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1金のろうそくで首都は焼け落ちた

「ひとまずこれで安静にしていれば、回復するでしょう」

 錬金術師の医師がユーリを診断して、不安げにしているレイラに淡々と告げた。

 医者の診断では、流行り病にかかったというものだったがすでに対抗薬品は作られているので、おとなしく薬を飲んで休んでいれば一週間もすれば回復するという話だった。


「よかった……」

「お嬢さんも、念のために薬を飲んでおきなさい。ここ数日で患者の数が増えているから、感染の確率もあがっているだろうし」

「しかし、本当にこっちも大忙しだよ。王宮内で倒れた人もこれで八人目だよ」

 疲れたように医者が言って、軽い溜息を吐き出す。どうも今日は診察に追われてばかりでへとへとの様子だった。


「……そうなんですか?」

「まぁ全員が流行り病ではなかったがね。近頃、頭痛や嘔吐の症状を訴える人が多いんだ。そういうわけだから、お大事にね」


 医者はそう言って部屋から出て行った。苦しげに汗を浮かべてうなされている状況からは脱したが、それでもユーリはつらそうな顔で寝息を立てていた。本当に病気が流行っているのだろう。もらった薬は遠慮なく使わせてもらうとしようと、レイラが苦しむユーリを心配そうに見つめていると……。


「邪魔をする」

 トントン、とノックと同時に女性の声がした。

 医者と入れ違いにユーリの部屋の中に入ってきたのは女性の親衛騎士だった。

 その顔を見て、レイラははっとした。以前、王宮内で怒られた事がある騎士だったからだ。静かであり、厳格そうな表情を崩さず、女性騎士はレイラに軽く視線をよこした。


「こ、こんにちは」

「もう、こんばんはの時間だが」

「す、すみませんっ……」

「……別に注意したわけではない。ユーリは大丈夫か」

 騎士、クリアーナはベッドから少し距離を取ってレイラに小声で訪ねてきた。ユーリを気遣ってのことだろう。

「一週間はきちんと休むように、と……」

 もしかしたら、職務怠慢などで注意されるかもしれない。責任感の強いユーリの事だ。そんな事を言われたらますます無理をするのではないかと、女性騎士の対応をレイラは心配した。

「分かった。私のほうで、騎士の仕事のほうは調整しておく。お前ももう遅い。帰宅するように」

「は、はい」


 冷淡といった印象を受けるクリアーナの言葉は、有無をいわせない迫力がある。これ以上、ユーリのそばに居ても自分ではできることもないし、感染性の高いウィルスのため、病人とはできるかぎり離れたほうがいい。

 心配ではあったが、女性騎士の言葉に従い、二人そろってユーリの部屋から退室した。


「ゆ、ユーリのこと、よろしくお願いします」

 レイラはペアリングであるという女性騎士にお辞儀して、お願いした。

「君は、ユーリの知り合いなのか」

「え……?」

 頭をさげたレイラの言葉への返事ではなく、急な質問が飛んできたので、レイラは下ろしていた頭をがばっと持ち上げて反応してしまった。


「仮にも奴は親衛騎士だ。そんなユーリを呼び捨てで呼ぶのは、王宮内ではそういない」

「あ……、そっか……。私、ユーリの幼馴染なんです。今は王宮魔術師第二部署で働いています」

 すっかり忘れていたが、ユーリはこの王宮内でもかなりの地位の人間なのだ。

 そんな人を呼び捨てで呼んでいたら、不審にも思われるだろう。レイラの言葉を聞き、クリアーナは腑に落ちたように声を少し和らげた。

「……なるほど。いろいろと合点した。引き留めて悪かった。ユーリの事は心配いらない」

「は、はい……」

 レイラは改めて、ユーリの事を頼み、クリアーナにお辞儀をしてから、王宮から帰っていった。

 クリアーナはそんな魔術師の少女の後ろ姿を見送って、「ふう」と一息吐き出した。


「……そういう事だったか」

 苦悩していたユーリの言葉の真意がやっと見えたと思った。たしか彼女は数日前、宮殿内で食事をしていて、それを注意したことがあるとクリアーナは覚えていた。たしかあの時は、特徴的なクセ毛をしていたはずだ。それが今日見てみれば美しい艶やかなストレートをしているではないか。彼女の変わりっぷりに、ユーリの質問の意味が合点いったとクリアーナは固そうな表情を緩めた。

