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最終話:夢追人ベラ

 それから数年の月日が流れた。

 ベラはすっかり王宮魔術師としての顔が板につき、魔法技術と知識が認められ、第一部署に昇進の話が入って来るまでになっていた。


「ベラ君、ホントにいいのかい? そう何度もあるチャンスじゃないんだよ」

「はい。すみませんが、今の私には第二部署の仕事がありますし、第一部署の方々とは別の切り口で魔法に向き合っていこうと考えていますから」

「もったいないなぁ」

「…………だって、私がいなくなったら、部長に注意する人材がいなくなるでしょう」

「あらら。私のせいだった?」

「そうですよ。……ほんとに」


 語尾が擦れるように消えるベラの言葉に、仄かな熱が込められていることに気が付かず、アントンは「面目ない」と昼行燈な表情で笑った。


「ベラ君には、上に行ってもらってより良い魔法社会発展の礎になってもらいたかったんだけどね。ベラ君、いつか語ったよね、立派な魔法使いになるって」

「はい。その気持ちは一つも揺るいでいません。ですが、私は……私にしかできない仕事がしたいんです」

 ベラは淀みなく回答して、少し紅潮した頬をアントンに向けた。

 ベラにしかできない仕事――。それは魔法という素晴らしい技術で人を幸せにすることだ。

 ベラはいつしか胸に抱く熱い想いを誤魔化せなくなっていた。


(私にしかできない。魔法で……)


 そう言って見つめる先にいる上司の灰色の瞳は、やはり曇天模様で見通せない。

 ベラはそんな彼に恋い焦がれていた。そんな感情を彼に抱き始めたのがいつの頃だったのか、ベラはもうはっきりと思い出せない。しかし、確かにあるのは、アントンへの慕情なのだ。

 アントンは、過去に伴侶を亡くしそれからずっと未来を見つめていられなくなったのだろう。彼は過去に囚われている。

 そんな光り刺さぬ曇り空に、光を差し込ませたい。それがベラの願いだった。

 アントンは、第二部署の部長として、人生を削るように部下の魔法使いたちに魔法の素晴らしさを伝えてくれた。普段不明瞭な、抑揚のない語り方で何もかもを煙に巻くアントンが、魔法を伝えるときだけは、真摯に向き合うことをベラは知っている。

 きっとアントンは、自分ではもう見ることができない魔法の奇跡を、若者に託しているのだと思えた。

 ベラはそんな彼にこそ、伝えたかった。

 アントンにこそ、魔法で幸せになってほしいのだと。ベラが魔法で幸せにしたい人は、今この世でたった一人――。無精髭の剃り残しを撫でさする、眠たげなその人に他ならない。


「君がそこまで言うなら、この話は一度保留にしておくよ」

「すみません」

「いやいや。こっちもね、ベラ君が居てくれないと、困ること多いから」


 へらへらとアントンが笑う。

 こちらの気も知らないで――。


(そういうこと、言われたら……。顔見れなくなる)


 だからベラはふいと顔を背け、照れ隠しで大きく注意するしかない。


「部長がそんなだから、こっちも気持ちよく昇進できないんですっ」

「あー、申し訳ない」


 ぺこりと頭を下げるアントンは、まったくもって上司という風格がない。

 しかし、ベラはそんなアントンがどうしてだか愛おしく思えてしまうのだ。彼が本当にどうしようもない魔術師ならばベラだって早々に見限り第一部署に上がっている。

 ベラは分かっている。この冴えない上司の本来の実力と、王宮魔術師としての本当の顔を。

 だからこそ、ベラはもったいないと思うのだ。アントンのその瞳を青空に向けさせることができたなら、おそらく誰よりも偉大な魔法使いとして名を馳せるに違いない。アントンがさび付かせている魔法技術は、おそらくこの国に於いて右に出る物はいないだろう。


 いつか、彼の目を向けさせる。

 それがベラの目標になっていた。


「ほら、部長。今日、新人の子が入ってくるんでしょう。書類はきちんと用意しているんですか?」

「ああ、……あら? どこに置いたっけ?」

「ちょっともう、きちんとしてください! そんなんで新人の子が幻滅したらまた貴重な人材が居なくなるんですよ」


 アントンの机に散らばる書類をベラが整理しながら、アントンは引き出しを開け閉めする。

 こんなのが上司だなんて――。

 それはベラも初日に思ったことだ。王宮魔術師としてやってきた初日は期待と不安で感情が制御できないほどに動き回る。だから、ベラは第一印象が重要だとアントンにいつも言っているのに、アントンときたら、やっぱり今日も髭の剃り残しがあるのだから堪らない。


「書類は私が用意しておきますから、部長はまず顔を洗って来てください!」

「すまないね。あ、あとでコーヒーを一杯淹れておくから……」

「私のご機嫌取りは、結構です!」

「なはは……、い……、行ってきます」


 ぴしゃりと言って部長を部屋から追い出すと、ベラは真っ赤な顔を冷まさせるべく、一つ息を吐き出した。


「もう……」


 散らばっている書類をまとめて、本日から入ってくる新人魔法使いの資料を発見したベラは「おや」と思わず目を見張った。

 今期はたった一人だけ試験に合格した若い少女――。名前はレイラ・アラ・ベリャブスカヤとある。

 女性の魔術師はまだあまり見かけない。ぜひともこの王宮で立派な魔法使いに成長してもらいたいところだ。

 魔法技術は申し分ないが、人間性に問題アリなどと評価まで目にしてしまって、第一部署ではなく第二部署に配属された理由に少し苦笑した。

 おそらく、自分の資料もこんな具合だったのだろう。


「人間性に問題アリ――ね。どんな子がくるのやら……」


 魔法使いなんて基本的には奇人変人の集まりだ。独り、暗闇でぼそぼそと呪文の構築ばかりをしているからそんな風に評価されてしまう。

 まずはこういうイメージを払拭しなくてはならない。

 だからベラは今日も美を磨く。魔法の勉強のみならず。


 やがてやってきたレイラを見て、ベラはなるほどなと独り言ちることになる。

 新米魔術師のその少女はまったくもってパッとしない、静かで自信なくうつむいてばかりの魔法オタクそのままだったからだ。去年採用されたレオンという男性魔術師も似たようなものだった。

 ベラは自分が先頭に立ち、光り輝いていれば、いつかきっとその光を受けて、後輩たちも輝くだろうと信じている。

 願わくば、このレイラという新米魔女も、キラキラ舞い散る雪を反射させるような魅力を振りまいてくれる時がくると信じたい――。


 やがてその願いは、ひょんなところから繋がりあって、絆を生んでいくことなど、考えもしなかった。

 そして、その光が、恋い焦がれるあの人の輝きをも取り戻させることになるなんて、この時のベラは神様に祈ることすらできない話だった。



 ◆サイドストーリー・ベラ 終幕◆

今回でサイドストーリー編を終了します。読んでいただいた方には感謝を申し上げたく思います。

第二章となる物語を執筆中ですが、六月四日に発売予定の書籍版の状況を踏まえ、

また更新を行えたらなと考えております。

(書籍化版の物語が大幅に変更が加えられているため、こちらに記載している物語との整合性とか考慮してます)


書籍化の情報はわたしの『活動報告』に現時点での詳細がございますので、よろしくお願いします。

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