バースデイ・カウントダウン3
『ガリベン魔女と高嶺の騎士』を試し読み♪
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残り三日。いよいよ迫って来たユーリの誕生日にレイラはひとつの答えを導き出していた。
昨夜、夜にふと思いついたのだ。
レイラはこれまで魔法の勉強しかしてこなかった。そんな自分にできる人並みのことと言えば、それはもう『魔法』より他になかったのだ。
だから、レイラはその晩から夜が明けるまで、自分の頭に浮かんだアイディアをどう形にしようかと思案を繰り返していた。
一睡もしなかったレイラだったが、その頭は冴えたままで、やがて出勤時刻となった朝もユーリへのプレゼントを思い描きながら、支度を整えた。
魔術師の塔までやってきて、いつもの仕事に取り掛かりつつ、レイラはひとつ、独自に魔法の案を考えていた。
そう。レイラはユーリへのプレゼントに、『魔法』をあげることにした。
それだけが自分にできる自分だけのプレゼントだと思えたのだ。アイディアはいくつかあったが、それも昨晩の内に選び抜いた。あとはその魔法をどのように作り上げるか、だ。
魔法を形作るには、『呪文』を組み上げて、どのような魔法を発揮させるのかの手順書のようなものを血流に流れる魔力を利用し生み出していく。
レイラは掌をぼんやりと青白く輝かせ、呪文を描いていく。
「おやぁー? なんだか面白い呪文を描いてるね」
間延びした独特の口調で語りかけてきたのは、このレイラの上司である部長のアントンだった。その見た目はどこかずぼらで、のんびりとした雰囲気を纏わせている中年の男性だが、魔法の実力は段違いに凄まじいもの持っている、と噂されている。
しかし、こうしてレイラの目の前に立つアントンはどうにも身の入らないおじさん、と言った印象で、顎にある無精髭を指先で弄びながら、レイラの呪文をまじまじと見つめていた。
「あ、すみません……部長」
「いや、いいよ。独自の魔法開発も無駄にはならない。仕事の進捗には余裕があるし、心配していないから」
にたり、と笑うアントンの灰色の瞳は、なんだかいまいち何を考えているのか分かりづらい。言葉も抑揚なくしゃべる癖を持っているせいか、感情を読み取りにくいのも要因のひとつだろう。
「で、それなんの魔法なの? 見たところ、『音』に関する魔法のようだけど」
「その……自分の声を、手紙のように、渡せないかなと思って」
「声を、届ける魔法か。……それ、レイラ君のアイディアかい?」
「は、はい……。でも、全然、だめで。上手くいきません」
レイラは、魔法を思い付きはしたものの、それを実現できる呪文が描けなくて苦労していた。
ユーリへの魔法のプレゼントに、自分の声を符呪することで、自分だけの自分らしい贈り物になるのではないかと考えてのことであった。
今、悩みながらも声を保存する呪文を作ってみたのだが、音を捉える呪文など難しくてまるで形にならなかった。
「……面白い着眼してるね。ちょっと見せてもらうよ」
アントンがずい、とレイラの描く呪文の流れを読み解いていく。普段、昼行燈な表情を浮かべているアントンだが、その時の彼の灰色は、賢者が全てを悟ったような眼をしていた。
「レイラ君、音ってのはどうして耳に聞こえるか仕組みを知ってるか」
「え、……ええと……耳の奥の鼓膜が、空気の振動を捉える、であってますか?」
「良く調べたね。そうだ。『音』は空気の振動を伝わって、耳に運ばれると考えておけばいい」
アントンが意外にもレイラの呪文に興味を強く示し、助言をしてくれたことに、レイラは驚いていたが、当のアントンはそんなレイラの様子はお構いなしに、魔法に対する助言を与えてくれた。
「……だから、音を捕まえたいなら、空気の振動を捕まえる必要がある。だから、まぁ……こんな具合か」
アントンが差し出した右手を青白く発光させた。すると、レイラの呪文が描きなおされていく。
アントンが組み上げた呪文は、空気中の微かな『波』を捉え、それを記録するものであった。それはレイラの知識と技術では到底思いつかない、呪文だった。
「ぶ、部長、これって……! す、すごい……」
「いやいや、このくらいはね。私も昔、『声』を残せないかと考えた時期があったんだよ。まぁその案はとん挫したが」
「部長も……?」
レイラは目の前の無精髭を生やす魔術師から想像できない繊細な呪文に、感嘆の声をあげながら、かつてアントンも同じような魔法を作りかけたことがあったという事実に驚いていた。
「なぜ、とん挫してしまったんですか?」
「うーん。私の場合は、声を残したいと思った時には手遅れだったからなぁ。やる気がなくなっちゃったのよ、これが」
アントンは普段の惚けたような声で、へらへらした笑顔を見せた。レイラはその言葉の意味がいまいち理解できなくて少し首を傾げてしまうことになった。
「それに、どうしても最後の仕上げが難しくてね。単純な『音』を符呪するだけなら、なんとかなったんだが、『声』はまた難しくてなぁ」
昔の話になるが、ベラがかつて『音』をけたたましく発生させる魔器を制作したことがあったのだとか。
大きな音を出すだけの魔法ならばどうにかなるらしいが、人の声だとか複雑な音の混合になると、一気に精度が落ちるという課題は今も解決されていないらしい。
「声は……無理、なんでしょうか」
「いや、できるよ」
「へ?」
「音が符呪できるんだから、声だってできるに決まっている」
そう言うと、アントンはニタリと不敵な笑みを浮かべた。そして、指先をレイラに向けて、おだてるみたいにちょいちょいと動かす。
「いつか、レイラ君が完成させるかもしれないからねえ」
「そ、そんな。部長でもできないのに、私なんかじゃ……」
「いやいや。おじさんの発想ではできない、柔軟な思考から来る君の呪文はよくできていた。いつか、本当に完成させると信じてるよー」
アントンは無責任な口調で、手を振りながらその場から立ち去って行った。
レイラはその背中を暫し、見つめていたが、もう一度呪文に向き合ってみることにした。
アントン部長でもできなかった魔法が、あと三日で完成できるだろうか? 確かに努力を積み重ね、失敗と経験を活かしていくと『無理』ではないかもしれないが、少なくともユーリの誕生日までに完成させるのは不可能に近いと、アントンの組んだ呪文を見て思い知った。
「……声の魔法……プレゼントにするのは、難しい、かな……」
いい案だと思ったのだが、それは一朝一夕では出来上がるものではないと思い知った。なまじ魔法の知識があるため分かった。アントンの組んだ一例の呪文が、物語っていたのだ。この魔法を描くにはまだ実験期間が必要だと。
昨日、夜空を見上げながら思ったのだ。
ユーリは今、同じ星を見ているだろうか。それとももう眠ったのだろうか、と。
毎日会えない寂しさが、レイラの耳に残る、愛しい人の声を求めていた。
夜、眠る前に、ユーリの声が耳元でしたら――『おやすみ、レイラ』と毎晩囁いてくれたらなんと素敵だろう。
レイラも毎晩、ユーリの傍で『おやすみ』と言いたい。『おはよう』だって伝えたい。
だから、声を届ける魔法を届けたかった。
あと、三日――。もう、レイラにはそれほど多くの選択肢は残されていなかった。