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ガリベン魔女は語らない

ご無沙汰をしております。

書籍化作業順調に進行中です。

まだ多くは語れませんが、ネットに上げているストーリーから後半は大幅な変更が加えられ、書籍版ではまた違ったお話が楽しめると思います。小説の題名も変更されると思いますが、なにとぞ、本作をよろしくお願いいたします!

 草木も眠る丑三つ時――。

 暗黒の世界に、野犬の遠吠えが響き、ゴシック・ホラーのように心根にじっとりと這い回ってくる不気味さが空間を形作っていた。宵闇の中、小さな明かりがぽつりと灯った家の窓に、ひょろ長い影が揺れていた。

 窓のカーテンに映りこむ、細く伸び切った影は小刻みにカタカタと震えていて、ぼんやりと灯る白光の奥で「ひゅう、ひゅう」と、隙間風の如し呼吸を喉の奥から吐き出している。

 その時、少し強い風が小さな窓を「かた、かたん」と鳴らして見せた。

 すると、窓の奥の漆黒の影から青白い光が人魂のように浮かび上がる――。


「ふへ、ふへへへ」


 幽鬼が痙攣しているような笑い声がカタカタ奏でる窓の音と重なりあった。

 その者は、真っ白な顔をして、引き攣った笑みを浮かべながら指先をうっすら青白い光に包んでいる。

 蒼い光が揺れて踊り、影をぐにゃりと変形させる――。窓の外から様子を見ている者がいれば、悲鳴を上げて逃走したことだろう。まるで怪奇の舞踏会のようであった。


「やったー……」


 その怪奇――。

 赤毛の少女、レイラ・アラ・ベリャブスカヤは、声帯の震えがそのまま声に乗ってしまうような幽かな声で、歓喜していた。

 三日間、寝ずに呪文を組み立てて、ついにひとつの魔法を構築してみせたその瞬間であった。

 自室に引きこもり、寝間着姿のままずっと掌にぼんやりと魔法の力を発生させてはボソリボソリと呪文を唄う。己の思い描く魔法を生み出すために何度も失敗を重ねては、また新たな呪文を組み立てなおす。

 そうしてできあがった魔法に、レイラはくまのできた目元をしぱしぱとさせて、脱力した。


 レイラ・アラ・ベリャブスカヤ。十四歳。

 彼女はいま、夢に向かって必死に勉強に取り組んでいるところだった。

 王宮魔術師になるため、彼女はその花の盛りに闇に身を溶け込ませていた。

 これはそんな彼女の日常を切り取った物語である――。


     ※※※※※


 とある日――。

「レイラ!」

「ふあー」

 ベッドで眠りと言う名の海底で殻の奥に入り込んでいたレイラに、母親の怒声が飛び込んできた。腑抜けた声を欠伸と共に吐き出すレイラはもぞもぞと布団の中で体を揺すった。

「いつまで寝てるのよ。もうお昼も過ぎて夕方になるわよ」

「……だって、朝まで起きてたもん」

 布団の中から小さな声で返事をした娘に母親はその布団を引っぺがしてヤドカリ娘を引きずり出す。

「ちょっとくらい外に出たらどうなの!」

「えー……」

 ぐずぐずという様子で引きはがされた布団を手繰り寄せようとするレイラ。母親はそんなレイラを見て、重い溜息を吐き出すのである。

「はー……。せめて服くらいは着替えなさい。洗濯するから」

「うん」

 レイラはそういうと、おもむろに寝間着を脱ぎ捨てて下着姿になる。それから、のそのそと移動して部屋の奥に積み重ねていた服に着替え始める。なんのお洒落さもない地味な鶯色のルバシカ(ブラウスのこと)だ。その上によれたサラファンを着て、レイラの着替えは完了する。

「それじゃ、私は洗濯するから、あなた今から買い出しに行ってきて」

「えっ……」

 ぴしゃりと言った母親の言葉にレイラは不健康そうな顔いろを更に蒼白にさせた。

 外に出るのは好きじゃない。できることならずっと家の中で魔法の勉強をしていたい。人と関わりあう事がとても苦手なレイラは、近所に買い出しに行くことすら物怖じする程である。

