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書籍化記念作 番外編 チビよりチビなおチビちゃん

一迅社様 アイリスNEOより本作が書籍化予定でございます。

http://www.ichijinsha.co.jp/special/iris/renaif_award/final/


その記念としまして、番外編を描きました。

みなさまの応援あってのものであったことを深く感謝します。

なにとぞ、今後も著書をよろしくお願いいたします!

 白銀の世界に高い空――白と青のコントラストが鮮やかになり始め、やがてその白が緑に溶けていく。


 陽の温かさが風に乗り、冬眠から覚めた動物達が森をざわめかせて、命の香りを届ける頃。

 モースコゥヴ首都は大きなお祭りを行う。春の来訪を喜ぶ祝祭日である『バター祭り』だ。

 古来より春は神の与えた命が芽吹く季節とされ、この時期広大なモースコゥヴはどこもかしこも賑わって隣国からも観光客がやってくるほどに人が流れる。


 観光客はもちろんだが、現地に住まう国民達は熱気に満ち々々、動物に仮装した者達がパレードを行い、楽団は祭囃子を演奏し、通りにはたくさんの屋台が立ち並ぶ。盛大に祝えば祝うほど、その年は豊作になると言われ皆がこぞって『バター祭り』を盛り上げようと躍起になるのだ。


 大人も子供も夢中になって楽しむお祭りに、八歳のユーリとレイラも前々日から気分が盛り上がっていた。二人は弾む心を押さえつけるのが難しく、毎日お祭りのことを話し合った。子供達で行うパレードでは先頭に立って目立って見せようとユーリはレイラにお祭りの計画を熱く提案したものだ。


 そして、ついにやってきたこの日、ユーリは高鳴る胸の鼓動に突き動かされるようにはしゃいでいた。


「レイラ、早くしろってば!」

「うー、待ってよ、ユーリ。耳のとこ、ちゃんとしないの」


 ユーリとレイラは毛皮で作った仮装を着込んで、いざ街にくりださんという状態だった。

 レイラの家に迎えに来たユーリは、狼を模した仮装をしていてふさり踊る尻尾と毛皮のマントを羽織っていた。

 マントは好きだ。騎士のようだから。ユーリは今日のこの仮装が気に入っていて、早くパレードに加わりたいと気持ちが逸っていた。


 しかしながら、迎えに来たというのに、レイラは仮装のフードについている耳が「ぴょん」と立たないのが気になるらしく、鏡の前でフードについている大きな耳を両手でつかんで伸び上がらせているばかりだった。去年まではこのフードの耳がぴょこんと真っすぐ立ってくれていたのに、今年のお祭りのため引っ張り出してみると、すっかり垂れてしまっていた。

 明るい毛皮で作り上げたフードはその耳をぴょんと伸ばせば『キツネ』の仮装なのだと分かるが、レイラがフードをかぶると、そのキツネ耳にあたるところは力なく垂れてしまいパッと見てもなんの動物の仮装なのか分からないのでどうにも見栄えが宜しくない。


「早くしないとブリンがなくなるぞっ」

「えっ、やだよー! いこういこう」


 バター祭りの代名詞である『ブリン』。薄力粉に卵やヨーグルト、砂糖などを混ぜた生地をイースト発酵させ薄く焼き、そのうえに具をのせて食べるクレープだ。お祭りの最中はこれにたっぷりとバターをかけ、好みの具材を乗せて味わう。


 子供達にとって、ブリンの食べ歩きはこの祭りにおける最大の贅沢で、パレードに加わってご褒美のブリンをたくさんもらえるかどうかは、バター祭りを楽しむための指標になると言っても過言ではない。

 ユーリはまだ少しもたついていたレイラの手を握り、二人で家を飛び出した。

 レイラの母親が柔らかい笑顔で二人を見送り手を振っていた。


「ユーリくん、レイラのことお願いね」

「うん、まかせてください」

「あら、立派なナイトさま。よかったわね、レイラ」

「うん!!」


 レイラの母親の言葉に、ユーリは少しばかり鼻のさきっぽがむずむずとしたが、得意げな顔が自然に浮かんでしまう。ナイトと呼ばれて嬉しかった。

 レイラも、ユーリがなんだか嬉しそうな顔をしていたから、大きくうなずいた。

 姫の護衛を任された騎士ユーリレイラの手を握り、走る。通りの先から響いてくる人の喧騒に、二人は顔を見合わせてにんまりとしあう。どんこ、どんこと鳴り響く太鼓の振動が耳朶をくすぐるのが堪らない。