 そこをいちいち追及するのも野暮だろうと、クリアーナはレイラへの質問を最小限に自己完結して終わらせたのだった――。



   **********



 翌日の事だ。

 レイラは通常通りに出勤し、魔術師の塔へと入っていった時、何やら周囲がざわついているのが気になった。

 第二部署の開発室に入ると、レオンが朝の挨拶と共に話しかけてきた。


「おはよう、もう話、聞いた?」

「え? いえ……何か落ち着かない空気ですけど、何かあったんですか?」

「第一部署のナディア部長が倒れたらしいんだ。それで第一部署がゴタゴタしてるみたい。さっきアントン部長が呼び出されてたから、こっちも飛び火するよ」

「ナディア部長も、倒れたんですか?」

 ユーリに続いて、ほかにも倒れた人がいたという事実にレイラは驚愕した。本当に、病気になる人が多いのだと実感した気分だった。

「も……? 他にだれか倒れたの?」

「あ、その、知人が……。流行り病で」

「……最近多いよね。体の不調を訴える人」

「そうらしいですね……」

 レオンの言葉に、レイラは他人事ではなかったので、神妙な声で同意した。

 昨日、医師から薬を貰っていなかったら、自分も高熱でうなされていたかもしれない。


「錬金術師ならいろいろと知ってるかもしれないけど、僕はそっちの知人は皆無なんだよね」

「……ちょっと気になりますね」

 国中で流行っている感染性の病気は毎年この時期に質の悪い病気としてしばしば体の弱い子供や年寄りを苦しめた。若者も病気にかかることはあれど、普段が健康体であれば、病人と長く接しない限りはうつされる心配はないのだが、たくましいユーリが発病してしまったことが、レイラは少し疑問に感じていた。

 ナディアにしても、王宮内の人はそれなりに健全な肉体を持った人間である。

 そんな人間らが、不調を訴えることが増えているというのが、異質さを感じさせるのだ。


「……錬金術師の、知り合い……」

 ローザがすぐに頭に浮かんだ。

 開発室の隅でコーヒーを飲んでいるベラを見つけたので、レイラはそっちに話しかけようと思い立った。

 ベラもこちらに気が付いたようで、ベラのほうからレイラの席に近寄ってきた。


「おはよ」

「おはようございます。ベラさん」

「何の話してたの?」

「あ、その、病人が多いなって……ローザさんなら何か知ってるかなと思ったんですが、何か聞いていませんか?」

「うーん、ローザは錬金術師だけど、医療系の部署じゃないからなー。たぶん、今回の事は詳しくは知らないんじゃないの?」


 結局、その日は病気が広まっているという話に対して、これ以上の議論はできなくなった。

 一部署の仕事のしわ寄せが二部署にやってきて、てんやわんやで働くことになったせいだ。


 その日、一日追われるように仕事して、帰宅するころになって、ユーリは大丈夫だろうかと心配できた。

 後から聞いた話だが、第一部署の面々は部長のみならず、数名が病欠になっていたらしい。

 いよいよ王宮内で感染症が怪しまれた事で、個々で健康管理に気を遣う事と、お達しがきたのである。


 ――さらに翌日の事だ。

 今日も第一部署の尻ぬぐいのために奔走することになるのだろうと第二部署の面々は空気が重くなっていた。


「でもさ、第一部署の連中、もやしだよね。第二部署のみんなは誰も病気になっていないし」

 レオンがやれやれという顔をして、愚痴った。

「……そうですよね。どうしてなんでしょう」

「うちら、雑用ばかりで体力つけてるから鍛えられてるんじゃない?」

「……そうでしょうか……」


 レオンとそんな会話をしながら、開発室で魔器の呪文修正をしていた。レオンはざまぁみろというように、第一部署のふがいなさを笑ったが、レイラは内心、鍛えているユーリすら寝込んでしまった事実を知っているから返答はあいまいになった。

 そんな時だ。アントンが開発室のドアを開いて入ってくるなり、「集合!」と普段の彼からは見違えるほどに、通る声でしたたかに号令をかけた。

 第二部署の面々は作業の手を止めて、入り口付近にぞろぞろと集まりだす。

 誰一人として欠けていない事を確認したアントンが、一つ頷いて重圧ある声と、キビキビしたしゃべりで状況報告を行い始める。


「いったん、第二部署としての作業停止。これより、魔法のイレギュラー検証に入る」

「魔法のイレギュラーって……なんの魔法ですか?」

「先日、宮殿に張られた暖房結界。呪文は借りてきた。これを総員で洗い直し、異常がないか検証する」

 一課の面々にこき使われて宮殿内の結界装置を修理分解した作業を思い出し、レイラとレオンは顔を見合わせた。

 そして、レオンは慌てて手を挙げた。


「ぶ、部長っ。あの魔法に何か問題が?」

「まだわからん。それを確認、検証する」

 レイラもあの作業に係わった者として、気になったので、質問を重ねた。

「それって……、今流行ってる病気と関係がありますか?」

「可能性として、その関連性が高いことが調査の結果わかっている。イレギュラーチェックをして、誤作動や想定外の挙動を取らないか、細かくチェックする。ベラくん。悪いが補佐してくれるかな」