 だが、母親に抗議したところで、あれよあれよと買い物かごを手渡され、そのまま放り出されることになるのだ。

 外の冷え切った空気が肌を突き刺すようで、きゅっと身体を縮こまらせるレイラは寝ぐせも整えきれていない歪なカールを描く髪を風に撫ぜられた。


「…………」


 とぼとぼと歩き出したレイラは家から商店街へと向かう。できるだけ人に会わないようにとお願いをしながら――。

 レイラはなるべく人通りの少ない通りを選びながら商店街を目指した。遠回りにはなるのだが、レイラにとっては誰かに声を掛けられることのほうがよっぽど嫌だったから、多少遠回りになってでもできる限り人が歩かないような道を進むことの方が気持ち的に楽なのだ。

 そんなわけで、閑静な住宅地の脇を縫うようにして商店街へと歩を進めていた。そんな時だ。レイラは人の気配を感じ取って、すぐに身を隠した。

 そっと先の方を窺ってみると、家屋から年配の女性と壮年の男性が何やら大きな声でわめいているように見えた。


「だから! 火の扱いは俺が帰るまで禁止だって言ってんだよ!」


 地区に大きく響き渡るような男の声に、レイラはびくりと肩をすくめた。

 こわい、苦手なタイプだ。男性の大きな声はすごく苦手。あんな風に怒鳴られてしまったらレイラだったら泡を吹いて卒倒するかもしれない。

 だが、それを聞いている老婆は表情を変えずに、「夕飯は作っておくからね」と返していた。すると、男性はまたまた大きい声を上げ、「だから! 火を扱うんじゃないって!」と繰り返す。


(……耳が遠いのかも)


 どうも、男性は声を荒げているものの怒っているというよりは、心配していて言葉を理解してくれない老婆に説明をするため、声を張り上げているらしい。

 老婆は聞き返すような仕草をしながら、夕飯をつくっておくからと、また伝える。

 老齢の身体で火を使った料理をすることに、男性は心配しているのだろう。

 結局、理解したのかどうかも分からないまま、男性は参った様子で大股で商店街の方へと走っていった。

 老婆はそのまま家に入って行って、レイラはほっと白い息を吐き出す。これで自分も商店街に向かえる。

 どうせ商店街まで行ってしまったら多くの人に出くわすことになるのではあるが、レイラにとってはそれでもできうる限り人との接触を最低限にしたいところだった。


 案の定、商店街にたどり着くと、多くの買い物客と活気ある店員の声でにぎわっていた。レイラは頑なって身を縮ませるようにしながら、母親からのお使いをこなすべく、店を回ることとなった。

 ほとんど、人の顔を見ずに、無言でやり取りをしながら、背中に嫌な汗をかいて買い物を済ませる。

 野菜を買いに行くと、店員のおばさんが豪快な声でキノコをサービスしてくれたのだが、レイラはそれにも小さく頭を下げて、お礼の言葉を絞り出して見せる程度しか反応を返せなかった。


 喧騒にびくつきながら必要なものを買いそろえたので足早にこの場から撤退する。来た時と同じ道筋をたどり、人の気配を感じたらすぐに身を隠して帰宅していく様は、まるで野良猫のようでもある。


「ただいまー」

「お帰り、ちゃんと買い物できた?」

「うん。ねえ、お母さん。マスクある?」

「え、マスクって……風邪の時に使うようなマスクでいいならあるけど」

「ちょうだい」

「風邪ひいたの? 大丈夫?」

「んーん。大丈夫。ほしいだけ」


 帰宅したレイラの唐突なおねだりに、母親は首をかしげながらもマスクを手渡してくれた。

 レイラはそれを受け取ると、さっさと自室に入っていった。母親がもうすぐ夕飯だからと声をかけると、「はぁい」とドアの向こうからぼんやりとした声が返ってくる。

 母親はそのレイラの反応に困った様な表情を浮かべ、自分の娘の心配をするのだった。



     ※※※※※



 ――数日が過ぎた。

 レイラはその日も一歩も外に出ることなく、魔法を組み立てて一日を費やした。

 随分と自分の視力が落ちてきてしまった事を自覚し、母親に相談すると、眼鏡を作りに行こうという段取りになった。


「ねえ、レイラ。魔法の勉強は止めてしまったらどうかしら?」

 毎日の魔法の勉強のせいで視力が落ちてしまった事に対して、母親が心配するような口調で声をかけた。

 もとより、レイラが魔法使いになるという事にあまり賛成していなかった母親はこれを機にレイラが魔法から身を引かないかとも考えたのだろう。

 だが、レイラはそこだけは頑なだった。絶対に魔法使いになるという意思だけは曲げることがなかった。我が娘ながら、こうも頑なに意思を訴えてくる事はなかったので、レイラにとって魔法は大きなものなのだとは理解していたが、この地においては魔法使いはあまりいい印象を持たれない職業だ。できる事なら、女の子らしく華やいだ服を着て家の仕事を手伝って良いお嫁さんになれば幸いだと親としては思うが、レイラはストイックとも言える様子で魔法に打ち込み続けていた。