 いてもたっても、という様子で大通りにでると、普段の街とは違った装飾と音楽に彩られたお祭りの陽気な雰囲気が、あっという間に二人の瞳をきんきらの銀河みたいに輝かせた。


「うわあ~っ」

「レイラ、パレードにいくぞっ」

「うん!」


 ユーリの手に引っ張られるみたいに、レイラはきょろきょろと周囲を見回しながら騒がしい大通りに目を奪われる。

 二人はまるで兄妹みたいに一緒に繋がって、お祭りに参加する。事実、ユーリとレイラは物心ついた時からずっと一緒に遊んできたし、兄妹と言っても差し支えないような関係だ。


 大通りを走り抜けて、甘い香りの誘惑を振り切ると、広場にたどり着く。広場にはひときわ目立つ大聖堂があり、その前には小さな子供達が集まっていた。みんな動物の仮装をしていてそれぞれが個性的な尻尾をふりふりさせているのは大人達の目を細めさせていた。

 この大聖堂の前に集まった子供達は、『チビよりチビなおチビちゃんパレード』として、大通りをぐるりと行進していくのだ。誰もが先頭に立って行進をしたがるこのパレードは、早い者勝ちであるため、ユーリ達が到着した時にはその席はとっくに埋まっていた。


「ああっ、もうあんなに来てる!」

「ユーリ、ほら見て蝶だよー」


 ユーリはパレードの後方から参加しなくてはならない状況に焦っているのに、レイラは黄色の花に舞い踊る蝶を見付けて指さしていた。のんびりしすぎなレイラに、ユーリは少しばかりムっとなる。


「レイラが早くしないから後ろになっちゃうだろ、早くしろって」


 ぐい、と無理に引っ張ったユーリにレイラはぐらん、と体のバランスを崩す。そして、そのままもつれた足で地面に倒れ込んでしまうことになった。


「いたっ……」

「レイラっ」


 手を引いていた少女がコケてしまったことに流石に心配な声を上げたユーリだったが、レイラはその場で泣き始めてしまった。見たところ、怪我はしていないようだが、驚きのあまり、涙があふれてきてしまったらしい。大きな瞳がゆらゆら揺れて丸みを帯びた頬に小川ができて激しく流れていくではないか。


「あ゛~~!!」


 ぎょっとしたユーリは慌てふためきながら「ごめん、ごめんってば!」とレイラをどうにか立ち上がらせようとする。

 しかし、レイラは大きな声で泣きわめいて「ゆーりのばかー!」とすっかりまくれたフードから赤毛をぴょこんと跳ね上がらせている。


「れ、レイラ! 悪かったから、早く泣き止んでパレードにいくぞっ……!」


 どうしたものかと慌てるユーリの傍に大聖堂前で集まっていた子供達の輪の中から数名の見知った顔がやってきていた。


「ユーリ、なにしてんの、早くしないとパレード始まるよ」

「またどんくさレイラが泣いてるよ、ほっといていいんじゃないの? ユーリ私達のグループに入りなよ、パレード前のほうだよ!」

「えっ、いいのか?」


 近所の見知った子供達は普段よく遊ぶ顔ばかりだ。

 どうやら早めにここについていたらしく仲間に加わればパレードの先頭付近に入ることができるらしい。その言葉にユーリは思わず瞳を煌めかせ、嬉しい声をあげてしまった。

 だが、それを聞いたレイラの泣き声はぴたりと止んでいた。打って変わって静かすぎるとも言える様子で、レイラはまくれていたフードを深くかぶりなおし、立ち上がらないままにじっと地面を見つめている。