「は、はいっ! よろこんでっ」

 ベラは声のトーンが一オクターブ上がった返事をして、背筋を伸ばした。

「作業割り振りを決めるまで、資料を確認しておくこと」

「はいっ」

 部長の指令に、一同は緊張した面持ちで同時に返事した。これまでにない、部長の厳格な表情は、二課の面々にいろいろな意味で刺激を与えた。

 あののんびりした部長がこうも切り替わるのかと、レイラは彼の本当プロの顔を見たように思ったのだ。

 ベラはすぐさまアントンと共に部長室へと連れ立って行った。

 部長が置いていった資料は暖房魔法の呪文構築内容と、それを管理する魔器の設定内容などだ。


「……なるほど、あの魔法、ナディア部長作だったんだな」

 資料によると、今回の新型暖房結界魔法は、ナディアが構築したものだったようだ。

 彼女の几帳面で神経質な性格が細かく映し出された資料は完璧なまでに整理された無駄のない内容だった。


「こりゃすごい……。あれだけ大規模な結界を、こんな低燃費で……」

 資料を見ていた眼鏡の魔術師が感心して呪文構築を凝視していた。

 その感想はレイラも当初、同じものを持っていた。

 だが、そのあとにレオンに言われた完璧すぎるという言葉に、改めて頷くこととなった。

 そうだ、完璧すぎる内容なのだ。

 結界として、完璧を形成していて、無駄がない。遊びがない。堅牢ながらも融通が利かない。そんな印象を改めて感じる。


 そして、現状王宮で流行っている病気の原因がこの結界魔法にあると言われては、まさかと思いながらも、『完璧などない』という教訓がレイラを集中させる。


「もし、この結界に問題があって、病気の原因になっているんだとしたら、……アナ姫が危ない」

 レオンが切羽詰まったような顔をして言う。

 その言葉で、王宮内で次々に体の不調を訴える人が、結界の張られた宮殿内に入った事がある人間ばかりなのだとレイラは思い至った。

 おそらく、その症例に気が付いたからこそ、調査した結果、今回の暖房結界に原因があるのではと疑われたのだろう。


「でも、結界と病気なんて……どういう関連性があるんだろう」

「昔の結界が張られている時は、こんな問題が発生したことはなかったよね」


 ざわざわと二部署内で議論が交されることになった。どうして、問題が発生したのか。またその原因は本当に結界にあるのか。

 起こった問題に対してその要因を探るための検証が行われることとなり、アントンとベラが作成した担当支持に従い、第二部署の魔術師たちは呪文の構築内容を一から確認しなおしたり、別の班では張られた結界に対してどういう付加があれば、誤作動するのかなどの検証を行うことになる。

 レイラとレオンの班は、過去宮殿内で作業したある意味『ナマの作業者』として、再度宮殿での結界の状況を調べてくる事が担当された。何か異変があれば気が付きやすいだろうというアントンとベラの采配である。


 万が一のため、錬金術師を訪ね、予防接種などを受けてから行くようにとアントンから付け加えられて、二人はまず錬金術師の塔へと向かうことになった。


「も、もし本当に結界魔法に問題があるなら、今すぐにも結界を解除するのがいいのでは……?」

 向かう途中でレイラが不安げにレオンに聞いてみたが、レオンは首を横に振った。

「駄目だよ。結界や魔法陣なんかの大型魔法は問題があったからって、簡単には解除できないんだ。解除するにしても、慎重に魔力を落としていかないと、逆に大惨事になったりするからね」

 だから、最初の暖房結界の解除には三日間というスケジュールで解除を行ったという。

 三日間ですら、タイトなスケジュールなのだとレオンは説明した。


「それに、本当に結界に問題があるのかどうかをハッキリさせないと、魔術師としてのメンツにもかかわるんだよ。……つまり、第一部署のコケンに拘わるってこと」

「そんな……」

 王宮内の様々な思惑やお役所仕事ともいうべき対応の遅さもあり、問題があったので、すぐに解除というわけにはいかないのだそうだ。

 しがらみが邪魔をして、大きな問題を抱えているかもしれないのに、動き出せない。

 もどかしい話にレイラは眉をしかめてしまった。


 錬金術師の塔へと向かう中、途中に見える庭の中央にある宮殿を見つめ、レイラは早く問題点を探さなくてはと、気持ちを張りなおし、宮殿を覆う暖房結界を睨みつけるのであった――。

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