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動かぬ石の下に水は流れない

 その後、アントン部長と共にレイラは魔術師の塔から出て、王宮内の施設を説明されていた。

 主目的は、レイラと二人一組になる先輩のレオンという魔術師を探しているのだが、魔術師の塔をくまなく見て回っても彼を見つけることができなかったため、仕方ないと、アントンがそのまま王宮施設の説明や場所、立ち入り禁止区画などに連れ立ってくれた。


 王宮内の三つの塔はそれぞれ騎士の塔、魔術師の塔、錬金術師の塔と名前が付けられ、それに即した者達の仕事場になっている。

 そして中央にある周囲を庭園に囲まれた王族の居住施設の三階建ての宮殿は、基本的には立ち入ることができない場所になっていると教わった。一階のみならば許可が下りれば入ることもできるが二階以上の階層は王族と親衛隊のみが入ることを許されているのだそうだ。


 レイラには縁のない場所だと理解したがとりあえずどういうところなのかを教えるために、宮殿へ向かい出した時だ。


「あれぇ? レオン君じゃないか……」


 宮殿の入り口付近の庭で、木陰に潜むように魔術師の男性が宮殿のほうを窺っていた。小太りで色白の彼を見つけたアントンは間延びした声で言った。どうやら、彼がレイラの仕事の相棒になるレオンらしい。

 何やら宮殿のほうへと意識を集中させているらしく、レオンはこちらに気が付いていないようだ。

 アントンがそんな彼に近づいていくので、レイラもその後に続く形になった。


「レオン君、探したよー。ここで何してんの」


 アントンが無遠慮にレオンに声をかけると、レオンはビクンとおおげさに飛び上がって、あわあわと汗を垂らして尻餅をついた。


「うひっ、アントン部長っ!?」

「新人の子、紹介するから開発室で待ってるように言ったでしょ~」


 慌てふためくレオンに注意するが、相変わらず間延びした口調で抑揚もなく言うから警告という雰囲気すらかもし出せないアントンに、レイラは内心そんな注意でいいのだろうかと上司に対して不安げな視線を向けてしまう。

 レオンはどうにか起き上がって、ぺこりと頭を下げると、レイラのほうへと向いた。


「あ、すいません……。レオンです。よろしく……」


 ぼそぼそという感じの声で低い姿勢から挨拶するレオンに、レイラもぺこぺこと頭を下げて「レイラです……すみません」となぜか謝ってしまっていた。


「んで、なァにしてたのよ、ここで?」

「は、はぁ……。いや、ちょっと風に当たりたくて……」


 アントンの詰問にレオンは誤魔化すようにあさってのほうを見ながら返答したが、レイラから見ても下手糞な嘘だと直ぐ分かった。

 冷や汗を垂らすタヌキに似た小太りのレオンをじぃっと見てアントンはその真意を探ろうとするのだが、レオンは「あはは」と乾いた笑いを零すだけだった。

 そんな時だ。宮殿の扉がゆっくりと開いて、騎士が敬礼をするのが見えた。

 レイラ達はその光景を見て、それぞれに目を丸くした。


「あ、そーゆーことね」


 アントンはそれで、レオンがどうしてここにいたのかを把握したようだ。

 宮殿の扉からしゃなりと現れたのは、このモースコゥヴ王の娘、アナスタシアだった。長い睫毛と美しいカールを作った黄金色の髪が、日の光を浴びてキラキラと輝いている。纏っているドレスは赤と白の装飾で高貴さと共に、可憐な雰囲気をふんだんに振り撒いていた。細い腰の括れからふわりと幅広に広がるスカートにも色鮮やかなシルバーアクセサリーと宝石がちりばめられている。


「ア、アナひめさまー……」


 レオンはそんなアナスタシア姫に羨望の眼差しを向けていた。

 レイラもその姫の美しさに驚いていたが、彼女はその隣に控える騎士に目を奪われていた。


(氷柱のひと……! ユーリだ……!)


 姫の傍に控える護衛の親衛騎士は幼馴染のユーリその人であった。

 御前大会でエリート騎士のコースに乗ったユーリは、見習い期間を終えて、その実力と、姫が気に入ったということからアナスタシア姫直属の親衛騎士に任命されたと先ほど、アントンから聞かされていた。

 レイラは姫の傍に控える群青の騎士礼服に包まれたスラリとしたユーリを見て、白い息をほぉ、と吐き出していた。

 レイラの知っていたユーリはやんちゃで元気な男の子だったから、その落ち着いた雰囲気に感嘆の溜息が零れてしまった。優しげな金色の瞳は、守るべき対象の姫へと向けられ、そして周囲に警戒を配る凛とした表情には隙を窺えない。

 常に姫の後方二メートル付近に控えるように清廉な親衛騎士は、無邪気に笑う姫の笑顔に、目を細めて優しい表情を返していた。


(ユーリ……すごく立派で……かっこよくなってる……)