「……レイラ」

「…………」


 ユーリは気遣うようにしゃがみこんだままのレイラに声を落とした。だがレイラは沈黙を貫き、石像みたいにその場で固まったままなのだった。


「子供達ー! パレードが始まるぞー! はやく列に加わってー!」


 大聖堂から大きな号令が聞こえてきた。ユーリを誘いに来た二人の子供は「はやく!」と言ってユーリの手を引く。レイラはうつむいて、そこにしゃがみこんだまま、やはり何も言わない。


「れ、レイラが悪いんだぞ! 早くしろって言ったのに!」


 ぴくん、とレイラのキツネのフードが震えた。垂れた耳がふるる、と揺れる。

 ユーリは自分の内側に走った嫌なモヤモヤを振り払うように、二人の子供の手に引かれ、大聖堂のほうへと駆けていく。


(そうだ、レイラが悪い! レイラが、どんくさいから……!)


 ぽつんとしゃがみこんだままのレイラを見ているのが凄く苦しかったユーリは、顔を背け、パレードの前に入り込んでいった。

 念願の前列パレードに入り込んだのに、気持ちはまるでさっぱりしなかった。


 パレードが始まる。

 みんな子供達は面白そうに白い歯を見せて笑っているのに、ユーリはいつまでも難しい顔をしたままで、パレードの後方をチラチラと盗み見ていた。

 きちんとレイラは後ろ側に入っただろうか。

 パレードが終わったら、沢山もらったブリンを分けてやろう。そうしたら、きっとまた――。

 レイラの分もたくさん貰おうと、ユーリはパレードで沢山アピールしてみせた。

 大きな声を上げて歌ったし、身振り手振りを大きく跳ねてパレードを見に来た回りの観光客らの目を奪って見せた。


 楽しくパレードをするという昨日まで抱いていた思いとは裏腹の、何か使命を帯びたようなユーリにはご褒美の甘いブリンの香りがまるで感じられなかった。


(早くパレード、終われ!)


 そんな想いがずっと取りついたまま、ユーリは見知った仲間の中で孤軍奮闘していた。

 ――広い大通りを行進して、広場に戻ってくると、ユーリはブリンを貰えるだけもらって、パレードに参加した子供達の後方に走った。

 レイラはどのあたりにいるんだろう。ほとんど最後尾のはずだ。

 ユーリはブリンの包みを抱えて列の後ろまでやってきて垂れたキツネ耳のフードを捜す。


 ――いた!!

 列の後方、小さいキツネのフードが見えた。


(良かったちゃんとパレードしてた)


 あとはこのブリンをレイラに渡して仲直りだ。さっきはごめんと言って沢山のブリンを上げればレイラは許してくれる。なんだったら、ブリン全部上げたっていい。


「おうい、レイラ!」


 キツネのフードの子に声をかけ、ユーリは「えっ」と立ち止まる。

 レイラだと思った垂れたキツネ耳のフードを被っていたのは全く知らない子だった。

 レイラと同じフードを被った別人――。


 あのフードはレイラの母が作ったものだ。この世に二つとない。年季の入ったフードで、力なく垂れた耳は間違いなくレイラのフードだ。しかし、それを身に着けている男の子はまるで知らない子だった。身長もとても小さく、ユーリよりも年下の男の子だろう。


 ユーリはまたあのモヤモヤが胸の奥で広がりだしていくのを感じていた。

 レイラのフードを被る小さな子に近づいて、声をかけると男の子はとても楽しそうな笑顔でユーリを見た。


「なあに、おにいちゃん?」

「その……きみが被ってる……フード、どうしたんだい?」

「これねー、もらったの! ぼく、パレードしたいけど、動物もってなかったからパレードできなかったの」

「もらった……?」


 眩しいほどに明るい瞳で、心底嬉しそうに男の子ははしゃいでいた。

 見ればどうやら異国の少年らしく、このお祭りを楽しみにきた観光客の子らしい。

 おそらく、異国からやってきて、子供達が仮装してパレードするのを羨ましく思ったのだろう。だが、仮装服を持ち合わせていなかったから参加できずに残念に思っていたというところか――。


