バースデイ・カウントダウン6
「えっ、プレゼント?」
目の前の小太りな魔法使い、レオンはなんともひょうきんな顔をして驚きの声をあげた。
「どうして、急にプレゼントなんか。相棒だからってそんな気を遣わなくてもいいのに」
そう言うレオンはとても嬉しそうにふっくらした頬を持ち上げてニコニコした。
レイラはそんな仕事の相棒の反応に、彼氏へのプレゼントの参考にしたいだけだ、とは言えず、つくり笑顔を浮かべて「あはは」と誤魔化すしかなかった。
「そ、その、男の人にプレゼントしたことがないもので、どういうものが好まれるでしょうか」
「僕なら、やっぱり揚げパンかな。ほら、一番通りの屋台でやってるパン屋あるでしょー。あれ、好きなんだよね」
「あ、そ、その……では今度プレゼントします……」
「ありがとう! いやあ、僕はいい後輩を持ったなぁ。レイラさんって本当に気が付く女性だよね」
「そ、そんなことありませんよ」
レイラはそういうつもりではなかったものの、仕事の相棒であるレオンが随分と嬉しそうな顔をしたので、そんなに喜んでくれるなら、屋台のパンくらいでよければプレゼントしてもいいかと考えた。
しかし、当初の目的であるユーリの誕生日プレゼントを考える目的を疎かにしないため、レイラはレオンにそれとなく話題を広げて、男性が喜ぶプレゼントを探る。
何せ、あと六日しかないのだ。一刻も早くユーリを喜ばせるような物を見付けたい。
前回の反省として、食べ物や飲み物はやはりユーリへのプレゼントとして相応しくないと考えた。だから、レオンの揚げパンの案は使えない。
「先輩、食べ物や飲み物以外に、どういうものに興味がありますか?」
「ん? うーん……アナ姫様かな、やっぱり」
「ひ、姫様、ですか……」
レイラは思わずひきつった笑みを浮かべた。――レオンがアナスタシア姫を慕っているのはもう十分に承知しているので、今更その回答に驚きはしないのだが、そのアナスタシア姫の直属の親衛騎士こそが、ユーリその人なのだ。
ユーリの誕生日、もしかしたら、私と一緒に居るよりも、お姫様と一緒の方が素敵なバースデイを過ごせるのではないだろうか。騎士であるユーリにとってはその方が良いのかもしれない……。
そう考えて、レイラは心が萎みそうになった。
ユーリは姫の親衛騎士であり、この王宮で働く者は皆、御似合いの姫と騎士だと歌い上げる。姫がユーリを気に入っているのも周知の事実だし、そんなユーリの隣に、真っ黒なローブの魔法使いの女が収まるのは、姫と比べてあまりに貧相ではないだろうか。
――ううん、違う。そういうのは、もうやめるんだ。ユーリは、きちんと私を好きだって言ってくれた。そのユーリの言葉を裏切りたくない。ユーリが好きだと言ってくれた自分のことを、信じよう。
私は、ユーリの、かのじょ、なんだ。
そう考えると、レイラは少し頬を赤らめた。
レイラは落ち込み始めた自分の頬を叩くような気持ちで、顔を上げ、レオンの話題をもう少し広げてみようと会話を進めた。
「先輩、それなら……もし、アナスタシア姫が先輩に何かをプレゼントしてくれるとしたら、何がいいですか?」
「ええええええッ!? 姫が僕にッ!? そんなの恐れ多くて気絶しちゃうよ! いや、死ぬ!」
「た、例え話ですよっ……」
「た、例えにしたって……姫様から何かを頂けるなら、どんなものだって構わないよ。そこに転がる石ですら、姫様から頂けたならそれはもう宝石に変わる」
レオンは恍惚の表情で、うっとりと、庭に転がった単なる石ころに熱っぽい視線を向けていた。
本当に、アナスタシア姫のことを敬愛しているのだなとレイラは、先輩の魔術師に呆れるよりも関心の目を向けた。
他人に対して夢中になれる人は、他者をきちんと思いやれる人だと知っているからだ。
事実、レオンは優しい。レイラが困っている時、大きく主張はしてこないが、それとなく気遣いを見せてくれるのを知っている。
――とは言え……。レイラは少し空想した。
「ねえ、ユーリ。今日は誕生日プレゼントを持ってきたの」
「なんだって! レイラ、本当にありがとう。プレゼントは何だい?」
「庭の石よ!」
いや、いやいやいやいや。
ない。それはない。
レイラは、またしても参考となる意見を獲得できずに思わずかぶりを振った。
「僕はさー、思うんだ。好きな人から貰えるものならどんなものだって嬉しいって」
「……!」
レオンはまだどこかぼんやりとした顔をして石ころを見つめ続けていたものの、彼の独白のような言葉に、レイラははっとした。
好きな人からの贈り物は、何だって嬉しい。
それはそうだとレイラは頷いていた。レイラだって、ユーリから贈り物を貰ったら、例えそれがなんであろうが、嬉しい。
……なんであろうが……。
……そうだ、また振出しに戻ってしまった。
何を上げても喜ばれるだろう。ユーリは優しいし、例え別に興味がないものでも、「嬉しいよ、レイラ」と言って笑顔をみせてくれる。あの蜂蜜のような甘い金色の瞳でレイラを覗き込むようにして感謝を囁く。
何を上げても良いと言われるからこそ、悩みに悩んで今に至るのではないか。
「だめだぁ……」
レイラはまた項垂れてしまった。
夢見心地な様子のレオンの隣で、がくりと肩を落とすレイラ。
残り六日。
刻一刻と迫りくるバースデイに、レイラはあれでもないこれでもないと悩み続けることになるのだった。
その日の夕刻、屋台のパン屋を覗き込み、美味しそうな香りに腹の虫が鳴いてしまい、レオン先輩の推すパン屋には本当に外れがないなぁと揚げパンを購入して帰ったのだった。
ユーリには、もっと違うものを上げたい。
だって、ユーリは特別なんだから――。
私の、特別な人――。
そう考えると、心の内側のところがコショコショとくすぐられているみたいに感じる。
じぃんと温かいものが広がって、ふわふわと体が軽くなったようだ。
「ユーリ……好きだよ」
小さな声が、風に飛んでいく。
レイラは、少し跳ねるような足取りで帰宅した。