネット公開版と比べ後半の内容が完全オリジナルとなっております。
主な変更点を『活動報告』ページにまとめようと思います。
興味がありましたらご確認くださいね。
「お腹痛くなってきた……」
げっそりした顔のレイラは、現実から逃げ出したくなっていた。
あと二日で誕生日がくる。あと二回寝て起きたら、やってきてしまう! まだ空が白み始める程度の早朝に、レイラはベッドの上で溜息を吐き出した。
いくら現実から目を逸らそうとも、必ず訪れるその時に対してレイラは頭を抱え込んで唸るのであった。
(うー。なんで? ユーリの誕生日はほんとなら、凄く楽しみにしてるべきなはずなのに……)
もうこうなったら、四の五の言っている場合じゃない。今日、絶対に何があろうと、プレゼントを入手する!
レイラはそう決意した。思い立ったら即行動。もう一秒たりとも無駄にはできない。
レイラはその時、大胆にもユーリのことを聞き出すのに最も的確な人物にアプローチしようと思い立った。
それはユーリの仕事の相棒である親衛騎士、冷徹な表情をいつも崩さない女性の親衛騎士クリアーナである。
クリアーナとは数度、会話をした程度ではあるが、厳格そうな面影の内側には、きちんと話せば相手をしてくれる優しさを持っていることを知っていた。
ユーリが病気になった時に、看病をしてくれたこともあるし、レイラがユーリの幼馴染であることも知っている。
きっと、クリアーナなら、ユーリが今何を欲しがっているのか、知っているだろう。それでいて、騎士としての目線と女性としての価値観も持ち合わせているだろうから、クリアーナに相談すれば確実な回答が貰えるはずだとレイラは考えていた。
「クリアーナさんは、親衛隊で、ユーリの相棒だから……。どうやって声をかければいいかを考えないと……」
基本的には王宮では二人一組で仕事にあたる。だから、仕事中にクリアーナに接近すれば、ユーリもすぐ傍にいることだろう。それでは駄目だ。
なんとかして、クリアーナが一人の時に捕まえて質問をしなくてはならない。しかし、クリアーナも親衛隊の一員である以上、レイラのような新米魔術師が簡単に声をかけていい相手ではない。
そして思いついたヒントは、それこそユーリを思い出してだった。ユーリは朝方、よく女中に捕まって黄色い声を上げられている。女中たちはユーリが朝、職務に就く前に、散歩を兼ねて王宮内を見回っていることを知っているので、待ち伏せしてはお菓子などを差し入れているのだ。
相棒であるクリアーナもその時間ならば、空いているはずだろう。しかもその時間は、ユーリは女中に捕まって、きゃあきゃあ言われているはずだ……。
「むぅ」
レイラはちょっぴり頬を膨らませた。想像したらなんだかムッとしたのだ。嫉妬が露骨に浮かび上がったので、レイラは「はぁ」と呼吸を整えて気持ちをもう一度整理する。
――要するに、朝ならば、クリアーナに接近するチャンスもあると思ったのだ。
レイラはがばりと起き上がった。
普段より早い時刻に、支度を整えて、朝食も摂らず、レイラは王宮に向かった。
早めに王宮に行き、騎士の塔の付近でクリアーナを待ち伏せてみようと思ったのだ。我ながらなんとも大胆な案で猪突猛進な行動だとは思ったが、もうなりふり構っている余裕がない。
ユーリの誕生日に、後悔するようなことだけは避けたい。だから、レイラは全身全霊をもってしてでも、クリアーナとの接触に賭けたのである。
雪国の早朝は冷える。しかし、レイラはそんな寒さも忘れる程に駆けた。王宮までやってきて、白い息を吐きながら、騎士の塔の辺りまで来て、一度呼吸を整える。
騎士達は皆、朝が早い。多くの騎士は、庭に出て朝の稽古をしている光景が目についた。
その中にクリアーナがいないものかと探してみたが、残念ながら朝の稽古に打ち込んでいる女性騎士の姿は見付けられなかった。
「クリアーナさんは、どこにいらっしゃるんだろう……」
騎士の塔の中には、親衛騎士専用の個室がある。もしかすると、クリアーナはその個室で朝を過ごしているのかもしれない。そうなると、接触するチャンスはほぼ消えると言ってもいいだろう。
朝の冷気が風に乗って、レイラの細い体を横薙ぎにする。
レイラは、どうしたものかと暫し稽古に打ち込んでいる騎士達をじっと見つめるばかりであった。
そんな時だった。
「そんなところで何をしている」
ぴしゃりと注意する厳しい声に、レイラは「ぴゃ」と珍妙な声を上げた。
声の方に向き直ると、そこには、なんという僥倖か――クリアーナが鋭い目をレイラへと向けているではないか。
「す、すみませんっ」
思わず、反射的に謝ったレイラはぺこぺこと何度もお辞儀を繰り返した。