「おねえちゃんがね、くれたの! パレード面白かったよ!」


 ユーリは「そっか」とだけ零して、男の子からそっと離れて行った。

 楽しそうだった。

 あんな後ろにいたらブリンなんてもう残りものくらいしかもらえないのに。

 でもあの男の子はブリンなんかどうでもよくて、パレードがしたかっただけなのだ。


 自分はどうだったんだろう。なぜこんなにブリンが貰いたかったんだろう。

 ブリンが好きだから? ……じゃあ、満足じゃないか。こんなにたくさんのブリンを貰えた――。


(なのに……なんでこんなに面白くないんだ)


 レイラ――。レイラがいないから……。


「そうだ、レイラ……。レイラ、どこにいるんだ!?」


 ユーリは広場を駆け回って赤毛の幼馴染を捜した。小さくドジで、グズなレイラ。ぼんやりしていて、すぐ迷子になる。

 だから、あいつにはオレがついていないといけないのに――。


(なんでオレはあいつの手を離しちまったんだっ!!)


 ユーリは探し回った。未だざわめくお祭りの中。周囲の人がみな笑顔で楽しく歩き回る陰にうずもれて、腹を抉られるような気持ちで歯を食いしばり、レイラの姿を求めた。


「レイラー! レイラ、どこだ!! レイラー!!」


 手に抱えるブリンの包みすら鬱陶しく感じられた。いっそこれを投げ捨ててしまおうか――。

 そう思いもしたが、これさえも手から離してしまえば、今日という日がまるで無意味だったように思えた。これがなくてはレイラに謝れない。だから、ユーリは包みを抱きかかえて赤毛の少女を捜して回った。

 ちらりとでも赤い髪を見付けたら駆け寄って声をかける。だが、レイラではないと分かって、ユーリはまた走る。


 やがて大通りから外れ、静かな裏路地に入り込んでいた。

 もしかしたら、帰ったのかもしれないと帰路に続く裏通りだった。


「にゃあ」


 不意に狭い通路の奥から猫の鳴き声が聞こえた。

 ユーリはほとんど無意識にその声をほうに視線を動かすと、陽ざしから隠れるような日陰のなか、特徴的な赤髪を見付けた。


 間違いない。レイラの後ろ髪だった。

 そこは階段になっていて、レイラは段差に腰掛けている様子だった。胸に猫を抱えていて、指先で猫の喉をくすぐっていた。


「……レイラ」

「!」


 後ろから呼びかけると、レイラはびくりと反応した。その拍子に猫が飛び出していって日陰の階段にはユーリとレイラだけが残った。


 声をかけたはいいが、ユーリは戸惑っていた。このあと、どう続けていけばいいか分からなかったのだ。

 まずはゴメン、だろうか。それともブリンを手渡してご機嫌を窺うか? それともフードのことか? パレードに参加はしなかったのか、とか問うべきか――?

 ユーリがレイラの背後で立ちすくむようにしていると、レイラはくるりと振り向いて、ユーリを見上げた。


「ごめんね、ユーリ」

「え……?」

「わたしのせいで、パレード、遅れて……」

「そんなの、もういいよ」


 レイラの顔を見れなかった。ユーリはふいと顔を逸らして、こんな言葉しか返せない。未熟な自分の不甲斐なさが心に襲い掛かってくるのに、口からでてくる言葉はどうにも素っ気ないものでしかなかった。


「ほら、ブリン。一緒に喰おうぜ」


 まるでブリンがあれば許されると、そう信じてやまない自分が滑稽だった。

 ――違う。オレが欲しかったブリンはこれじゃなかった。

 そう後悔してももう後の祭りだった。


「ありがとう」


 レイラはブリンを掴むと、ぱくりと食いついた。ユーリもレイラの隣に腰かけて、ブリンをひとつ食べる。

 全然美味しくなかった。

 ユーリが前々日から楽しみにしていたバター祭りはこれじゃなかった。

 レイラと一緒に楽しんで、一緒にパレードをして食べるブリンが、ユーリの望んだブリンだったのだ。


「ごめん、レイラ」


 味がまるでしないブリンを口に運びながら、ユーリは謝罪した。だが、どうしてこうも言葉にすると、声にすると、無慈悲なまでに味気ないのだろう。まるでレイラへの謝罪には足りないとユーリは歯がゆく思った。