 見ているだけで、頬が高潮してしまうほど体温が上がってくる。成長した幼馴染のあの優しい笑顔はレイラの胸をきゅうきゅう絞め付ける。かつてはあの表情が自分に向けられていたのだと考えると、ぽっと耳まで赤くなるが、それと同時に今はその幼馴染は姫だけを見つめる親衛騎士なのだと、切なくもなるのだ。

 見蕩れている二人の魔術師にアントンはぼりぼりと後頭部をかきながら、「あー」と濁すように言葉を吐き出した。


「すまんけどね、お二人さん。塔に戻ってシゴトの話、しようか」


 レオンとレイラは、ぽやぽやする頭を振って、アントンの言葉に現実に引き戻されるのであった。


 魔術塔に戻ってきたレイラは、アントンから簡単に就業規則の確認を行われた後、レオンから作業の流れを説明されてから、簡易魔法灯の修理を行うことになった。

 魔法灯は小型のランタンで、火や脂を使わずに灯りを燈せる魔器のひとつである。その灯りは白色で冷たい印象を持たれていたため、モースコゥヴではあまり気に入られていないものだった。

 兼ねてから魔法はモースコゥヴでは好意的に捉えられることが無く、今も火を使った灯りが利用される場面が多い。

 今開発部で、この魔法灯の色を暖色系のものにしようと計画が進められていたが、その開発企画にはまだ触らせてもらえず、初日は魔法灯の修理を任された訳だ。


「じゃあ……大体こんな感じなんだけど、分からないとこ……ある?」


 レオンがうつむき加減にレイラに言葉を投げかけた。

 レイラも、視線を下へと向けて「……はい、だいじょうぶです」と返した。どうもレオンも人と話すことが苦手のようだった。レイラは自分と似ている先輩に、この先輩とこれから仕事を上手く回していけるんだろうかと不安を抱いていた。

 かといって、浮ついた男性であればもっと酷い状態になったかもしれない。同類だからこそ分かる距離感のようなものは伝わるので、レイラはその辺はほっとしていた。


 雁字搦めに細かく監視されるように教えられるのが苦手なのだ。レオンはその点、あまり執拗に絡もうとしてこない、放任主義のような感覚だったし、アントンもまさにそのスタンスだったから、職場内の人間関係でやりにくいというストレスはなさそうだ。


 レイラは自分の机の前に置かれた筒状の魔法灯に手を伸ばし、組み込まれている呪文を調べていく。

 魔法は物に符呪することで魔器として、魔法使い以外でも簡単に魔法技術を扱えるようにできる。この開発を行うに辺り、どういった魔法を物に付けて行くのかが重要で、物に魔法を宿らせるためには呪文を細かく組み込んでいく必要があるのだ。


 今回は照明を付ける呪文を、この筒状ランプの魔器に宿す必要がある。修理が必要になったということは宿した呪文が、使用の最中に誤作動を出したということだ。魔器を使っているのは魔法素人なので、どういう使用方法で魔器を壊してしまったのかおぼろげな証言から、呪文の構築をじっくりと読み解いて、おかしなところを修正しなくてはならない。


 手元の資料には、壊した人のその時の証言が書き込まれ、どういった故障をしているのかが大まかに書いてある。

 使っていたら急に光が付かなくなった。特に何もしてない。――騎士ラシード。

 情報と言ってもこの程度のものばかりだ。もう少し細かく壊れた時の情報を伝えて欲しいものだが、そうもいえない。


 レイラはまず灯りが付くかどうかを確認して、うんともすんとも言わない魔器を確認しつつ、呪文の作動履歴を読み解いていく。


(光を燈す時に、輝度調整が真っ白になってる……。もしかして、何か激しい光を受けてしまったのかな……。夜でも真昼間みたいに呪文が錯覚してるから、光らなくなっちゃったんだ)


 レイラは手の平を魔器へと翳し、呪文を構築しなおしていく。手の平の血管が淡く光を放ちだして手の先がほのかに温かくなる。血流に流れる魔力が魔法と呪文を物に伝播させる際に発生する現象だ。

 そこまで難しくない魔法灯の呪文は、新米のレイラでも十分に修復できるものだった。

 呪文の書き換えを行って、魔法灯を手に持ち、灯りをつけるとぱぁっと白い光源が筒の先に灯った。修理成功である。


「ほ……。できた」

「……へえ、手際がいいね」


 あっさりと修復させてみせたレイラに、レオンが素直に感心した声を上げた。

 褒められたことが恥ずかしくて、「いえ」とカスれる声で零したレイラは目深にフードを被り、表情を床に落とした。


「じゃあ、他の魔法灯修理もお願いするよ。今日は練習がてら仕事の空気を感じるだけでいいから、気を張らずにゆっくりやっていいよ……。余裕があるなら、他の魔術師の仕事を見学しても良いし……」