「やだ……」


 案の定、レイラはすぐに首を横に振った。気弱な表情をすることが多いレイラは、この時だけは強い意思を瞳に宿らせる。

 レイラのその様子に母親も「ふう」と諦めた様子で眼鏡屋へと歩みだした。

 眼鏡屋は閑静な住宅地区を抜けたところにあり、そこでレイラの眼鏡の作るつもりだ。いくら外に出たがらないレイラでもその時ばかりはぐずることもなく共に出かけた。

 ふと、途中で玄関先で会話する老婆と男性を見付けた。レイラはまるで母親の背に隠れるようにそっと身を寄せてきた。

 母親は会話する老婆と男性の脇をすり抜けていくように進むと、二人の会話が耳に聞こえてきた。


「じゃ、行ってくる。火は扱うなよ」

「分かってるよ。心配性だねえ」


 この老婆のことは知っている。確か耳が遠くなって会話が大変だと近所でも噂になっているほどだった。老婆と会話する家族らの声が大きくて周囲にも聞こえてしまうほどだったはずだが――。

 男性の声は普通に抑えられ、老婆はよどみなくその会話を受けて返事していた。

 しかも、男性のほうは口元にマスクをして、少しばかり声がくぐもっているのにだ。


「あのおばあさま、耳が回復されたのかしらね」

「……」

 レイラにそっと声をかけてみたが、レイラは無言で母親の背にくっつくみたいにしているだけだった。

 レイラは外に感心を向けない子だ。こんな話題を振ったって、あの老婆の耳の事も知らないだろう。居心地悪そうにしているレイラを引き連れて、眼鏡屋へと急ぐ母親とレイラだった。


「ほんとに、助かるなコレ」

 レイラたちが歩み去って行った事は気にも留めていなかった男性がマスクを指でなぞりながら安堵の声を出す。

「ほんとにねえ」

 老婆はくしゃくしゃの笑顔を作って朗らかに笑う。会話がまともにできなかった時とは別人のように、その表情は色を見せていた。

 老婆は男性のしているマスクをまじまじと見つめ、そのマスクに浮かび上がる『文字』に感心していた。

 この魔法のマスクは身に着けた者の声を『文字』にしてマスクの表面に映し出す。

 数日前、自宅のポストに入れられていた誰から届いたかも不明の小包。その中にはこのマスクと、差出人不明の手紙が同封されていた。

 手紙には短くこう記載されていた。


 ――おばあさまとお話するときにお使いください――。


 なんの悪戯だろうかと訝しんだが、男性は興味半分で自分の母親と会話をする時に、このマスクを装着し、会話してみたのだ。

 すると、どういうことか、老婆――つまり自分の母親が大きく笑うではないか。

 ついにボケたのかと男性はマスクを取ろうしたが、老婆がそれを遮った。


「もう一度しゃべっておくれ」


 促されてもう一度言葉を紡げば、老婆はまじまじとマスクを凝視して、それからまた笑うのだ。

 何事かと問えば、マスクに男性のしゃべる言葉が文字として浮かんでは消えていくと言うのだ。試しに鏡の前でマスクを確認するとまさにその通り、間抜けな様子ではあったが、マスクの表面に文字が浮かび上がっては消えていく。

 なんだ、この悪戯は――。

 まるで子供の悪戯みたいに、顔の表面に文字を描かれたような滑稽な状態だったが、これが便利であった。

 耳の遠い母親に、目視で意思を伝えられるようになったのだ。これでもう周囲に迷惑をかけるような大声で会話をしなくたっていい。


 このマスクの送り主は不明だが、有難くマスクを使わせてもらおう。

 男性は宝物のように、『言霊』の魔法が符呪されたマスクを懐にしまい込み、商店街へと向かっていく。

 マスクを届けた少女の足跡にも気が付かず、珍妙で笑えるけれど、等身大の優しさの込められた魔法に、感謝を述べて――。

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