「……フード、どうした?」

「あげちゃった。パレードしたいって泣いてる子がいたから」

「……お前、あれお気に入りだったじゃないか」

「そんなことないよ、耳垂れてたし、もういいかもって思ってたもん」


 そんなはずないだろう。そもそもあのフードに拘ったからパレードにも遅れたんだ。レイラはあれが大好きだったはずなんだ。

 もぐもぐとブリンを食べるレイラの声に、ユーリは視線を落とす。遠くからはまだ笛や太鼓の音色が聞こえてくるし、人々の談笑や歌声が流れてくる。それがかえってこの場を寂しく感じさせた。

 こんな寂しい場所でなぜレイラは独りでいたんだろう。家に帰っていた方がまだ良かったんじゃないだろうか。春になってきているとはいえ、まだまだ寒い。なぜ、隠れるようなこの場所で――。


「パレード、楽しかった?」


 レイラの明るい声が不意に耳に響いた。雪解けの下から顔を出したタンポポみたいなレイラの表情に、どきん、と心臓が裏返った。

 少女のような長いまつ毛を跳ね上げて、ユーリはハッとした。気が付いたのだ。レイラがなぜこんなところにいたのか。

 こんなに早くに家に戻ったら、親は何と思うだろう。子供達がパレードを行っている最中、フードの無いレイラが帰宅してきたら? 一緒に飛び出していったユーリがいないと分かったら――。


(レイラは……オレを庇ったのか……)


 パレードに行く時も。

 なぜ、レイラは黙り込んで動かなかったのだろう。


(オレはずっと前から祭りのことを楽しみだってレイラと話していた。――パレードで先頭に立つんだって――)


 やってきた顔見知りの言葉に、レイラは反応していた。

 きっと、あの二人の仲間に入ればユーリは楽しみにしていたパレードを先頭組で行える。

 だから、レイラはぐっとこらえたんだ。


(オレを先頭組に入れるために――。自分のせいで遅くなったから――)


 なぜレイラがいつもどんくさいのか、それはきっとレイラが人のことをいつも最初に考える子だからだ。

 キツネのフードに拘ったのだって、簡単な理由だ。

 あれはレイラの母のお手製なのだ。

 あれを被ってお祭りに行くレイラを見つめる母親が本当に嬉しそうだったから、レイラはあれがいいと言い張ったんだろう。

 そんなフードを見知らぬ子に渡したのも、せっかく来たお祭りで悲しい想いをしてほしくなかったからに他ならない。


 なんて――。どんくさいやつ――。


 なんて――。

 なんて……愛おしいんだろう――。


 懸命に明るい声を出して、他人のことを最初に考えるレイラが途端に尊く感じられた。


「……全然面白くなかった」


 だからユーリは苦虫をかみつぶしたような顔でそう答えた。

 レイラをないがしろにして、お祭りをしたって、何も面白くない。こんなものは望んでいなかったのだ。


「まだ、時間はあるだろ」

「えっ?」


 ユーリは立ち上がり、今度こそ手を差し出した。もう離さないように。レイラをエスコートするナイトであろうと毛皮のマントに誓いを立てた。


「ブリンの具。キャビアなんてどうだ」

「ええー!? キャビアってあのキャビア!?」


「お前を捜してる間、拳闘技大会見付けたんだ。子供の部もある。優勝はキャビアだった」

「ゆ、優勝って……無理だよ」


 レイラが目をまん丸にして言うので、ユーリは腰を落とし、視線を合わせてそして改めて手を差し出す。


「お前のために、勝つから、見ててくれ」


 ユーリは騎士のように恭しくレイラの手を取った。そして宣誓する。小柄で顔立ちも少女のように細く可憐なユーリの瞳に男の誇りが宿って見えた。

 レイラはユーリの手に自分の手を重ね合わせて、笑顔を浮かべる。

 その笑顔のためなら、本物の騎士になってもいいかもしれない。

 少年ユーリはそう思った。

 二人は立ち上がり、日陰から歩みだす。

 陽ざしを受け、一歩。春風がマントをなびかせた。

 その日、少年は騎士を目指す――。

次回作として番外編ではない第二幕を執筆予定です。

ご期待ください。

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