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プロローグ:新米魔術師、ベラ

ベラとアントンのサイドストーリーを連載で描いていきます。


またこちら『君は近くにいるのに抱けない』は旧題となりまして、

書籍化に伴い題名を『ガリベン魔女と高嶺の騎士』と変更させていただきます。

 北の雪国は、鉄と石、鍛冶と騎士の国として栄えていた。

 屈強なる男たちが鋼の鎧に身を包み、戦に赴く姿は詩にも残されているほどに英雄的にもてはやされた伝統のある国だ。

 だが、戦争の時代は終わりを告げ、やがて鉱脈が枯渇してくるようになると、その国は一つの課題を抱えることになった。

 このままでは国は弱っていくだろうと考えた国王は、政策として魔法使いという職業を大々的に育成するべく動き始めることとなった。

 近隣の国々は魔法技術を次々と生活に取り入れ、有能な魔術師たちを国が抱えて国土開発に力を入れているのだ。時代の流れに取り残されていたその国は、遅ればせながら魔術師たちを王宮に入れ技術開発を行わせることにした。

 そんな国の王宮魔術師に属する女魔術師がいた。その名をベラという。


 ――とある貿易商の娘として育った彼女は、裕福な家庭の中で毎日を暮らし、やがて成人である十五の歳となった。

 ベラは、魔法使いという職業に憧れを持っていた。そのきっかけは、幼い頃に父の仕事について行った時、隣の国で見た魔法技術に魅了されたことにある。

 成人となったその日、ベラは父親に王宮魔術師を目指すことを告げたが、父親は断固反対し、魔法使いという職業をこき下ろした。

 例え国が推奨しても、国民はすぐに魔法という技術を受け入れられなかったのである。得体のしれない魔法という妖しい呪いは、人の命を吸い上げるだとか、魔法に触れると病に侵され寿命が縮むだとか、迷信が広がってそれをまことしやかに信じるような状態にあったのだ。

 父が反対するのは当然とも言えたが、頑固で勝気だったベラは勘当されようとも、魔術師になることを貫くつもりでいた。

 魔法技術は、向上心の塊だと信じて疑わなかった。伝統を重んじるばかり、新しい物に関心を示さず、否定から入る人々に、ベラは鋭い目を向けていた。

 伝統をないがしろにするつもりはないが、古い物を護るばかりでは、未来は作れないと、ベラは持論を父親にぶつけ、家を飛び出すことになったのだった。


「絶対に、魔法使いを認めさせる!」


 ベラはその熱意に燃え上がり、住み込みで働かせてくれる旅館で働きながら、こっそりと魔法の勉強を頑張り続けていた。

 やがて、一年が過ぎた頃に王宮魔術師を採用するための国家試験が開かれることになった。ベラはその試験に申し込み、見事合格を果たすことになったのだ。

 最も、配属されたのは国営に直接関わる王宮魔術師第一部署ではなく、補佐的な役割を任される第二部署であったが。

 それでも、魔術師としての一歩にかわりない。ベラはここから努力を積み重ねて行けば必ず一部署への昇任もあるだろうと考え、より一層魔法技術の鍛錬に励む様に強い意思を瞳に宿らせ、初出勤に赴いた――。


 ――のであったが。


「あ~、ベラくんね。王宮魔術師第二部署へようこそ。私、ここの部長を任されているアントンだ。よろしく」

「は、はぁ?」

 ベラは配属先の上司にあたるアントンという男の様子に拍子抜けをしてしまった。呆気にとられた表情を取り繕うこともなく、ベラは疑心の目でアントンをねめつけてしまう。

 挨拶してきたアントンは王宮で働く魔法使いというには、あまりにずぼらな印象が纏わりついていた。用意されている上級魔術師のローブの襟をだらしなく開き、眠たげな瞼は半開きに、気だるそうな声で話すし、その顎には剃り残している無精髭がちょんちょんと生えている。

 こんな人物が、栄光ある王宮の魔術師――、自分の上司になるというのだろうか。

 正直なところ、ベラのアントンへの第一印象は最悪のものであった。

 頼りなく、ものぐさな印象がぬぐえない上司に、ベラは口にこそ出さなかったが、やはり、第二部署はダメだ。と内心で溜息を吐き出した。一刻も早く第一部署に上がり、国の為に働いて認められたい。

 魔法を否定した父親に、見せつけてやりたいのだ。

 こんな人物が魔法使いとして雇われた先の上司だなんて父親に言ったら、絶対に蔑んだ目でこちらを見下ろして『だから言っただろう』と言うに決まっている。

 耳の孔に小指を突っ込んで、ほじくり出した指先に、フっと息を吹きかけてカスを飛ばすアントン。

 そんな彼を見て、ベラは距離を取って、侮蔑の視線をジットリと向けた。


(こんな昼行燈なオッサンが上司なんて絶対いや! すぐに第一部署に上がってやるっ)


「ああ、そうだ。ベラくんに一つ教えなくちゃならんルールがあってね」

 心根を固めていたベラに、アントンがやけに神妙な様子で言った。

「なんでしょうか」

 今度こそ、きちんとした仕事に関する話だろうかと、ベラもピリっと姿勢を正し、表情を硬くして向き合った。

「この王宮でのお仕事は、基本的に二人一組で執り行うのが決まりなのね。だから、きみの相棒を紹介したいんだわ」

「相棒ですか……」


 王宮での仕事は二人一組で行う。そういう決まりごとがあるのはなんとなく知っていた。上司には恵まれなかったが、せめてその相棒がしっかりとしていれば仕事もはかどることだろう。

 ベラはその相棒に一抹の望みを託す。


 すると、にゅっと手を差し出して、部長がグレーの眼を向けてくる。


「?」


 ベラは怪訝な顔をして、その手と部長の顔を見比べた。


「相棒のアントンです、よろしく」

「……え?」

「いやね、きみの相棒役、人手不足で今用意できなかったのよ。これが」

「……は?」

「というわけでね、特例的に、私がきみの相棒になります」

「な、ななななっ、なんでそうなるんですかっ!?」


 飄々とした顔でとんでもないことを言ってのけるアントンに、ベラは魔術師の塔全域に響くかと思われるほどの声で叫んだ。

 なんで新入魔術師の相棒が、直属の上司なのだ。しかもものぐさオッサンなのだ。

 頭を抱え込みたくなるような状況に、ベラは眩暈がしそうになってきた。悪い夢か冗談にしか思えないが、この昼行燈、その目だけは至極真面目に偽りないぞと告げている。


「おかしいですよ! なんで私の相方が、部長なんです!?」

「人手不足だって言ったじゃないの。……手、握ってくれないの?」

「に、にぎりませんっ」

「ああ、女の子だなあ」

「女性とかそういう問題で言ってるんじゃないんですがっ!」

 真っ赤な顔で怒鳴るベラに、へらへらと笑うアントンは、マイペースにひっこめた手をヒラヒラと振っておどけた。

 信じられない。しかし、それが決定事項なのだろう。これから、ベラは新米魔法使いとして王宮勤務するにあたり、あろうことかこのずぼらなオッサン(しかも上司)と共に二人三脚で働くことになるのだ。

「とりあえず、よろしく」

 そう言うと、アントンは顎の無精髭を撫でさすりながら、ニタリと笑った。

 なんとも小癪な顔をしていて、ベラは思わずひきつった笑顔で青ざめるのであった――。

本編から過去にさかのぼったベラとアントンの出会いから物語は進んでいきます。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

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