 レオンもやはり視線はどこかに泳いだままにレイラに作業指示を伝える。

 自分の力できちんと仕事をこなせることに安心したレイラは気持ちが少しだけ軽くなった。ちょっとばかり心の余裕が生まれたので、周りを観察するだけのゆとりを手に入れた。


 相棒であり先輩のレオンは悪い人ではなさそうだし、性格的には苦手な部類ではない。アントンもやたら厳しい上司という感じではないから、職場内の空気もピリピリしたものはなく、それぞれが黙々とマイペースに仕事をこなしている様子だった。


(やっていけそう……よかった。……私、ちゃんとお仕事できるんだ……)


 王宮の一員として、こうして実際に自分の能力で仕事ができるのだと実感できてレイラは表情をほころばせることができた。

 そのまま魔法の仕事を黙々とこなしつつ、簡易魔法灯の修理は捗っていった。

 気が付くと、あっという間に休憩時間となり、第二部署の人間は一息つくぞという具合に、ぞろぞろと開発室から出て行った。

 レオンが休憩時間は好きにしていいと簡単に教えてくれた。行ってはいけない場所はアントンがいろいろと案内してくれている時に頭に入れていたし、自由行動中に王宮のことを色々と見て回ろうと考えた。ひょっとするとユーリに逢えるかも知れないから――。


(ユーリ……。か……、……かっこよかったな……)


 思い出すだけでも体温が上がってきてしまう。ほぅ、と切ない溜息が勝手に出てきて、胸の奥の芯みたいなのがきゅっと締め付けられるのであった。

 それは心地よくも物悲しい奇妙な感覚で、レイラは瓶底眼鏡の内側の瞳を少し伏せた。

 ちょっぴりのぼせてしまった頭を冷ますような外の空気が、今は丁度よかった。

 庭の隅に置いてあったベンチに腰を落ち着けて、レイラはぼんやりと風景に目を休ませていた。

 時折騎士や女官、魔術師や錬金術師が談笑しながら歩き去っていったりするのだが、その会話に耳を済ませていると、主に女性陣からユーリの噂や評判を聞き取ることができた。


「ユーリ様、ほんとに御優しいですね」

「私、さっきお菓子手渡したのよ! 『ありがとう』って言われちゃったっ」

「あっ、抜け駆けしないでよ~!」


 どうやら王宮内のユーリの評判はかなり高いらしい。アントン部長も言っていたが、ユーリはかなりモテるようだ。それもそうだろう。若くして親衛隊に抜擢され、器量のよさとあの端整なかんばせを持ち合わせていれば、女の子はほっとかない。


「……まぁ、そうは言っても結局ユーリ様は、アナ姫が独占してるしね」

「アナ姫、今年で十五歳ですから、御歳も近いですからね。正直御似合いよね」

「あーあ、あたしもユーリ様みたいな旦那様が欲しいわ」


 そんなゴシップに耳を傾けていて、レイラは聞けば聞くほど、その上体を沈ませていった。

 ユーリは姫のお気に入り。だからこそ、親衛隊にも抜擢されたのだと聞いたし、実際あの二人は絵画のように様になっていた。姫と自分の立ち位置を入れ替えて想像すると、レイラは恐れ多すぎて失神しそうになってしまう。

 どうあがいてもユーリの隣には、自分よりも姫が似合う。

 もう、完全にユーリは別次元の人間なのだ。それが否応なしに突きつけられて、レイラはベンチで丸まるようにうつむいていた。


「……お、大人しくしていよう」


 告白なんてありえない。それどころか、「久しぶり」なんて声をかけることも許されない関係だと思えた。

 こんな芋娘が馴れ馴れしく幼馴染面して話しかけては、ユーリの箔が落ちるだろう。彼は今まさに出世コースに乗ったばかりなのだ。順風満帆の彼の前に出て行って何をどうしようというのか。

 レイラの王宮魔術師生活初日は、こんな具合に終わりを告げた。


 なぎでいようと、少女は密かに心を決めた。自分が彼にかかわることで妙な風を起こしたくない。

 傍で彼の出世姿を見続けているのだって、悪くないじゃないか。

 あんなにステキな彼なのだ。もしかしたら、本当にお姫様と婚約までいけるかもしれない。そうしたら、ユーリは王様になるのだ。幼馴染が王様なんて鼻が高い。それにユーリが活躍して、多くの人から認められるのは何だか嬉しい。

 きっと、そうしたら彼はどんどん遠くに行くのだろう。手は届かず、声も届かず、心は地平線の彼方。

 でも、それでいいのかもしれない。分相応に人生を過ごしていこう。

 萎縮したレイラの赤毛が縮れて揺れた。厚い眼鏡をかけなおし、レイラは瞳の色を隠すのだった――。

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