バースデイ・カウントダウン5
ユーリの誕生日まであと、五日――。
「五日しかない!」
レイラは悲鳴に似た声を上げていよいよ焦っていた。男性が好むプレゼントが全く思いつかない。
ユーリの飛び切りの笑顔を引き出すためのプレゼントは一体なんなのだろう……。
レイラは悩みに悩み、庭のベンチでがっくりと肩を落としていた。
「あら、レイラちゃんじゃない」
そう言って声をかけてきたのは、錬金術師のローザだ。
ローザは白衣を纏い、金色の髪を陽光に照らされてこちらに笑顔を向けていた。
長身でスラリとした大人びた外見と、桃色の眼鏡をかけているのが印象的なベラの友人なのだが、最近はレイラもすっかりとその仲間に加わって、友達として付き合う関係になっていた。
「ローザさん」
「なんか落ち込んでる?」
「落ち込んでいるというか……悩んでいます……。男性にプレゼントを渡そうと思っているんですけど、何を上げればいいのか分からなくて」
レイラが心底困っていると重い表情を浮かべているのに、ローザはその言葉に、ニヤリと笑った。
「おっ、ウワサのカレシか」
「いやっ、そのっ……」
ローザとベラには、レイラが誰かと付き合っている事がバレている。その相手がユーリであることまでは分かっていないと思うが。
「……違わないですけど……」
と、紅葉を散らしたような頬をして、レイラはぼそりと呟いた。
その反応に、更にローザはにんまりと口角を持ち上げる。
「ふぅ~~ん? で、悩んでいると」
「ローザさんは、その……プレゼントどうしたらいいと思いますか?」
ローザは外見が非常に美しい。男性からも沢山のアプローチを受けていることだろう。ローザ本人は恋愛をするつもりはないというのがポリシーのように日ごろから言っているので、彼氏へプレゼントを渡すようなことはないだろうが、男性がどうすれば喜ぶのかという知識は豊富そうに思えた。
「カレシへのプレゼントねぇ……。ねえ、レイラちゃんカレシとどこまで進展したの?」
「へっ?」
「だから、カレシとキスくらいはしたんでしょう? そこから先よ、どうなの? ん?」
にんまりと笑顔を作るローザは明らかにレイラをからかっている。恥じるレイラの反応を見て、面白そうに瞳を細めていた。
レイラは真っ赤な顔で手をぶんぶんと振りたくり否定して見せる。
「何もないです! そ、そこまでですっ」
「あら、なーんだ。つまんないの」
「ローザさん……」
ちょっぴり恨めしそうな目を向けてやるレイラに、ローザはフッとニヒルな笑みを作りあげる。
「男心ってのはあっさり変わっちゃうものよ。のんびりしていると、飽きられちゃうかも」
「そ、そんなことないですよ」
「本当? カレシさん、レイラちゃんを大事にしてくれてる?」
「してくれてます!」
「あはは、焼けるわねもう」
カラカラと笑うローザは、明け透けな態度でレイラに対応してくれた。それがなんだか、レイラは嬉しかった。
これまで引きこもっていたから、レイラは友人らしい友人も居なかった。ローザとベラは気のしれた仲という様子で良く二人で、遠慮のないトークを繰り広げている。それを羨んだこともあった。
今こうしてローザと話していると、自分もその枠に加わっているのかもしれないと感じられたのだ。
「でもそうね……意外と男性は女性からのプレゼントに『物』を要求しないわ」
「えっ、そうなんですか?」
「特に相手がプライド高いと厄介だったりするのよ? 自分の稼ぎよりも良い品で贈り物をすると、プライドが傷ついたりとかね。あ、レイラちゃんのカレシがそうだって言ってるんじゃないわよ」
「プライド……」
ローザはフォローを入れてくれたが、その意見はレイラにとって目から鱗だった。
良いものを上げたいと考えていたが、良いもの過ぎても良くないのだろうか。男性のプライドは確かに気にしたほうが良いかもしれない。なにせ相手は姫直属のエリート騎士なのだから。
下手な贈り物をして、逆に困らせたりする可能性もあるのだ。
「……物じゃないなら、何を上げたらいいんだろう……」
レイラは途方に暮れて、足元の地面を見つめ続けてしまう。
ローザは自分の言葉でレイラを萎ませてしまった事を悔やみ、あちゃあと頭をかいた。そして、せめて何か手助けできないものかと思案し、白衣のポケットに忍ばせていたとある物に思い至った。
「そうだ。レイラちゃん、物じゃなくて男性が喜ぶモノって言ったら、もうアレしかない」
「えっ、なんですか?」
レイラが丸い眼鏡を持ち上げてパッと煌めく瞳をローザに向ける。なんとかレイラが顔を上げてくれたので、ローザはひとまず安心した。
「それはね……あ・な・た・よ」
「……へ?」
「だから……カレシが一番喜ぶモノって、愛する彼女のあなた自身じゃないかしら?」
「えっ、どういうことですか……」
きょとんとするレイラに、ローザはそっと耳打ちをするように顔を近づけた。
「だから……『レイラちゃん』をプレゼントとして、差し出すのよ。好きにして、って」
ローザの助言に、レイラは一瞬のぽかんとしたまま、停止し――。
ぼふん、と湯気が出る程に発熱した。
「な……、ななな、なな……」
「ほんと、素直な反応する子だね。いじりがいある」
「そ、そんなの無理に決まってるじゃないですか!」
「えー? いいじゃない。既成事実を作っちゃえば、相手を逃がさなくて済むわよ」
「無理ですっ」
ローザの突拍子もない話に、レイラは火が付いたように飛び跳ねて否定した。ユーリとは確かに付き合いを始めたものの、そういう行為はまだ考えていない。
だってユーリは親衛騎士なのだから、女性との浮ついた話がそもそもご法度だ。なのに、既成事実なんてありえない。そんなことをしたら、寧ろユーリに嫌われてしまうだろう。
しかし、ローザはくい、と桃色の眼鏡を持ち上げて、レイラを覗き込んできた。
その眼鏡の奥の瞳は、丁度良い実験体を見付けたと告げる錬金術師の目だった。
「ほら、レイラちゃん。これをあなたに上げる」
そう言って素早くポケットから差し出した瓶には何やら淡いピンクの液体が入っていた。
「なんですかこれ」
「ラブ・ポーション。これをカレシにプレゼントしてあげたら?」
ラブなポーション。すなわち媚薬。惚れ薬。
「なんでそんなの持ってるんですかっ?」
「ちょっとした香水の研究の副産物なの。試してくれない?」
「お断りしますっ……!」
「えー」
レイラはその場から素早く逃げ出す構えを見せた。これ以上はローザから助言を請おうとしても寧ろ危険な物をプレゼント候補に挙げられそうだ。
「す、すみません。やっぱりプレゼントは自分で考えます!」
レイラが真っ赤な顔をしたまま恥ずかしそうに逃げていくのを見送って、ローザはクスリと笑って『ラブ・ポーション』を懐にしまった。
「ああ、もうほんと。虐めたくなっちゃういい子なんだから」
実のところ、懐の桃色のポーションは何でもない消臭剤でしかない。レイラがあんまり真剣に悩んでいるのでからかいたくなってしまったのだ。
ローザはレイラの悩みに対する一番の答えをもう分かっていた。
「好きな相手の事をしっかり考えて、他人の意見じゃなくて自分で決めなよ。レイラちゃん」
心地よい日差しの中、ローザはもう暫く、そのベンチで落ち着いて行こうと考えて伸びをするのであった――。
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