その様子に、クリアーナは「ん」と小さな声を漏らした。
「お前は……ユーリの幼馴染だったな」
「お、覚えていてくださったんですか。私、レイラと申します」
「覚えているよ。こんな朝早くにこんなところで何をしている」
心なしか、そのクリアーナの声色は柔らかくなって聞こえた。それでも表情はまるで鉄仮面でも被っているかのように冷徹な印象を宿したままであったが。
「その、実はクリアーナさんを探していました」
「……? 私をか?」
レイラの言葉が思いも寄らなかったのだろう。普段、ほとんど変化が見えないクリアーナのきつめの表情が、小さな驚きを浮かべて、眉をくい、と持ち上げた。
「じ、実は相談があって……」
「……フ、ユーリのことか」
「わ、分かるんですか?」
「私に聞きたいことなど、そのくらいだろうからな」
整ったかんばせに微笑を浮かべて、知的な瞳を少し眇めたクリアーナは、お見通しと言わんばかりだ。
「ついでに言うと、あいつの誕生日のことで、ではないか?」
「……す、すごい……なんで分かるんですか?」
「あいつの誕生日が目前なのは私だって知っている。相棒だからな」
「あ、そ、そうですね……」
レイラはクリアーナの洞察力に舌を巻きながら、うんうんと頷くばかりだ。そしてならば話が早いと、クリアーナに改めて頭を下げて、相談を持ち掛けた。
「き、急に無礼な相談だとは思いますが……ユーリへの誕生日プレゼントを悩んでて……何かユーリが欲しがっているものがないかと……クリアーナさんならご存じかもしれない、と思って……」
「……意外だな。そっちの質問だったか、てっきり幼馴染のお前ならば、彼の欲しがるものなど分かっていると思ったが」
「……それが……ユーリとは長い間会っていなかったから、最近のユーリが好きな物なんかが分からなくて」
レイラは、こちらに気を遣ってくれる女騎士の優しさに甘えて、ぽつぽつと今までのことを説明した。
プレゼント捜しに奔走し、もう残りの期日は後僅かだという状況で何も見付けることができていないことを。
「――ユーリは普段から何かを欲しがるような男ではない。あいつは無欲な男だ」
「わ、私もそう思います」
「何を貰っても喜ぶと思うぞ」
「私も……そう思います」
「……『特別なもの』を送りたいと思うばかり、お前は我を見失っているのではないか?」
「えっ……」
クリアーナは姿勢のいい直立で、レイラに向き合い、ただただストレートに言葉を投げかけた。
そこには何か感情が浮かび上がっているような色合いが見えない。透明な、飾らぬ言葉だった。真実だけしか口にしないという意思が見える、クリアーナの声は透き通る寒風のように、レイラの身をしゃっきりとさせた。
「あいつは、真っ直ぐにしか歩けないような男だ。そんな男を喜ばせるものなど、一つしかない」
「そ、それって……?」
「正面から受け止める、素直な心だろう。それを示すだけでいい」
「でも、心を込めた物に、何が相応しいのか、私には分からなくて……」
レイラが両手を握り合わせて俯いた。気持ちのこもった贈り物をしたいと思っているのは当然のことだ。だがその贈り物に困っているので、ユーリが求める何かを必死になって探っている。そんな毎日だった。
「魔術師というのは、もう少し、頭が柔らかいと思っていたが」
クリアーナはそう言うと、腕を組んで、俯くレイラを見下ろした。
レイラは、クリアーナが何を言わんとしているのかその時は理解できずに、頭を上げて、迷子になった子犬みたいな目でクリアーナを見上げる。
「――という贈り物だってあるだろう?」
クリアーナからの助言は、それこそ、彼女から出た言葉とは思いがけないものだった。
と、同時に、レイラはなんて素敵な贈り物なのだろうと、感銘を受けた。
だがその贈り物をするには、やはり簡単にはいかない。準備が必要だ。誕生日まであと二日――。
ならば、そのクリアーナの案を採用し、明日一日をかけて、その贈り物を用意しよう――。
「クリアーナさん、私、頑張ってみます!」
「ああ――。それではな」
深くお辞儀をしたレイラに、クリアーナは背を向けて塔の中へと入っていった。
人は見かけによらないな、とレイラはその背中を見送って、尊敬の瞳を女騎士に向けていた。
レイラは胸に手を当てて、もう一度自分の中で繰り返した。
――素直な自分の心を示すだけ――。
もうすぐ、その日はやってくる――。
活動報告ページをご覧いただけますと、書籍版の変更箇所を、少し把握できるかと思います。
ハッキリ言えるのは、ネット版を読んだ後でも書籍版は楽しめるということだけです!
皆様の応援次第では二巻がだせr(もごご